第三十話 文化祭の音 後編
〜前回のあらすじ〜
ナギサノユラギの初ライブは、文化祭のステージだった。
それぞれのクラスメイトで過ごす隆志たち。
メイド喫茶。縁日。お化け屋敷。
文化祭を楽しむ隆志たちだったが、お化け屋敷の最後の脅かし役として現れたのは——。
前任のベースで、貴子と険悪状態が続いている、恋人の啓一だった…!
「久しぶりだな〜隆志!!合宿以来か?」
啓一はあくまでも自然に振る舞っていた。
あれから顔を合わせていない男。
栄治郎との話し合いはその後どうなったのかは、貴子はもちろん、妹の好恵も、誰も知る者はいない。
「……久しぶり、だな」
あえて名前は呼ばないことにした。
貴子が反応してしまうからだ。
隆志は啓一の絡みを軽く受け流し、貴子の手を取る。
放心状態のご令嬢は、両想いの男から差し出された手に気付くまでに数秒時間がかかった。
ゆっくりと立ち上がり、最後の道へと振り返ると——
「…相変わらず怖がりだな。貴子」
気づかれてしまった。
二人の間に何があったのかはわからないが、
南から絶対に引き合わせてはならないとだけは聞いていた。美羽も南も、同じ時間にならないようにシフトを組んでいたはずだった。
それなのに、彼は今。
貴子の眼前に現れてしまった。
啓一の言葉が、脳内で反響していく。
夏祭りのときの二人での話し合いが、鮮明に蘇る。
「———」
啓一の口から出てきた、予想外の言葉。
求めてなかった真実。
知りたくなかった世界。
そして、湧き出た最悪の感情。
その一切が身体中を駆け回り、
気づいたときには、自分でも震えるほどの叫びをあげていた。
「おい、貴子!!」
貴子はジェイソン姿の啓一を突き飛ばし、脱兎の如く迷路を駆け出した。
「ちょ、おい!」
隆志は一度だけ啓一を振り返る。
だが、立ち止まる理由はなかった。
そのまま貴子の背中を追いかける。出口へ飛び出した貴子は数歩よろめき、膝から崩れ落ちた。
「貴子!!」
隆志の声に反応したように顔を上げ、貴子は堰を切ったように立ち上がり、勢いよく隆志へ縋りついた。
震える身体を必死に抱き締める隆志。貴子は子どものように胸へ顔を埋め、何度も呼吸を繰り返していた。
その光景を——
お化け屋敷の出口から出てきた啓一と、廊下を歩いていた香織が、同時に目撃していた。
♫♫♫
店内には、琴の音色が静かに流れていた。
入り口には暖簾が掛けられ、藤の造花が壁を彩る。
教室全体が、まるで小さな和風喫茶のような雰囲気に包まれていた。
五組の出し物——和装甘味処。
生徒たちは皆、色とりどりの浴衣や着物に身を包み、教室中を忙しなく行き来している。
隣のボックス席では、智子と美羽が満足そうに団子を頬張っていた。
一方、雪穂はぜんざいパフェへスプーンを入れながらも、視線は店内の装飾ばかりを追っている。
「その色、派手すぎじゃね?」
通りかかった男子生徒の浴衣へ、容赦なくダメ出しを飛ばした。
「食べないなら貰うよ〜」
智子は雪穂の手元から、生クリームをたっぷり乗せたスプーンを奪い、そのまま口へ放り込む。
「智子!テメェ!!」
「だって雪穂、さっきからファッションチェックしかしてないじゃん」
「いらねぇとは言ってねえだろ!!」
見慣れたやり取りに、美羽は思わず吹き出す。
みたらし団子を串から皿へ外しながら、近くの知り合いと楽しそうに手を振っていた。
一方——。
貴子は、いちご大福をそっと掌へ乗せる。
しばらく眺めてから、小さく一口。
幼い頃から変わらず好きな和菓子。
甘い餡と苺の酸味を味わうように、さっきまで胸を締めつけていた恐怖も、少しずつ飲み込んでいく。
その様子を見た隆志と南は、顔を見合わせ、小さく安堵の息を吐いた。
「すっかり元気になったね」
「ええ。ご心配をおかけしましたわ」
彼との間に何があったのか。
隆志は、未だに聞けないでいる。
歌い手時代のことのように、いつか本人の口から話してくれる日が来るのかもしれない。
だが、それはきっとまだ先のことなのだろう。
