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第二十七話 仲間の音②

〜前回のあらすじ〜

夏祭りから一週間。隆志たちのバンドは再開することに。だがスタジオに香織と菫の姿はなく、代わりに好恵がドラムとして加わった。


練習後にミーティングをしていると、突如聞こえてきたベースの音。それを弾いていたのヤンキーにも物怖じしない不良少年。白田真介だった。


♫♫♫



 二学期最初の日は、まだ暑さが残っていた。

 透き通った青空に、飛行機雲が伸びている。


 隆志は駐輪場に自転車を停め、校舎へと歩いていく。

 久しぶりに歩く学校の敷地は、思っていたより長かった。


「隆志ー!おはようー!!」


 南の声だった。

 彼女もちょうど自転車を停めたばかりで、陽気にテクテク現れる。


「そうか。お前もチャリだったな」

「なんだかんだ、来るタイミング被るの初だね」


 他愛なく会話が弾む。

 バンドの話や宿題の話が飛び交う。

 キリのいいところで、昨日ようやく届いたという家族旅行のお土産を渡してきた。

 北海道の定番土産のクッキー。

 隆志は受け取ると、すぐさま口へと放り投げた。


「たかちー!ゆうっぺー!マジおはー!!」


 美羽の声は相変わらずデカい。

 若干残っていた眠気が吹き飛んでいく。


「朝っぱらから元気いいなお前は」

「美羽。今日も絶好調だね」


 美羽も加わり、大袈裟なリアクションが響き渡る。

 南からのお土産を受け取ると、代わりに今朝のつぶきちとまめきちの様子を見せてくれた。


「うわぁ可愛い」

「でしょ〜!マジずっと見てられる〜」

「世話してんのほとんど妹の方だろ」

「黙れし!」


 また日常が戻ってくる。

 こうして集まって笑っているだけで、夏休みが終わった実感が湧いてきた。

 しばらく話し込んでいると——


 ——ブォン。ブォン。ブォォォォン!!


 競争心を駆り立てられるバイクの排気音が、鳴り響いた。生徒全員が音の方を向く。

 その瞬間——


 ——ブォォォォン!!

