返却できない信用には、回復期限があります
翌朝、返却窓口の前に行列ができていた。
宝飾品を抱えた侍女。
古い貸与証を握る文官。
誰かに預けたまま戻らない手紙の控えを持つ老婦人。
ノエルは番号札を配りながら、息を整える。
「一件ずつ確認します。返せるものは返します。返せないものは、返せない理由を記録します」
列の後ろで、第一王子が立っていた。
護衛も少なく、顔色も悪い。
彼は窓口へ来ると、小さな箱を差し出した。
「これは、君に返す」
中に入っていたのは、婚約時にノエルが贈った栞だった。
派手な宝石ではない。
所有権台帳の写しを読む時、紙を傷めないよう薄い銀で作った栞。
ノエルは箱を受け取らなかった。
「返却理由をお願いします」
「……謝りたい」
「謝罪は返却理由ではありません」
王子が唇を噛む。
シルヴァンが一歩横に立った。
「殿下。窓口では、感情も手続きの外には置けません。何を返すのか、何を戻したいのかを明確に」
王子は長く黙った。
「信用を戻したい」
ノエルは台帳を閉じる。
「信用は、返却できません。積み直すものです」
窓口の空気が静かになった。
「ただし、回復期限を記録することはできます。王宮備品の私物化、虚偽申請、贈与品の混同。すべての是正を終えた後、あなたの行動記録を監査室が確認する。それが最初の一歩です」
「君は、まだ私を罰したいのか」
「いいえ」
ノエルは銀の番号札を一枚置いた。
「返却窓口は、罰を与える場所ではありません。戻せるものを戻し、戻せないものの理由を残す場所です」
王子は栞の箱を抱え直した。
「では、これは」
「あなたが持っていてください。次に台帳を読む時、紙を折らないために」
王子は初めて、返すより先に学ぶ必要があるのだと理解した顔をした。
列がまた進む。
ノエルは次の申請書を受け取った。
捨てられた信用。
返されなかった名誉。
行き場を失った手紙。
王宮返却窓口は、今日も地味だ。
けれど地味な棚の奥で、王宮の嘘は少しずつ、本来の持ち主へ戻り始めていた。
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