112話 再封印
『――今も生きているのか?』
石碑の向こうから響いた声。
その問いに、ルナは答えられなかった。
「……分かりません」
小さな声だった。
「アシュレインたちが今どこにいるのか……私には……」
キラはルナを見る。
「大丈夫だ」
「え……?」
「俺たちは知ってる」
キラは剣を握ったまま、はっきりと言った。
「アシュレインも、リリーも、リゼッタも生きてる」
ルナの目が大きくなる。
「本当に……?」
「ああ」
キラは頷いた。
「俺たちは三人に会ってる」
レティシアも続く。
「少なくとも、私たちが知っている限りでは元気よ」
「……そう、ですか」
ルナの瞳に涙が浮かぶ。
「よかった……」
その瞬間。
石碑の向こうから響いていた声が、途切れた。
『……そうか』
「?」
キラが石碑を見る。
先ほどまで荒れ狂っていた黒い魔力が、ほんの少しだけ弱くなった。
「今……弱くなった?」
エリスが気づく。
ルナも驚いた。
「はい……」
「どういうこと?」
「分かりません」
ルナが石碑へ手を当てる。
「でも、あの声は……三人が生きていると知って、少し落ち着いたような……」
キラは眉をひそめる。
「じゃあ、あの中にいる奴はアシュレインたちを知ってる?」
「おそらく」
そのとき。
黒い外套の男が動いた。
「くだらない話は終わりだ」
「!」
キラが振り返る。
男が黒い魔力を集めている。
「ここまで来た以上、計画を邪魔させるわけにはいかない」
「まだやるのか!」
キラが剣を構える。
しかし――
男の魔力が突然乱れた。
「なに……?」
男が自分の腕を見る。
黒い紋章が、不規則に明滅している。
「これは……」
ルナが呟いた。
「石碑が、あなたの魔力を拒んでいる」
「……!」
男の表情が変わる。
「そんな馬鹿な」
石碑の青白い光が強くなっていく。
そして――
黒い魔力が、男から引き剥がされた。
「ぐっ……!」
男が膝をつく。
キラはその隙を逃さない。
「今だ!」
一気に距離を詰める。
「はぁっ!」
――ガキン!
男の短剣を弾き飛ばす。
さらに剣を振る。
男は身を反らしてかわす。
「くっ……!」
レティシアも横から入る。
「逃がさない!」
――キィン!
男は二人の剣を避けながら後退する。
エリスが弓を構えた。
「そこ!」
――ヒュン!
矢が男の足元へ突き刺さる。
「っ!」
動きが止まる。
キラが踏み込む。
「これで――!」
だが。
男の身体が黒い霧に包まれた。
「また逃げる気か!」
「今回は……私も無事には帰れないようだな」
男は苦しそうに笑う。
「だが、東の封印はもう弱った」
「何?」
「次は――」
黒い霧が濃くなる。
「西だ」
「西……?」
キラが聞き返す。
「封印は一つじゃない」
男の姿が消えていく。
「お前たちが一つ守る間に、別の場所が壊れる」
「待て!」
キラが手を伸ばす。
しかし、男は完全に消えてしまった。
「逃げられた……」
エリスが悔しそうに呟く。
レティシアが剣を収める。
「でも、情報は得られたわ」
「西……」
キラは考える。
東の封印。
そして西の封印。
黒い紋章の組織は、複数の封印を狙っている。
そのとき。
――ピシッ。
石碑から音がした。
「まだ何かある!」
ルナが叫ぶ。
石碑の亀裂が少しずつ閉じていく。
そして、中央に新たな文字が浮かび上がった。
『東の封印、再封印完了』
「……!」
キラたちは顔を見合わせた。
ルナが目を見開く。
「封印が……戻った」
「俺たちが守ったから?」
「たぶん……」
守護者がゆっくりと立ち上がる。
黒い霧は完全に消えていた。
その姿は、もう恐ろしい怪物には見えない。
ただ静かに石碑の前へ戻っていく。
そして――
キラへ向かって、頭を下げた。
「……!」
キラも少し驚きながら、剣を収める。
「ありがとう」
守護者は何も答えない。
ただ、その身体が青白い光へ変わっていく。
「消えていく……」
エリスが呟く。
やがて光は石碑へ吸い込まれた。
静寂。
戦いは終わった。
キラは空を見上げる。
「西か……」
レティシアが隣に立つ。
「どうする?」
キラは少し考えてから答えた。
「まず街に戻る」
「ギルドに報告?」
「ああ」
そして――
「そのあと、リリーたちに会いに行こう」
ルナが顔を上げた。
「私も……会いたいです」
キラは笑う。
「もちろん」
こうして東の封印を巡る戦いは終わった。
しかし。
黒い紋章の組織が狙う封印は、まだ残っている。
そして彼らが向かう次の場所は――
西の石碑。
そこには、キラたちの知らない新たな秘密が待っていた。
第112話 終




