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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第83話:荷は整い、心はまだ整わない

出発まで、あと三日。


クラウゼン商会の倉庫では、朝から最終積載の試験が行われていた。


すべての荷を一度ソータの《神速積載庫》へ収め、必要な順番で取り出せるか確認する。

単純な作業に見えて、実際にはかなり神経を使う。

荷の量が多いだけではない。

用途ごとに出す順番が違い、相手に見せる順番にも意味がある。


野営道具を先に出すべき時。

薬を急いで出すべき時。

砦への贈答品を格式を保って出す時。

アマゾネスたちの前で、ソータの能力をどこまで見せるか。

ミレイユの合図があるまで、出してはいけない品。


そのすべてが、木札と帳面に細かく記されていた。


ソータは木箱に手を置き、深く息を吸った。


「まず、野営一式。」


木箱が一つ消える。

次に布包みが消える。

水袋の束が消え、鍋と簡易炉の入った箱が消える。


次の瞬間、倉庫の反対側に敷かれた印の上へ、順番通りに現れた。


レオンが感心したように口笛を吹いた。


「何回見ても便利っすね。」


「便利で済ませていい力じゃない。」


カレンが淡々と言った。


「そっすね。」


レオンはすぐに真面目な顔になった。


ソータは苦笑した。


「便利で使ってもらえるのが一番気楽なんだけどな。」


ミレイユは帳面から顔を上げた。


「気楽さだけで扱える段階は、もう終わったわ。」


「はい。」


ソータはすぐに返事をした。


最近、返事が早くなった。

それが少しおかしい。

しかし、今は笑っている場合ではない。


ミレイユは印の上に出された荷を確認する。


「順番は合っているわ。」


「よかった。」


「次は緊急用。」


「うん。」


「薬箱、包帯、水袋、簡易寝台の順。」


「了解。」


ソータは目を閉じる。

荷が消え、また現れる。


ミレイユはその手元を見ていた。

見慣れた光景になりつつある。

けれど、慣れてしまってはいけないとも思う。


この力は、慣れてしまえばしまうほど危うい。

当たり前のように使い、当たり前のように頼れば、周囲はソータを便利な箱のように見るかもしれない。

本人でさえ、そう扱われることを受け入れてしまうかもしれない。


(駄目よ。)

(この人は荷台ではない。)

(運ぶ人であって、荷そのものではない。)

(でも、その価値は荷以上に大きい。)

(だから、守らなければならない。)


ミレイユは自分の思考に少しだけ苦笑した。


(結局、守るのか、管理するのか、独占するのか、どれも混ざっているわね。)


そのどれか一つに整理できれば楽だった。

恋人として抱きしめたい。

商会として守りたい。

未来の伴侶として隣に立ちたい。

他の女から遠ざけたい。

けれど、彼の力を世界のために使わせたいとも思う。


矛盾だらけだった。


だが、人の心は帳簿ではない。

数字のように左右を合わせれば整うものではない。


「ミレイユ。」


ソータの声で、ミレイユは我に返った。


「何?」


「次、贈答品でいい?」


「ええ。」


ミレイユは一歩近づいた。


「ただし、赤い印の箱は最後。」


「分かってる。」


「私の合図まで出さない。」


「うん。」


「顔にも出さない。」


「努力する。」


その答えに、カレンがぼそりと言った。


「まだ努力段階か。」


ソータが振り向く。


「顔に出さない訓練、そんなにすぐ上達しません。」


「戦場なら死ぬ。」


「顔で死ぬんですか。」


「読まれれば死ぬ。」


ガルドが短く頷いた。


「その通りだ。」


ソータは少し真面目な顔になった。


「……分かりました。」


ミレイユはその様子を見て、少し考えた。

ソータの顔に出やすい性格は、危うさでもある。

だが同時に、誠実さでもある。

隠すことばかり上手くなってほしいわけではない。


(隠す技術ではなく、揺れても立ち直る技術。)

(それが必要なのかもしれないわ。)