向かいで幸せそうにいちご大福を頬張る貴子を見ていると、それだけで十分な気がした。
そんな穏やかな時間を断ち切るように——
トン。
すぐ傍で、器が卓へ置かれる音が響く。
香織だった。
隆志が注文したわらび餅を、わざと音を立てるように卓へ置く。
最後まで顔を合わせようとはしない。
和装に合わせて結い上げた団子髪。
雪穂と一緒に選んだ月の簪が、その横顔をさりげなく彩っていた。
蜜と黄粉の小鉢を、必要以上に丁寧な手つきで並べる。
頬に乗せたチークも、口紅も。
夏祭りの日より、ほんの少しだけ濃かった。
「……ごゆっくりどうぞ」
接客用に作った笑顔も、どこかぎこちなかった。
そのまま踵を返そうとした、そのときだった。
「……香織ちゃん」
貴子が静かに名前を呼ぶ。
その一言に、香織の足が止まる。
振り返りはしない。
数秒の沈黙だけが、店内に流れる琴の音をやけに大きく響かせた。
「……何」
ようやく返ってきた声は、驚くほど冷たかった。
その空気に、美羽と智子の笑い声も止まる。
隆志は思わず息を呑み、南だけは湯飲みに口をつけたまま何も言わない。
貴子は一度だけ目を伏せ、小さく息を吸った。
「……お仕事中に、お呼び立てして申し訳ありませんでしたわ」
それだけ告げると、再びいちご大福へ視線を落とす。
香織は最後まで振り返らなかった。
小さく息を吐くだけ吐いて、そのまま厨房へ戻っていく。
誰も言葉を発しない。
琴の音だけが、妙に穏やかに流れていた。
重たい空気だけが流れていた。
誰も口を開かないまま、数分が過ぎる。
湯呑みが空になった頃だった。
「……失礼します」
淡々とした声とともに、菫がお盆を持って現れた。
檜皮色の和装に、アサガオのイヤリング。
帯には品のある扇子が静かに差し込まれている。
派手ではない。それでも一目で仕立ての良さが伝わる装いだった。
空になった湯呑みを一つずつ下げ、新しい茶を静かに置いていく。
所作は綺麗だった。
接客だけなら、誰も文句は言えない。
だが。
貴子の前でだけ、その手が止まる。
——コト。
湯呑みを置く音だけが、わずかに強かった。
「……どうぞ」
笑っている。
それでも、目だけは笑っていない。
貴子も静かに視線を返した。
「ありがとうございます」
その穏やかな返事が、菫の奥にある何かを刺激した。
「……なんで来たの?」
琴の音だけが教室に響く。
隆志は思わず顔を上げた。
美羽も智子も箸を止める。
南だけが、何事もなかったように湯呑みへ口をつけていた。
「……そうでしたね。菫ちゃんも香織ちゃんと同じクラスでしたわね」
「白々しいお嬢様ね」
笑顔は崩さない。
けれど声だけが冷たい。
「……そういうあなたこそ」
貴子も笑みを崩さず返す。
「私がいることくらい、最初からご存じでしたわよね?」
菫の眉が僅かに動く。
「近づいてきたのは、あなたの方ではありませんの?」
檜皮色の袖が、小さく揺れた。
隆志は言葉を失う。
今まで見たことのない貴子だった。
普段の穏やかさはそのままに、一歩も引こうとしない。
「私はただ、宇野山さんや黒淵さんたちと一緒に来ただけですわ」
その一言に、菫は口を閉ざす。
視線だけが、美羽と智子へ向く。
二人は訳が分からないまま顔を見合わせ、大きく首を傾げた。
「……被害者思考は、何も変わっていませんのね」
貴子は静かに湯呑みを持ち上げる。
立ち上る湯気の向こうで、銀色の瞳だけが菫を真っ直ぐ見据えていた。
「……どういう意味?」
「言葉通りの意味ですわ」
穏やかな笑みは崩れない。
その余裕が、菫の胸の奥を強く逆撫でした。
「いつもそうよね」
菫は一歩踏み出す。
「上から全部見下ろして。
澤森のお嬢様なら、何を言っても許されると思ってるんでしょ?」
貴子は静かに湯呑みを置いた。
「あなたがそう受け取るのでしたら、そうなのでしょうね」
「……っ!」
その一言が、決定打になった。
「話すときは顔を見て話しなさいって、ご両親から教わらなかったわけ?
