13話 黒い魔力
翌朝。
まだ太陽が完全に昇りきる前に、俺は目を覚ました。
窓の外は薄暗い。
鳥の鳴き声も、いつもより少ない気がする。
「……今日も森か」
ベッドから降り、顔を洗う。
昨日ギルドから受けた依頼。
森周辺の魔物調査。
目的は魔物の異常な移動の原因を探ること。
討伐が目的ではない。
危険な魔物を見つけた場合は、戦わずに戻る。
そういう条件だった。
俺は机の前に座り、ステータスを確認する。
【名前:キラ】
【年齢:6】
【レベル:5】
【魔力:11】
【筋力:8】
【敏捷:9】
【知力:11】
【構造解析:解放】
【再構築:未解放】
「……よし」
昨日のホーンウルフとの戦いを思い出す。
レベル5になったことで、身体は少し強くなった。
でも、それだけでは足りない。
あのホーンウルフですら、父さんと二人がかりだった。
森の奥には、それよりも強い何かがいる可能性がある。
だから今日は、無理に戦わない。
「調べるだけ」
自分に言い聞かせる。
……とはいえ。
少し楽しみでもあった。
《構造解析》が解放されたばかりだ。
昨日までは見えなかったものが、今日は見える。
魔物。
植物。
魔力。
森そのもの。
どんなものが見えるのか。
知りたくて仕方がない。
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森へ向かう
「キラ、準備はできたか?」
「うん!」
玄関へ行くと、父さんが剣を腰に下げて待っていた。
いつもの装備より少し重そうだ。
昨日より警戒しているのが分かる。
「今日は森の奥へ入る」
「分かってる」
「危険だと思ったら戻るぞ」
「うん」
「俺の指示には従うこと」
「分かった」
何度も念を押される。
それだけ森の異変が危険だということだろう。
街を出る。
朝の街は、昨日と変わらず賑やかだった。
パン屋から焼きたての香りがする。
商人が荷車を引いている。
冒険者たちがギルドへ向かっている。
子供たちが走り回っている。
平和な日常。
その先にある森だけが、どこか違って見えた。
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森の入口
森へ入ってすぐ。
「……やっぱり少ない」
俺は周囲を見る。
昨日までなら、鳥の声や小動物の気配がもっとあった。
今日は静かだ。
「何が少ない?」
「魔物」
俺は答える。
「昨日より気配が少ない」
父さんが頷く。
「俺もそう感じている」
さらに進む。
地面には足跡がある。
ウルフ。
ホーンラビット。
ゴブリン。
だが、どれも森の奥から外へ向かっている。
「やっぱり逃げてる」
「そうだな」
俺はしゃがんで足跡を見る。
「《構造解析》」
地面そのものを見る。
土。
水分。
魔力。
そして足跡に残った魔力の痕跡。
「……」
何かがおかしい。
魔物の足跡に、薄い黒い魔力が残っている。
昨日ホーンウルフから感じたものと同じだ。
「父さん」
「なんだ?」
「魔物だけじゃない」
「?」
「地面にも黒い魔力が残ってる」
父さんがしゃがみ込む。
「見えるのか?」
「うん」
「どんな感じだ?」
「……流れてる」
「流れてる?」
俺は地面を指差す。
「森の奥から、こっちに向かって」
父さんの表情が変わった。
「魔物が逃げているんじゃない」
「え?」
「黒い魔力から逃げているのかもしれない」
俺は息を呑んだ。
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黒い魔力
さらに奥へ進む。
進めば進むほど、黒い魔力が濃くなっていく。
俺には、それがはっきり分かる。
木々の根元。
土。
岩。
枯れ葉。
すべてに少しずつ黒い魔力が付着している。
「……気持ち悪い」
触っているわけではないのに、嫌な感覚がする。
魔力なのに、普通の魔力とは違う。
生き物の魔力とは違う。
何かが違う。
「父さん」
「なんだ?」
「これ……魔力じゃないかもしれない」
「どういうことだ?」
「魔力に似てるけど、魔力そのものじゃない感じがする」
自分でもうまく説明できない。
《構造解析》で見ると、魔力に似た構造をしている。
でも。
その内部に、何か別のものが混ざっている。
「これは……」
俺はもう一度解析する。
【未知の魔力構造】
【既知の魔力属性に該当しません】
「……未知?」
初めて見る表示。
俺は思わず目を見開いた。
【構造解析:情報不足】
【詳細解析には対象への接触が必要です】
「接触……」
つまり。
この黒い魔力に直接触れれば、もっと詳しく分かる。
でも。
父さんが俺の肩を掴む。
「触るな」
「……うん」
即答だった。
「危険かもしれない」
「分かってる」
俺は黒い魔力を見る。
知りたい。
でも、今は我慢する。
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魔物の群れ
森を進んでいると。
突然。
――ガサガサッ。
「!」
茂みが揺れた。
「来るぞ」
父さんが剣を抜く。
俺も短剣を構える。
だが。
出てきたのは魔物ではなかった。
「……ゴブリン?」
数匹のゴブリンが茂みから現れた。
その数、五匹。
全員が傷ついている。
そして。
俺は気づいた。
「黒い魔力……」
ゴブリンの身体に黒い魔力がまとわりついている。
普通なら襲ってくるはず。