ミレイユは言った。


「ソータ。」


「うん。」


「顔に出さないことだけが目的ではないわ。」


「え?」


「もし出ても、その後に自分で戻せること。」


「……。」


「相手に揺さぶられたと気づいたら、私を見る。」


「髪紐?」


「そう。」


ミレイユは紅い髪紐に触れた。

今日は母からの金具も通している。

紅い紐に、小さな白い石が静かに光っていた。


「これを見て、思い出しなさい。」


「うん。」


「あなたがどこに立つのか。」


「うん。」


「誰と来たのか。」


「うん。」


「誰に隠さないと約束したのか。」


ソータは、紅い髪紐を見た。

目が少し真剣になる。


「分かった。」


その返事は、軽くなかった。


ミレイユは頷いた。


「では、続けましょう。」


◆◇◆


昼前、村からの追加便が届いた。


届けたのは、村とグランデリアの間を行き来している若い御者だった。

まだ緊張が抜けない様子で商会の入口に立ち、両手で包みを差し出している。


「リーナさんからです。」


ミレイユは包みを受け取った。


「ありがとう。疲れたでしょう。」


「いえ、道も前よりずっと安心で。」


「村は変わりありませんか。」


「はい。皆、ソータさんたちがまた北へ行くと聞いて、心配しています。」


ソータが少し申し訳なさそうにした。


「そっか。」


「でも、村長が言ってました。」


「何を?」


「今度は帰ってくる道が分かっているから、前よりは待てるって。」


ソータは少しだけ目を伏せた。


ミレイユも胸の奥に静かな重みを感じた。


待つ人がいる。

それは力にもなる。

同時に責任にもなる。


御者が続ける。


「リーナさんも、渡してくださいって。」


ミレイユは包みを見た。

薬草の香りがする。


「確かに受け取りました。」


御者を休ませるよう使用人に指示し、ミレイユはソータと共に執務室へ戻った。

包みを机の上に置く。


中には、小さな薬包がいくつも入っていた。

見慣れたリーナの字で木札がつけられている。


疲労回復用。

傷薬。

虫除け。

眠気覚まし。

胃薬。

そして、最後に少しだけ不格好な包みがあった。


木札には、こう書かれていた。


ミレイユさんへ。

眠れない夜に。


ミレイユの手が止まった。


ソータもそれを見て、静かになった。


ミレイユはその包みをそっと手に取る。

薬草の香りは柔らかい。

強いものではない。

緊張した心を少し緩めるための香り袋のようだった。


添えられた小さな手紙には、リーナの丁寧な字が並んでいた。


ミレイユさんへ。

ソータさんたちがまた北の森へ行くと聞きました。

私は一緒には行けませんが、薬で少しでも助けになりたいです。

ミレイユさんはきっと、みんなの前では強く立つ人だと思います。

でも、眠れない夜があったら、この香りを使ってください。

私も、お父さんのことを考えて眠れない夜に、同じ薬草を使っています。

悲しみや不安が消えるわけではありませんが、少しだけ息がしやすくなります。


そこまで読んで、ミレイユは手紙を一度伏せた。


胸が詰まった。


リーナは、何も知らないはずだ。

オルドアイのことも、ミレイユの母に言われたことも、本妻という言葉に揺れていることも。

知らないはずなのに、まるで今のミレイユに必要なものを選んだようだった。


(強く立つ人。)

(私は、そう見えているのね。)

(でも、リーナさんは分かっている。)

(強く立つ人にも、眠れない夜があると。)


ソータが小さく言った。


「リーナらしいな。」


「ええ。」


「優しい。」


「そうね。」


ミレイユは香り袋を手のひらに乗せた。

指先に、乾いた薬草の感触が伝わる。


「ソータ。」


「うん。」


「リーナさんには、必ずお礼を書きましょう。」


「うん。」


「それから、この薬包も全部持っていくわ。」


「分かった。」


「彼女の薬が役に立つ場面を、ちゃんと見ておきたい。」


「リーナ、喜ぶと思う。」


「ええ。」


ミレイユは香り袋をそっと胸元に寄せた。


(女の強さは、やはり一つではない。)

