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第二十二話 それからの音

〜前回のあらすじ〜


伝説の歌い手"りさこわも"。

彼女の失踪の真相とその後の動向を聴いた一同。


崩れ落ちる香織。

どこか腑に落ちない菫。


そして、貴子を巡りぶつかり合う隆志と啓一。


六人の気持ちはバラバラになったまま、バンドの合宿に終止符が打たれる。



♫♫♫



 ライトの熱が強くなる。

 バンドサウンドが少しずつ大きくなっていく。


 

 南と鍵盤に隆志のリフが溶け合う。


 そこへ好恵のフィルと、重みのある白田のベースの音が礎を深くする。


 淡いオレンジの照明が、夏の夕暮れを際立たせていく。


 コンテストの時間帯はまだ昼の部のラストいうのに、会場はすでにフィナーレのような雰囲気である。


 観客も審査員たちも、気づけば釘付けになっていた。


 ——まるで、真剣に見つめなければならない理由があるように。



♫♫♫



 ——音と音が絡まって

 ——その先にあるものは


 ——きっと私がこの先も

 ——生きていく確かな理由



 曲は次のBメロへと流れていく。


 その歌詞は、かつての仲間と共に並べた言葉。

 今最前列に座っている、香織が元々歌っていたパート。


 合宿で、一緒にグランドピアノを鳴らしながら二人で恋バナをして笑い合った日。


 隆志のことになると、わかりやすいぐらい顔付きが変わってしまうこと。

 厄介なのに、どこかほっとけない。


 そんな気持ちを、顔を赤らめながら絞り出してくれた。


 あの頃と形は変わっても、貴子はこうして歌い続けている。


 ——香織の思いが、痛いほどわかってしまうから。


 だからこそ歌う。

 届かなくなったもののために。


 失ったもののために。

 それでも残ってくれたもののために。


 新たに力を貸してくれた、仲間のために。



 香織はただステージを見つめていた。

 自分が立つはずだった場所。

 何度も夢見た場所。


 自分で選んだはずなのに、こんなにも胸が痛い。


 隣に座る菫も、眼鏡を曇らせて肩を震わせている。

 

 反対側に座る雪穂が、何かを感じたのか背中を優しく摩ってくれた。


 その目も、はっきりと潤んでいた。


 深くまで事情は知らないのに、

 自分のことのように悔しがってくれている。

 それだけで、胸が痛い。


 その奥では美羽が、ステージ上の五人に順番に大袈裟に手を振っている。


 美羽のことをあまりよく知らない白田と好恵は、気不味そうに視線を外した。


 その隣の智子は、腕を組みながら真剣に音を感じている。

 これから控える自分たちの出番にワクワクして待ち遠しくてたまらない。そんな表情なのがわかる。


 香織と菫は、泣いてる場合ではないと、ハンカチと雪穂からもらったティッシュで涙を拭った。


 それでも追いつかないほど、ステージからの音が胸に刺さっていく。



 ——星座のように 癒したい

 ——小さくても遠くても

 ——きっと 伸ばせば触れられる


 ——花びらのように 伝えたい

 ——一つ一つが 揺れている

 ——"好き"の方で 止まってよ



 彼女と自分で交互に並べた気持ち。

 

