第二十八話 仲間の音③
〜前回のあらすじ〜
二学期が始まり、学校での日常が戻ってくる。
文化祭ステージへの許可書を提出するために訪れた職員室で、担任の坂井から白田の家庭事情を聞く隆志たち。
坂井の大学時代の後輩で、同じ高校教師だった白田の父親。だが、五月に突然、事故で亡くなってしまった。
残酷な運命を知った隆志たちの前に、同様に文化祭ステージに立つ香織たち五人との因縁を目の当たりにした隆志。その因縁の理由とは…?
白田の心を開く手がかりは…?
バンドの行方は…?
♫♫♫
「いやぁー!何回来てもほんとうまいなぁ!」
「…意外と食うんだなお前」
「そりゃそうよ!食べた分だけ筋肉になるからね」
智子は得意げに、チャーシューと野菜特盛の塩ラーメンを啜る。全員への取り分け用にと頼んだチャーハンと唐揚げのセットとは別に、自分用にも同じ物を頼んでいた。
「で?お味はどうですか?お嬢様」
「さっぱりしてますが、濃厚な旨みもあって素敵ですわ」
「やったぁ!だってさー!みやさん!」
そうして智子は店主とハイタッチを交わす。昔からの知り合いらしい。
「二人ってどういう繋がりなの?」
南も出汁の深い味噌ラーメンの汁を、喉に馴染ませながら尋ねた。
「ああ。お兄ちゃんがみやさんと仲良くてさ、
トレーニング終わりに、たまに連れてきてくれるの」
首を傾けた一同に、智子は大きく笑った。
「そっか。高校じゃまともに知ってるの、雪穂くらいだったね」
そう言って水をがぶがぶ飲んだ後、再び身の上話を始めた。
智子には十一個離れた兄がおり、現在はスポーツジムを経営している。
子どもの頃から身体を動かすのが好きだった智子は、高校入学祝いとして兄のジムを自由に使わせてもらっている。ここの店主も、その客の一人だ。
「まぁ、最近はお店が忙しくなっちゃったから、
みやさんは全然来てないけどね」
「智子ちゃんそれは内緒!!」
笑いが広がる。少しだけ空気が、変わった気がした。
「…で、話す気になった?」
智子は隣に座る白田を肘で突く。
白田は何も言わないまま、塩ラーメンに箸をつけた。
「…うまいな」
意外と素直な感想に、一同は吹き出す。
「何笑ってんだよ!」
怪訝そうに突っかかるが、さっきほどの勢いはない。
隆志と貴子は、そっと白田を見つめる。
心の奥にある何かに、寄り添うように。
南だけは、わかりやすく唇を尖らせた。
「ってか白田さぁ。
アタシら何気に同中なんだよー。もっと楽に行こうぜ」
「知らねえよ!ってか誰だよさっきからお前は」
小さなコントが始まる。
その様子を見ていた店主が——
「白田って、君もしかして、
しげちゃんの息子さんかい?」
白田の表情から、眉間の皺が消えた。
「……親父のこと、知ってんのかよ」
「俺、しげちゃんとマブダチだったから!」
大学の同級生だと笑って、店主は近くのカウンターへ座った。そのまま茂則のことを自分事のように語りだす。
白田茂則。それが白田の父親の名前。
「しげちゃん。いつも君たちの話ばかりしていたよ」
息子は四人。
一番下は好奇心旺盛なやんちゃ坊主。
その一つ上は食いしん坊で、イタズラ好き。
二番目は人見知りだが、勉強が得意。
「で、一番上は口が悪いけど、本当はとても寂しがり」
そして、白田を見つめる。
「手のかかる子たちばかりって笑ってたけど、案外楽しそうだったよ」
南と智子は、うっとりした表情で麺を啜る。
兄弟のいない貴子と隆志は、羨ましそうに白田を見つめた。
「君が、一番上の子だね?
