第三十三話 繋がりの音
〜第一部あらすじ〜
隆志たち率いるナギサノユラギは、全国高校生バンドコンテストに参加している。
合宿。夏祭り。メンバーの離脱。新たな出会い。文化祭。
そうした出来事を乗り越え、今日を迎えた。
隆志が想いを寄せる貴子は、かつて伝説の歌い手と言われた”りさこわも”。
その失踪の真相と再び歌う理由を胸に、一つ一つを音に込め、最高潮のパフォーマンスを見せつける。
一方、ライバルの香織たちも出場している。
隆志への想いを譲れない香織。貴子と歪な火花を散らす菫。
午後の部の香織たちの挑戦のときが、迫っていく……。
♫♫♫
昼休み。
午前の演奏を終えた隆志たちは、文化会館一階のテラス席で、パスタやサンドイッチを頬張っていた。
テーブルを囲んでいるのは、隆志、貴子、白田。
そしてもう一人——竹島源馬。
白田の父の教え子で、白田が幼い頃から家族ぐるみの付き合いがある男だ。
白田の三人の弟たちも、昔から源馬によく懐いているらしい。
その隣のテーブルでは、南と好恵が白田の弟たちを相手に遊んでいた。
人見知りな二番目の冬磨。
やんちゃで好奇心が旺盛な三番目の悠三。
食いしん坊でイタズラ好きな末っ子の竜之介。
個性豊かな白田の家族の笑い声が、何よりも微笑ましい。
白田の母親と、陽菜という少女もその様子を見守っている。
一週間前。
バンドメンバー全員で茂則の墓参りをした後、白田の家族と一度だけ食事をした。
たった一度、それだけの付き合い。
それでも、南と好恵のことが気に入ったのか、三人の弟たちは二人を見つけるなり、積極的に話しかけていた。
その流れで、自然とこんな席割りになったらしい。
陽菜は白田と同じ小中学校に通っていた幼馴染みだ。
学年も同じ。
雰囲気だけで言えば、ナギサノユラギの中では好恵が一番近いかもしれない。
文化祭のときも、白田の演奏を見に来ていたらしい。
それでも、ちゃんと話をするのは今日が初めてだった。
……だったはずなのだが。
「私もその回大好きです!」
「ね!あのシーンは何回見ても泣けるよね!!」
二人は共通のアニメの話で盛り上がっている。
その笑顔を見る限り、初対面とは思えないほど自然だった。
どうやら、この昼休みの間だけで、もうずいぶん距離が縮まったらしい。
好恵は白田の母と共に、ポテトサラダやパスタを取り分けている。
その両隣では、悠三と竜之介がスプーンやフォークをドラムスティックに見立て、テーブルを叩いていた。
「二人とも、食器で遊ばないよ」
「ドラムって、こう叩くんでしょ!?」
「ジャーンってやるんだよね!!」
「じゃあ、今度教えてあげる」
「「よっしゃあ!! よっちゃん大好き!!」」
「コラコラ。溢れちゃうでしょ」
好恵が慌てて二人の手を止める。
その様子を見ていた白田の母親が、くすくすと笑った。
「騒がしくてごめんね」
「……いえ。私は好きですので」
好恵はそう答えながら、悠三と竜之介の頭をそっと撫でた。
「ほら、みんな! そろそろ食べるよ!」
「うん!!」
「みーたん、あーん!!」
「自分で食べなさい!」
竜之介が大きく口を開いて、南に甘える。
微笑ましいやり取りに、陽菜も口元を緩めた。
一方の冬磨は、その間も母親に肩を預けながら、黙々とゲーム機を触っていた。
「冬磨くん、ゲーム好きだね」
陽菜が覗き込む。
「……このシーンの音楽、好き」
冬磨が画面から目を離さずに答えた。
「……なかなかセンスがあるね」
南が少し驚いたように冬磨を見る。
陽菜も同じように画面を覗き込んだ。
「どんな曲?」
「ここ」
冬磨が音量を少し上げる。
小さなゲーム音楽が、テラス席に流れ始めた。
南と陽菜は顔を見合わせる。
「……いいね」
「うん。私も好きかも」
二人は楽しそうに笑い合った。
その横で、冬磨だけは何事もなかったかのようにゲームを続けていた。
「おいお前ら!他人様に迷惑だけはかけるんじゃねぇぞ!」
「「わかってる〜!」」
少し離れた位置での兄からの忠告に、悠三と竜之介ははしゃいだまま元気よく返事をする。
その無邪気さが、余計に子どもらしい。
「…本当にわかってんのかアイツら」
白田は心配そうに呟き、アイスコーヒーのストローを吸った。
隣に座る竹島は、その様子に口元を緩める。
対照的な二人の空気感に、隆志は竹島へ視線を向けた。
「……竹島さんも、あの番組に出てたんですね」
「うん。何気にあれが、初の生放送だった」
改めて見ると、少し不思議な人だ。
貴子の昔話で聞いていた人柄とは、まるで違う印象を受ける。
もっと尖っていて、近寄りがたい人なのかと思っていた。
けれど、今の竹島は、白田の弟たちを眺めながら穏やかに笑っている。
竹島源馬。
“げんまじょー”という名前で音楽活動を続ける、プロの歌い手。
