107話 東へ
古代遺跡を後にしたキラたちは、森の中を歩いていた。
先ほどまでの異様な静けさは消えていた。
鳥の鳴き声。
木々のざわめき。
遠くから聞こえる魔物の気配。
いつもの森に戻ったように感じる。
「……静かになったね」
エリスが振り返る。
「遺跡から離れたからでしょう」
レティシアが答えた。
キラは黙って歩いていた。
頭の中には、あの言葉が残っている。
――次の封印、東へ。
そして――
――封印は、すでに壊れ始めている。
「キラ?」
ルナが声をかける。
「どうした?」
「難しい顔をしています」
「……ちょっと考えてた」
キラは空を見上げた。
「東にある封印って、どこなんだろうな」
「分かりません」
ルナは首を横に振る。
「でも、私の記憶の中に一つだけ……」
「何かあるのか?」
「はい」
ルナが東の方角を見る。
「昔、リリーが言っていました」
「何て?」
「『東の大地には、古い魔力の流れがある』と」
レティシアが反応した。
「それって、封印と関係している可能性が高いわね」
「うん」
エリスも頷く。
「でも、東ってかなり広いよ」
「まずは街に戻って、情報を集めよう」
キラが言った。
「ギルドなら古い遺跡の記録があるかもしれない」
「賛成」
四人は森を抜けるため、歩く速度を上げた。
そのときだった。
「……待って」
レティシアが突然足を止める。
「どうした?」
「誰かいる」
全員が立ち止まった。
エリスがすぐに弓を構える。
「どこ?」
「前方……木の向こう」
キラも剣に手をかける。
すると――
「助けてくれ!」
男の声が聞こえた。
「!」
キラが走り出す。
「待って、キラ!」
レティシアも追いかける。
木々を抜けると、そこには一人の冒険者が倒れていた。
「大丈夫か!」
キラが駆け寄る。
男は傷を負っていた。
しかし、致命傷ではない。
「……冒険者……か?」
「ああ。何があった?」
「魔物に……襲われた」
「魔物?」
男は震える手で森の奥を指差した。
「黒い……紋章が……」
キラの表情が変わる。
「またか……」
男は続ける。
「普通の魔物じゃない……」
「どんな魔物だった?」
「分からない……」
男は苦しそうに息を吐く。
「東へ向かっていった……」
「東?」
キラたちは顔を見合わせた。
レティシアが尋ねる。
「何体いたの?」
「……三体」
エリスが弓を握り直す。
「三体とも東へ?」
「ああ……」
キラは立ち上がった。
「この森を抜けたら、東側へ向かう街道がある」
「まさか……」
レティシアが察する。
「封印の場所へ向かっている?」
「可能性はある」
キラは剣を抜いた。
「このまま放っておけない」
エリスが頷く。
「行こう」
ルナも続いた。
「私も行きます」
「危険かもしれないぞ」
「分かっています」
ルナは真っ直ぐキラを見る。
「でも、あの魔物たちは……私と関係がある気がします」
キラは少し考えた。
そして頷く。
「分かった」
四人は東へ向かった。
---
しばらく進むと、木々の間に巨大な足跡が現れた。
「大きい……」
エリスがしゃがみ込む。
「これ、さっきの魔物のもの?」
レティシアが確認する。
キラは足跡を見る。
「たぶん違う」
「どうして?」
「こっちは三本爪だけど……」
キラが別の足跡を指差す。
「こっちは四本だ」
「……つまり」
「別の魔物もいる」
その瞬間。
――ガサッ。
背後の茂みが揺れた。
全員が振り返る。
「来る!」
レティシアが剣を抜く。
茂みから飛び出したのは――
巨大な狼だった。
しかし、その体には黒い紋章が刻まれている。
「また黒い紋章!」
エリスが矢を放つ。
――ヒュン!
狼が横へ飛ぶ。
「速い!」
キラが走る。
狼がキラへ飛びかかる。
「《ウィンドシールド》!」
風の壁が展開される。
――ドン!
狼の突進が止まった。
「今だ!」
レティシアが横から斬り込む。
――ガキン!
狼が爪で剣を受け止める。
「くっ……!」
そこへエリスの矢が飛ぶ。
狼が身をひねって避ける。
「キラ!」
「ああ!」
キラは剣を構え直す。
狼が再び飛びかかってくる。
キラは一歩だけ後ろへ下がった。
そして――
「《ウィンドバレット》!」
風の弾丸が狼の足元を撃ち抜く。
狼の体勢が崩れる。
「レティシア!」
「任せて!」
レティシアが踏み込む。
一閃。
狼の黒い紋章を正確に斬り裂いた。
「ギャアアアッ!」
狼が倒れる。
黒い霧が体から抜けていく。
ルナが近づく。
「……やっぱり」
「何か分かった?」
キラが尋ねる。
ルナは頷いた。
「この魔物も、操られていました」
「じゃあ、操っている奴がいる」
キラが東を見る。
森の向こう。
遠くに、小さな山が見えていた。
そしてその山頂に――
一瞬だけ。
黒い光が走った。
ルナが息を呑む。
「……あそこです」
「封印がある場所?」
「分かりません」
ルナは震える声で答えた。
「でも……」
「私の記憶が、あそこを知っています」
キラは剣を握り直した。
「じゃあ、行こう」
四人は東へ進み始める。
その頃。
遥か東の山中では――
黒い外套の男が、一つの巨大な石碑の前に立っていた。
石碑には、亀裂が入っている。
男は静かに笑う。
「あと少しだ」
そして――
石碑の奥から、巨大な黒い目が開いた。
第107話 終




