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その音が、鳴る理由  作者: 夜留タクト
第七章 繋がり
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第三十六話 家族の音①

〜前回のあらすじ〜


隆志たちは白田の父に纏わるエピソードをまじまじと聴いた。


昨年5月に、車に跳ねられ死亡。

そんな儚い運命に、一同は言葉を失う。


そんな白田も、隆志たちと出会ったことにより少しずつ心を開いていった。


どこか茂則に似ている仲間の目を受け止め、白田は決意を固める。


 同時刻。

 出番を控える香織たちは、屋上でお弁当を広げていた。


 雪穂の二人の弟、聡と匠海。

 美羽の妹の結衣。


 さらに智子の歳の離れた兄——晃樹と、その妻の萌実。


 コンテストを見に来たメンバーの家族たちも、一緒に場を囲んでいる。


 まだ香織と菫が、ナギサノユラギのメンバーだった頃。貴子と二人で歌詞を作った楽曲——『揺らめき』。


 隆志にまだ言えていない想いも綴ったその曲は、今ではもう、貴子一人のものになっている。


 その悔しさを切り替えさせようとした智子の計らいだったが、集まってみれば、想像以上に賑やかだった。


 ……といっても、その大半は美羽と智子なのだが。


「ちょっと結衣! ウチにも唐揚げ食わせろし!!」

「ダメ。お姉ちゃん、この間痩せたいって言ってたでしょ」


 結衣は姉の弁当を指差した。


「智子さんに組んでもらったメニューだって、碌に取り組んでないじゃん」

「……明日から本気出すし!」

「はいはい。それ七十六回目」


「はぁ!?」


 美羽は自分の昼食を見下ろした。


 野菜。

 卵焼き。

 そして芋。


「肉は!? ウチ、今日めっちゃ頑張ったし!!」

「何を?」

「朝ちゃんと起きた!」

「勝ち誇ったように言うことじゃないから」


 結衣は姉の高いテンションを、いつものように冷静に受け流していく。


 子どもの頃から変わらない風景に、香織は思わず吹き出した。


「相変わらず結衣ちゃんはしっかりしてるね」

「お姉ちゃんがダラけてるだけです。

 もしご迷惑かけることあったら、容赦なく怒っていいので」


 呆れた口調。

 けれど、その表情にはどこか寂しさも滲んでいた。


 美羽が隙を見て結衣のタピオカへ手を伸ばす。


 スッ。


 結衣は無言で反対側へ置き直した。

 美羽の手が空を切る。


「なんで遠ざけるし!」

「ダメなものはダメ」


 結衣はそのまま、見せつけるようにタピオカドリンクを飲み干していく。


「うわぁぁぁぁ!! 結衣ぃぃぃ!!」


 大袈裟な美羽の嘆きに、周囲から笑い声が漏れた。


 一方、智子と雪穂は柔軟運動をしていた。


 現役スポーツトレーナーの晃樹が雪穂の身体を押し、緊張で強張った身体をゆっくりと解きほぐしていく。


「そう。息吐いて。ゆっくり」

「……もう少し……もう少し」


 ピクピクと震える雪穂の表情を、聡と匠海はそれとなく見守っていた。


 智子の方は補助なしで胸まで床についている。

 隣で苦戦している雪穂を、昔を懐かしむような視線で見つめていた。


「智子ちゃん。柔らかくなったね」

「萌実さんたちのご指導のおかげですよ」


 萌実は大きなお腹を撫でながら、智子へ笑いかける。


 晃樹と萌実は、高校時代からの付き合いだった。

 二人とも同じ陸上部に所属し、大学卒業後はそれぞれトレーナーとして独立。その後、結婚した。


 十月には、念願の第一子が生まれる予定だ。


 智子も幼い頃から、遊びの一環で二人のトレーニングに付き合ってきた。

 その甲斐あって、今では男子も顔負けなほどの身体能力を身につけている。


 もし智子も運動部に所属していたら、今頃は実業団から声がかかっていたかもしれない。


 とはいえ——。

 智子が身体を鍛えるようになったのには、他にも理由があるわけだが。


「ともっち! ウチもやる〜〜!!」


 美羽は結衣や香織との話をよそに、智子の元へ駆け寄った。


 そのまま隣に並び、勢いよく開脚する。


「待って! 広がらないんだけど」

「美羽、相変わらず身体硬いよね〜」


 智子は身体を起こし、抹茶プロテインを一気に飲み干す。


 そして——。


「ほら、力抜いて」

「え?」


 ぐいっ。


「ちょっとタンマ! マジ無理!!」

「手加減はいけませんぞ〜」

「美羽、さすがに固すぎじゃね」


 雪穂は手鏡を覗き込みながら汗を拭き、呆れたように笑う。


 聡と匠海も、横から揶揄っている。


「これから本気出すし!」

「いいから黙ってやるよ〜」


 智子は楽しそうに笑いながら、さらに美羽の背中を押した。


「ぎゃああああ!!」


 美羽の悲鳴が、白昼の青空へ溶けていく。

 その光景に、結衣と香織は小さく息を吐いた。


「……みっともなくて、すみません」

「……慣れちゃった」


 子どもの頃から、いつだってくだらないことで騒いでいる。