(リーナさんは、傷ついた人に息をさせる強さを持っている。)

(私は、その強さにも支えられている。)


ふと、オルドアイのことを思った。

彼女は、どんな強さを持っているのだろう。

ソータが惹かれたという、強く、真っ直ぐな女。

民を背負い、砦を守る姫。

自分の欲しいものを欲しいと言える女。


会えば、もっと痛むだろう。

だが、少しだけ別の感情も生まれていた。


怖い。

腹が立つ。

でも、知りたい。


それは、ミレイユ自身も認めたくないほど小さな好奇心だった。


◆◇◆


午後、出発前の身支度と携行品の確認が行われた。


旅装に慣れていないミレイユのため、エルザが装備の調整を手伝った。

部屋にはミレイユとエルザ、そして少し離れたところに侍女がいる。


ミレイユは普段のドレスではなく、動きやすい旅装に着替えていた。

上質な布を使っているが、裾は短めで、乗馬や森歩きにも対応できる。

腰には小さな短剣。

肩には軽い外套。

足元は丈夫な革靴。


鏡の中の自分は、いつもの会頭代理とは少し違って見えた。


「思ったより動きやすいわ。」


「森では、裾が長いと危険です。」


エルザが外套の留め具を確認しながら言った。


「分かってはいたけれど、実際に着ると違うわね。」


「はい。」


「あなたは、いつもこういう装備で旅を?」


「状況によります。」


「今回は?」


「森用に軽くします。砦での交渉時には、こちらも整えた姿にした方がよいでしょう。」


「つまり、野営用と面会用で分ける必要があるわね。」


「はい。」


ミレイユは頷いた。

商談でも同じだ。

相手に合わせて装いを変える。

ただし、今回は森の移動と戦士の砦が相手になる。

普段の商会とは勝手が違う。


エルザが紅い髪紐を見た。


「それをつけて行かれるのですね。」


「ええ。」


「よくお似合いです。」


「ありがとう。」


ミレイユは鏡越しに髪紐を見た。


「ソータが選んだものなの。」


言ってから、少しだけ頬が熱くなった。

エルザは表情を大きく変えなかったが、ほんの少しだけ目が柔らかくなった。


「そうでしたか。」


「ええ。」


「大切な印ですね。」


「そうね。」


ミレイユは髪紐に触れた。


「オルドアイ姫の前にも、これで立つわ。」


「強い選択だと思います。」


「本当に?」


「はい。」


「ただの嫉妬の印に見えないかしら。」


「嫉妬も含めてよいのではありませんか。」


エルザの言葉に、ミレイユは少し驚いた。


「あなたがそういうことを言うのね。」


「私も女ですので。」


エルザは淡々と言った。


その言い方が少しおかしくて、ミレイユは小さく笑った。


「そうね。」


「感情を消す必要はないと思います。」


「でも、感情で判断を誤れば危険よ。」


「はい。」


「だから難しいの。」


「感情を持ったまま、弓を引くようなものです。」


ミレイユはエルザを見る。


「どういうこと?」


「怒りで手が震えれば外します。」


「ええ。」


「恐怖で目を閉じても外します。」


「そうね。」


「でも、何も感じないから当たるわけではありません。」


「……。」


「守りたいもの、失いたくないもの、怒り、恐怖、それらを全部抱えたまま、呼吸を整えて放つのです。」


ミレイユは黙った。


エルザらしい言葉だった。

冷静で、実践的で、それでいて感情を否定していない。


「あなたの強さは、そこにあるのね。」


「強さと言えるほどでは。」


「いいえ。」


ミレイユは首を振った。


「私は商談で同じことをしていたのかもしれないわ。」


「商談で?」


「怒りも不安も、顔には出しすぎず、でも全部材料として扱う。」


