第二十三話 夏祭りの音
〜前回のあらすじ〜
ナギサノユラギの演奏は、ラストスパートに突入する。
香織と二人で作った歌詞を、貴子は自分の言葉として歌っている。
菫や啓一も、客席で真剣に見つめる。
一方隆志は、白田の話の噂を聞くきっかけとなった夏祭りの日を思い出していた。
♫♫♫
「ねぇ。さっきの見た?」
「もちのろん!たかちーとかおたん急接近!!」
「おまけに迷子イベント。少女漫画の定番」
「そうそう。迷子が見つかった後に、人混みがどんどん大きくなって」
「香織。お前も逸れんじゃねぇぞ…って!!」
美羽と南はこっそり二人を尾行しては、くだらない妄想を繰り返している。
キャーキャー言いながら、二人の動向を見守っている。
いざとなったら、事故を装って二人が急接近する場をもう一回作る、と意味もなく息がっている。
下駄の音。
子どもたちの声。
屋台の跳ねる油。
射的の鉄砲が景品を射抜く音。
賑やかな夏の音が、街中に溶け込んでいく。
このときはまだ知らなかった。
この少年との出会いが、
白田へ繋がるきっかけになることも。
この夏祭りが、
隆志たちの運命を変えてしまう日になることも。
♫♫♫
「お前の姉ちゃんは、どんな人なんだ?」
「…怖いけど、優しい」
「そうなんだ」
その少年は、長野匠海という名前だった。
今は小五で、三つ上に兄と五つ上に姉がいると教えてくれた。この祭りには姉の方と来ていたらしい。
「小五で五個上ってことは、俺たちと同じ代だな」
「え?そうじゃん!」
隆志と香織は指を折りながら学年を数える。
何度数え直しても、五本目の指は高一で止まった。
「…クラス、何組かはわかるか?」
「…知らない」
「さすがにそこまではわかんないよ」
「…だよな」
「長野なんて奴、一組にはいない」
「五組にも。さっき美羽にも聞いてみたけど知らないって」
「あだ名で覚えてそうだから、アイツの知らないはアテにならないけどな」
「…言えてる」
「まぁでも、同じ学年なら見たことぐらいありそうなんだけどね」
辺りを見回しても、匠海を知る者はいなそうだ。
幸い、花火まではまだ時間はある。
しばらく歩いたままだった三人は、近くのベンチに腰を下ろすことにした。
ベンチに座ると、少し大きな風が吹き抜けた。
揚げたてのフライドポテトの香りが鼻をくすぐった。
「その帽子。似合ってるね」
「…ありがとう」
匠海は人見知りな性格なのか、なかなか目を合わせない。香織は一度隆志の顔を見た後、匠海自身のことを聞いてみた。情報を聞き出すためには、まずは打ち解けることが必要だと考えたのだろう。
「お店いっぱいあるけど、何か食べたいものある?」
「…さっき唐揚げ食べたから、いらない」
「スマホは持ってないの?」
「…うん。お姉ちゃんに預けたまま」
「番号、わかる?」
匠海は首を横に振った。
思うように会話は続かない。
美羽と南も、その様子を焦ったく見守っていた。
「…お前の姉ちゃんは、どんな服装で来てるんだ?」
「…お兄さんみたいな格好」
意外とラフな服装なことに驚いた。
女子はお祭りには浴衣を着てくるものだと思っていた。
だが、視界に映る女性の中に、Tシャツとジーンズの組み合わせは確認できない。
「…なぁ。これもう迷子センターまで行った方が早いんじゃねぇか?」
「反対側だよ」
「このまま探してても埒があかなそうだしな。
まぁ、こいつの姉ちゃんも既に向かってるかもしれないが」
「…そうだよね。
匠海くん。もうちょっと歩ける?」
匠海は申し訳なさそうに頷く。
隆志たちもベンチから立ち上がったそのとき——
ブォン。ブォーン。ブォォォォーン。
唸るようなバイクのエンジン音が響いた。
何かに掻き立てられているような、
野心と好奇心に満ちた排気音。
その音に、匠海がいち早く反応した。
「…この音…」
そうして音の鳴る方へ走り出した。
隆志と香織も顔を見合わせ、後を追う。
「おい。どこ行くんだよ」
「この音、智子姉ちゃんのバイクだ!」
匠海は少し目を輝かせながら、
肩の荷が降りたような声をあげた。
♫♫♫
駐車場の熱気は、目が眩むほど高まっている。
路面温度はおそらく五十度は軽く超えているだろう。
我慢の得意な雪穂でも、さすがに限界が近づいてきている。
逸れた弟が見つからない苛立ちと、全身に溜まる汗が募っていく。
隣では、幼馴染みの智子がバイクを見せつけるようにエンジンを蒸している。
