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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第71話:北の森の報告は、村をざわつかせた

翌朝。

村の空気は、まだ重かった。

リーナの父の形見が戻ってきたことは、すでに村中へ静かに広がっていた。

大声で騒ぐ者はいない。

しかし、井戸端でも、畑へ向かう道でも、家の前でも、人々は声を潜めて話していた。

北の森で何があったのか。

行方不明だった男たちは本当に亡くなっていたのか。

ソータたちは何を見てきたのか。

そして、バルクが戻っていないのはなぜなのか。


疑問は多かった。

けれど、昨日のリーナの様子を見ていた者たちは、簡単に問い詰めるようなことはしなかった。

村長が、朝のうちに村人たちへ告げたからだ。

「昼前に、村の広場で北の森について分かったことを共有する。」

「ただし、亡くなった者たちに関わる話だ。無用に騒ぎ立てぬように。」


その言葉で、村は静かな緊張に包まれていた。

ソータは宿の部屋で、ゆっくりと息を吐いた。

昨夜は眠れたような、眠れなかったような夜だった。

リーナの泣き声。

青い石の腕輪。

マルタの涙。

トムの謝罪。

村長の沈痛な顔。

それらが何度も頭の中を巡った。


そのたびに、収納の中を確認したくなる。

けれど、形見の箱はもうリーナの家にある。

ソータの中にはない。

それが少し不思議だった。


(昨日、ちゃんと下ろしたんだな。)

(あの荷物は、もう俺の中にはない。)

(でも、重さだけは残ってる。)


荷物を届けても、完全に軽くなるわけではない。

届けたことで生まれるものもある。

悲しみ。

祈り。

次の約束。

リーナをいつか墓へ連れていくという約束。

それは新しい荷になった。

ソータは顔を洗い、服を整えた。

今日は村長への報告がある。


そして、村人たちへの共有もある。

北の森の奥にアマゾネスの砦があったこと。

迷いの霧の正体。

魔物がいなかった理由。

バルクが残ったこと。

フルムーンの話。

どこまで話すべきかは、昨夜ガルドたちとも相談した。

砦の場所や霧の抜け方を細かく伝えるのは避ける。

ヤンガルドアイとの約束もある。


不用意に広めれば、村が危険になる可能性もある。

だが、村にとって必要な情報は隠せない。

北の森の奥には、人がいる。

敵とは限らないが、軽く近づいていい相手でもない。

そこは、はっきり伝える必要があった。


(言葉を間違えないようにしないとな。)

(昨日とは別の意味で重い報告だ。)

