表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/35

第二十八話 仲間の音③

〜前回のあらすじ〜


二学期が始まり、学校での日常が戻ってくる。

文化祭ステージへの許可書を提出するために訪れた職員室で、担任の坂井から白田の家庭事情を聞く隆志たち。


坂井の大学時代の後輩で、同じ高校教師だった白田の父親。だが、五月に突然、事故で亡くなってしまった。


残酷な運命を知った隆志たちの前に、同様に文化祭ステージに立つ香織たち五人との因縁を目の当たりにした隆志。その因縁の理由とは…?

白田の心を開く手がかりは…?

バンドの行方は…?


♫♫♫



「いやぁー!何回来てもほんとうまいなぁ!」

「…意外と食うんだなお前」

「そりゃそうよ!食べた分だけ筋肉になるからね」


 智子は得意げに、チャーシューと野菜特盛の塩ラーメンを啜る。全員への取り分け用にと頼んだチャーハンと唐揚げのセットとは別に、自分用にも同じ物を頼んでいた。


「で?お味はどうですか?お嬢様」

「さっぱりしてますが、濃厚な旨みもあって素敵ですわ」

「やったぁ!だってさー!みやさん!」


 そうして智子は店主とハイタッチを交わす。昔からの知り合いらしい。


「二人ってどういう繋がりなの?」


 南も出汁の深い味噌ラーメンの汁を、喉に馴染ませながら尋ねた。


「ああ。お兄ちゃんがみやさんと仲良くてさ、

 トレーニング終わりに、たまに連れてきてくれるの」


 首を傾けた一同に、智子は大きく笑った。


「そっか。高校じゃまともに知ってるの、雪穂くらいだったね」


 そう言って水をがぶがぶ飲んだ後、再び身の上話を始めた。

 智子には十一個離れた兄がおり、現在はスポーツジムを経営している。

 子どもの頃から身体を動かすのが好きだった智子は、高校入学祝いとして兄のジムを自由に使わせてもらっている。ここの店主も、その客の一人だ。


「まぁ、最近はお店が忙しくなっちゃったから、

 みやさんは全然来てないけどね」

「智子ちゃんそれは内緒!!」


 笑いが広がる。少しだけ空気が、変わった気がした。


「…で、話す気になった?」


 智子は隣に座る白田を肘で突く。

 白田は何も言わないまま、塩ラーメンに箸をつけた。


「…うまいな」


 意外と素直な感想に、一同は吹き出す。


「何笑ってんだよ!」


 怪訝そうに突っかかるが、さっきほどの勢いはない。

 隆志と貴子は、そっと白田を見つめる。

 心の奥にある何かに、寄り添うように。

 南だけは、わかりやすく唇を尖らせた。


「ってか白田さぁ。

 アタシら何気に同中なんだよー。もっと楽に行こうぜ」

「知らねえよ!ってか誰だよさっきからお前は」


 小さなコントが始まる。

 その様子を見ていた店主が——


「白田って、君もしかして、

 しげちゃんの息子さんかい?」


 白田の表情から、眉間の皺が消えた。


「……親父のこと、知ってんのかよ」

「俺、しげちゃんとマブダチだったから!」


 大学の同級生だと笑って、店主は近くのカウンターへ座った。そのまま茂則のことを自分事のように語りだす。

 白田茂則。それが白田の父親の名前。


「しげちゃん。いつも君たちの話ばかりしていたよ」


 息子は四人。

 一番下は好奇心旺盛なやんちゃ坊主。

 その一つ上は食いしん坊で、イタズラ好き。

 二番目は人見知りだが、勉強が得意。


「で、一番上は口が悪いけど、本当はとても寂しがり」


 そして、白田を見つめる。


「手のかかる子たちばかりって笑ってたけど、案外楽しそうだったよ」


 南と智子は、うっとりした表情で麺を啜る。

 兄弟のいない貴子と隆志は、羨ましそうに白田を見つめた。


「君が、一番上の子だね?