七月に十六歳の誕生日プレゼントとして、歳の離れた兄から譲ってもらった愛車。
免許を取得してからは、迅雷丸という名前をつけ、あちこちを走り回っている。
エンジン音が焦りを煽るように、雪穂の足は落ち着かない。
「…ったく。匠海どこ行ったんだよ!?」
「アタシの迅雷丸で見つけてこようか?」
「バイクで人混みの中入ったらダメでしょ。
ってか、その名前恥ずかしくないの?」
「えー!カッコいいじゃん迅雷丸。
雪穂って意外と乙女だよね」
「うるせぇよ!」
雪穂は苛立ちを誤魔化すために一口水を飲む。
飲んだそばから、もう喉が渇きそうなほど暑い。
智子はスマホを回し、辺りの喧騒を動画に残している。鍛え上げられた腕の筋肉が、夏の陽射しに浮かび上がる。膝の上に置かれた黒色のジャケットが、ゆらゆらと風に靡いている。
「…智子。アンタ探す気ある?」
「この辺にいるのはわかってるんでしょ?
だったらいいじゃん!」
高校生になっても、智子のペースは変わらない。
一方の雪穂も、心配症な性格は変わっていない。
「…しかし、たくぼーも相変わらず方向音痴だよねー」
「ったく。目離すとすぐどっか行っちまうんだから」
「雪穂のブラコンも変わってないよねー」
「黙れ」
他愛もないやり取りが飛び交う。
そこへ、預かったままの匠海のスマホが鳴った。
知らない番号からの着信に、雪穂は少し戸惑う。
だが、智子は気にせずにスマホを奪い取った。
「ちょっと智子」
「大丈夫!多分誰かが見つけてくれたんでしょ」
そう笑いながら電話に出る。
「——もしもーし」
あたかも自分宛の電話のように振る舞う。
その軽さに、雪穂は思わず息を吐いた。
「——もしもし。お姉ちゃん?
…今どこにいるの?」
「たくぼー?雪穂なら今一緒にいるよ。
今誰といるの?」
「——お姉ちゃんと同じ学校の人たちの、電話借りてる」
「そっかそっか。よかったね」
予想通りの電話だった。
智子は雪穂にドヤ顔を向けてから、雪穂にスマホを返した。
雪穂は受け取った後、呆れと安堵が混じった息を吐いてから耳に当てた。
「おい匠海!テメェどこほっつき歩いてんだコラァ!!」
「——もしもし。お姉さんですか?」
聞き慣れない女性の声に、雪穂は顔を赤らめた。
智子は笑いを堪えている。
スマホの向こうからも、気不味そうな声が耳を掠めてくる。
お互いぎこちなく居場所を伝え、自分たちのいるところまで連れてきてくれとお願いし、通話を終える。
「智子!!」
智子は雪穂の反応を面白がりながら、謝る気のない謝罪ポーズを取った。
♫♫♫
「本当にありがとうございます」
「いえいえ。
匠海くん。見つかってよかったね」
「…ありがとう」
「オラ匠海!お前はうろちょろ歩き回るな!!」
「…ごめんなさい」
雪穂は匠海を叱りながらも、安心したように手を引っ張って頭に手を乗せた。
胸元のネックレスと指先の緑色のネイルも、息を吐くように煌めいた。
智子はその後ろで、迅雷丸のハンドルに顎を乗せながらスマホを触っている。
「…後ろの、バイクの」
智子はとっさの呼びかけに思わずドキりとした。
「…こいつ、お前のバイクの音で気づいたんだ」
音を聞いた瞬間、確信するように走り出した。
念の為違っていると危険だからと、香織のスマホから自分の番号を鳴らしたら、見事に正解。
一連の流れを伝えると、智子は大きくガッツポーズを披露し、迅雷丸を甘い声色で撫で始めた。
雪穂は呆れて、隆志に近寄った。
「…お前、一組の川村だろ」
「なんで知ってんだよお前」
「だって有名人じゃん。学校でしょっちゅうギター弾いてて、少し前よしせんに怒られたらしいじゃん」
生徒指導の吉田先生。
生徒たちの間では、よしせんと呼ばれている。
一番最初に言い出したのは美羽だった気がするが、おそらく代々伝わるあだ名なのかもしれない。
入学当初、休み時間に階段の隅で弾いていたところを見つかってしまい、音楽室で弾けとキツく怒られた。
それを運悪く美羽に見られてしまい、即座に大声で言いふらされたことを思い出した。
美羽の影響力を、少し侮っていた。
「…他クラスまで知られているとはな」
「多分一年じゃみんな知ってるよ」
隆志は気不味そうに頭を掻いた。
香織は匠海に安心そうに手を振った。
匠海は智子からもらったスティック付きの飴玉を、口に入れながら雪穂の影に隠れる。
「匠海くん。人見知りなんだね」
「そうなんだよ!
