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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第68話:北の森を抜けた先で、運送屋は言葉を探す

翌朝。

森の空気は、昨夜より少しだけ冷えていた。

木々の葉には露がつき、朝の光を受けて小さく光っている。

遠くで鳥が鳴いた。

その声は、当たり前の森の声だった。

霧に音を歪められることもない。

どこから聞こえているのか分からなくなることもない。

ただ、鳥がいて、朝が来て、森が目を覚ましている。

それだけのことが、ソータにはひどくありがたく感じられた。


(普通って、すごいな。)

(音がちゃんと聞こえる。)

(道がちゃんと続いてる。)

(それだけで、こんなに安心するとは思わなかった。)


ソータは寝具を片づけながら、収納の中を確認した。

食料。

水。

野営道具。

リーナの薬包。

そして、形見の箱。

ある。

間違いなくある。

昨日の夜も何度も確認した。


それでも、また確認してしまう。

この箱だけは、絶対に失くせない。

ゴブリンに追われ、森の奥で倒れ、アマゾネスの砦で看病された男たちの形見。

その中に、リーナの父のものと思われる青い石の腕輪がある。

それを今日、村へ届ける。

ソータは収納の中の箱を意識しながら、胸の奥が重くなるのを感じた。


(届ける。)

(でも、届けたら終わりじゃない。)

(そこから、リーナが知るんだ。)

(お父さんは、もう帰ってこないかもしれないって。)


昨日からずっと考えている。

どう伝えるか。

どの順番で話すか。

誰に同席してもらうか。

最初に何と言うべきか。

言葉を探せば探すほど、どれも足りない気がした。

そんなソータの様子を見ていたのか、レオンが寝袋を畳みながら声をかけてきた。

「ソータさん、また難しい顔してるっす。」

「そうか?」


「はい。配送先が留守だった時みたいな顔っす。」

「なんでその例えなんだ。」

「いや、前にソータさんが言ってたので。」

レオンは少しだけ笑った。

ソータもつられて小さく笑う。

確かに、前世の仕事で困った時の顔かもしれない。

届けるべき荷物がある。

でも、受け取り手の状況が分からない。

どう渡せばいいか、考える。


ただし、今回は荷物ではなく、人の人生に関わるものだ。

不在票を入れて終わりではない。

置き配などできるはずもない。

「今回の荷物は、重いな。」

ソータが呟くと、レオンは真面目な顔になった。

「そうっすね。」


そこへ、エルザが近づいてきた。

彼女はすでに荷支度を終えており、弓の弦を確認している。

「重いなら、全員で持てばいいわ。」

「え?」

「言葉の話よ。あなた一人で全部を背負う必要はない。私たちも見てきた。ガルドも、レオンも、私も。必要なら一緒に話すわ。」


ソータは少しだけ息を止めた。

その言葉は、思っていたより心に染みた。

「ありがとうございます。」

「でも、最初にリーナへ向き合うのは、あなたでしょうね。」

「はい。」

「なら、逃げないこと。」

「ガルドさんにも言われました。」

「でしょうね。」


エルザは少しだけ微笑んだ。

その横で、ガルドは無言で周囲を確認していた。

すでに出発の準備は整っている。

彼は余計なことを言わない。

だが、昨夜の言葉はまだ残っていた。

言葉を飾りすぎるな。

傷つかない言葉はない。

嘘はもっと傷つける。

ソータはその言葉を、もう一度胸の中で繰り返した。


◆◇◆


出発してしばらくすると、森はさらに明るくなっていった。

北の森の奥にいた時のような圧迫感はない。

木々の間から朝日が入り、地面の露を照らしている。

それでも、全員の足取りは慎重だった。

霧の領域を抜けたとはいえ、ここはまだ森だ。

魔物がいない保証はない。

アマゾネスたちの砦から離れれば、彼女たちの狩りの影響も弱まるはずだ。

レオンは前方を見ながら歩く。

「足跡、少し増えてきたっす。」


「魔物か?」

ガルドが聞く。

「小型の獣と、たぶん魔兎っすね。大型のはまだないです。」

「魔兎?」

ソータが聞くと、レオンが振り返って笑った。

「角がある兎みたいなやつっす。意外と突っ込んできます。」

「兎なのに。」

「兎だからって油断すると痛い目見るっす。」


異世界の兎は怖い。

ソータは心の中にそう記録した。

エルザが周囲を見ながら言う。

「でも、生き物の気配が戻っているのは確かね。」

「砦の近くは本当に静かでしたからね。」

「ええ。あれは魔物がいないというより、近づけなかったのでしょうね。」

「アマゾネスの人たち、相当強かったですし。」


ソータは砦の女戦士たちを思い出した。

壁の上で弓を構えていた姿。

訓練場で槍を振っていた姿。

倉庫で重い箱を運んでいた姿。

宴で大笑いしていた姿。

そして、オルドアイ。

強く、近く、危険で。

でも、最後には少しだけ恥じらうように、自分の願いを口にした姫。


(また思い出してる。)