澤森の名も堕ちたものね」
菫も一歩も引かない。
まるで、この因縁は生まれたときから決まっていたかのようだった。
「……それとも」
震える声を押し殺しながら続ける。
「私には、目を合わせる価値もないってこと?」
「合宿のときだって、香織と私のこと仲間外れにして笑ってたんでしょ!」
今にも胸ぐらを掴みそうになった、その瞬間――
「はいはい!その辺!その辺!」
智子が慌てて二人の間へ割って入る。
菫の両肩を押さえ、強引に距離を引き離した。
「せっかくの文化祭なんだからさー、喧嘩とかよくないよー!リラックスリラ〜ックス!!」
「そうだよすーすー!マジ笑顔!!」
「……だからそのあだ名やめてって言ってるじゃん!!」
菫は吐き捨てるように言うと、乱れた前髪を払って踵を返す。
その背中へ——
「……菫ちゃん」
貴子が静かに呼び止めた。
菫は足だけを止める。
「……そんなにカリカリしていては」
一拍置き、貴子は穏やかに微笑む。
「せっかくのお召し物が、台無しですわ」
その声音は優しい。
けれど、その言葉だけは鋭かった。
菫は振り返らない。
ただ肩を震わせ、そのまま厨房の奥へ消えていった。
「いやー! お嬢様ごめんね!
ウチのドラムがご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。お気になさらず」
貴子は智子へ上品に微笑み、いちご大福の最後の一口をゆっくり口へ運んだ。
「それにしても、お嬢様も大変だよね〜。
香織だけじゃなくて、菫ともあんな感じなんてさ」
智子は少し寂しそうに、菫たちが去っていった厨房の方を見る。
「菫に聞いても、何があったのか全然教えてくれないんだよ。……何があったわけ?」
興味本位というより、本気で心配しているような声音だった。
その問いに答えたのは、貴子ではなく南だった。
「デリケートな問題ですので、お引き取りください」
穏やかな口調だったが、それ以上踏み込ませないという意思だけははっきり伝わる。
「えぇ〜、気になるじゃん!」
なおも食い下がろうとする智子を、雪穂が呆れたように腕を引いた。
「智子。追加の揚げ餅来てるぞ」
「あ、ホントだ!」
食べ物を見た途端、智子はあっさり席へ戻っていく。
その様子に誰もが苦笑する中、隆志だけは、目の前で起きた出来事をまだ整理しきれずにいた。
普段の穏やかな貴子。
そして、さっきまで菫と言い合っていた貴子。
まるで別人だった。
「……たかちー!」
美羽の声で、ようやく我に返る。
「そろそろ戻らなくていいの?」
隆志はスマホを確認する。
そろそろ持ち場に戻る時間が来てしまった。
「そうだな。そろそろクラス戻らねえと」
「では、私も行きますわ」
最後のお茶を飲み干し、そっと席を立ち上がる。
隆志もわらび餅を食べ終え、その後を追う。
廊下へ片足を置いたそのとき——
「…隆志」
香織の声が、隆志の背中に響いた。
振り返ると、顔を赤らめて立っていた。
「…ライブ、覚悟しててよね」
恥ずかしそうだが、いつもより挑戦的だった。
貴子は一瞬香織と視線を交えてから、隆志の背中へそっと手を添えた。
遠ざかる背中を見守る香織。
震える指先に、わずかに力が込もる。
合宿のとき、仲良く恋バナをしていたご令嬢は、
今となっては、恋敵になってしまった。
ふと、隆志の言葉が頭をよぎる。
——ごめん。俺はそういうの好きじゃない。
——多分、どういう結果になっても俺の気持ちは変わらない。
寄り添う二人の姿を見ていると、その言葉だけが胸へ刺さる。
もしかしたら、本当に意味なんてないのかもしれない。それでも、立ち向かわないわけにはいかなかった。