「では、ミレイユ様はすでにお分かりなのでは。」


「恋になると、分からなくなるのよ。」


ミレイユが言うと、エルザは少しだけ笑った。


「それは、私には少し難しいです。」


「恋をしていないの?」


「今は。」


「今は、なのね。」


「昔は少し。」


ミレイユは興味を引かれたが、それ以上は踏み込まなかった。

エルザが自分から話す時が来れば聞けばいい。


今は、自分の装備と心の準備が先だ。


エルザは外套の留め具を締め、最後に言った。


「動きやすさは問題ありません。」


「ありがとう。」


「ただし、森では無理に前へ出ないでください。」


「交渉では前に出るわ。」


「戦闘では、です。」


「分かっているわ。」


「本当に?」


「ソータみたいな確認をしないで。」


「失礼しました。」


エルザは少しだけ微笑んだ。


ミレイユも微笑み返した。


エルザは味方だ。

完全に親しいわけではない。

だが、信頼できる。

そう思えるだけで、少し心強かった。


◆◇◆


夕方、商会の訓練場では、ソータがカレン相手にまた距離の取り方を練習していた。


ミレイユは旅装のまま見学している。

ソータは汗をかき、何度も腕を掴まれそうになりながら、後ろへ下がる動きを繰り返していた。


カレンは容赦がない。

けれど、怪我はさせない。

必要な加減を知っている。


「遅い。」


「はい。」


「目を見るな。肩を見ろ。」


「肩?」


「動きが先に出る。」


「なるほど。」


「納得する前に動け。」


「はい。」


ソータは必死だった。


レオンが横で腕を組みながら言った。


「ソータさん、かなり真面目にやってるっすね。」


「前よりは。」


ガルドが短く答える。


「でも、まだ遅いっす。」


「戦士ではない。」


「それはそうっす。」


「逃げるだけ覚えればいい。」


ミレイユはその言葉を聞いて、少しだけ胸が締めつけられた。


逃げる。

それは戦術としては正しい。

だが、恋の話では逃げてほしくない。


同じ言葉なのに、意味が違う。


(戦場では逃げて。)

(私との話からは逃げないで。)

(本当に注文が多いわね、私は。)


ソータが今度はうまくカレンの手を避けた。

そのままガルドの後ろへ下がる。


「今のは良い。」


ガルドが言った。


ソータは息を切らしながら頷いた。


「ありがとうございます。」


カレンも短く言った。


「今のなら攫われにくい。」


「攫われる前提やめません?」


「想定は必要だ。」


「はい。」


ミレイユは少しだけ笑った。


その時、カレンが急に角度を変え、ソータの横へ踏み込んだ。

訓練の流れから外れた動きだった。

ソータは一瞬反応が遅れた。

カレンの手がソータの肩に触れかける。


その瞬間、ソータの視線がミレイユへ向いた。

正確には、ミレイユの紅い髪紐へ。


ほんの一瞬。

それだけで、ソータの動きが戻った。

彼は半歩下がり、カレンの手をかわした。


カレンが目を細める。


「今のは何を見た。」


ソータは息を整えながら答えた。


「ミレイユの髪紐。」


ミレイユの胸が、強く跳ねた。


カレンはミレイユの方を見る。

それから、短く頷いた。


「合図に使えるなら悪くない。」


ガルドも頷いた。


「迷った時の目印は必要だ。」


エルザが静かに言った。


「実戦でも有効かもしれません。」


ミレイユは何も言えなかった。

ただ、髪紐に触れた。


ソータは、本当に見た。

迷った瞬間に、自分を。

自分の髪紐を。

そして、戻った。


それは小さなことかもしれない。

だが、ミレイユにはとても大きかった。


(約束が、形になった。)

(少しだけ。)

(本当に少しだけだけれど。)