もう五年生だってのに、未だに甘えん坊だし。
本当世話が焼けるっての」
口を尖らせているが、やはり安堵の表情は拭えない。
「とか言って、満更でもないくせに〜」
智子は再び面白がって茶化す。
「黙れ」
二人の漫才で場が和むと、
少しだけ打ち解けた。
これが、後に香織と共にステージに立つことになる二人。
黒淵智子と長野雪穂との出会いだった。
♫♫♫
「二人バンドやってるんでしょ?」
「ああ。この間、合宿にも行ってきたんだ」
バンドをやっているという話になると、雪穂と智子は目を丸くして食いついてきた。
「え?合宿!?どこで?」
「一組に澤森ってお嬢様いるだろ?
館山にそいつの親父さんの別荘があって」
「館山かぁ。あの道バイクで走ったら最高だろうなぁ」
「景色もすっごい綺麗だったよ」
香織はリムジンの中からの景色を智子に見せた。
近くを通る子どもたちの声が、
画面からのはしゃぎ声に重なる。
「うわ何これ!最高かよ!!
たくぼーも走りたいよな」
そう言って匠海を軽々と持ち上げる。
匠海も智子には懐いているのか、少しだけ口元が緩んだ。さっき雪穂に買ってもらっていたクレープは、もう綺麗さっぱり無くなっている。
「匠海にはまだ早いな」
「早いってか、雪穂一月生まれだから免許まだ取れないでしょ?」
「あぁん?見てろよアタシのドラテク!」
「ハハハ。雪穂こそ、腰抜かすなよ〜!!」
他愛もない火花をジリジリと散らしている。
二人とも、子どもの頃から何かと競い合ってきた良きライバル関係。
ボーリング。
水泳や短距離走のタイム。
ゲーセンのレースゲーム。
どっちが先に彼氏ができるか。
バカみたいな勝負もたくさんしてきた。
今のところ、料理の腕前以外は雪穂の全敗らしい。
智子の結果を引けらかさない性格が、雪穂の闘争心を余計に掻き立てている。
昔、美羽ともくだらない勝負をしたことを思い出した。
「ライブとかは出てないの〜?」
智子が何気なく尋ねると、隆志と香織は気不味そうに顔を伏せた。
「…もしかして、トラブル?」
雪穂は代弁するかのように、香織の顔を覗く。
噛み締めながら震える唇。
見かねた隆志は一度咳払いをしてから、
「メンバー通しで、ちょっとした揉め事があって。
しばらくお休みになったんだ」
「ベースも、いなくなったままでさ」
「…そうなんだ」
智子はその会話を、匠海にフライドポテトを分けながら聞いていた。
——ベースがいない。
その言葉に反応しそうになったとき——
「…お姉ちゃん。ギター弾けるよね」
意外にも、匠海が会話の流れを変えた。
「え!?そうなのか?」
同じ楽器ゆえの親近感か、隆志の口から大きな声が飛び出た。
「…まだ、なんもできてないんだけどな」
「どこの使ってんだ?」
雪穂は隆志にスマホを見せる。
艶のあるライトグリーンのストラトキャスター。
高校受験の息抜きとして始め、受験後は勉強で溜まったストレスを解放するように弾いていたと話した。
隣には愛犬だというダックスフンドのジョンが、丸い瞳で画面に映り込んでいる。
「また随分金かけたな」
「せっかくやるならド派手にいくのが、アタシのポリシーだからね」
しばらくギターの話で盛り上がる。
香織はその間、不貞腐れながら唇を噛み締めた。
智子はその表情だけで、香織の恋心に勘付いた。
「雪穂。アタシ射的やりたい。
たくぼー借りていい?」
「おっけー。
匠海!もう逸れんなよ!!」
匠海はビクビクしながら頷くと、智子に連れられて屋台へと向かった。
「…アイツ、めっちゃ自由人だな」
「ああ。智子のこと?