香織は一度目を閉じ、深く呼吸をしてから大きく手を挙げる美羽の元へと足を戻した。
♫♫♫
講堂には常に歓声が飛び交っていた。
ダンス部の揃ったパフォーマンスに、ステージ上は熱を帯び、曲に合わせて手拍子が鳴り響く。
夏に三年が引退し、彼らも新体制になって初めてのステージだった。隆志はその勢いを肌で感じながら、講堂裏へ足を向けた
部長らしき女子生徒が、華麗にソロパートのステップを踏んでいく。
手足の角度まで緻密に計算された壮大な振り付けに、観客の意識は完全に掴まれている。
中割り幕の後ろでは、お手伝いの生徒たちがパワフルな熱気を感じながら、忙しなくドラムのセッティングを始めている。
彼らが終われば、いよいよ自分たちのバンドライブだ。
舞台袖に着くと、白田のベースケースだけがぽつんと置かれていた。けれど姿はない。ふと外の風に揺れる暗幕を捲ると、コンクリートに腰掛けた白田が、指先だけでベースのフレーズを確認していた。
秋晴れの空は、今朝よりも透き通っていた。
「いよいよ今日だな。真介」
「……そうだな」
白田は振り返らず、指先をなぞっていく。
隆志も隣に座り込み、ギターケースを開けた。
白田はちらりと横目だけを向け、
「…気が散るからどっか行けや」
片手で追い払い、ジャスミン茶に口をつける。
色落ちしたベースのボディが、名残惜しそうに太陽を反射している。
「なぁ。真介」
飲みながら、目を細める。
その圧にビビらず、隆志は白田との距離を少し詰めた。
「お前、文化祭終わったらどうするんだ?」
意外な問いかけに、白田はきょとんとした顔をした。
「…いや。文化祭まで、って話だったからな」
隆志は空を見上げながら、チューニングを始める。
「…もう真介の音も聴けなくなるのは、
ちょっと寂しいな」
「…南たちに変なもんでも食わされたんかお前」
「はははは。そんなんじゃねぇよ」
「…俺たちさ、文化祭の次はこれに出るんだ」
隆志はポケットからスマホを取り出し、南から共有されたバンドコンテストのページを開いた。興味は示したものの、どこか他人事のような目で画像を眺めた。
「すげー大会だろ!これ」
隆志は情熱的な目で、白田を見つめる。
ダンス部の演目が、最後の曲に切り替わる。
SNSで流行っている若手アイドルグループの一曲だ。
「…その手の詐欺、いっぱいあるぞ」
「貴子ん家にも調べてもらったから大丈夫だ」
誇らしげに笑う隆志に、白田は顔を逸らした。
「…だとしても興味ねぇよバカ!!」
吐き捨てるように呟き、レモン味ののど飴を口に放り込んだ。
けれど、隆志には不安はなかった。
もう一度息を吸った後、隆志は別の疑問を問いた。
「そういやさ、お前なんで急にバンドに加わってきたんだ?」
「んだ急に?」
「いや、あんなに煙たがってたのにさ。
まだちゃんと聞けてもなかったから」
「…うるせえよ」
白田は口を尖らせるだけで何も言わない。
小さな落ち葉が、コンクリートの上を滑っていく。
「あー!それ私も聞きたーい!!」
いつの間にか到着していた南が、ひょこっと顔を出した。
貴子と好恵も、奥の方から小さく顔を覗かせている。
白田があからさまに面倒臭そうに目を細めると、南はいつものノリで白田に絡み始める。
「ラーメン屋の帰り道にいた子。
あの子彼女〜?」
「んなんじゃねぇよバカ!」
「図星だな〜」
「黙ってろや!つかお前に関係ねぇだろ!ダル絡み女」
「はいはい。ツンデレお疲れ様です」
空気が賑やかな色に変わっていく。
貴子と好恵はそのやり取りを見守りながら、
「…ありがとね。好恵」
「いえ。先輩たちのためなら」
好恵は静かにスティックを握る。
貴子も小さく笑いかけ、晴天の空へ目を閉じた。
