124話 南の封印へ
古代の転移装置が、低い音を響かせている。
だが、完全には動いていない。
映し出された南の景色も、今にも消えそうに揺らいでいた。
「……このままじゃ転移できない」
リリーが装置を調べながら呟く。
「南の封印から逆流している魔力が、転移路を壊しているわ」
「じゃあ、どうする?」
キラが尋ねる。
リリーは装置の奥を指差した。
「歩いて行くしかないわね」
「……やっぱり」
レティシアが苦笑する。
「楽な道はないか」
「残念ながら」
エリスが地図を広げた。
「でも、ここから南へ抜ける古い街道があるみたい」
「エリス、分かるの?」
「地図に残ってる。かなり古いけどね」
エリスは地図の一点を指した。
「この先に山道がある。そこを越えれば、さっき見えた場所に近づけるはず」
「決まりだな」
キラが剣を腰に戻す。
「南へ行こう」
---
神殿を出る。
空は曇っていた。
南へ進むほど、空気が重くなっていく。
森を抜け、荒れた街道へ入ったところで――
エリスが足を止めた。
「……待って」
「どうした?」
キラも止まる。
エリスはしゃがみ込み、地面を調べる。
「足跡」
「魔物?」
レティシアが周囲を見る。
「ううん。人間」
エリスが立ち上がった。
「しかも複数。かなり新しい」
リリーの表情が険しくなる。
「黒い紋章の連中ね」
「たぶん」
エリスが前方を見る。
「南へ向かってる」
キラは少し考えた。
「追いかけよう」
「うん」
四人は足跡を追った。
しばらく進んだ先。
街道の脇に、小さな荷車が倒れていた。
「……誰かいる!」
レティシアが駆け寄る。
荷車の陰には、旅人らしき男性が倒れていた。
「大丈夫ですか!」
キラが膝をつく。
男は苦しそうに目を開けた。
「……み……南へ……行くな……」
「何があったんですか?」
「黒い……紋章の奴らが……」
男の腕には、黒い跡が残っていた。
「……山の向こうへ……向かっていた……」
「何人くらいいた?」
エリスが尋ねる。
「……十人……いや……もっと……」
男は震える手で南を指した。
「奴らは……封印を……」
そこで意識を失った。
「封印を……?」
レティシアが呟く。
キラは立ち上がった。
「やっぱり急がないと」
---
山道へ入る。
エリスが先頭を歩いた。
「ここ、気をつけて」
「何かある?」
「罠」
地面に細い糸が張られている。
キラが目を細める。
「……全然見えなかった」
「私も最初は見えなかったよ」
エリスは弓を取り出し、少し離れた木を射抜いた。
ヒュッ!
矢が刺さる。
すると――
ガコンッ!
斜面から巨大な岩が転がってきた。
「来るぞ!」
キラが叫ぶ。
「任せて!」
レティシアが前へ出る。
剣を両手で握り――
「――はぁっ!」
ドンッ!
岩の側面へ斬撃を叩き込む。
岩の軌道がわずかに逸れ、山道の横へ落ちていく。
「危なかった……」
レティシアが息を吐く。
「助かった」
キラが言う。
「エリス、まだ罠はある?」
「ある」
即答だった。
「この先、三つ」
「多いな」
「でも大丈夫」
エリスは弓を構える。
「私が見つける」
一本。
二本。
三本。
次々と矢が飛び、隠された仕掛けを破壊していく。
「道は開いたよ」
「さすがだな」
キラが笑う。
「こういう場所なら、任せて」
---
そして山道を抜けた。
そこには、巨大な谷が広がっていた。
谷の向こう。
遠くに、昨日見たものと同じ青白い柱が見える。
だが――
昨日より明らかに亀裂が増えている。
「……あれが南の封印」
ルナが呟く。
その瞬間。
ズズズズズ……!
大地が揺れた。
「地震!?」
レティシアが身構える。
違う。
地面の下から――
何かが這い上がってくる。
「来る!」
エリスが叫んだ。
谷の斜面が崩れる。
そして巨大な魔物が姿を現した。
全身を黒い魔力に覆われた――巨大な獣。
「……でかい」
キラが剣を抜く。
魔物が咆哮した。
「グオオオオオッ!!」
「私が正面を受ける!」
レティシアが走り出す。
「エリス、援護を!」
「分かった!」
矢が放たれる。
魔物の目へ一直線に飛ぶ。
ギィン!
魔物が顔を振り、矢を弾いた。
「硬い!」
「なら、俺が!」
キラが魔力を纏わせる。
剣に風が集まる。
「――《ウィンドエッジ》!」
キラが踏み込む。
ザンッ!
魔物の脚へ斬撃を入れる。
だが――
「浅い!」
魔物が腕を振る。
キラは身体を低くしてかわす。
その直後。
「キラ、下がって!」
レティシアが割り込んだ。
ガキィィン!
巨大な爪を剣で受け止める。
「ぐっ……!」
「レティシア!」
「まだ……大丈夫!」
レティシアは爪を受け流し、懐へ入り込む。
「――そこ!」
ザシュッ!
斬撃が魔物の腹部を切り裂いた。
「今!」
エリスの矢が傷口へ飛び込む。
ドスッ!
魔物が大きくよろめいた。
しかし――
黒い紋章が傷口に浮かび上がる。
「……まただ」
キラが呟く。
「こいつも操られてる」
ルナが前へ出る。
「なら、私が……!」
青白い紋章が輝く。
しかし。
「っ……!」
ルナの膝が崩れた。
「ルナ!」
キラが支える。
「まだ……力が足りない……」
「無理するな!」
その時。
南の封印から、青白い光が走った。
ルナの胸の紋章が、それに呼応する。
そして――
魔物の身体から、黒い紋章が一瞬だけ浮かび上がった。
キラはそれを見逃さなかった。
「……あそこだ」
黒い紋章の中心。
細い黒い糸が、南の封印の方向へ伸びている。
「レティシア!」
「任せて!」
「エリス!」
「分かってる!」
二人が同時に動く。
レティシアが魔物の攻撃を引きつける。
エリスが黒い糸の位置を狙う。
キラは剣に魔力を集めた。
「――この糸を切れば!」
「いける!」
エリスの矢が黒い糸を一瞬だけ止める。
キラが走る。
「――はぁぁぁっ!」
ザンッ!!
黒い糸が――
一本、断ち切られた。
魔物が咆哮する。
だが、まだ終わっていない。
南の封印へ続く黒い糸は――
あと二本。
キラは剣を構え直した。
「……全部、切る」
そして南の封印の奥で――
何かが、ゆっくりと目を開いた。
第124話 終