(今は別のことを考えろ。)

(いや、でもミレイユへの報告には必要だ。)


ソータは眉間を押さえた。

レオンが横目で見る。

「今度はオルドアイさんのことっすか?」

「なんで分かる。」

「顔が複雑だったっす。」

「俺の顔、情報漏洩がひどいな。」


エルザが淡々と言った。

「ソータ、報告の練習をしておいた方がいいかもしれないわね。」

「練習?」

「ええ。ミレイユ様の前で固まるよりは、道中で一度整理しておく方がいいわ。」

ソータは少し考えた。

確かに、その方がいいかもしれない。

ミレイユの前で、何をどこから話せばいいか分からなくなったら終わる。

いや、終わるというのは大げさかもしれないが、かなり悪化する。

「じゃあ、順番だけでも。」


ソータは歩きながら言った。

「まず、北の森の奥にアマゾネスの砦があった。」

「いいわ。」

エルザが頷く。

「魔物がいなかったのは、砦の女戦士たちが狩っていたから。」

「それも必要ね。」

「迷いの霧は砦を守るためのものだった。」

「重要。」

「リーナのお父さんらしき人たちは、数年前に砦の前で倒れていて、看病されたけど全員亡くなった。」


口に出した瞬間、胸が重くなった。

エルザもレオンも黙った。

ガルドも少しだけ歩調を落とした。

ソータは続ける。

「形見の箱を預かった。これはリーナに渡す。」

「そこはミレイユ様への報告より先ね。」

「はい。まず村です。」


少し間を置いて、ソータはまた話した。

「その後、砦で倉庫を整理した。」

「そこはミレイユ様が興味を持つでしょうね。」

「取引の可能性もありそうです。」

「ええ。」

「バルクさんがガルナさんと一緒になるために残った。」


レオンが少し笑った。

「そこは何回聞いても急展開っす。」

「本当にな。」

「でも、ミレイユ様はそこもちゃんと聞くでしょうね。護衛契約の問題もあるし。」

「ですよね。」


ソータは少し肩を落とした。

「それから、フルムーンの話。半年に一度、二つの月が満月になる夜に、北の部族村から男たちが砦に来る。その移動支援を頼まれそうだと。」

「商会案件ね。」

エルザが言う。

「そして?」

「そして?」


ソータは分かっていて聞き返した。

エルザは容赦しなかった。

「オルドアイ姫の話。」

「……婿入りを迫られました。」

「もっと。」

「キスされました。」

「もっと正確に。」

「……一度は、俺からもしました。」


レオンが口笛を吹きかけて、ガルドに見られてすぐ口を閉じた。

エルザはため息を吐く。

「そこは絶対に曖昧にしない方がいいわ。」

「分かってます。」

「“されました”だけで済ませると、後で発覚した時に最悪よ。」

「分かってます……。」


ソータは両手で顔を覆いたくなった。

だが歩いているので我慢した。

ガルドが低く言う。

「先に自分から言え。」

「はい。」

「他人の口から出ると悪い。」


レオンが小さく言う。

「俺、うっかり言いそうっすもんね。」

「言わないでくれ。」

「だから先に言ってくださいっす。」

「分かった。」


ソータは重く頷いた。


◆◇◆


森の道は、昼前にはだいぶ穏やかになっていた。

道と呼べるほどは整っていないが、村人たちが薬草採りや狩りで使う領域に近づいている。

ところどころに古い切り株があり、人の手が入った形跡も見えた。

ソータはそこで、少し安心した。

村に近づいている。

リーナたちのいる場所へ戻っている。

だが、その安心と同時に、胸の重さも増していった。