♫♫♫
ダンス部のカーテンコールが響き渡る。
部員たちがぞろぞろと舞台袖に降りてくる。
南のクラスメイトが、元気よく挨拶を交わし控え室へと走っていく。
貴子には労いの言葉を掛け、隆志にはいつも通りくだらない絡みをしてくる。
ただ一人中等部の好恵は、同級生の女子に囲まれていた。
白田は呆れたように息を吐くと、同じ一組の男子にいじられていた。
——次は、我が校の生徒で結成されたバンド、
——ナギサノユラギの皆さんのステージです。
MCからのアナウンスが流れると、
好恵はドラムの調整のために、真っ先に舞台へ上がった。
お手伝いの生徒の中に中等部からの顔見知りもいるのか、少し親しそうにキックやフロアタムの音を一つ一つ確かめていく。
「…いよいよね」
貴子は大きな決意を込めた息を吐いた。
「…これが、私たちの初ステージ」
南は肩を叩き、隣へ並ぶ。
そうして、ステージへと上がっていく。
白田も少し離れた位置から、後を追った。
隆志はそっと目を閉じ、これまでのバンドでの日々を思い浮かべる。
初合わせ。合宿。衝突。
啓一、香織、菫の離脱。
そして、白田と好恵の加入。
大丈夫。
今日を越えれば、コンテストへ進める。
何度か小さなジャンプをした後、エフェクターボードの取っ手を右手にかける。
そのとき、同じ空間に入ってくる者たちがいた。
香織たちだ。
雪穂、智子、菫、そして美羽も並んでいた。
美羽はいつもの調子で手を振り、智子は余裕そうに立っている。
雪穂は少し派手めにメイクを整えており、綺麗な三つ編みを下げていた。
「…隆志」
香織は小さく唇を噛む。
震える足を踏み出し、隆志の目をじっと見る。
「……この間のあれ、本気だから」
香織は火が出そうな顔を落ち着けることで精一杯で、大きく肩を震わせた。
菫は眼鏡を上げ、冷めた表情で息を吐いた。
「…私たちの音、しっかり聴いててよね」
二人ともそれ以上は、何も言わなかった。
舞台上ではサウンドチェックが進んでいる。
隆志は右手を強く握り直し、ステージへ上がる階段へ足をかけた。
片足を乗せた直後——
「……俺たちも、全部ぶつける」
大きく呟き、舞台上へ消えていく。
「おい川村!早くしろやボケ!」
「悪い悪い」
アンプにシールドとエフェクターボードを繋ぎ、音圧を整えていく。
香織と菫は、その音を壁越しに聴きながら顔を伏せた。
「…雪穂。どうしよう…!
私言っちゃった…!!」
赤面する香織に、雪穂は優しく背中に手を添える。
「…ナイスファイト」
恥ずかしがりながら蹲る様子に、昔の弟を思い出した。
「…あんまり顔抑えすぎるとメイク崩れるよ」
雪穂は呆れ混じりに笑いながら、顔を覗き込む。
仲間の小さな気遣いが、香織の心に沁みていく。
一方の菫は、鋭い眼差しを音の鳴る方へ向けた。
「ピリピリしてるね〜」
智子のマイペースさには、もう随分慣れてしまった。
菫は眼鏡を拭き、そっと壁に寄りかかる。
白い壁は、夏なのにひんやりと冷たかった。
「……あのお嬢様にだけは、絶対に負けない」
菫は静かに決意を固める。
サウンドチェックは終わり、MCのアナウンスが響くと、会場のざわめきはピークに達していく。
——ナギサノユラギのステージです。
ゆっくりと緞帳が上がっていく。
隆志や南が、盛大に客席を煽っていく。
最高潮の熱気の中で、耳を劈く轟音が講堂いっぱいに広がった。
そしてそれは、ナギサノユラギの、新たな始まりの音だった。
ご覧くださりありがとうございます!
初ライブの瞬間って、かなり印象的ですよね!
隆志や貴子はこのステージから全国に進んで行ったんですね〜
さてさて、ライブの行方は?
次回もお楽しみに
夜留タクト