昔からあんなかんじなんだよね」
少し美羽に似ている。
隆志はそんな感情で智子の背中を見つめた。
「…アタシたちさ、同じユニット組んでるの」
「そうなのか!?」
「うん。アタシがギターで智子がベースの、インストユニット」
「アイツ、ベースやってんのか?」
「意外でしょ!なんでベースにしたのか聞いたら——」
一番重い楽器なら筋トレにもなる。
と自信満々に語っていたらしい。
表情が浮かんだ隆志と香織は、思わず吹き出した。
その様子に、雪穂の口元も緩む。
——お似合いの二人。
そんな羨みの気持ちの混じった笑み。
「なんで、バンドにしなかったんだ?」
「アタシらの周り、楽器やってる人少なかったからね。智子が合わせてくれたぐらいだったし」
隆志は自分たちのバンドが案外すんなり進んだことに驚いた。
スムーズに組まれた分、その後のすれ違いも大きくなるのだろうか。
「いつだかさ、石段の前で歌ってたでしょ。
あのときの香織の歌、すっごいよかったよ!」
「…ああ!美羽に連れられて行ったやつだ!」
一学期のいつだかの昼休み。
美羽の勢いで始まった奇妙な路上ライブ。
その歓声の中に雪穂もいたとは、知らなかった。
思えばあの放課後が、隆志が貴子の過去を知った日でもあった。
また一つ、青春が交差していく。
「アタシも声かけようと思ってたんだけどさ、
クラスも違うから接点ないでしょ?
それに、なんかもう決まっちゃってたっぽいし。
悪いと思ってたんだよね」
そうして、二人は今のスタイルを選んだらしい。
「楽器やってる奴、本当に少ないんだよね」
「…そうだよね」
「ベースなら尚更な」
三人とも途方に暮れた息を漏らす。
だが少しして、雪穂が思い出したように口を開いた。
「あ…!」
「どうしたの?」
「誰かいたのか!?」
食い気味に雪穂に視線を向ける。
「そういえば、同中に白田って奴がいるんだけど、
ベースやってるって噂を聞いたことがあったかも」
「ほんとか!?」
「あくまでも噂な。
クラスも違うからアタシも智子もずっと接点なかったし、人と連むタイプでもないって話」
雪穂はぶっきらぼうに蚊を叩きながら言う。
「……アタシが言うのもなんだけど、口も悪くて誰かと揉めることも少なくなかったんだってさ。
上級生相手でも、容赦なく喧嘩売ってたらしいよ」
やばい奴もいるもんだな、と二人は顔を見合わせた。"世界は広い"なんて大人はよく口にするが、その意味が非常に理解できる。
「……で、同じ高校なんだってさ。アタシたちと」
「え!?じゃあすれ違ってるかもしれないってこと?」
「……その白田って奴、何組か知ってるか?」
雪穂も一緒に頭を回しながら、絞り出すように息を吐いた。
「…確か、一組って噂なんだよね」
「え?嘘だろ?」
二人の目線が隆志に向く。
隆志は教室の雰囲気を思い出す。
自分の席は前から二列目。
右隣には貴子。
その後ろには、ほぼいつも空いた席。
たまに来たかと思えば、尖った視線でクラスメイトを寄せ付けない。
おまけに、"さわもり"の次。
間違いない。白田はきっとアイツだ。
どんな音を鳴らすのか、一度聴いてみたい。
だが連絡先のわからない隆志には、どうすることもできなかった。人と連むのが好きじゃないのか、グループLINEにも白田の名前はない。
「…アタシもそのぐらいしか知らない」
手がかりは薄い。
お祭りの喧騒の中に、蜩の鳴き声が反響した。
そこへ——
「いやー。大量大量!
