113話 西へ急げ
東の封印を守る戦いを終えたキラたちは、森を抜けて町へ戻っていた。
空はすっかり夕暮れに染まり、木々の隙間から赤い光が差し込んでいる。
「……さすがに疲れたな」
キラは肩を回しながら歩く。
「当然でしょ。あれだけ戦ったんだから」
レティシアが呆れたように言った。
「でも、キラ。最後はちゃんと剣で守ってたね」
エリスが微笑む。
「魔法だけじゃ、あいつには届かなかったからな」
キラは腰の剣を見る。
東の封印で戦ったあの守護者。
攻撃すればするほど封印が壊れていく、特殊な相手だった。
だからこそ――
「剣で斬るんじゃなくて、剣で受け止める……か」
「何?」
レティシアが振り返る。
「いや。剣の使い方って、まだまだあるんだなって思ってさ」
「ふふ。今さら気づいたの?」
「レティシアに言われると悔しいな」
「じゃあ勝負する?」
レティシアが腰の剣に手を添える。
「今ここで?」
「冗談よ」
そう言って笑ったレティシアだったが――
その直後。
ルナが突然立ち止まった。
「……待って」
「ルナ?」
全員が振り返る。
ルナは西の方角を見つめていた。
「……また、感じます」
「黒き核か?」
「違います」
ルナの顔が強張る。
「これは……黒き核そのものじゃない」
「じゃあ何なんだ?」
「……封印です」
キラたちの表情が変わった。
「封印……?」
ルナは小さく頷く。
「東だけじゃない。西にもあります」
キラは、以前の男の言葉を思い出した。
――次は西だ。
「……やっぱり、あいつの狙いは一つじゃない」
エリスが弓を握り直す。
「つまり、次の封印を壊しに行くってこと?」
「たぶんな」
キラは西を見た。
「だったら、先に行こう」
「キラ」
「東の封印は守れた。でも、あいつが別の場所を狙ってるなら放っておけない」
レティシアが笑った。
「そう言うと思った」
「私も行くよ」
エリスも続く。
「もちろん、私も……」
ルナが一歩前に出る。
「私も行きます」
キラはルナを見る。
「怖くないのか?」
「怖いです」
ルナは正直に答えた。
「でも……逃げたくない」
その言葉に、キラは静かに頷いた。
「分かった。一緒に行こう」
「うん」
その時だった。
森の奥から――
ガサッ。
枝が揺れた。
「……来るよ」
エリスが弓を構える。
次の瞬間。
黒い毛並みの狼が三体、木々の間から飛び出してきた。
その身体には――
黒い紋章。
「またか!」
キラが剣を抜く。
一体目が真正面から飛びかかってきた。
「キラ!」
「任せろ!」
キラは踏み込む。
狼の爪が振り下ろされる。
ガキィン!
剣で受け止める。
「くっ……!」
重い。
だが、キラはそのまま刃を滑らせ――
「そこだ!」
斜めに斬り上げる。
狼が体勢を崩した。
「キラ、右!」
「分かってる!」
二体目が横から迫る。
その瞬間――
ヒュンッ!
エリスの矢が狼の足元へ突き刺さった。
「動きを止めた!」
「助かる!」
キラは一気に距離を詰める。
「《ウィンドカッター》!」
風の刃が狼の前を走り、動きを鈍らせる。
そこへレティシアが飛び込んだ。
「――はっ!」
一閃。
黒い紋章を断ち切る。
狼の身体から黒い霧が噴き出した。
「まだ来る!」
残った一体がルナへ向かう。
「ルナ!」
キラが走る。
だが――
「大丈夫!」
ルナが手を伸ばした。
黒い紋章が、一瞬だけ青白く光る。
狼の動きが止まった。
「……え?」
狼は苦しそうに唸りながら、その場に崩れ落ちた。
黒い霧が抜けていく。
「ルナ……今のは?」
「分かりません……」
ルナ自身も驚いていた。
「ただ、この子が……苦しんでいるのが分かったんです」
キラは倒れた狼を見る。
黒い紋章は消えていた。
「やっぱり……」
東で戦った守護者。
そして今回の狼。
どちらも、何者かに利用されている。
「黒き紋章の連中は、封印だけじゃなくて……そこにいる存在まで操ってるのか」
キラが拳を握る。
「だったら、止めないとな」
その時。
西の空から――
ドォォォン!!
巨大な音が響いた。
遠くの山が、一瞬だけ青白く光る。
「……!」
ルナが青ざめた。
「西の封印が……」
「まさか、もう始まってるのか!?」
キラは剣を握り直した。
「急ぐぞ!」
四人は西へ向かって走り出す。
その先に待つのが、東の封印よりも遥かに危険な戦いになることを――
この時のキラたちは、まだ知らなかった。
そして西の山では。
黒い紋章を刻んだ男が、ゆっくりと笑っていた。
「東は失敗した」
男の前には、巨大な石碑。
その表面には無数の亀裂が走っている。
「だが……西は違う」
石碑の奥から、
ドクン。
心臓のような音が響いた。
「ここには、もっと古いものが眠っている」
男は手を伸ばす。
「さあ――目を覚ませ」
――西の封印が、大きく揺れた。
第113話 終