 壮大にジャンプしたバイクの機体が、校門脇の段差を利用して豪快に跳ねる。華麗に着地を決め、某漫画のポーズを決める。

 そのまま駐車場にバイクを停めると、ライダースーツのまま歩いてくる。


「あれ〜?夏祭り以来じゃん!おはようー」


 飄々とした調子で、智子が手を振ってくる。

 大きめのリュックの中に、制服も詰め込んであるらしい。


「ずいぶんと派手な登場だな」

「まぁね。迅雷丸で初めての通学だし、これぐらいはやらないとね」

「うちの学校ってバイクオッケーだったっけ?」


 申請をすれば問題ないと、智子は得意げにVサインを突き出す。歳の離れた兄が通っていた頃も、バイク通学は可能だったと、ついでに教えてくれた。

 美羽と南が、さっきのドラテクに食いついていると、


「…智子。早すぎるって…」


 息を切らした雪穂が、汗を拭きながら歩いてくる。

 自転車とバイクで、どっちが先に着くかを競っていたらしい。


「雪穂。思ったより早かったじゃん」

「…アタシに合わせて自転車にしてくれてもいいじゃん」

「迅雷丸が連れてけって言ってたからね」


 またくだらない話が飛び交う。

 するとまたそこへ——


 豪華なリムジンが校門の前に停まり、貴子が優雅に現れた。

 まるで別世界から現れたようだった。

 長い銀髪を風に靡かせ、上品に鞄を下げている。


 走り出すリムジンを見送ると、隆志たちの元へ歩み寄った。


「あら。揃ってお出迎え?嬉しいわ」


 小さく微笑んで手を振る。


 雪穂と智子は、貴子とちゃんと会うのは初めてのようで、ぎこちなく会釈をした。

 雪穂だけは少し怪訝そうな顔で、貴子を見つめた。


「…隆志くん。おはようございます。

 二学期からもよろしくお願いしますわ」


 そう言って貴子は隆志を向く。

 頬は赤くなっている。告白の返事はまだもらっていないが、それだけで充分な気がした。


 その横を——香織と菫が通り過ぎた。

 隆志が声をかけようとすると、二人は何も言わずに足を早めて去っていく。

 去り際、菫は貴子へ威圧的な視線を向けた。


「かおたん!すーすー!待って!」


 美羽が慌てて追いかける。

 智子も面白そうにその後に続いた。


 雪穂と南は、呆れ混じりの息を漏らした。


 予鈴が鳴り響き、辺りの生徒たちの足が早まる。

 隆志たちも校舎へ入ろうとするが、

 そのタイミングで、啓一も登校して来ていた。


 貴子と一瞬目が合う。

 南はすぐさま貴子を連れて校舎へと入っていく。


 二人を遠ざけようとしているのか、隆志の胸には、言いようのないもどかしさだけが残った。



♫♫♫



 クラスのざわつきはいつもと変わらない。


 貴子は変わらず人気で、隆志の周りの男子は、くだらない話で盛り上がっている。

 隣の席なのに、こういう瞬間だけは遠くに感じてしまう。


 やがてチャイムが鳴り、担任の坂井が入ってくる。

 平成初期のテレビドラマに影響されているのか、小さなことにも熱心に向き合うタイプ。

 野球部の顧問でもあるせいか、声は濁っていて時間にも厳しい。


 全員が席に着くと、坂井は出欠を取る。


「……白田は、まだ来てないか」


 斜め後ろの空白の席。やはり白田の席だった。

 隆志と貴子は、そっと顔を見合わせた。


 出欠を取り終わると、坂井は静かにチョークを取った。


 来月に文化祭がある。

 それだけ黒板に書くと、クラスの代表と出し物を決めたいと話を切り出した。


 委員長と書記が案を纏めていく。

 話が盛り上がっていく中、ガラガラと勢いよくドアが開く。教室の空気が一瞬だけ止まった。


 白田が入ってくる。

 顔にはいくつか絆創膏が貼られていた。


「遅刻だぞ白田」

「…るせえよ」


 白田は返事もせず、自分の席へ歩く。

 ドサッと腰を下ろす音が、室内に響き渡った。


「お前これ以上遅刻すると、進級も危うくなるぞ」