 貴子はもしかしたら、香織の思いも一緒に歌ってくれているのだろうか。


 …でも、肝心な男の方は、多分意味はわかってないんだろうな。


 本当に悔しくなる。

 あの夏祭りから、別々のバンドになった日から。


 二人の距離だけが、近づくばかり。


 雪穂も美羽も、その度に慰めてくれた。

 何度も忘れようとした。

 嫌いになろうともした。


 だけど、それだけはできなかった。


 自分で選んだはずなのに、

 こんなにも、胸が痛い。



 ——苦しいほど泣いた夜も

 ——環境(せかい)を恨んだ夜も



 またフレーズが変わっていく。


 貴子の表情は、やはりどこか繊細だった。


 綻びそうな何かを繋ぎ止めているような、

 そんな健気な儚さを孕んでいた。



 ——気づけば隣で笑ってくれた

 ——尊さと憎らしさの狭間の

 ——この音が鳴る理由を 知りたい


 その上品な弱さを支えるように、好恵のライドシンバルが鼓動を刻んでいく。

 隆志のアルペジオも柔らかく駆け抜け、

白田と南の音も、それぞれ違う色で貴子の声に寄り添っていく。


 自分たちがいた頃とは、確実に音の質も、呼吸も、チームワークも、何もかもが桁違いだった。



 やがてギターソロへと切り替わり、

 刺すようなチョーキングが、繊細な少女の心境を震わせていく。


 そこに合わさるスネアの連打からのタム回し。


 これまでのプレイスタイルも含め、どことなく似ている。


 間違いない。

 きっと彼女も——。


 だとしたら、尚更負けられない。


 菫は溢れる涙を拭い、

 ドラマー席に座る好恵を見つめた。


 負けてたまるか。

 そう言い聞かせるように。



 憧れの人に、

 後悔をさせないために。



♫♫♫



 客席後方。


 啓一は拍手をしなかった。

 できなかった。


 ステージ上で鳴っている音は、

 間違いなく自分たちが夢見た音だった。


 貴子がいる。

 南がいる。

 隆志がいる。

 好恵もいる。

 白田もいる。


 誰も間違っていない。


 だからこそ苦しかった。

 この景色を守りたかった。


 あの日からずっと。


 ただ、それだけだった。


 なのに。


 自分に残されているポジションは、もうどこにもない。


 全部ちゃんと終わらせて戻ってくる。


 そう言ったはずなのに、

 貴子も隆志たちも、新しい挑戦を始めていた。


 自分の知らないところで、始めていた。



 合宿の日、菫が叫んでいた気持ちが、少し理解できてしまった。



 貴子はもう、前を向いていた。

 南も。好恵も。


 かつての痛みを共有した二人も、一緒に闘っている。それなのに啓一は、いつだって関係のない闘いに拘ってしまっていた。


 ——すべては、君のためなんだ。


 栄治郎が一方的に押し付けた正義感。

 あの日から、ずっと嫌いだった言葉。


 けれど——。



 もう自分には、貴子の隣にいる資格はないのかもしれない。


 南も好恵も、何も言わずに考えを聞いてくれた時期もあった。きっと言わないでくれたのかもしれないが、二人も貴子と同じ気持ちなのだろうか。


 それと隆志も。


 香織の言うように、普段何を考えているか全くわからない男。

 だが、いざというときは本質をついてくる。


 自分なら躊躇ってしまうことも、簡単に言葉にできてしまう。

 だからこそ、貴子はアイツを選びたくなってしまったのだろう。



 ラスサビへ向かう直前、貴子と目が合った気がした。


 けれど彼女はすぐ前を向く。


 それでいい。

 もう、そういう立場だ。



 啓一は静かに拳を握った。


 終わっていない。


 まだ何も。

 まだ一つも。



♫♫♫



 歪みのバランスはちょうどいい。

 チューニングの狂いもない。


 この曲から、全てが始まった。



 白田も好恵も、初めて合わせたときはバラバラだった。

 それでも、黙って何度も鳴らしてくれた。


 今思えば、バラバラだったのは自分たちの方だったかもしれない。


 あの合宿の後、それぞれの気持ちがぶつかり合った。


 啓一は栄治郎と話し合いが終わるまでバンドを離れ、菫と香織は少しずつ距離を置くようになった。


 貴子を気遣ってのことだったのだろう。


 南は相変わらずの調子で笑って、空気をなんとかしようと努力していた。


 ベースの音をカバーするためか、

 貴子はアコースティックギターを使い始めた。


 まだ『りさこわも』として活動をしていた頃、弾き語りバージョンの動画を作っていたらしく、当時歌っていた曲を、懐かしそうに弾いては肩を震わせていた。


 その動画も、栄治郎によってお蔵入りになってしまったままだった。

 隆志はその度に、慰め代わりに独特なリフを絡めながら貴子の顔色を伺っていた。


 その背中の奥で、香織と菫に小さな苛立ちが募っていたことなど、隆志は考えようともしていなかった。


 気づけばもう、誰も同じ景色を見ていなかった。



♫♫♫



 ——波のように 笑いたい

 ——誰もが胸の奥で鳴らしてる

 ——名前のないメロディ



 ラスサビ。


 貴子のストロークと歌の完全ソロパート。


 穏やかな音色と凛々しくも脆い声が伸びる。


 もう。迷いはない。


 最前列に誰がいても、

 もう、気にならない。


 香織。菫。美羽。雪穂。智子。


 そして、客席後方にいる啓一。

 その更に奥に座っている両親と財閥の役員たち。


 みんな貴子の再演を見守っている。


 会場の視線が、貴子に集中している。


 二年前。

 香織や美羽と一緒に見た、あの歌番組。


 そのときの迫力が、鮮明に蘇っていく。


 これだ。

 これなんだよ。


 全員、こういう音に憧れた。


 だからこそ、今度はこっちの番。



 転調。ここからがラストスパート。


 フィルと鮮やかに移動するベースラインが、勢いをつけていく。