扉を叩く音がした。

「ソータさん、起きてるっすか?」

レオンの声だった。

「起きてる。」


ソータが扉を開けると、レオンが少し眠そうな顔で立っていた。

その後ろにエルザとガルドもいる。

バルクはいない。

その空白に、また少し胸が寂しくなる。

「村長の家に行く時間っす。」

「分かった。」


ソータは頷き、三人と一緒に宿を出た。


◆◇◆


村長の家には、すでに何人かが集まっていた。

村長。

マルタ。

リーナ。

トム。

それから、村のまとめ役をしている数人の年長者たち。

リーナは昨日より落ち着いているように見えた。

目はまだ赤い。

だが、髪はきちんとまとめられ、服も整えている。


胸元には、小さな布袋が下げられていた。

その中に、青い石の腕輪の欠片が入っているのだろう。

ソータはそれに気づき、少し胸が詰まった。

「おはようございます、ソータさん。」

リーナが静かに言った。

「おはよう、リーナ。」


ソータは返事をする。

「眠れた?」

「少しだけ。」

「そうか。」

「でも、大丈夫です。」


大丈夫。

その言葉が本当の意味で大丈夫ではないことは、ソータにも分かった。

けれど、リーナは前を向こうとしている。

その意思を否定することはできなかった。

村長が席を示した。

「ソータ殿。皆様。お掛けください。」


ソータたちは座る。

ガルドは壁際に立つか迷ったようだったが、村長に促されて席についた。

レオンは少し緊張した顔で座り、エルザは落ち着いた様子で周囲を見ている。

村長は全員を見回し、口を開いた。

「では、北の森で分かったことを聞かせていただきたい。」


ソータは頷いた。

「はい。」

最初からすべてを話す。

ただし、順番に。

できるだけ分かりやすく。

そう決めていた。

「まず、北の森の奥には、アマゾネスと呼ばれる女戦士たちの砦がありました。」


部屋がざわついた。

年長者の一人が目を見開く。

「女戦士の砦?」

「はい。かなり大きな砦です。木と石で作られていて、防衛もしっかりしていました。」

トムが青ざめた顔で呟く。

「そんなものが……あの森の奥に……。」

「迷いの霧で隠されていました。」


ソータは続けた。

「森に入った俺たちは、同じ場所を何度も歩かされました。目印をつけても戻される。縄を使っても距離がおかしくなる。普通の森ではありませんでした。」

村長は眉を寄せる。

「それが、砦を守る仕掛けだったと。」

「はい。外の者を近づけないためのものだそうです。」


レオンが補足する。

「完全に道を狂わされました。俺も斥候として見てましたけど、普通の地形じゃ説明できないっす。」

エルザも頷く。

「音もずれていたわ。沢の音が左右から聞こえたり、前にいるはずのレオンの声が別の方向から聞こえたり。魔法的なものだと思います。」

村の年長者たちは顔を見合わせた。

北の森が危険だということは知っていた。

だが、そこまで具体的な異常があるとは思っていなかったのだろう。

「魔物が出なかった理由も、おそらくその砦に関係しています。」


ソータは言った。

「アマゾネスたちは、砦の周辺に近づく魔物を狩っていました。ゴブリンも、狼も、大蛇も、害をなすものは残さないそうです。」

「だから、あの辺りでは魔物が見えなかったのか……。」

トムが呟く。

ガルドが短く言う。

「強い集団だ。」


その一言に重みがあった。

村長がガルドを見る。

「ガルド殿から見ても、そうですか。」

「ああ。正面から敵対すべきではない。」

部屋の空気がさらに引き締まる。

ガルドがそう言う相手なのだ。

村として、軽く扱える存在ではない。


◆◇◆


次に、ソータはリーナの父たちの話をした。

昨日、リーナに伝えた内容を、もう一度村長たちへ共有する。

数年前、ゴブリンに追われた男たちが砦の前で倒れていたこと。

青い石を持つ男がいたこと。

アマゾネスたちは彼らを砦へ運び、数日看病したこと。

だが、全員亡くなったこと。

形見を保管してくれていたこと。

村長は深く目を閉じた。

「そうでしたか……。」


トムは肩を落としている。

リーナは胸元の布袋をそっと握っていた。

マルタが静かに言う。

「少なくとも、放っておかれたわけじゃなかった。それは、あたしたちにとっても救いだよ。」

村長も頷いた。

「その砦の長には、礼を伝えねばなりませんな。」

「ヤンガルドアイという長でした。」


ソータが言うと、年長者の一人が聞き返した。

「ヤンガルドアイ?」

「はい。アマゾネス集団の長です。そして、その娘がオルドアイという姫でした。」

オルドアイの名を口にした瞬間、レオンがちらりとソータを見た。

エルザもわずかに視線を動かした。

ガルドは無言だった。

ソータは少しだけ喉が詰まる。

ここでは、まだ余計なことは言わない。

村長への報告として必要な範囲に留める。


ミレイユへの報告とは違う。

(いや、あとで村長にもフルムーン絡みで説明しないといけないんだけど。)

(どこまで言うべきか。)