 すれ違うことも多かったけど、いつも弟たちの面倒をみてくれてたんだって?感謝してたよ」


「しげちゃんは、ひけらかすタイプじゃないからね」


 白田は顔を伏せる。

 けれど拒絶しているわけではない。


 店内のBGMが、切り替わる。


「この曲…!」


 白田が反応する。

 父が好きで、子どもの頃から家中に流れていた白田家の特にお気に入りの一曲。


 ブルース・スプリングスティーンの『Born In The U.S.A.』だった。


 父が休日になるたび口ずさんでいた。

 車でも、家でも、何度も流れていた。


 店主も、鼻歌を交えながら帰った客の席を片付けていく。

 この店ではマイケル・ジャクソンやニルヴァーナ、シンディ・ローパー——そんな八〇〜九〇年代の洋楽ばかりが流れてくる。おそらく店主の趣味だろう。


「ベースもしばらく辞めちゃったんだけどさ」


 店主がカウンターを拭きながら言う。

 智子は重なる食器を軽々と運ぶバイトの女子大生に、謎のエールを送っている。


「君がベースに興味持ってくれたことで、ちょこちょこ弾くようになってさ」


 白田はそっと窓の外を向く。

 目の前の通りを笑いながら戯れ合う兄弟に、弟たちが重なる。晩夏の淡い夕陽が、まるで父のように笑っていた。


「将来、息子とバンドやりたいって言ってたよ。

 ツインベースはなかなか見ないでしょって、変わらずふざけ合ってたなぁ」


 ちょうど話に区切りがついたタイミングで、

 四人家族が来店する。

 姉に手を引かれる少年が、一番下の弟に少し似ていた。


 四人家族は和気藹々と席に着く。


 母親は小さな弟の頭を優しく撫で、

 父親はメニューを見ながら笑っている。

 姉は全員分の水を取り分け、弟はテーブルの模様を夢中で指でなぞっていた。


 何気ない家族の光景。


 ——なのに、胸がひどく痛かった。


 白田は視線を逸らすように、水を口へ運ぶ。


 父がまだ生きていた頃。


 外食へ行けば、一番下の弟は決まってチャーハンをこぼした。

 三番目は勝手に唐揚げへ手を伸ばして怒られ、

 二番目は眠そうに父へ寄り掛かっていた。


 家でも変わらない。


「長男なんだから、ちゃんと見てやれ」


 そう叱られることは、少なくなかった。


 面倒臭い人だった。


 それでも、どんな時でも笑ってくれる人だった。


 食卓を囲んだ夜。

 くだらない遊び。

 弟たちの運動会の日に、母と一緒に作った弁当。

 風邪をこじらせて泣きじゃくる末っ子。

 本気で喧嘩して、大きなこぶを作った夜。


 隣で豪快にラーメンを啜る智子の姿が、そんな他愛もない日々を次々と思い出させる。


 嫌だったはずの賑やかさも。

 触れたくなかった父の正しさも。

 結局、一度も嫌いにはなれなかった。


 ……もう、戻ることはない。

 それだけは、嫌というほど分かっていた。



 白田は張り裂けそうな気持ちを押し殺すように、ぎゅっと箸を握り締めた。

 その雰囲気に、誰もが息を飲み込んだ。


 そんな白田に——


「白田。のびちゃうよ」


 南が柔らかく笑う。

 これまでの敵意は全くない。


「アンタもさ、ちゃんと苦労してるんじゃん」


 白田は少しだけ目を見開いた。

 少し前にダサいと言い放ったツインテールが、ふわふわと揺れている。


「……ちょっとだけ、見直した」

「…なんだ急に」


 白田は頬を赤らめ、スープを啜る。

 さっきよりも旨みが、しっとりと喉に染み込んでくる。


「…お前のベース。

 あれやっぱり、元々親父さんも使ってたやつだろ?」

「は?」

「昼休みのときの写真。

 一緒にベース持って写ってただろ」


「あれ。家族写真だろ」


「それに、お前のベースかなり使い古されていたから」


「だから、親父さんのお下がりなのかなって」

「お下がりなんかじゃねぇよ!」


 黙り込んでいた白田が、即座に反論する。


「……あれは、親父の肩身だ」


 恥ずかしそうに呟き、もう一度箸を握る。

 ズルルと麺を啜る音が、キレよく響き渡る。


「…素敵じゃない」


 今度は貴子が笑う。


「周りにたくさん話してるって、

 それだけ大切に育てられてる証拠ですわ」


 白田は何も言わない。

 ただ、麺を啜る音は穏やかだった。


 智子はチャーハンを含んだレンゲをスープに浸し、米と汁を一緒に口へ流した。


