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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第6話:罠と足跡と、洞穴の咆哮

 ソータは畑の端でしゃがみ込み、土に刻まれた大きな足跡を見つめていた。


 人のものではない。


 鹿でもない。


 蹄というよりは、丸く重たい塊が地面へめり込んだような跡だ。


 畝を踏み荒らし、柵をへし折り、そのまま森へ続いている。


「これが魔猪の足跡、か。」


 村人たちには朝のうちに言ってある。


 しばらくこの道には近づかないこと。


 畑から森へ続くこの獣道は、今日は自分が預かること。


 マルタには「死ぬんじゃないよ!」と背中を叩かれ。


 リーナには「本当に気をつけてくださいね……。」と三回くらい念を押された。


(いや、三回どころじゃなかったな。)


(五回は言われた気がする。)


(でもまあ、心配してくれる相手がいるってのは悪くない。)


 そんなことを思いながら、ソータは立ち上がった。


 森の空気はひんやりとしている。


 湿った土と草の匂い。


 どこか遠くで鳥が鳴き、枝葉が風に揺れてざわめいた。


 足跡はわかりやすい。


 大きい。


 深い。


 しかも遠慮がない。


「隠れる気ゼロだな……。」


(まあ猪っぽいしな。)


(自分が一番強いと思ってるやつの歩き方だ。)


 ソータは足跡を追いながら、途中途中で立ち止まった。


 罠を仕掛けるためだ。


 細い獣道には縄を低く張る。


 少し開けた場所には尖らせた杭を土へ埋める。


 枝の陰には石を詰めた袋を吊るし、引っかかれば落ちるようにする。


 もちろん、部材は全部《神速積載庫》の中だ。


 必要な時に必要なものだけ、すぐに出せる。


「便利だなあ、ほんと。」


 木の根元へ杭を打ち込みながら、しみじみ呟く。


(これ、配送だけじゃなくて現場仕事全般に強いな。)


(必要な道具がすぐ出せるって、かなり反則だろ。)


 しかも、誰もこの道を通らない。


 村人には念押ししてある。


 だから思いきって罠を張れる。


 それはかなり大きかった。


 普通なら、人が誤ってかかる心配をしなきゃいけない。


 だが今日はその必要がない。


「よし。

 ここもいけるな。」


 膝をつき、縄を張り終えたその時だった。


 森の中に、妙な音が響いた。


ピコーン!


「うわっ!?」


 ソータはびくっと肩を震わせ、反射的に立ち上がった。


「何だ今の!?」


 慌てて周囲を見回す。


 木。


 草。


 土。


 風。


 特に変わった様子はない。


「え、何。」


(怖い怖い怖い。)


(異世界の効果音、急に鳴るなよ!)


(いや、ステータス関係か?)


 しばらく待ってみても、何も起きない。


 魔物が飛び出してくる気配もない。


 ソータは眉をひそめたまま、少し道を戻ってみた。


 すると。


「あ。」


 さっき仕掛けた罠のひとつに、角ウサギが引っかかっていた。


 いや、角牙兎だろうか。


 昨日リーナを襲っていたやつより少し小さいが、立派な角と赤い目をしている。


 その一匹が、縄に足を取られ、落ちてきた石袋と杭で完全に仕留められていた。


「おぉ~。」


 思わず声が弾んだ。


「すげえ。

 ちゃんと獲れた。」


(狩人っぽい!)


(いや、罠師か?)


(どっちでもいい。

 とにかく初獲物だ!)


 ちょっと嬉しくなって、ソータはその場でステータスを開いた。


 青白い板が目の前へ現れる。


 そこには確かに変化があった。


名前:ソータ・タジマ。

年齢:20。

種族:人族。

状態:正常。


固有スキル:《神速積載庫ゴッド・ロジスティクス》Lv2。


「おお、本当に上がってる。」


 さらに、画面の下に見慣れないメッセージが表示されていた。


レベルアップ、おめでとうございます!

今後のレベルアップには常に倍の獲物が必要です。


「……あっ。」


 ソータはその文を見つめたまま、少し考えた。


(倍。)


(ということは、次は二匹必要で……。)


(その次は四匹か。)


(で、その次は八匹?)


「いや、増え方えぐいな。」


 思わず口に出た。


(雑なのに、こういうところだけ妙にシビアだな!)