ソータは一瞬迷ったが、続けた。

「オルドアイは、俺たちを砦へ通してくれた人です。最初は警戒されましたが、最終的には話し合いができました。」

レオンが小さく咳払いした。

ソータは聞こえないふりをした。


◆◇◆


話題は、バルクへ移った。

村長は最初から気になっていたのだろう。

「それで、バルク殿はなぜ戻られなかったのでしょう。」

ソータは少し息を整えた。

これは、どう説明しても驚かれる。

「バルクさんは、アマゾネスの一人と……その、互いに気に入ったようで。」


部屋の空気が一瞬止まった。

マルタが先に反応した。

「女絡みだね。」

「はい。」

ソータは素直に頷いた。

マルタはため息を吐きながらも、少しだけ笑った。

「あの人ならあり得るね。」

「え、あり得るんですか?」

「よく食べて、よく笑って、力もある男だろう。ああいうのを好む女はいるよ。」


すごい説得力だった。

レオンが小声で言う。

「ガルナさんも、まさにそういう感じでしたね。」

「ガルナという女性です。」

ソータは説明した。

「バルクさんは、彼女と一緒になるために、北の部族村へ行くことになりました。」

「北の部族村?」


村長が眉を上げる。

「アマゾネスの砦には、普段は女たちだけが暮らしているそうです。男たちはさらに北の部族村にいて、半年に一度、二つの月が同時に満月になる夜に砦へ来るそうです。」

リーナが小さく呟く。

「フルムーン……。」

「はい。彼女たちはそう呼んでいました。」


村長は深く考え込んだ。

「すると、バルク殿はその北の部族村へ。」

「はい。本人の意思です。怪我をしたわけでも、捕らえられたわけでもありません。」

ガルドが補足する。

「本人が決めた。」


短い言葉だが、信頼があった。

村長は頷いた。

「ならば、尊重すべきなのでしょうな。」

マルタが腕を組む。

「ソータさん、ミレイユ嬢ちゃんにはどう説明するんだい?」


ソータは固まった。

ここでその名前が出るとは思っていたが、やはり心臓に悪い。

「正直に説明します。」

「それがいいね。」

「はい。」

「他にも正直に説明しないといけないことがありそうな顔だけどね。」


ソータはさらに固まった。

レオンが目を逸らす。

エルザが静かにお茶を飲む。

ガルドは無言。

マルタは目を細めた。

「やっぱりかい。」

「まだ何も言ってません。」

「顔に出てるよ。」

「俺の顔、本当に……。」


ソータは額を押さえた。

リーナが、少しだけ不思議そうにこちらを見る。

その表情に、ほんのわずかだが日常の色が戻った気がして、ソータは少しだけ救われた。


◆◇◆


次に、フルムーンの移動支援について話した。

これは村にとっても重要だった。

アマゾネス砦と北の部族村。

さらに、その手前にあるこの村。

もしソータがフルムーンの時に移動支援をするなら、村も中継地点になる可能性がある。

もちろん、秘密を守る必要がある。

だが、将来的には村の薬草や食料、干し肉、蜂蜜などがアマゾネス砦へ届く道になるかもしれない。

村長は、明らかに商売の可能性を感じていた。

ただ、すぐには飛びつかなかった。


「危険も大きいですな。」

「はい。」

ソータは頷いた。

「砦の存在は、不用意に広めないよう言われています。もし秘密を破れば、村も危険になります。」

「それは肝に銘じねばなりません。」


村長は年長者たちへ視線を向けた。

「この話は、村の外へ漏らさぬように。村人にも、すべてを細かく伝える必要はない。」

年長者たちが頷く。

「北の森の奥には、危険な霧と、外の者を好まぬ集団がいる。軽々しく入ってはならない。まずは、それで十分でしょう。」

ソータはその判断にほっとした。

詳しく言いすぎれば、好奇心で森へ入る者が出るかもしれない。

それは絶対に避けたい。

「ただし。」


村長は続けた。

「将来的に、正式な関係を築けるなら、この村にとって大きな意味がありますな。」

「はい。」

「薬草、干し肉、蜂蜜、木工品。こちらから出せるものもある。向こうから得られるものもあるかもしれない。」

エルザが言う。

「砦には獣皮や魔物素材、青い石があります。扱いは慎重にすべきですが、価値は高いでしょう。」

「青い石……。」


村長はリーナを見る。

リーナは胸元の布袋を握っていた。

その石は、商売だけのものではない。

リーナの父の形見でもある。

村長はすぐに言葉を改めた。

「もちろん、軽く扱ってよいものではありません。」


リーナは小さく頷いた。

「はい。」

ソータは思った。

この話は、村だけでは進められない。

商会の力が必要だ。

つまり、ミレイユに相談しなければならない。

避けようがない。


(どのみち全部報告だな。)

(もう逃げられない。)


◆◇◆


昼前、村の広場で簡単な説明が行われた。

村長が中心になり、ソータは必要な部分だけ補足した。

亡くなった男たちの形見が北の森の奥で見つかったこと。

詳しい場所は危険なので伏せること。

北の森の奥には迷いの霧があり、安易に入ってはならないこと。

ゴブリン村の残党が移動した理由も、その奥に近づけなかった可能性があること。

バルクは怪我や死亡ではなく、本人の意思で北の森の奥に残ったこと。

最後の部分で、村人たちはかなりざわついた。

「本人の意思?」


「どういうことだ?」

「まさか、森の奥で暮らすのか?」

村長は咳払いした。

「詳細は伏せるが、バルク殿は無事である。本人が選んだ道だ。」

マルタが横からぼそりと言う。

「女絡みだよ。」


広場の一部がざわめいた。

「やっぱりか。」

「バルクさんならありそうだ。」

「強い女が好きそうだしな。」

なぜか納得する空気が流れた。

ソータは少し驚いた。


(みんな、バルクさんへの理解が早い。)