胸の奥が熱くなる。

泣くようなことではない。

それでも、目の奥が少しだけ熱くなった。


ソータがこちらを見た。

ミレイユは頷いた。


「今のは、よかったわ。」


ソータの顔が明るくなった。


「ありがとう。」


「でも、まだ遅い。」


「はい。」


カレンがすぐに言った。


ソータはまた肩を落とした。


ミレイユは思わず笑ってしまった。

その笑いで、胸の熱さを少しだけ逃がした。


◆◇◆


夜、ミレイユはリーナの香り袋を枕元に置いた。


部屋には柔らかな薬草の香りが広がっている。

強すぎず、甘すぎず、土と草の静かな匂いがする。

村の薬草小屋を想像させる香りだった。


ソータは椅子に座り、今日の訓練で疲れた腕を軽く回している。


「痛むの?」


「少し筋肉痛になりそう。」


「カレンさんは容赦がないわね。」


「でも、ちゃんと加減してくれてる。」


「そうでしょうね。」


「俺、戦わないにしても、逃げる練習は必要だってよく分かった。」


「ええ。」


ミレイユは寝台の端に腰かけた。

髪紐はまだ結んだままだ。

母の飾りもついている。


ソータがそれを見る。


「今日、訓練で見た時、本当に助かった。」


「そう。」


「一瞬、頭が真っ白になったけど、髪紐が見えて、戻れた。」


「嬉しいわ。」


ミレイユは素直に言った。


ソータは少し驚いた顔をした。


「素直だ。」


「私がいつも素直ではないみたいに言わないで。」


「えっと。」


「言い訳を考えない。」


「はい。」


ミレイユは少し笑った。

そして、真面目な声で続けた。


「でも、本当に嬉しかった。」


「うん。」


「あなたが迷った時、私を見たことが。」


「うん。」


「そのまま、砦でも思い出して。」


「思い出す。」


「オルドアイが近づいても。」


「うん。」


「彼女が綺麗でも。」


ソータは少しだけ息を止めた。

だが、逃げなかった。


「うん。」


「あなたの心が揺れても。」


「うん。」


「私を見なさい。」


ソータは、まっすぐミレイユを見た。


「見る。」


ミレイユは頷いた。

その返事を、胸の中に置く。


リーナの香り袋から、穏やかな匂いが漂っている。

そのおかげか、いつもより呼吸がしやすかった。


「リーナさんの薬、いい香りね。」


「うん。」


「不安が消えるわけではないけれど、少し息がしやすい。」


「手紙に書いてあった通りだね。」


「ええ。」


ミレイユは香り袋を手に取った。


「今夜は、少し眠れそう。」


「よかった。」


ソータはほっとした顔をした。


ミレイユはその顔を見て、静かに言った。


「ソータ。」


「うん。」


「今日は、ここにいて。」


「うん。」


「何もしなくていいから。」


「うん。」


「ただ、いて。」


ソータは椅子から立ち上がり、ミレイユのそばへ来た。

そして、少し迷ってから隣に座った。


ミレイユは彼の肩にそっと寄りかかる。

ソータはそのまま動かなかった。

ただ、そこにいてくれた。


それが、今夜はありがたかった。


(荷は整っていく。)

(予定も整っていく。)

(護衛も、贈り物も、道順も。)

(でも、私の心はまだ整いきらない。)


ミレイユは目を閉じた。


(それでもいい。)

(整わないままでも、行ける。)

(不安なままでも、立てる。)

(だって、私は一人ではない。)


ソータの温もり。

紅い髪紐。

母の飾り。

リーナの香り袋。

エルザの言葉。

アルベールの静かな支え。

護衛たちの頼もしさ。


それらが、ばらばらだった心を完全ではない形で支えている。


完全ではなくてもいい。

今は、それで十分だった。


窓の外では、二つの月がまた少し満ちていた。

フルムーンまで、あと十三日。

出発まで、あと三日。


荷は整い始めている。

心はまだ揺れている。

それでも、ミレイユはソータの肩に寄りかかりながら、ゆっくりと息を吐いた。


その夜、薬草の香りに包まれて、彼女は久しぶりに深く眠った。


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