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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第7話:車体爆裂突進

 洞穴の奥から響いた咆哮は、音だけで十分に凶悪だった。


 空気がびりびりと震える。


 地面の小石まで跳ねた。


 ソータは反射的に槍を構え、洞穴の入り口から少し距離を取った。


(来る。)


(でかいのが、来る。)


(落ち着け。

 正面から受けるな。

 罠にかけて、止めて、そこからだ。)


 次の瞬間。


 闇の奥から、黒い塊が飛び出してきた。


「うおっ!」


 でかい。


 とにかくでかい。


 牛ほどもある巨体。


 分厚い首。


 泥だらけの剛毛。


 目は真っ赤で、口の端から泡を飛ばしている。


 額のあたりには、岩でも砕けそうな太い牙。


 それが地面を抉りながら、まっすぐソータへ突っ込んできた。


「来いっ!」


 叫んだ瞬間、罠が作動する。


 足元の縄が張り、杭が跳ね上がり、横から石袋が落ちる。


 魔猪の前足がもつれた。


 巨体が大きく傾き、地面へ片膝をつく。


「よしっ!」


(かかった!)


(今だ!)


 ソータは収納していた槍を二本まとめて取り出し、全力で突っ込んだ。


 喉元を狙って突き出す。


 だが。


「硬っ!?」


 槍先が毛皮と分厚い皮膚に弾かれた。


 刺さった。


 刺さったが、浅い。


 むしろ魔猪の怒りに火をつけただけだった。


 ぶもおおおおっ!


 怒号みたいな鳴き声とともに、魔猪が暴れる。


 張った縄がきしむ。


 杭が折れる。


 石袋が弾き飛ばされる。


「うわっ、うわっ、うわっ!」


 ソータは慌てて飛び退いた。


 鼻先を牙がかすめる。


 もし一歩遅れていたら、腹に風穴が開いていた。


(駄目だ!)


(止めきれない!)


(罠で動きは鈍ったけど、仕留める火力が足りない!)


 魔猪は縄を引きずったまま暴れ回る。


 岩へぶつかり、木杭を踏み砕き、地面を抉る。


 そのたびに洞穴の入り口周辺が揺れた。


 ぱらぱら、と頭上から小石が落ちる。


「……嫌な音がするな。」


 次の瞬間。


 ばきん、と奥で大きな音がした。


 洞穴の天井にひびが走る。


「嘘だろ。」


 魔猪がさらに暴れた。


 岩壁へ体当たりする。


 ごごっ、と重たい音がして、洞穴全体が揺れた。


「おいおいおいおい!」


(待て待て待て!)


(洞窟ごと来るのは聞いてない!)


 逃げるか。


 もう少し粘るか。


 一瞬迷った、その時。


 天井の一部が崩れた。


 大量の岩と土が雪崩みたいに落ちてくる。


「逃げる!」


 ソータは反射で後ろへ飛んだ。


 直後、轟音。


 土煙。


 崩落。


 魔猪を罠にかけたまま、洞穴の入り口が一気に潰れた。


「げほっ、げほっ……!」


 口の中が砂っぽい。


 視界が真っ白だ。


 ソータは腕で顔を庇いながら、よろよろと立ち上がった。


「……終わったか?」


 いや、終わっていない。


 岩の山の向こうで、まだ魔猪の唸り声がする。


 完全には潰れていない。


 しかも最悪なことに、崩れた岩に引っかかって動きは鈍っているくせに、まだ生きている。


「マジかよ……。」


(絶体絶命では?)


(俺、攻撃力が足りない。

 相手はまだ元気。

 罠は半壊。

 洞穴は崩れた。)


(詰んだ?)


 その時だった。


ピコーン!


ピコーン!


ピコーン! ピコーン! ピコーン!


「うるさっ!?」


 森じゅうに鳴り響くんじゃないかという勢いのレベルアップ音が、頭の中で連続炸裂した。


「な、何だ何だ何だ!?」


 慌ててステータスを開く。


 青白い板がぶわっと何枚も出てきた。


名前:ソータ・タジマ。

年齢:20。

種族:人族。

状態:正常。


固有スキル:《神速積載庫ゴッド・ロジスティクス》Lv8。


「……は?」


 ソータは目を瞬かせた。


「八?」


(八って何だ八って。)


(さっき二だったよな!?)


 画面の下に、新しいメッセージが表示される。


洞窟内の魔物全滅達成!

レベルが上昇しました!

補助スキル《荷台拡張》解放!

補助スキル《保冷》解放!

特殊スキル《車体爆裂突進トラック・アタック》獲得!


「……やっぱ俺のトラックじゃん!」


 思わず全力で突っ込んだ。


(洞窟内の魔物全滅ってことは……。)


(さっきの崩落で、中にいたやつらまとめて死んだのか!)


(それで一気にレベルアップ!?)


(いや、雑!

 でもありがたい!)