 呆れてしまうほどのテンションの高さも、付き合いが長くなれば、いつしか可愛く思えてくるものだ。


「……今でもびっくりです。

 お姉ちゃん、楽器とか一つもできなかったのに」

「ね! 私も絶対嘘だと思ってた」

「昔から、何かをやり切ったことなんて見たことなかった」

「……結衣ちゃんとも、それでよく揉めてたよね」

「はい」


 結衣は勢いよく即答した。

 けれど、その表情には確かな寂しさも含まれている。


 智子や晃樹たちとはしゃぐ美羽の声が、青空に響いていた。


「……今日、絶対勝ってくださいね」


 結衣の声は静かだった。

 けれど、その瞳には強い意志が宿っている。


 結衣は昔から、香織に信頼を寄せていた。

 調子のいい姉を、二人で何度も宥めてきた。

 隆志も、時々そこに加わっていた。


 香織と結衣は、美羽へ視線を向ける。

 智子を振り払おうと逃げ出そうとする美羽だったが、雪穂や晃樹にすぐ捕まってしまう。


 また笑い声が起こり、屋上の空気が和んだ。


「……香織さんも、負けないでください」

「え?」

「……隆志さん。まだ好きなんですよね?」

「ちょ、ちょっと結衣ちゃん!」

「いやだって、お姉ちゃんいつも言ってましたもん」


 結衣の言葉に、香織は思わず息を呑んだ。


 隆志と香織の間を取り持ちたい。

 貴子とも、前までと同じように仲良く話せるように戻ってほしい。

 練習で躓くたび、美羽はそう自分に言い聞かせながら、何度も食らいついていたという。


 見せたことのない幼馴染みの一面に、香織は再び美羽へと視線を向けた。


「ちょっ! ギブギブ!!

 ゆきゆきも、さっちゃんも助けてよ〜!」

「やだ」

「さっちゃんって女じゃねぇし!」


 雪穂の上の弟——聡も、美羽の扱いがわかってきたようだ。


 人見知りではあるが、ユーモアのセンスは高いらしい。


「……お姉ちゃん。ああ見えて、抱え込みやすいので」

「……そうかもね」


 香織は、高校入学前に隆志と初めての大喧嘩をした夜を思い出した。


 あのときも、美羽は自分のことのように泣いてくれた。


 かつて憧れた歌い手、りさこわも。

 彼女の音によって、隆志と香織のすれ違いは多くなった。


 その彼女本人と高校で出会い、今度は同じ人に好意を寄せてしまった。


 あの日の衝突が、形を変えて再び自分の身に降りかかってくる。

 そんな未来など、あの頃の香織は想像すらしていなかった。


「……香織さん」


 結衣は香織に向き直り、真っ直ぐに見つめた。


「……お姉ちゃんのこと、これからもよろしくお願いします」

「……うん」


 香織はそっと、結衣の手を握りしめた。


 清々しいほど澄み切った青色。

 それは、美羽のように輝かしかった。


「……へぇ。あの子、ちゃんとお姉ちゃんしてるんだね」


 タオルを首に巻いた雪穂が、いつの間にか二人の側まで戻ってきていた。


「……アタシらからも、

 美羽のこと、これからも支えてあげてね」

「……もちろんです」


 結衣は静かに頷いた。

 その決意を、雪穂も深く受け止める。


「まぁでも、碌でもないことやらかしたら、

 アタシや智子がお仕置きしておくからよ」

「遠慮なくやっちゃってください」


 三人は顔を見合わせ、ふふふと笑い合った。


 当の美羽は、いつの間にかうつ伏せになり、智子のマッサージを受けている。


 しかし、こちらでも悶絶していた。


「あだだだだだだだだ!!」

「これは、定期的にやらないといけませんな」

「もう! お姉ちゃんうるさい!」


 結衣は美羽の側へ寄り、智子に加わって戯れ始めた。

 香織と雪穂も、しばらくその賑やかさを見守っていた。


「香織。私、先にメイク直しちゃうね」

「あー。そろそろ時間だね」


 雪穂は立ち上がり、服についた埃を軽く払った。


「……アタシらにしかできない演奏、見せつけてやろうぜ」

「そうだね」


 二人は拳を合わせ、笑い合う。


「智子! 匠海と聡、頼んだよ!!」

「おけ〜。アタシたちも後で行く〜」


 雪穂は一度だけ香織を振り返り、そのまま屋内へ戻っていった。


 時刻は間もなく、午後一時四十五分。


 二時から、午後の部が始まる。


 もう、一人だけの戦いではない。


 美羽も。

 雪穂も。

 智子も。

 菫も。


 ここまで一緒に歩いてきた。

 香織は深く息を吸い、目を閉じる。


 ——絶対に、負けない。


 そう胸の中で呟いた、そのときだった。

 ふと、香織の脳裏に一人の姿が浮かんだ。


 只ならぬ雰囲気で楽屋を飛び出していった菫。

 昼休みの喧騒から少し離れた場所。

 別室にいるはずの彼女は、今どうしているのだろう。


 香織は、わずかに眉を寄せた。



 ——大丈夫かな。

ご覧いただきありがとうございます


久しぶりの香織サイド。

何気に智子が一番執筆が進むかもですね。


さぁさぁ、次回はどうなる?

昼休み編も後半へ突入します。お楽しみに!


夜留タクト

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