王妃陛下、返却窓口を監査導線にする
返却窓口に、王妃陛下が来た。
供も少ない。
宝石も控えめ。
けれど廊下の空気だけが、きれいに背筋を伸ばした。
ノエルは立ち上がり、深く礼をする。
「王宮返却窓口へようこそ。返却申請でしょうか」
王妃は小さく笑った。
「ええ。返したいものがあります」
侍女が差し出したのは、薄い銀の鍵だった。
「これは先代王の時代に作られた、旧書庫の鍵です。管理台帳では儀礼室へ返却済みになっている。けれど実物は、わたくしの私室の金庫に残っていました」
ノエルは台帳を開く。
旧書庫の鍵。
返却済み。
受領印あり。
だが印影が薄い。
「受領印の年号が、帳簿の紙質と合いません」
シルヴァンが横から覗き込む。
「あとから押されたものですね」
王妃は頷いた。
「その旧書庫には、王宮備品の貸与記録が残っています。第一王子の件だけではない。贈与品と備品を混同する癖は、王宮全体に広がっているようです」
ノエルは銀の鍵を受け取った。
「返却先は、儀礼室ではありません」
「どこへ?」
「王室監査官立ち会いのうえ、旧書庫へ。鍵は本来の扉に戻すべきです」
王妃の目が、少し鋭くなる。
「あなたなら、そう言うと思いました」
その日の午後、旧書庫の扉が開いた。
埃の匂い。
古い紙。
そして、返されたことになっている品々の貸与簿。
シルヴァンが最初の棚で足を止めた。
「爵位証の写し、宝飾品の貸与状、婚約登録品の移管記録……これは窓口だけで扱える量ではない」
「だからこそ窓口から始めます」
ノエルは鍵を布の上に置く。
「物は、入口を間違えると、出口も間違えます。返却窓口が入口を正せば、嘘の流れも見えるはずです」
王妃は満足そうに扇を閉じた。
「本日より、返却窓口に王室監査官の定期確認を入れます。ノエル、あなたは記録照合主任として協力なさい」
左遷されたはずの窓口に、正式な役目が生まれた。
ノエルは台帳の新しいページに、銀の鍵の番号を書く。
返すべきものが多すぎる。
けれど初めて、その多さが恐ろしくなかった。
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