 白田。好恵。


 お前らがいなかったら、

 ナギサノユラギはあのまま消滅していた。


 ありがとう。


 今度は俺たちが、

 この音を未来へ連れていく。



♫♫♫



 白田の話を聞いたのは、去年の夏祭りのときだった。


 合宿のとき、香織が二人で行こうと言ってきた。

 意味はよくわからなかった。


 美羽に聞いたら、これまたよくわからないスタンプだけが返ってきた。


 ふざけてるのか、本当にわからないのか、

 反応が美羽らしかったことは覚えている。


 だが、バンドが少しの間休止になったせいか、特にやることも見つからないため、とりあえず行ってみた。


 駅前は、既に身動きが取れないほどの人混みだった。改札を出て歩いたところの木陰までは、三十秒もかからないのに、辿り着くまでに二分以上もかかってしまった。


 香織は既に座っており、顔を膨らませている。

 黄色の浴衣と花柄の髪飾りが、目に留まる。


「…遅い」

「仕方ねぇだろ。この人混みなんだから。

 それに時間は過ぎてねぇからな」

「…待たせたことには変わらないし」


 相変わらずの可愛げの無さだ。


 男が先に着いていて、爽やかに冷たい水を手渡してあげる。

 どうやらそんな現実離れした展開を、南と美羽の奴らが期待させたらしい。


 隆志は香織が立ち上がったことを確認してから、幼馴染みの少し前を歩いた。

 香織はすぐに追いつき、手に持っていた鞄で鈍感野郎の脇腹を叩いた。


「…置いてくなし」

「はいはい」


 いつもの温度を残し、二人は屋台の列へと歩き出した。



♫♫♫



「あーもう!なんで!!」

「相変わらず下手くそだなお前」

「うるさい!!」


 気づけば、すっかり屋台に入り浸っていた。


 たこ焼き。

 チョコバナナ。

 かき氷。

 金魚すくい。


 屋台の度に、香織はすぐさま自撮りをしてはニヤけていた。

 そのせいか、ポイが破ける度に子どものように悔しがっていた。


「残念だったね。お嬢ちゃん」


 屋台の店主が、笑いながら香織を宥める。

 その光景が、少しだけ昔と重なった。


「ってか香織。そろそろかき氷食ってくれねぇか?

 溶けてきて溢れそうだ」

「もう一回やったらね!」

「…ったく」


 すぐにムキになるところは、昔から変わっていない。嫌なところだったはずなのに、今ではすっかり慣れてしまった。

 なんて思い出に耽っていたら、ポイがまた破ける。

 学習能力の無さに思わず笑みが溢れる。

 成績は隆志や美羽より上なのに、こういうところは意外とドジである。


「香織そろそろ」


 かき氷が溢れ出しそうになり、隆志は思わずストローで啜ってしまった。


 甘い液体の水位が減っていく。

 奇しくも、それは香織が振り返った直後の出来事だった。

 合宿のときの間接キス。

 香織の脳裏に蘇り、瞬時に顔が赤くなる。


「あっぶねー!」


「ほら香織行くぞ!俺ピザ食いたい。

 あと、かき氷そろそろ食ってくれ」


「…いらないし!!」


 少しの間の後で、香織は勢いよく立ち上がり、そそくさと屋台の列へと戻っていった。


「…なんだアイツ」


 首を傾げながら隆志も後を追う。


 その瞬間、香織の前から自転車がやってくる。

 香織は気づいていない。


 気づいたときには、隆志は香織を引き寄せていた。


「きゃっ!!」


 間一髪のところで、自転車が横を通り抜ける。

 少しして巡回していた警官に注意を受けていた。


 香織は隆志の力と体温をまじまじと感じた。

 気にしたことなかったが、背はこんなに高くなっている。

 昔好きだった恋愛ドラマの身長差カップル。

 夏祭りの急接近展開。


 香織はそんなことを期待していた。


「…ったくどんくせぇなお前は」

「は!?心配とかないわけ!?」

「無事なことぐらい見りゃわかるだろ」

「何それ!?」


 またいつもの言い合い。その最中——


「…あの!」


 声の方を向くと、一人の男の子が立っていた。

 小四ぐらいだろうか。


「どうしたの?ぼく?」


 香織はすぐさま目線を合わせ、さっきまでと違う声色を向けた。

 南や菫もそうだが、こうやって人によって声色を変えられる女子の技術が、少しだけ怖い。


「…これ、落としたよ」


 香織の学生証だった。

 さっきの自転車のときにでも落としたのだろうか。


「気づかなかった!ありがとね!ぼく」


 優しく笑って頭を撫でる。


 やはり女子は、子どもが好きなのだろうか。

 美羽の妹も、香織の面倒見の良さに懐いていた。


「ぼく。ひとり?」

「…お姉ちゃんと来たんだけど、逸れちゃった」

「そっかぁ。どっちからきたの?」

「…あっち」


 少年は申し訳なさそうに、指で方角を示した。


「…お姉ちゃん探すの、手伝ってくれない?」

「え?」

「……それと同じの、お姉ちゃんも持ってるから」

ご覧いただきありがとうございます♫


ようやく現在のコンテストのシーンに戻って参りました!!


まさかの十二話の冒頭ぶり笑

三話ぐらいで帰ってくる予定だったのになんでこんなに長引いてるねん笑


とはいえ、また回想入ったやんけ!!

ってかんじですみません


次回以降からは比較的登場回が少なめで謎の多い、白田・雪穂・智子の登場回が増えていきます!


果たして白田は新生ナギサノユラギにとってどのような役割を果たすのか。

何故、香織と菫は決別してしまったのか。


そして、隆志たちの演奏が終わるときに何が起こるのか。


第一部のクライマックスまで駆け抜けていきますので

最後まで読んでくださると嬉しいです♪♪


ブクマと評価

よろしく、お願いしまぁぁぁぁぁぁぁすっ!!!

(サマーウォーズ風)


では、次回もお楽しみに


夜留タクト

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