「…お前食い方おっさんかよ」


 白田は呆れながら、智子に呟く。

 智子は不思議そうに、目を見開く。


「え?逆にこれやらないの?」

「やらない」


 白田と隆志と南の三人は即座に否定する。

 貴子だけは興味を示し、チャーハンのスプーンを丼へ漬けようとするが、


「お嬢様は知らなくていい」


 と、隆志が手を止める。

 その体温に、隆志と貴子は互いを意識した。

 智子は懐かしそうにニヤける口元を、ペーパーナプキンで隠す。

 南も不意の出来事に微笑む。


 白田は二人の仕草を一瞥した後、もう一度家族の方へ目を向けた。

 小さな弟が口いっぱいに頬張り、姉がツンとした態度で汚れた口元に紙を当てている。


 店内のBGMが切り替わる。

 今度はビートルズの『She Loves You』。

 これも白田の父のお気に入りの曲。

 貴子の両親や祖父母も、よく聴いていたという。


 店の窓から見える夕陽は、追憶を包み込むようにゆっくりと沈んでいった。



♫♫♫



 店を出る頃には、陽はすっかり落ちていた。

 薄暗い駐車場を照らす街灯に、小さな虫たちが集まっている。


「すっごい今更だけどさ、その怪我どうしたの?」

「本当に今更だなお前」


 智子と白田の漫才が、さらりと始まる。

 どんなときでも軽い調子が、美羽に似ている。


「どうせケンカでしょ」

「ちげーよバカ!」


 南の呆れた問いかけに、白田はすぐさま反応する。


「…これは昨日、弟がじゃれてきてな」


 照れくさそうに口を噤む。

 貴子たちはその表情を愛おしそうに見つめた。


「そっかそっか!ドンマイ!!」

「触んなアホ面怪力女!」


 肩を叩く智子に、白田は仏頂面を向ける。

 それでもその手を振り払うことはしなかった。


「つーか、お前といるとアホが移りそうだからどっか行けや。そもそも別チームだろお前」


 "別チーム"。その言葉に貴子たちの心臓が跳ねる。


「……ははっ。

 じゃあ、アタシはそろそろ行くから、後は頑張れ〜!」


 Vサインを向け、バイクのエンジンを吹かす。


「よし!行くよ迅雷丸!!」


 そのままロケットスタートを決め、勢いよく車道へ飛び出した。姿が見えなくなるまで数秒もかからなかった。


「…アイツ事故っても知らねぇぞ」


 白田はため息を交えて呟くと、

 陽の沈んだ空を見上げた。


 どこからか蜩の声が、うっすらと聞こえてくる。



「……親父さん、一回くらい会ってみたかったな」


 隆志が隣に並んでくる。

 白田は一瞬だけ肩を震わせる。だが、不思議と不快ではなかった。


「…うるせえよ」


「本当にあるんだね」


 今度は南も横に並んで言う。


「ドラマとかでよくあるじゃん。

 親は教師なのに、息子はひたすら反抗期ってやつ」

「黙ってろ」


 不服そうにミネラルウォーターを口へ流す。

 飲み終わると、肩の荷が降りたように一息ついた。

 その呼吸が、やけに耳に残った。


「……家族との思い出って、本当に特別ですわよね」


 貴子も空を見上げて言う。

 家柄も明らかに違うのに、自分のことのような響きだった。


「…方向は違いますけど、私も大切な家族を失ってますから、その痛みはとてもよくわかりますわ」


 貴子の脳裏に、かつての自分が過ぎる。


 歌い手として生きていたあの頃。


 初めて人前で歌った日。歌を投稿した日。

 番組の大舞台で優勝を掴んだ日。

 そして、呆気なくネットから消された日。


 両親も南も好恵も、

 そして、啓一も。


 自分のことのように憂いてくれた。


 歌い手として活動していた頃の自分は、

 家族のようなものだった。


 だからこそ、その痛みが自分のことのようにわかる。

 貴子はそんな目で、白田の背中を見つめた。


「…同情されたいわけじゃねぇんだよ」


 白田は照れを誤魔化すように振り返り、早足でその場から離れようとする。

 だがその瞬間——


 一人の女子高生とぶつかった。

 他校の制服を着ていた。


「…悪い」


 白田はそれだけ呟き、去ろうとするが


「……白田くん?」


 その声に、足が止まる。


「やっぱり白田くんだよね!」

「…陽菜か?」

「そう!久しぶり!」


 陽菜と呼ばれたその女子は、顔をそっと赤らめる。