もうすぐ伝えなければならない。

形見を渡さなければならない。


ソータは何度目か分からないほど、収納の中の箱を確認した。

エルザが横から見ている。

「何度も確認しているわね。」

「落としてないのは分かってるんですけど。」

「分かっていても確認したいのね。」

「はい。」

「大事な荷物だものね。」


その言葉に、ソータは頷いた。

荷物。

そう言えるのかどうか、最初は少し迷った。

でも、今は思う。

これは荷物だ。

ただし、ただの物ではない。

人の記憶。

待っていた時間。

生きて帰れなかった者たちの最後の証。


そういうものを包んだ荷物だ。

それを運ぶからには、丁寧でなければならない。

「村に着いたら、最初にリーナへ会います。」

ソータは言った。

「それから、マルタさんと村長に相談して、静かな場所で話します。」

「ええ。」

「トムさんにも、後で聞いてもらった方がいいと思います。でも最初はリーナ優先で。」

「それでいいと思うわ。」


レオンが少し前から振り返る。

「村人たちが集まってきたらどうします?」

「詳しい話は後で、って言う。まずはリーナと家族に。」

ソータが答えると、ガルドが頷いた。

「良い。」


短い評価だった。

ソータは少し安心した。

段取りができると、怖さが少しだけ形になる。

形になれば、動ける。

前世でもそうだった。

難しい配送ほど、手順を作る。

荷物の確認。

道順の確認。

到着時間。


受け渡し相手。

サイン。

その一つ一つを決めることで、不安を小さくする。

今も同じだ。

ただし、相手は伝票ではなくリーナだ。

だから、最後は手順通りにはいかないかもしれない。

それでも、準備は必要だった。


◆◇◆


昼食は、村まであと半日ほどの場所で取った。

小さな沢の近く。

森の光が少し差し込む場所だった。

ソータは食料を出し、水を配る。

バルクがいないため、食料の減りはやはり少ない。

レオンがそれを見て、少し寂しそうに笑った。

「バルクさんがいたら、余った分も食ってましたね。」

「絶対食ってたな。」


ソータも笑った。

ガルドは無言で硬パンを食べている。

エルザが果実を少し切り分けた。

食事中、レオンがふと思い出したように言った。

「そういえば、バルクさん、北の部族村で大丈夫っすかね。」

「心配か?」


ガルドが聞く。

「心配というか、言葉とか掟とか、いろいろあるじゃないっすか。」

「ガルナがいる。」

「それはそうっすけど。」

エルザが言う。

「バルクは適応力があるわ。何より、あの人は相手の文化をあまり怖がらない。」

「ただ飯がうまいとか、力があるとかで馴染みそうですもんね。」


ソータが言うと、レオンが笑った。

「それ、褒めてます?」

「褒めてる。たぶん。」

ガルドが短く言った。

「強みだ。」


確かにそうかもしれない。

ソータは異文化に対して、どうしても考えすぎる。

相手の意図や、自分の立場や、帰ってからの説明まで考えてしまう。

それは必要なことでもある。

だが、バルクのように腹で決めて飛び込む強さもあるのだろう。


(俺にはできないな。)

(だからこそ、俺は別の形で繋ぐ。)

フルムーン。

北の部族村。

砦。

村。

グランデリア。

ソータの中で、地図のように道が伸びていく。

そこに商会が関われば、さらに道は広がる。


ミレイユはきっと、その可能性を見逃さない。

怒りながらも、商人として目を光らせる気がする。

(まず怒られる。)

(その後で商談になる。)

(たぶん。)