「知らねーよ。アンタは教師の面子守りてえだけだろうが」

「なんだその態度は?」


 白田は坂井にも当たりが強い。

 そもそもこんな態度なら、何故学校に通うのか。

 そんな疑問が浮かんだ。


「お前がそんな体たらくじゃ、親父さんも悲しむぞ」

「親父の話すんじゃねぇよ!!」


 白田は机を叩く。

 空気が凍りつき、何も言えなくなってしまう。


 だが、しばらくして誰かがそっと手を上げる。

 口にした内容は、文化祭の出し物のことだった。


 そのまま話は戻り、文化祭の話が再び広がる。

 白田は腕を組んだまま、最後まで一度も口を開かなかった。



♫♫♫



 昼休み。

 南や貴子と、屋上でバンドの話で盛り上がる。

 文化祭でのステージが待ち遠しいと、南はご機嫌に笑う。


「まだ決まったわけじゃないだろ」

「別にいいでしょ!ほら隆志も書いて」


 文化祭ステージでの演奏許可書に、隆志たち三人は名前を書いていく。書き終えたところで、ふと尋ねる。


「好恵はどうすんだ?」

「今、中等部にも話しているところですの。

 きっと問題はないでしょうけどね」

「でもそれだと、四人で出るってことになるのよね」


 結局ベースの枠は、まだ埋まっていない。

 意気込んだものの、バンドの体制は不透明なままだった。

 だが、それでも止まるわけにはいかない。


 挑戦すると決めたから。

 もう一度証明したいから。

 負けられない理由が、増えてしまったから。


 話は曲のことに移っていく。

 それぞれのパートの入り方。アレンジ。

 歌詞の深掘り。


 そうして盛り上がっているところに——


 白田が屋上に現れる。

 顔の絆創膏が、やけに目についた。

 一度、こちらを睨んだ後、対角線上の角で胡座をかく。

 ワイヤレスイヤホンを耳に差すと、弁当を広げる。


「……お弁当なんだ」


 思わず南が漏らす。コンビニ飯や菓子パンばかり食べていると思っていたからだ。

 そのまま白田を全員で見つめていると、


「…何か用か?」


 相変わらずの調子で睨みつけてくる。

 思わず目を逸らし、話に戻るフリをする。


 吹き抜けた風で、隆志の食べ終えたパンの袋がふわりと揺れた。

 白田は舞い上がった袋を左手だけで受け止め、隆志を呼びつける。


「お前食ったゴミぐらいさっさとまとめとけよバカ」


 目も合わせず、近くのゴミ箱へ捨てる。

 さりげなく、自分の食べた梅干しの種も一緒に詰めていた。

 南は思わず、その仕草に吹き出した。


「なぁ」

「…あ?」


 隆志は白田へ手を伸ばす。


「お前、スタジオでも思ったけど、案外いい奴じゃん」

「…何の話してんだお前」

「お前も、一緒に食べようぜ!白田」


 白田の箸が、一瞬止まる。

 だが少しして、


「お前らといると、飯の味が落ちるわアホ」


 そう言って、卵焼きを頬張る。

 隆志はそっと笑い、白田の隣へ座り込んだ。


「それ、自分で作ったのか?」

「話聞いてんのかテメェ」


 白田は無表情で隆志を追い払う。

 だが、隆志はなかなか戻ってくれない。


「その怪我、どうしたんだ?」

「お前に関係ねぇだろ。消えろ」


 一向に心を開く気配がない。

 貴子はただ一人、ずっと覚えていた既視感の行方を探していた。


 最後の一口を飲み込むと、

 元いた場所へ隆志を連れ戻す。


「バンドの話してたんだろ。続けろや」


 それだけ呟き、踵を返す。

 振り返る瞬間、南は今にも噛みつきそうな顔で白田を睨んでいた。


 だが次の瞬間——

 白田の制服のポケットに無造作に突っ込んでいたスマホが、するりと滑り落ちた。


 三人は咄嗟に反応し、スマホへ手を伸ばす。

 隆志と貴子の手が触れ合う。


 待ち受けが光る。

 家族の集合写真。小さな子どもが三人と、真ん中では父親らしき人物と白田が、一緒にベースを握っていた。


 その光景に全員の手が止まる。

 