レオンが小声で言う。

「バルクさん、村でもそういう認識なんすね。」

「らしいな。」

エルザが小さく笑った。

「人柄が分かりやすいもの。」


説明会は長くは続かなかった。

村長は最後に、亡くなった者たちのための祈りの場を明日整えると伝えた。

村人たちは静かに頷いた。

騒ぎたい者もいたかもしれないが、リーナの姿を見れば誰も無遠慮にはできなかった。

リーナは広場の端に立ち、胸元の布袋を握っていた。

その横にはマルタがいる。

リーナの顔には悲しみがある。

でも、昨日より少しだけ背筋が伸びていた。


◆◇◆


説明会の後、ソータはリーナに呼び止められた。

「ソータさん。」

「うん。」

「少し、薬草小屋へ来てもらえますか。」

「もちろん。」


薬草小屋は、村の端にある小さな建物だった。

リーナが薬草を干し、薬を調合する場所だ。

中には乾燥中の薬草が吊るされ、棚には小瓶や布袋が並んでいる。

昨日までなら、ソータはその匂いを落ち着くものとして感じただろう。

今日は少し違った。

ここには、リーナの父が教えた知識も残っている。

そう思うと、薬草の匂いまで少し切なく感じた。

リーナは棚の前に立ち、胸元の布袋を外した。

中から青い石の腕輪の欠片を取り出す。


それを、小さな布の上に置いた。

棚の一番上。

薬草小屋全体が見える場所だった。

「ここに置こうと思います。」

「家じゃなくて?」

「家にも、夜は持って帰ります。でも、昼間はここに。」


リーナは腕輪を見つめる。

「お父さんは、薬草のことをここで教えてくれました。」

「そうか。」

「だから、私が薬を作る時、見ていてもらおうと思って。」

ソータは胸が温かく、少し痛くなった。

「いいと思う。」

「はい。」


リーナは静かに腕輪の前へ手を合わせた。

しばらく目を閉じる。

そして、小さく呟いた。

「お父さん。おかえりなさい。」

その声は、とても小さかった。

けれど、薬草小屋の中にまっすぐ響いた。

ソータは何も言わなかった。

ただ、少し離れた場所で見守った。

リーナは目を開ける。


涙は浮かんでいる。

だが、こぼれなかった。

「ソータさん。」

「うん。」

「私、薬草軟膏をちゃんと作ります。」

「うん。」

「街で売れるように、もっと良くしたいです。」

「ミレイユに伝える。」

「お願いします。」


リーナは少しだけ笑った。

「でも、いつか私もグランデリアへ行って、ミレイユさんに直接話します。」

「きっと喜ぶよ。」

「その時は、ソータさんも一緒にいてくれますか。」

「もちろん。」


そう答えてから、ソータは少しだけ未来を想像した。

リーナがグランデリアへ行く。

ミレイユと会う。

薬草軟膏の話をする。

その場で、ソータはオルドアイの話も抱えている。


(未来の俺、大丈夫か?)