すれ違うことも多かったけど、いつも弟たちの面倒をみてくれてたんだって?感謝してたよ」
「しげちゃんは、ひけらかすタイプじゃないからね」
白田は顔を伏せる。
けれど拒絶しているわけではない。
店内のBGMが、切り替わる。
「この曲…!」
白田が反応する。
父が好きで、子どもの頃から家中に流れていた白田家の特にお気に入りの一曲。
ブルース・スプリングスティーンの『Born In The U.S.A.』だった。
父が休日になるたび口ずさんでいた。
車でも、家でも、何度も流れていた。
店主も、鼻歌を交えながら帰った客の席を片付けていく。
この店ではマイケル・ジャクソンやニルヴァーナ、シンディ・ローパー——そんな八〇〜九〇年代の洋楽ばかりが流れてくる。おそらく店主の趣味だろう。
「ベースもしばらく辞めちゃったんだけどさ」
店主がカウンターを拭きながら言う。
智子は重なる食器を軽々と運ぶバイトの女子大生に、謎のエールを送っている。
「君がベースに興味持ってくれたことで、ちょこちょこ弾くようになってさ」
白田はそっと窓の外を向く。
目の前の通りを笑いながら戯れ合う兄弟に、弟たちが重なる。晩夏の淡い夕陽が、まるで父のように笑っていた。
「将来、息子とバンドやりたいって言ってたよ。
ツインベースはなかなか見ないでしょって、変わらずふざけ合ってたなぁ」
ちょうど話に区切りがついたタイミングで、
四人家族が来店する。
姉に手を引かれる少年が、一番下の弟に少し似ていた。
四人家族は和気藹々と席に着く。
母親は小さな弟の頭を優しく撫で、
父親はメニューを見ながら笑っている。
姉は全員分の水を取り分け、弟はテーブルの模様を夢中で指でなぞっていた。
何気ない家族の光景。
——なのに、胸がひどく痛かった。
白田は視線を逸らすように、水を口へ運ぶ。
父がまだ生きていた頃。
外食へ行けば、一番下の弟は決まってチャーハンをこぼした。
三番目は勝手に唐揚げへ手を伸ばして怒られ、
二番目は眠そうに父へ寄り掛かっていた。
家でも変わらない。
「長男なんだから、ちゃんと見てやれ」
そう叱られることは、少なくなかった。
面倒臭い人だった。
それでも、どんな時でも笑ってくれる人だった。
食卓を囲んだ夜。
くだらない遊び。
弟たちの運動会の日に、母と一緒に作った弁当。
風邪をこじらせて泣きじゃくる末っ子。
本気で喧嘩して、大きなこぶを作った夜。
隣で豪快にラーメンを啜る智子の姿が、そんな他愛もない日々を次々と思い出させる。
嫌だったはずの賑やかさも。
触れたくなかった父の正しさも。
結局、一度も嫌いにはなれなかった。
……もう、戻ることはない。
それだけは、嫌というほど分かっていた。
白田は張り裂けそうな気持ちを押し殺すように、ぎゅっと箸を握り締めた。
その雰囲気に、誰もが息を飲み込んだ。
そんな白田に——
「白田。のびちゃうよ」
南が柔らかく笑う。
これまでの敵意は全くない。
「アンタもさ、ちゃんと苦労してるんじゃん」
白田は少しだけ目を見開いた。
少し前にダサいと言い放ったツインテールが、ふわふわと揺れている。
「……ちょっとだけ、見直した」
「…なんだ急に」
白田は頬を赤らめ、スープを啜る。
さっきよりも旨みが、しっとりと喉に染み込んでくる。
「…お前のベース。
あれやっぱり、元々親父さんも使ってたやつだろ?」
「は?」
「昼休みのときの写真。
一緒にベース持って写ってただろ」
「あれ。家族写真だろ」
「それに、お前のベースかなり使い古されていたから」
「だから、親父さんのお下がりなのかなって」
「お下がりなんかじゃねぇよ!」
黙り込んでいた白田が、即座に反論する。
「……あれは、親父の肩身だ」
恥ずかしそうに呟き、もう一度箸を握る。
ズルルと麺を啜る音が、キレよく響き渡る。
「…素敵じゃない」
今度は貴子が笑う。
「周りにたくさん話してるって、
それだけ大切に育てられてる証拠ですわ」
白田は何も言わない。
ただ、麺を啜る音は穏やかだった。