 魔猪が岩の向こうで怒り狂っている。


 まだ終わっていない。


 だが今なら、いける気がした。


「《車体爆裂突進》……!」


 新しく増えたその文字に触れた瞬間、説明が流れ込んでくる。


 自分の正面に、車体エネルギーを具現化。


 突進。


 轢殺。


 対象を粉砕。


「いや完全に俺のトラックだな!?」


 それでも今は、ありがたい以外の何ものでもない。


 ソータは崩れた岩の向こうで暴れる魔猪へ向き直った。


 土煙の中、赤い目がぎらついている。


 仕留めるなら今だ。


「行くぞ……!」


 喉の奥から、自然と大声が出た。


車体爆裂突進トラック・アタックッ!!」


 次の瞬間。


 ソータの正面の空間がゆがんだ。


 白い光が集まり、四角く、長く、懐かしい形を取っていく。


「……っ!」


 それは、トラックだった。


 見覚えのある白い車体。


 前世で何度も乗った、あの仕事の相棒。


 だがサイズがおかしい。


 現れた瞬間から巨大化し、魔力ではなく圧そのものをまとって、轟音とともに前へ突っ込んだ。


 ぶおおおおおおっ!!


 地面をえぐり、空気を裂き、白いトラックが一直線に魔猪へ突進する。


「うおおおおっ!」


 もう勢いで叫ぶしかなかった。


 魔猪も吠えた。


 だが次の瞬間、その巨体は真正面から白い車体にぶち抜かれた。


 凄まじい衝突音。


 岩が弾ける。


 土が舞う。


 そして魔猪の体は、そのまま吹き飛ばされて地面に転がった。


 ぴくり、と数度痙攣し。


 動かなくなる。


 静寂。


「……勝った?」


 恐る恐る近づく。


 魔猪は完全に沈黙していた。


 赤かった目も閉じている。


 あの分厚い首も、もう動かない。


「勝った……。」


 じわじわと実感が湧いてくる。


 次の瞬間、膝から力が抜けた。


「はあああああ……。」


(危なかった……!)


(危なかったけど、何だあのスキル!)


(完全に轢きにいってたぞ今!)


(でも懐かしかったな……白い車体。)


 少しだけ、胸の奥が熱くなる。


 事故で失ったはずの相棒。

 それがこんな形で、もう一度自分を助けてくれた気がした。


「……ありがとな。」


 誰にともなく呟いてから、ソータはすぐに頭を切り替えた。


 やることはまだある。


「《荷台拡張》。」


 意識すると、《神速積載庫》の内部が広がる感覚があった。


 これまでよりずっと大きい。


 ずっと深い。


「おお……入るな、これ。」


 まず魔猪を収納する。


 巨体がふっと消えた。


 続けて、崩れた洞穴の中の死体も意識してみる。


 角牙兎。

 ゴブリン。

 小型の魔物らしい影。


 崩落に巻き込まれて死んだ連中が、次々と収納されていく。


「すげえ……一斉に入る。」


(荷台拡張、神じゃん。)


(いや、神じゃなくてトラックだけど。)


 ひと通り回収し終えると、洞穴の前はだいぶ静かになっていた。


 空はもう夕暮れ色だ。


 これ以上森の中にいるのは危ない。


「帰るか。」


 ソータは肩で息をしながらも、村への道を戻り始めた。


 途中、あのゴブリンの住処の近くを通る。


 夕方のせいか、さっきよりも気配は少ない。


 だが確かに、まだいる。


 枝と泥の家。

 うろつく緑の影。

 粗末な武器。


 ソータは木陰から少しだけ様子を窺った。


(今は手を出さない。)


(でも……もしこいつらも悪い奴らなら。)


 村を襲う。

 人を攫う。

 畑を荒らす。

 そういう相手なら、放っておけない。


(その時は、一網打尽だな。)


 さっきまでの自分なら、そんなことは考えなかったかもしれない。


 だが今は違う。


 帰る場所がある。


 守りたい村がある。


 そして、自分にはそれをやれる力が少しずつついてきている。


 森を抜ける頃には、空はすっかり赤く染まっていた。


 村の煙が見える。


 家々の屋根が見える。


 その景色を見た瞬間、ソータの胸の奥にふっと安堵が広がった。


(帰ってきた。)


(ちゃんと、帰ってきたぞ。)


 朝、リーナと約束した。


 危なかったら逃げること。


 そして絶対に帰ってくること。


 その約束を守れた。


 しかも、魔猪を仕留めた上で。


 ソータは少しだけ口元を緩めながら、村へ向かって歩みを速めた。


 たぶん今夜は、リーナが泣きそうな顔で迎えてきて。


 マルタが豪快に笑って。


 そのあとたぶん、また風呂で背中を流される。


(いや、最後のやつは心臓に悪いんだけどな……。)


 それでも。


 そんなふうに帰りを待つ誰かがいることが、今は少しだけ嬉しかった。

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