だが、ゴブリンたちは俺たちを見るなり後退した。
敵意がない。
むしろ。
怯えている。
「父さん」
「ああ」
「こいつらも逃げてる」
そのとき。
ゴブリンの一匹が森の奥を振り返った。
そして。
ガタガタと震え始めた。
何かを恐れている。
俺も森の奥を見る。
「……何がいるんだ」
その瞬間。
――ドン。
地面が揺れた。
「!」
鳥たちが一斉に飛び立つ。
木々が揺れる。
遠くから。
何か巨大なものが歩く音が聞こえた。
――ドン。
――ドン。
――ドン。
「父さん」
「ああ」
父さんが剣を構える。
「戻るぞ」
「でも……」
「今は調査より命が大事だ」
正しい。
俺にも分かる。
でも。
ここで引き返したら、何も分からない。
俺は森の奥を見る。
黒い魔力。
巨大な足音。
そして。
俺の《再構築》が反応している。
「……」
頭の中に文字が浮かんだ。
【高濃度魔力を確認】
【構造解析可能】
「……!」
今までとは違う。
もっと強い反応。
森の奥にいる何かを、《構造解析》できる。
俺は息を呑んだ。
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巨大な影
木々の隙間。
遠くに何かが見える。
巨大な影。
まだ姿ははっきりしない。
だが。
目だけが見えた。
赤い。
二つの光。
俺の背筋に冷たいものが走る。
「……あれ」
父さんも見えている。
「見るな」
「え?」
「目を合わせるな」
父さんが俺の前に立つ。
だが。
遅かった。
巨大な影がこちらを向いた。
――グルルルル。
低い唸り声。
その瞬間。
【対象を認識】
【構造解析を開始】
【警告】
【対象の情報量が現在の能力値を超えています】
「……っ」
頭に激痛が走る。
「キラ!」
父さんが俺の肩を掴む。
「大丈夫!」
「無理に解析するな!」
「でも……」
俺は目を閉じる。
それでも頭の中に、巨大な構造が流れ込んでくる。
骨。
筋肉。
魔力。
心臓。
そして。
身体の中心にある巨大な魔力の塊。
「……核?」
俺は呟く。
そこだけ異常に濃い。
黒い魔力が集中している。
「見えた……」
でも。
それ以上は無理だった。
【解析中断】
表示が消える。
俺は膝をついた。
「はぁ……はぁ……」
頭が痛い。
鼻から血が流れる。
「キラ!」
父さんが俺を支える。
「大丈夫?」
「うん……」
俺は袖で鼻血を拭く。
「でも……分かった」
「何が?」
俺は森の奥を見る。
「魔物じゃない」
「……」
「普通の魔物じゃない」
父さんは何も言わない。
「身体の中に……普通じゃない魔力がある」
巨大な影が動く。
木々が揺れる。
だが。
こちらへは来ない。
しばらくすると、ゆっくりと森の奥へ戻っていった。
足音が遠ざかる。
――ドン。
――ドン。
――ドン。
やがて。
静寂。
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帰還
俺たちは森を出た。
今回の調査で得た情報は少ない。
それでも、重要なことが分かった。
森の異変には原因がある。
そして、その原因は。
森の奥にいる巨大な存在。
ギルドへ戻る。
受付嬢に報告すると、顔が青ざめた。
「……そんな魔物が?」
「姿は完全には確認できませんでした」
父さんが説明する。
「ですが、確実に何かいます」
俺は一枚の紙を取り出した。
そこには、俺が覚えている限りの魔物の特徴を書いてある。
大きさ。
目。
魔力。
そして。
身体の中心にある巨大な核。
「この情報は?」
受付嬢が聞く。
「俺が《構造解析》で見ました」
受付嬢が驚く。
「構造解析?」
「魔法です」
父さんが説明する。
「キラには特殊な魔法の才能があります」
受付嬢はしばらく俺を見る。
「……分かりました」
そして。
「この件は、ギルドの上位冒険者にも共有します」
「上位冒険者?」
「はい」
どうやら今回の件は、俺たち親子だけで解決するような話ではないらしい。
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その夜
屋敷へ戻った俺は、すぐに机へ向かった。
今日見たものを忘れないうちに書き出す。
森の奥に巨大な魔物
黒い魔力を持つ
魔物たちはそいつから逃げている可能性
身体の中心に巨大な魔力の核
そして最後に。
《構造解析》では完全解析できない
ペンを置く。
「……まだ俺には早い」
少し悔しい。
でも。
それ以上に興味がある。
いつか。
あの魔物を完全に解析できるようになりたい。
そのとき。
机の上に置いたステータスが変化した。
【構造解析:経験値を獲得】
【解析能力が上昇しました】
【部分解析Lv1】
「……え?」
俺は目を見開く。
《構造解析》にもレベルがある。
つまり。
使えば使うほど。
解析できるものが増えていく。
「これなら……」
俺は拳を握った。
いつか、あの魔物の構造も全部見られる。
そして。
《再構築》の謎にも近づける。
だが。
俺はまだ知らなかった。
森の奥にいた存在もまた――。
俺の存在を認識していたことを。
---
深夜。
森の奥。
巨大な影がゆっくりと目を開く。
黒い魔力が身体を巡る。
そして。
低い声が森に響いた。
「……解析者……」
誰にも聞こえない声。
巨大な魔物は、街のある方向を見る。
「……まだ……小さい」
そして。
再び目を閉じる。
森の奥に。
不気味な静寂が戻った。