智子はチャーハンを含んだレンゲをスープに浸し、米と汁を一緒に口へ流した。
「…お前食い方おっさんかよ」
白田は呆れながら、智子に呟く。
智子は不思議そうに、目を見開く。
「え?逆にこれやらないの?」
「やらない」
白田と隆志と南の三人は即座に否定する。
貴子だけは興味を示し、チャーハンのスプーンを丼へ漬けようとするが、
「お嬢様は知らなくていい」
と、隆志が手を止める。
その体温に、隆志と貴子は互いを意識した。
智子は懐かしそうにニヤける口元を、ペーパーナプキンで隠す。
南も不意の出来事に微笑む。
白田は二人の仕草を一瞥した後、もう一度家族の方へ目を向けた。
小さな弟が口いっぱいに頬張り、姉がツンとした態度で汚れた口元に紙を当てている。
店内のBGMが切り替わる。
今度はビートルズの『She Loves You』。
これも白田の父のお気に入りの曲。
貴子の両親や祖父母も、よく聴いていたという。
店の窓から見える夕陽は、追憶を包み込むようにゆっくりと沈んでいった。
♫♫♫
店を出る頃には、陽はすっかり落ちていた。
薄暗い駐車場を照らす街灯に、小さな虫たちが集まっている。
「すっごい今更だけどさ、その怪我どうしたの?」
「本当に今更だなお前」
智子と白田の漫才が、さらりと始まる。
どんなときでも軽い調子が、美羽に似ている。
「どうせケンカでしょ」
「ちげーよバカ!」
南の呆れた問いかけに、白田はすぐさま反応する。
「…これは昨日、弟がじゃれてきてな」
照れくさそうに口を噤む。
貴子たちはその表情を愛おしそうに見つめた。
「そっかそっか!ドンマイ!!」
「触んなアホ面怪力女!」
肩を叩く智子に、白田は仏頂面を向ける。
それでもその手を振り払うことはしなかった。
「つーか、お前といるとアホが移りそうだからどっか行けや。そもそも別チームだろお前」
"別チーム"。その言葉に貴子たちの心臓が跳ねる。
「……ははっ。
じゃあ、アタシはそろそろ行くから、後は頑張れ〜!」
Vサインを向け、バイクのエンジンを吹かす。
「よし!行くよ迅雷丸!!」
そのままロケットスタートを決め、勢いよく車道へ飛び出した。姿が見えなくなるまで数秒もかからなかった。
「…アイツ事故っても知らねぇぞ」
白田はため息を交えて呟くと、
陽の沈んだ空を見上げた。
どこからか蜩の声が、うっすらと聞こえてくる。
「……親父さん、一回くらい会ってみたかったな」
隆志が隣に並んでくる。
白田は一瞬だけ肩を震わせる。だが、不思議と不快ではなかった。
「…うるせえよ」
「本当にあるんだね」
今度は南も横に並んで言う。
「ドラマとかでよくあるじゃん。
親は教師なのに、息子はひたすら反抗期ってやつ」
「黙ってろ」
不服そうにミネラルウォーターを口へ流す。
飲み終わると、肩の荷が降りたように一息ついた。
その呼吸が、やけに耳に残った。
「……家族との思い出って、本当に特別ですわよね」
貴子も空を見上げて言う。
家柄も明らかに違うのに、自分のことのような響きだった。
「…方向は違いますけど、私も大切な家族を失ってますから、その痛みはとてもよくわかりますわ」
貴子の脳裏に、かつての自分が過ぎる。
歌い手として生きていたあの頃。
初めて人前で歌った日。歌を投稿した日。
番組の大舞台で優勝を掴んだ日。
そして、呆気なくネットから消された日。
両親も南も好恵も、
そして、啓一も。
自分のことのように憂いてくれた。
歌い手として活動していた頃の自分は、
家族のようなものだった。
だからこそ、その痛みが自分のことのようにわかる。
貴子はそんな目で、白田の背中を見つめた。
「…同情されたいわけじゃねぇんだよ」
白田は照れを誤魔化すように振り返り、早足でその場から離れようとする。
だがその瞬間——
一人の女子高生とぶつかった。
他校の制服を着ていた。
「…悪い」
白田はそれだけ呟き、去ろうとするが
「……白田くん?」
その声に、足が止まる。
「やっぱり白田くんだよね!」
「…陽菜か?」
「そう!久しぶり!」