少し不安になったが、今は考えないことにした。

リーナの一歩を大事にしたかった。


◆◇◆


午後、村長の家でさらに細かな相談が行われた。

参加したのは、村長、マルタ、リーナ、トム、ソータ、ガルド、エルザ、レオン。

議題は、今後の北の森との関わり方だった。

村長は紙に要点を書き出す。

「まず、北の森奥地への無断立ち入りは禁止に近い形で注意喚起する。」

「はい。」

「次に、アマゾネス砦については、村外へ漏らさない。」

「それがいいと思います。」

「三つ目、ソータ殿がグランデリアへ戻った後、クラウゼン商会のミレイユ殿へ報告し、今後の判断を仰ぐ。」


ミレイユの名前が出ると、レオンがまたちらりとソータを見た。

ソータは見ないふりをした。

村長は続ける。

「四つ目、亡くなった方々の形見について。リーナさんの父上のものはリーナさんが保管。他の形見は、トムさんの記憶と照合し、分かる範囲で関係者へ渡す。」

トムが頷く。

「分かる限り、思い出します。」

「無理はなさらぬように。」

「はい。」

「五つ目、リーナさんが将来、父上の墓へ参ることを希望している件。これはアマゾネス砦側との交渉が必要。」


リーナは静かに頷いた。

「急ぎません。でも、いつか行きたいです。」

「その願いは、村としても支えましょう。」

村長は優しく言った。

ソータも頷く。

「俺も、話してみます。」


そして、最後にフルムーンの件。

村長はかなり慎重だった。

「半年に一度の移動支援ですか。」

「はい。正確にはまだ依頼として確定したわけではありません。でも、ヤンガルドアイもオルドアイも、俺の収納と野営能力をかなり重視していました。」

「それは当然でしょうな。」


村長は深く頷いた。

「森の中で寝床と食料を確保できる者など、聞いたことがありません。」

「俺の場合、物を出しているだけです。」

「その“だけ”が大きいのです。」

村長はすぐに返した。

ソータは少し照れる。

マルタがにやりと笑う。

「まだ自分の価値を軽く言う癖が抜けないね。」

「気をつけます。」


エルザが静かに言う。

「フルムーンの支援を受けるなら、護衛体制も必要ね。バルクが残った以上、こちらの人数も見直さなければならない。」

ガルドが頷く。

「盾役が減った。」

レオンも言う。

「北の森にまた入るなら、今の三人だけだと少し不安っすね。」


ソータは頭を悩ませる。

やはり、ここはグランデリアへ戻ってからミレイユに相談するしかない。

商会として動くなら、人員も物資も調整が必要だ。

「明日、グランデリアへ戻ろうと思います。」

ソータは言った。

「ミレイユに全部報告して、今後を相談します。」


マルタが少し目を細める。

「全部、だね?」

「……はい。」

「本当に?」

「はい。」

「ならいいよ。」


なぜか逃げ道を塞がれた気がした。


◆◇◆


夕方。

村の祈りの場に、小さな準備が始まった。

亡くなった男たちのために、簡単な弔いを行うことになったのだ。

正式なものは翌日。

今日は、村長と関係者だけで、場所を整える。

リーナは青い石の腕輪を持ってそこへ向かった。

腕輪そのものは手元に置くが、父が帰ってきたことを村の祈りの場にも伝えたいと言ったのだ。

ソータも同行した。

祈りの場は、村の少し外れにある大きな木の下だった。


根元には小さな石が並び、花が供えられている。

そこに、リーナは青い石の腕輪をそっと置いた。

ほんの短い間だけ。

祈りのために。

「お父さん。」


リーナは静かに言った。

「帰ってきてくれて、ありがとう。」

その言葉に、ソータは胸が締めつけられた。

帰ってきたのは形見だ。

でも、リーナにとっては父が帰ってきたことに違いない。

マルタがリーナの背中を撫でる。

村長が祈りの言葉を捧げる。

トムは少し離れて立ち、深く頭を下げている。

ソータはその後ろで、静かに目を閉じた。


(届けた。)

(でも、これからも繋げる。)

(リーナがいつかお墓へ行けるように。)


そう心の中で誓った。


◆◇◆


夜。

ソータは宿の前で、ガルドたちと明日の出発準備を確認していた。

村からグランデリアまでは、荷物がなければ二日ほどで着ける。

来た時と同じく、ソータの収納があるため、移動は早いだろう。

だが、バルクはいない。

その分、警戒の配置を少し変える必要がある。

ガルドが言う。

「前衛は俺。レオンが斥候。エルザが後方と遠距離。ソータは中央。」

「はい。」


「野営時の防衛線は少し狭くする。」

「分かりました。」

レオンが言う。

「バルクさんがいないと、後ろが少し薄くなるっすね。」

エルザが頷く。

「無理に急がず、安全優先で行きましょう。」

「そうですね。」


ソータは収納の中を確認する。

食料。

水。

野営道具。

村から預かった書類。

リーナからミレイユへの伝言。

そして、新たに村長から預かった報告用の控え。

形見の箱はもうない。

その代わり、重い報告がある。


ミレイユへの報告。

アマゾネス砦。

バルク。

オルドアイ。

フルムーン。

キス。

ソータは思わず頭を抱えた。

「どうしたっすか?」


レオンが聞く。

「明日の先を考えて胃が痛くなった。」

「ミレイユ様っすね。」

「うん。」

「正直に言うしかないっす。」

「分かってる。」


エルザが少し笑う。

「何度も言うけれど、隠したら終わりよ。」

「終わりって言い方、怖いですね。」

「でも事実よ。」

ガルドも短く言った。

「逃げるな。」

「はい。」


今日だけで何度その言葉を聞いただろう。

だが、必要な言葉だった。

ソータは夜空を見上げる。

二つの月が浮かんでいる。

フルムーンは近い。

その前に、まずグランデリアへ戻らなければならない。

ミレイユへ会う。

ただいま、と言う。

そして、全部話す。


(怒られるだろうな。)

(でも、帰るって約束した。)

(最初に会うって言った。)

(だから、会って話す。)


宿の窓から、リーナの家の灯りが遠くに見えた。

父の形見を迎えた家の灯り。

それを見て、ソータは少しだけ背筋を伸ばした。

重い荷は、まだ続く。

けれど、今日も一つ、運ぶべきものを届けた。

明日からは、また別の道を進む。

村の夜は静かだった。

そしてソータは、次に待つ修羅場へ向けて、少しでも心を整えようとした。


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