よかったな!たくぼー」
智子が上機嫌に戻ってきた。
匠海の両手には、子どもに人気のアニメの特大アクリルスタンドの箱が抱えられている。
「智子姉ちゃん。射的上手いね」
「当たり前っしょ!
アタシにできないスポーツはない!!」
声高らかに笑い、誇らしげに両腰に手を当てる。
「はい!みんなにも!!」
智子はニヤけながら、そこそこ大きなお菓子の詰め合わせセットを三人に配った。
「これ、全部取ったのか?」
「イェイ」
智子は驚いた隆志へ、勝ち誇ったようにVサインを披露する。
そして素早く雪穂の背後に回り込むと、
「お嬢さん。とっておきの収穫ですよ」
ふざけた声で囁いた後、一枚の紙切れを眼前にチラつかせた。
「タッタラ〜ン!
一万円分の商品券〜!!」
一同は更に仰天する。
特等と言われている目玉景品だった。
一応、空気は読んで三回目の挑戦で当てたと笑っていた。
「ああいうの、本当に取れる人いたんだ」
「お前、もう出禁になりそうだな」
「確かに!でもお店のおじさんも喜んでたよ〜!!」
能天気に笑う。
きっと智子は、人にどう思われても全く気にしないのだろう。
「これで、とびっきり美味しいご飯作ってあげなよ。
さっとんも喜ぶよ!」
「聡の奴、なんでもいいしか言わねえからな」
長野聡。もう一人の弟のことらしい。
雪穂の二個下で、なんと美羽の妹の同級生だった。
さっきの白田の話といい、
雪穂と智子も同じ学校だったことといい、
世間は狭いと身を持って感じた。
「お姉ちゃん。花火始まっちゃう!!」
「まだもうちょっとあるだろ」
「あ!アタシもお兄ちゃんそろそろ着くみたいだから行かなきゃ!!」
智子は一度、匠海に謎のウインクを送ってから言った。雪穂も香織の顔を見て何かを察したのか、わざとらしく別方向に歩き始めた。
「二人ともごめんね!
匠海のこと、ありがとう」
「…ありがとう」
「いいお姉ちゃんでよかったね」
香織はもう一度和かに手を振る。
「じゃあ二人とも。学校で会ったときはよろしく!」
「バイバーイ!!」
そう言って、三人は人混みに消えていく。
だが少しして、
「香織。ガンバ!!」
と言い残し、全速力で走っていく。
雪穂も静かに親指を立てる。
隆志だけが、その意味がわからなかった。
香織はその鈍感さに、再び鞄で脇腹を叩いて歩き始めた。
「何すんだよ!」
隆志の口調に、香織はムキになって舌を伸ばした。
匠海に会ったせいだろうか。
見慣れたはずのその態度が、いつもより少しだけ幼く見えた。
♫♫♫
貴子の歌声は、転調とバンドサウンドに合わせて肥大化していく。
オレンジを基調とした照明に、
ホリゾント幕の上部が、不規則に色を変えていく。
赤。青。緑。紫。
それはまるで、あの夏祭りの花火のようだった。
今でも鮮明に覚えている。
あの夜、隆志の心は完全に貴子に奪われた。
雪穂。智子。美羽。そして南。
たくさんの人のお膳立てがあったのに、伝えることすらできなかった。
あんなに近くにいたはずの男は、
ちゃんと自分の居場所を見つけている。
もちろん気づいてなかったわけじゃない。
おそらく初めて彼女の歌を聴いたあの日から、
隆志は貴子に惹かれていた。
認めたくなかっただけだったのかもしれない。
自分の方が、隆志のことを知っている。
そう思いたかった。
けれど、香織は気づいていなかった。
隆志が本当に求めていた音に。
過ごしてきた時間の無情さに。
そして——
あの夏祭りの日が、
今の自分たちへ繋がる始まりだったことにも。
気づいていなかった。
自分の中に潜んだ、救いようのない劣等感にも。
ご覧くださりありがとうございます♫
白田と雪穂と智子の繋がりが明かされました!
この出会いが、どう影響していくのか。
決別の瞬間は、もうすぐです!
白田の本格登場もお楽しみに!
では、また次回、お会いしましょう☆☆☆
夜留タクト