(最初の一匹はお試しサービスってわけか。)


 とはいえ、レベルが上がること自体は確認できた。


 これはかなり大きい。


 罠でも倒した数に入る。


 つまり、自分で剣を振り回さなくてもカウントされる。


「助かるな、それは。」


 ソータは角牙兎の死体を少し見たあと、手を伸ばした。


 試しに収納してみる。


 ふっと消えた。


「入るのか。」


(荷物認識、かなり広いな。)


(獲物も荷物扱いでいいのか。)


(便利だけど、何かこう、倫理観が雑だなこのスキル。)


 気を取り直して、再び足跡を追う。


 森は少しずつ深くなる。


 木々の間隔が狭まり、光も減ってきた。


 そのぶん、魔猪の足跡はますます目立つ。


 倒れた低木。


 めくれた土。


 こすりつけられた木の幹。


「でかいな、ほんとに。」


(これ、正面から来られたら普通に怖いやつだ。)


(いや、怖いで済むか?)


(たぶん吹っ飛ばされる。)


 慎重に歩を進めるうち、ふと空気が変わった。


 獣臭さとは違う。


 生臭いような、湿っぽいような、妙な臭いだ。


 ソータは足を止めた。


「……何だ?」


 少し先の茂みの向こう。


 木々が不自然に開けた場所がある。


 腰を落としてそっと近づき、覗き込む。


 そこには、粗末な小屋のようなものがいくつも並んでいた。


 枝と泥で作った、みすぼらしい塚みたいな住居。


 周囲には骨。


 獣の皮。


 汚れた木槍。


 そして、緑色の小さな影が何体もうろついている。


「……ゴブリンか。」


 思わず声を潜めた。


 ぱっと見ただけでも、十体や二十体ではきかなそうだった。


 大人の男くらいのものもいれば、もっと小さい個体もいる。


 住処。


 集落。


 そう呼んでいい規模だ。


(多いな。)


(思った以上に多い。)


(今、ここへ手を出すのは無理だ。)


 数が多すぎる。


 罠で何体かは仕留められても、囲まれたら終わる。


 しかも今日の本命は魔猪だ。


 ここで時間も体力も使うわけにはいかない。


「今はとにかく魔猪、だな。」


 自分へ言い聞かせるように呟き、ソータは静かにその場を離れた。


 ゴブリンの住処は気になる。


 ものすごく気になる。


 数だけ見れば、レベル上げの効率はよさそうだ。


 だが、だからこそ危険でもある。


(あれは後回し。)


(準備してからだ。)


(今日のところは見なかったことにする。)


 さらに森を進む。


 足跡は一本の筋になって続いている。


 途中、木の幹に泥が高い位置までこびりついているのを見て、ソータは少し顔をしかめた。


「肩くらいの高さまであるな……。」


(やっぱりでかい。)


(普通の猪ってサイズじゃないぞ。)


 やがて、森の斜面が少し上りになった。


 岩の多い地帯へ出る。


 そしてその先に、見つけた。


「……洞穴。」


 岩壁の下に、大きな穴が口を開けていた。


 人が何人も並んで入れそうな広さだ。


 暗くて中は見えない。


 だが、地面にはっきりと魔猪の足跡が続いている。


 入っている。


 間違いなく、ここだ。


 ソータはすぐには近づかなかった。


 一度周囲を見回す。


 風向き。


 木の位置。


 逃げ道。


 罠が張れそうな場所。


「入り口で仕留めるしかないな。」


(中に入るのは悪手だ。)


(洞穴の中で突っ込まれたら避けようがない。)


(なら、出入り口で止める。)


 ソータは《神速積載庫》から次々に部材を取り出した。


 太い縄。


 尖らせた杭。


 大石。


 木を削って作った板。


 それを岩と木の間へ固定し、魔猪が飛び出した瞬間に足を取られるよう罠を組む。


 さらに、上から石が落ちる仕掛けも加える。


 動きは慎重だが速い。


 前世でトラックへ荷を積む時、限られた時間で段取りを組んでいた癖がそのまま出ていた。


(ここに縄。)


(こっちは少し低い。)


(あとは誘導して、体重を乗せた瞬間に――。)


 額に汗がにじむ。


 日も傾いてきた。


 森の中は夕方になるのが早い。


 木々の影が濃くなり、洞穴の口はますます黒く沈んでいく。


「急がないとまずいな……。」


 最後の杭を打ち込み、ソータは一歩下がった。


 見た目にはほとんどわからない。


 だが、魔猪みたいな重量物が突っ込めば作動するはずだ。


 その時。


 洞穴の奥から、低い唸り声のようなものが響いた。


 ごう、と空気が震える。


 次の瞬間。


 耳をつんざくような、大きな獣の咆哮が闇の中から轟いた。


「――ッ!」


 ソータは反射的に身を低くした。


 全身の毛が逆立つ。


 音だけでわかる。


 いる。


 しかも、でかい。


(来る……!)


 薄暗くなった洞穴の口を睨みながら、ソータは唾を呑み込んだ。


 いよいよ、本命との対面だった。

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