二年前には、「りさこわも」が優勝した番組にも出演していた。
話題はりさこわもに掻っ攫われていたが、彼もそれなりに注目されていた歌い手の一人だった。
去年の夏にはメジャーデビューが決まり、現在は全国ホールライブツアーの真っ最中。
次の本番まで少し期間が空いたため、二日前から地元へ戻ってきていたという。
「北砂第一ってことは、そこそこ進学校だよね? 勉強、大変じゃない?」
「死ぬほど大変です。ほんと、何がなんだか……」
「…お前は普段、寝てるからな」
「真介だって、ロクに来てなかっただろうが!」
「いつの話してんだ、ボケ!」
隆志と白田は、二年になっても同じクラスで、席も近い。
そのまま二人は、お互いの学校生活をくだらなく暴露し始めた。
性格も温度も違う二人。
それでも、息だけは見事に合っている。
そんな二人の阿吽の呼吸に、貴子と竹島は思わず吹き出した。
「……それにしても、まさか真介くんと貴子ちゃんが同じ高校でバンドを組んでるなんてね」
「……私もびっくりです。その節は、本当にありがとうございました」
「…また会えて、嬉しいよ」
マネージャーの幸田と共に、栄治郎の不正取引を真っ先に伝えてくれた澤森家の恩人。
彼もその後の動向の大体は、両親から伺っていたらしい。
初めて喫茶店で会ったときとは、まるで違う人に見える。
普段はここまで穏やかな人が、あのときだけは鋭い剣幕を見せた。その事実だけであの出来事の悍ましさが、より鮮明に蘇ってしまう。
思い出しただけで、背筋に寒気が走った。
貴子はその感覚を振り払うように、目の前のパンケーキへナイフを入れる。
柔らかな生地が切れると、メイプルシロップが音を立てるような勢いで溢れてきた。
「あ!そうだ!これ幸田から。みんなで食べて」
「ありがとうございます」
「ここのお店、俺もこっちに来たときはたまに行くよ。妹も大好きでさ!」
「美味しいですよね」
それは、貴子のお気に入りのお店のシュークリームだった。おそらく澤森家の役員から、貴子の好みを聞いて用意してくれたのだろうか。
「……君の歌。やっぱり素敵だね。
前よりも抜けがいい」
「…恐縮ですわ」
今日演奏の感想に、貴子は顔を赤らめた。
隆志もその表情を、自分のことのように受け止めた。
「…隆志くん、だっけ?」
「はい」
「君のギター、いい味を出していたよ。
お茶らけてるような音色だったけど、ちゃんと空気を合わせていたのは見事だったよ」
「ありがとうございます!」
「ただ、ソロの歪みは少し見直しが必要かもね」
「……はい」
「キーボードもドラムも素晴らしかったよ。
一曲目にやってた——」
さすがプロで活躍する人だ。
視点が深く、微細な音の特色まで的確に助言をしてくれる。南の音感や好恵のビートは、お墨付きらしい。陽菜も頷きながら、竹島を持ち上げている。
「……そういや、二人はどういう繋がりなんですか?」
隆志が尋ねる。
「ああ。陽菜ちゃんは——」
竹島が答えようとしたところで、陽菜が少し恥ずかしそうに俯いた。
榎木陽菜。
彼女は、茂則と同期だった女性教師の娘。
親同士も仲が良く、どうやら白田の初恋の相手らしい。
今でも両想いなのか。
白田と陽菜はお互いに顔を赤らめ、ぎこちなく視線を逸らしている。
陽菜の方から二人の仕草を見つめる南は、思わず口元を緩めた。
「……なるほど」
「何が?」
「いや、別に」
「お前またなんか企んでやがるな」
そんなやり取りを横目に、竹島が懐かしそうに口を開いた。
竹島の高校時代、茂則と陽菜の母親は同じ高校に赴任しており、担任と副担任だったという。
当時の竹島は素行が悪く、絶えず誰かと喧嘩しては教室に穴を開け、毎日のように呼び出しを食らう問題児だった。
「まぁ、今の真介くんみたいなかんじかな」
「俺はそこまでやらかしてません!」
白田が即座に反論する。
竹島は楽しそうに笑った。
その笑顔を見ながら、隆志は少しだけ驚いていた。
今、目の前にいる穏やかなプロの歌い手と、教室の壁に穴を開けていた問題児。どう考えても、同じ人物には思えない。
「…それで、どうやって更生していったんですか?」
「更生って、言い方」
南の突然の食いつきに、竹島は苦笑した。
隆志も、少し気になっていた。
何が、ここまで人を変えたのか。
白田は、自分からあまり家族の話をしたがらない。
家庭の中で、茂則がどんな父親だったのか。
その肝心な部分は、未だに聞けないままだった。
ゆっくりと息を吸う、その仕草を隆志は黙って見つめていた。
「……先生がいなかったら、今頃どうなっていたかな」
竹島は懐かしそうに空を見上げた。
澄み切った青空。
その向こうにいる茂則へ、何かを語りかけるような眼差しだった。




