捨てられた婚約指輪の持ち主を探します
午後、窓口に古い婚約指輪が届いた。
差出人不明。箱には「もう要らない」とだけ書かれている。
ノエルは指輪の内側を見た。刻印は削られているが、台帳番号が残っている。
「十年前の王宮登録品です」
シルヴァンが記録を取り寄せると、指輪はある子爵令嬢のものだった。だが彼女はすでに修道院へ送られ、婚約破棄の記録もない。
「返却されないまま、誰かが持っていた」
「つまり、婚約破棄すら正式に処理されていない」
物には持ち主がいる。
そして、名誉にも持ち主がいる。
ノエルは返却通知を書いた。
『あなたのものが、王宮に届いています』
翌日、年若い修道女が窓口に現れた。
彼女は指輪を見て、泣いた。
「捨てられたのは、わたしではなかったのですね」
ノエルは静かに答える。
「少なくとも、記録はそう言っています」
修道女の名はエマ。十年前、婚約者に突然捨てられたとされ、実家からも責められたという。
「指輪を返さなかったから、わたしが契約を破ったことになったのです」
シルヴァンが古い受領書を机に並べる。
「受領印がありません。誰かが指輪を隠し、返却不能のまま処理した」
ノエルは新しい申請書を出した。
「返却だけでは足りません。未処理の婚約登録を訂正します」
エマは震える指で署名した。
十年前に失くしたのは、指輪ではない。
自分が悪くなかったという記録だ。
窓の外を見て、シルヴァンが言う。
「この窓口は、思ったより忙しくなりそうですね」
ノエルは台帳を閉じる。
「返すべきものが多すぎますから」
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