 白田は無言で拾い、弁当箱を回収すると、そのまま逃げるように校舎へと去っていった。


「こら!待て!!」


 南も顔を赤らめ、白田を追って校舎へと消えていく。


 気づけば隆志は貴子と二人きりになっていた。

 さっき触れたばかりの体温が、まだ残っている。


 互いに互いを意識し、二人は頬を赤らめたまま何も言わない瞬間が続いた。

 だがその沈黙さえも、不思議なほどに心地よかった。


 やがて予鈴が鳴る。

 昼休みが、もうすぐ終わってしまう。


 貴子は自分のランチバックと文化祭ステージの許可書を拾い、教室へと戻っていく。


「……夏祭りのときの」


 その背中へ、隆志は息を吐いた。

 貴子の足が止まる。


 鼓動の早さに、呼吸が乱れそうだ。

 隆志はもう一度息を吸い、言葉を立て直した。


「…夏祭りのときのアレ。本気だからな」


 思い出すだけで、体温が上がっていく。

 隆志はどうしてか、貴子の唇まで意識してしまった。


「…文化祭。頑張りましょうね」

「…ああ」


 そのあとは二人とも、何も言わなかった。

 並んで教室へと戻ったが、近くにある手は繋げないままだった。



♫♫♫



 放課後。

 文化祭ステージの許可書を、南と三人で提出するために職員室を訪れた。

 目が合ったのは坂井だった。


「おお。川村、澤森。

 それと、三組の南か」


 ひとしきり事情を話すと、隣のデスクの上に置いておくように指示をする。


「そうか。お前たちもバンドやっているのか」


 坂井は少し懐かしそうに天井を見上げた。


「俺も、大学の頃やってたな」

「へー。意外ですね」


 南が面白そうに食い付くと、坂井はそのまま大学時代の思い出を語った。


 自分はドラムでサークルの同期と四人で活動していた。ベースだけは一年後輩で、坂井は特に仲がよかったらしい。

 大学の卒業を機にバンドは解散し、自分は高校教師に。同期の二人は、大手の食品メーカーと人材派遣会社の営業部に進んだらしい。


「まぁ、もう二十年近く前だけどな」


 そう言って坂井は自慢げに笑った。


「後輩のベースの人はどうなったんですか?」


 再び南が尋ねると、坂井は一瞬顔を伏せた。


「…そいつも高校教師になってよ。

 たまたま赴任先で再開したんだ」


 運命的な再会に、貴子と南は目をキラキラさせて声を上げた。人当たりもよく、笑顔を絶やさない爽やかな男。熱血タイプな自分とは違い、生徒からの人気は間違いなく彼の方が上だった。