陽菜と呼ばれたその女子は、顔をそっと赤らめる。
白田も反射的に視線を逸らし、どう返せばいいのかわからないように立ち尽くした。
「…陽菜。私先行くね!」
「バイバーイ!!」
友人二人が、何かを察して裏道へと消えていった。
南は二人を見比べると、小さく口角を上げた。
「ほらほら、行くよ二人とも」
そうして隆志と貴子を引っ張り、反対側の路地裏へ足を早めた。
「…なんだアイツ」
白田は呆れて呟く。
陽菜はどこか懐かしそうに、三人の去った方向を見つめていた。
「…お前も、帰りか?」
「…うん。びっくり」
少しの沈黙。
陽菜が少しだけ距離を詰める。
「…ねぇ。久しぶりに、一緒に帰らない?」
「は?」
突然の誘いに、白田はぽかんとする。
陽菜のバッサリ切られたボブヘアーが、目に留まる。
「……いいけど、はしゃぐんじゃねぇぞ」
「……うん」
二人はゆっくりと歩き出す。
街灯に照らされた影が、少しずつ並んで伸びていく。
まだ赤みがほのかに残る空には、夏の大三角形が季節を惜しむように輝いていた。
♫♫♫
翌日。
放課後を迎えると、隆志と貴子はそのままスタジオへと向かった。
白田の姿はあった。だが、声をかけるまえにどこかへ行ってしまった。
仕方なく南と合流し、三人でバスへ乗った。乗り込んだ瞬間の冷気は、骨の髄まで染み通るほどだった。
車内に好恵とも合流し、貴子や南が持っていたお菓子を分け与えている。見慣れた光景が、こんなにも心地良い。小さな尊さを揺らしながら、バスは進んだ。
スタジオに入り、着替えとセッティングを済ませる。
ベースだけが、まだいなかった。四人だけのスタジオは、どこか物足りない。
「…まぁ悔やんでても仕方ないし、やろっか」
南が陽気に手を叩き、鍵盤に両手を乗せる。
貴子も隆志も、水を飲んでからギターを構える。
好恵がスティックを弾きそうになったそのとき——
ギー。
ドアが開く。
白田だった。
ベースケースを背負い、いつもの威圧感で現れた。
「…白田?どうして」
南が声を漏らす。
白田は何も言わずに、チューニングを始める。
ボン。ボン。
低い音が響く。
その音は、どこか優しかった。四人は顔を見合わせ、白田を見つめた。
無言のままチューニングを終えると、
「…文化祭。出るんだろ」
溜息混じりに呟いた。
「…よくわかんねえけど、勝たなきゃいけねえ理由があるんだろ」
全員が顔を見合わせる。
バンド内に、一筋の光が差し込んだ。
「…文化祭までは手貸してやるよ」
「…他にアテもねえんだろ。
仕方ねえから、お前らと弾いてやるよ」
それ以上は、何も言わなかった。
「……ふっ」
隆志は思わず吹き出した。
気づけばガッツポーズを掲げていた。
貴子は上品に笑い、好恵はペコペコ頭を下げる。
南だけは、最初からわかっていたと言わんばかりに、両手を腰に添えて白田を見つめている。
「んな騒ぐんじゃねぇよ。うるせえな」
面倒くさそうにぼやくが、口元は緩んでいた。
その様子が、余計に白田らしい。
「よし!じゃあみんな!
五人になったし、今日からみっちり気合い入れていくよ!!」
南の決意が、部屋中に響き渡った。
大きく手を上げ、もう一度楽器を構える。
だが、その直後——
「…おい」
白田が南に指を指す。
「その前に、お前なんか言うことあるだろ」
尖った目だが、もう敵意はない。
ちゃんと仲間と認識したような、そんな目だった。
「……童貞ピアスとか言って、ごめん」
「そっちじゃねぇよボケ!」
「やっぱアンタ感じ悪い!!」
そのまま愉快な掛け合いが続いた。
隆志と好恵は、口元を緩ませる。
貴子はその二人を、懐かしい表情で見つめていた。
五つの音は、ようやく一つになった。
——“ナギサノユラギ”の、新しい物語が始まる。
ご覧いただきありがとうございます
ラーメン屋での青春、たまらないですよね!
洋楽好きな方は、テンション爆上がりな回だったのではないでしょうか。
どうでもいいけど、夜留の推しキャラは智子ちゃんです笑
理由は迷わず描写できるからです
では、次回もお楽しみに
夜留タクト