 白田も反射的に視線を逸らし、どう返せばいいのかわからないように立ち尽くした。


「…陽菜。私先行くね!」

「バイバーイ!!」


 友人二人が、何かを察して裏道へと消えていった。

 南は二人を見比べると、小さく口角を上げた。


「ほらほら、行くよ二人とも」


 そうして隆志と貴子を引っ張り、反対側の路地裏へ足を早めた。


「…なんだアイツ」


 白田は呆れて呟く。

 陽菜はどこか懐かしそうに、三人の去った方向を見つめていた。


「…お前も、帰りか?」

「…うん。びっくり」


 少しの沈黙。

 陽菜が少しだけ距離を詰める。


「…ねぇ。久しぶりに、一緒に帰らない?」

「は?」


 突然の誘いに、白田はぽかんとする。

 陽菜のバッサリ切られたボブヘアーが、目に留まる。


「……いいけど、はしゃぐんじゃねぇぞ」

「……うん」


 二人はゆっくりと歩き出す。

 街灯に照らされた影が、少しずつ並んで伸びていく。

 まだ赤みがほのかに残る空には、夏の大三角形が季節を惜しむように輝いていた。



♫♫♫



 翌日。

 放課後を迎えると、隆志と貴子はそのままスタジオへと向かった。

 白田の姿はあった。だが、声をかけるまえにどこかへ行ってしまった。

 仕方なく南と合流し、三人でバスへ乗った。乗り込んだ瞬間の冷気は、骨の髄まで染み通るほどだった。

 車内に好恵とも合流し、貴子や南が持っていたお菓子を分け与えている。見慣れた光景が、こんなにも心地良い。小さな尊さを揺らしながら、バスは進んだ。



 スタジオに入り、着替えとセッティングを済ませる。

 ベースだけが、まだいなかった。四人だけのスタジオは、どこか物足りない。


「…まぁ悔やんでても仕方ないし、やろっか」


 南が陽気に手を叩き、鍵盤に両手を乗せる。

 貴子も隆志も、水を飲んでからギターを構える。

 好恵がスティックを弾きそうになったそのとき——


 ギー。

 ドアが開く。


 白田だった。

 ベースケースを背負い、いつもの威圧感で現れた。


「…白田?どうして」


 南が声を漏らす。

 白田は何も言わずに、チューニングを始める。


 ボン。ボン。

 低い音が響く。


 その音は、どこか優しかった。四人は顔を見合わせ、白田を見つめた。

 無言のままチューニングを終えると、


「…文化祭。出るんだろ」


 溜息混じりに呟いた。


「…よくわかんねえけど、勝たなきゃいけねえ理由があるんだろ」


 全員が顔を見合わせる。

 バンド内に、一筋の光が差し込んだ。


「…文化祭までは手貸してやるよ」


「…他にアテもねえんだろ。

 仕方ねえから、お前らと弾いてやるよ」


 それ以上は、何も言わなかった。


「……ふっ」


 隆志は思わず吹き出した。

 気づけばガッツポーズを掲げていた。


 貴子は上品に笑い、好恵はペコペコ頭を下げる。

 南だけは、最初からわかっていたと言わんばかりに、両手を腰に添えて白田を見つめている。


「んな騒ぐんじゃねぇよ。うるせえな」


 面倒くさそうにぼやくが、口元は緩んでいた。

 その様子が、余計に白田らしい。


「よし!じゃあみんな!

 五人になったし、今日からみっちり気合い入れていくよ!!」


 南の決意が、部屋中に響き渡った。

 大きく手を上げ、もう一度楽器を構える。


 だが、その直後——


「…おい」


 白田が南に指を指す。


「その前に、お前なんか言うことあるだろ」


 尖った目だが、もう敵意はない。

 ちゃんと仲間と認識したような、そんな目だった。


「……童貞ピアスとか言って、ごめん」

「そっちじゃねぇよボケ!」

「やっぱアンタ感じ悪い!!」


 そのまま愉快な掛け合いが続いた。


 隆志と好恵は、口元を緩ませる。

 貴子はその二人を、懐かしい表情で見つめていた。



 五つの音は、ようやく一つになった。

 ——“ナギサノユラギ”の、新しい物語が始まる。

ご覧いただきありがとうございます


ラーメン屋での青春、たまらないですよね!

洋楽好きな方は、テンション爆上がりな回だったのではないでしょうか。


どうでもいいけど、夜留の推しキャラは智子ちゃんです笑

理由は迷わず描写できるからです


では、次回もお楽しみに


夜留タクト

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