 坂井は苦笑しながら、小さく息を吐く。


「……それが、白田の親父さんだ」


 意外な繋がりに、隆志たちは息を呑んだ。


「一番上の息子が入学するからみっちり扱いてくださいって、頼まれてたんだけどなぁ」


 その雰囲気に、三人は顔を見合わせる。


「…で、親父さんとの間に、何かあったんですか?」


 隆志は聞かずにはいられなかった。

 坂井はしばらく机に視線を落とし、そっとのど飴を一粒口に運ぶ。


「……亡くなったんだ。今年の五月に」

「……え?」


 重たい呼吸の後で、坂井は呟いた。


「事故だったよ。本当に突然だった」


 坂井はそれ以上、何も語らなかった。


「…すまない。つまらん話をしたな」


 小さく笑うと、坂井は「じゃあ頑張れよ」とだけ言い残し、野球部の待つグラウンドへ向かった。

 その背中は、どこかいつもより小さく見えた。



 職員室を出た直後、同じ理由の生徒と鉢合わせた。


 香織。菫。

 後ろには、美羽と雪穂と智子も並んでいた。


 香織と菫と目が合う。

 菫は貴子を見た瞬間——


「ごめん。私教室に忘れ物しちゃった。提出しといて」


 と言い残し、早足でその場を離れる。


「あー!ちょっと待ってよすーすー!」


 美羽は心配してるのか面白がっているのかわからない空気感で、菫を追いかけた。


 香織は、貴子から目を逸らす。

 雪穂も香織を庇うように、貴子へ威圧的な視線を向ける。

 智子は腕を組んで余裕そうに笑っている。


 南も香織には不機嫌な表情を向けていた。

 合宿や夏祭りまでの温度は、どこにもなかった。


「あら。揃いも揃ってどうしたのかしら?」


 貴子の冷酷な振る舞いが、空気をピリリとさせる。


「…そっちこそ何しに来てたわけ?」


 香織は僅かに声を上擦らせる。

 黒髪が僅かに震えた。


「私たちは文化祭ステージでの許可書を提出しにきただけよ。そちらこそ何の用かしら?」

「へー!やっぱりそうだ!」


 智子が食い付き、用紙をチラつかせる。


「アタシたちもなんだよねー!」

「智子。それ提出するやつだから」


 雪穂がすぐに制す。

 貴子の口元が緩むだけで、場の空気はさほど変わらない。


「…そう。あなたたちもね」


 香織は一歩近づき、貴子と睨み合う。

 隆志はその雰囲気に——


「香織…?お前どうしたんだ?」


 気づけば口から漏れていた。

 反射的に南が、無言で蹴り付ける。

 雪穂と智子も呆れの息を吐く。


 貴子と香織だけは表情一つ変えず、歪み合ったままだった。


「…証明するから。勝つのは私」


 香織は震える手を握りしめながら告げる。


「楽しみにしてるわ。

 まぁでも、それで気持ちが変わるかしら、ね」


 貴子は隆志を横目に、わざとゆっくり言い返す。

 その皮肉の込もった言い回しに、雪穂も自分のことのように突っかかった。


「アンタ香織の気持ちわかって言ってんの!?」

「あなたこそなんなのかしら?

 どこまで知っていて、その口を挟んでいるの?」


 バチバチ飛び交う視線。

 智子だけは危機感がないのか、もっとやれーと言わんばかりに面白がっている。


「お嬢様だかなんだか知らないけど、

 これ以上ダチを泣かせたら許さないからね」

「あらそう。それより、今朝知り合ったばかりのあなたにとやかく言われる筋合いはないのだけれど」

「は?関係ねぇだろ。

 アタシたちは一緒に組むって決めたの。

 アンタこそとやかく言うなよ」


 香織は何も言わず、雪穂を見つめる。

 夏祭りで知り合ってから話を聞いてもらってるうちに、自分でも驚くほど距離が縮まった。


「…文化祭ステージも、アタシらと同じ理由なんだよね?」


 雪穂は南へ矛先を移した。

 隆志だけが、空気を理解できずにいる。


「そうだよ。

 例のコンテストの前に、人前に立っておくべきだもん」


 居心地の悪そうに口を開く。

 穏やかな口調だが、雪穂たちの威圧に怯んではいない。


「文化祭もコンテストも、全部そのお嬢様のためなんでしょ?」

「私のためだけじゃないわ。

 私は今まで支えてくれた人たちに、ちゃんと応えたいだけ」


「……そう。だったらさ——」


 香織がようやく口を開いた。

 智子と隆志も、びくりと反応する。


「…だったらさ、文化祭で決着着けようよ」

「決着?何のかしら?」


 香織と雪穂は、下唇を噛む。

 見事な阿吽の呼吸。


 雪穂は香織の背中を押し、貴子の前へ押し出した。


 香織は小さく息を吸い、震える拳をぎゅっと握りしめる。


「……決着つけようよ」


 一度目を閉じて、覚悟を決めるように顔を上げた。


「この文化祭ステージの投票結果が高い方が——」



「隆志と付き合うって、はっきりさせようよ!!」


 香織の大胆な告白が、廊下に響き渡る。

 隆志はようやく、合宿や夏祭りでの発言の意味を理解した。


「…香織?…今なんて?」


 静寂が広がる。

 智子だけは、すっかり観客モードで目を輝かせていた。


「…は?香織?…え?嘘だよな?」


 南も雪穂も唖然と目を細める。

 智子は一度咳払いをしてから、


「恋する乙女の心は、繊細で強情で、

 そこにあるのは、忠実な己の本能よ」


 空気を和ませようと試みるも、


「智子ちょっと黙ってて」


 雪穂に一瞬で戻されてしまう。

 漂う熱気に、他の教室からの冷気が忙しなく入り混じっていく。その温度が、余計に睨み合いを激化させる。


「…じゃあ、隆志くんに決めてもらおうじゃない」


 貴子は、あえて隆志へ委ねた。全員の視線が、隆志へと向く。智子も無言でグーサインを差し出す。


「え?…ちょ、ちょっと待てよ」


 感じたことのない緊張に、気づけば冷や汗が出ていた。


 呼吸を乱し、戸惑う隆志。

 夏祭りの夜からずっと待ち続けた返事は、たった今、目の前で返されていた。

 だが当の本人だけが、そのことに気付いていなかった。


「…俺は」


「…俺は、ごめん。

 そういうの好きじゃない」


 全員が息を呑む。

 二人が口にしてほしかった言葉ではないのに、何故か嫌な気持ちはしなかった。


「……多分、どういう結果になっても俺の気持ちは変わらないし」


「……俺は、俺が俺でいられる奴らと、

 俺らしくあれる奴と組む!」


「…だからそんな勝負に、多分意味はない、と思う」


 意外な言葉に、貴子と南と智子は感心する。

 だが香織と雪穂だけは、決して表情を崩さなかった。


「……何それ」


「どっちに転んでも、結局私は負けたままじゃない!」


 香織は涙を震わせる。


「……もういい」


 香織は顔を見せないまま、その場を飛び出した。

 雪穂は隆志と貴子を睨みつけてから、追いかけていく。


「…貴子。大丈夫?」

「心配いりませんわ」


 優しく笑った後、去り行く背中へ、


「…やっぱり、あなたは大人気ないわね」


 と小さく笑った。


 嫌味混じりに呟いたつもりなのだろうが、その口ぶりがどうしてか、隆志には寂しそうに聞こえた。


 智子は小さく息を吐いてから、職員室へ書類の提出に向かう。

 彼女が入る直前、書類に記載された文字が視界に映り込む。


 山岸香織。丸山菫。黒淵智子。長野雪穂。


 そして——宇野山美羽。


 その文字に、隆志は驚きを隠せなかった。


 あの楽器からっきしだった美羽が、ステージに立つ。

 担当パートまでは見えなかった。

 だが確かに美羽の名前が入っていた。


 これは夢か?そう思考が揺れているところに——


「……恋バナは終わったか?」


 白田の声がした。今日はよく彼に会う。


「廊下で妙な話してんじゃねぇよ。

 通りにくいだろアホ」


 白田は低く呟き、南の前を横切る。

 そのタイミングに合わせて南が、


「……お父さん。亡くなったんだってね」


 聞こえるように吐いた音が、白田の足を止めた。

 空気が明らかに変わる。


「…お前、なんでそれ」

「坂井先生がたまたまね。

 ほら、私たち文化祭ステージに出るから、その申請で」


 そうして南と隆志は、坂井から聞いたことを話した。


「坂井先生、親父さんの先輩なんだと。

 同じバンドもやってて、親父さんはベースだった」

「だから親父の話すんなって——」

「で、昼間の待ち受け」


「あれ家族写真でしょ?」


「お前と一緒にベース持ってた人。

 あれがお前の親父さんだろ」

「うるせえよバカ!」


「……もう構うなよ」


 強がっているその声は、震えていた。

 どうしてかはわからない。

 だからこそ、どれだけ拒絶されようと、引き下がるわけにはいかなかった。

 ここで手を離せば、彼の音にはもう触れられない。

 そんな気がしてならなかった。


「お前も、本当はバンドやりたいんだろ」

「離せアホ毛野郎!」

「俺たちはただ、お前のことが知りたいだけなんだよ」

「なんでだよ離せコラ!」

「親父さんから教わったんだよな?」

「…だったらなんだよ!黙れ!!」


 白田も隆志も、互いに一歩も引かない。

 その様子を眺めていた智子が、


「はーいストップー!!」


 そう言って軽々間に入り、暴れる白田を押さえつける。


「離せ!どいつもこいつも!!」

「はいはい。暴れない暴れない」

「つか誰だよお前バカ」


 智子は笑ったまま押さえ込んでいる。

 白田がどれだけ暴れても、びくともしなかった。



「ねぇ。こういうときはさ!」


「ズバリ!ラーメンでも食べようよ!」


 突拍子もない智子の提案に、

 一同は力の抜けた息を漏らした。

ご覧いただきありがとうございます

白田のキャラクターも、少しずつ掘り下げていきますよ!


どうでもいいけど、

メインキャラクターの10人はある程度描写したと思ってるから、もう少し読者さん増えたら推しキャラ投票やってみたいですね!


優勝キャラには読み切りスピンオフでも書こうかな笑


それはそうと、次回もお楽しみに。


夜留タクト

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