ソータは遠い目をした。


◆◇◆


森の出口が近づくにつれ、足元の道はさらに分かりやすくなった。

村人たちが通った跡。

枝が払われた場所。

薬草を採った跡。

それらが見える。

空も広くなり、森の外の光が感じられるようになってきた。

レオンが前方を確認しながら言う。

「もうすぐ村の北側の境界っす。」


ソータは小さく息を吸った。

いよいよだ。

エルザがその様子を見て、静かに言う。

「急がなくていいわ。」

「はい。」

「でも、立ち止まりすぎないこと。」

「はい。」


ガルドが短く言った。

「帰ったと伝えろ。」

「はい。」

森を抜ける。

視界が開けた。

村の畑が遠くに見えた。

煙突から細い煙が上がっている。

人の暮らしの匂いがする。

リーナのいる村。


マルタのいる村。

村長が契約書を受け取った村。

ソータが最初に居場所をもらった村。

ソータの胸に、帰ってきたという安心と、これから伝える話への緊張が同時に広がった。

村の見張り台にいた男が、こちらに気づいた。

最初は目を細め、それから大きく手を振る。

「ソータさんたちが戻ったぞ!」


声が村へ飛んだ。

村の中がざわつく。

何人かがこちらへ走ってくるのが見えた。

ソータは、自然と足が止まりそうになる。

だが、ガルドの言葉を思い出した。

逃げるな。

ソータは一歩前へ出た。

村人たちの顔が近づいてくる。

喜び。


安堵。

驚き。

そして、バルクがいないことに気づいた時の戸惑い。

「おかえり!」

「無事だったか!」

「バルクさんは?」


早速聞かれた。

ソータは息を整える。

ここで全部を話してはいけない。

まずは、落ち着いて。

「ただいま戻りました。」


ソータは言った。

「バルクさんは無事です。ただ、本人の意思で北の森の奥に残ることになりました。」

「残る?」

「どういうことだ?」

「怪我でも?」

「いえ。怪我ではありません。詳しい話は、村長に報告します。」


村人たちはざわついた。

だが、ソータの表情を見て、それ以上強く聞けない様子だった。

マルタが人垣を割って出てきた。

その隣に、リーナがいた。

リーナはソータを見た瞬間、ほっとしたように息を吐いた。

「ソータさん……。」


その声に、ソータの胸が痛んだ。

帰ってきたことを喜んでくれている。

無事を安心してくれている。

でも、これから伝えなければならない。

「ただいま、リーナ。」


ソータはできるだけ穏やかに言った。

リーナは少し笑った。

だが、すぐにソータの顔を見て、表情を変えた。

彼女は気づいたのだ。

何かがあったことに。

「何か……分かったんですね。」


小さな声だった。

ソータは頷いた。

ここで誤魔化すことはできない。

「うん。」

リーナの指が胸元で握られる。

マルタの顔も真剣になった。

ソータは続けた。

「静かな場所で話したい。マルタさん、村長も呼んでもらえますか。」

「……分かったよ。」


マルタはすぐに頷いた。

その顔には、覚悟があった。

「うちへ行こう。村長にも声をかける。」

リーナは黙っていた。

ただ、ソータを見ている。

その目が少し震えている。

ソータは、言葉を探しかけて、やめた。

今はまだ、ここではない。

人前で形見を出すべきではない。


ソータは静かに言った。

「リーナ。俺たちは戻ってきた。」

「はい。」

「そして、持って帰ってきたものがある。」

リーナは目を伏せた。

それが何なのか、まだ言葉にしていない。

でも、彼女はもう半分分かっているようだった。

「……はい。」


マルタがリーナの肩に手を置く。

ガルドたちは少し離れて見守っていた。

エルザの顔は静かで、レオンは唇を噛んでいる。

村人たちのざわめきの中、ソータたちはマルタの家へ向かった。

収納の中の木箱が、これまでで一番重く感じられた。


◆◇◆


マルタの家へ向かう短い道が、妙に長く感じられた。

村人たちは遠巻きについてきそうになったが、マルタが振り返って一言で止めた。

「詳しい話は後で村長から聞きな。今は来るんじゃないよ。」

その声には逆らえない力があった。

村人たちは足を止めた。

リーナは黙って歩いている。

ソータも何も言えなかった。

何か言えば、そこから話が始まってしまいそうだった。

家に着くと、マルタはリーナを椅子へ座らせた。


ソータたちにも座るように言った。

しばらくして、村長が息を切らしてやって来た。

トムも杖をつきながら続いてきた。

トムはソータの顔を見るなり、何かを察したように唇を引き結んだ。

部屋の中には、重い沈黙が落ちた。

ソータは座っていたが、すぐに立ち上がった。

手が少し震えている。

それを自覚しながら、収納へ意識を向ける。

まだ出さない。


まず話す。

ガルドの言葉を思い出す。

分かっていることを伝える。

分からないことは分からないと言う。

助けようとした者がいたことも伝える。

ソータはリーナを見た。

彼女は真っ直ぐ見返している。

怖がっている。

けれど、逃げていない。


ソータも逃げるわけにはいかなかった。

「北の森の奥に、アマゾネスの砦がありました。」

ソータは静かに話し始めた。

「そこでは、迷いの霧で外の人間を近づけないようにしていました。」

村長が小さく息を呑む。

トムも目を見開いた。

だが、ソータは続ける。

「数年前、ゴブリンに追われた男たちが数名、その砦の前で倒れていたそうです。」


リーナの肩が揺れた。

マルタがその肩に手を置く。

「砦の人たちは、その人たちを中へ運び、数日看病してくれたそうです。」

ソータは言葉を一つずつ選んだ。

飾らない。

でも、雑にしない。

「でも、傷が重く、全員亡くなったと聞きました。」


リーナの顔から血の気が引いた。

トムが目を伏せた。

村長は手を強く握っている。

ソータは声が詰まりそうになるのを堪えた。

「その中に、青い石を持つ男がいたそうです。」


リーナの唇が震えた。

「青い……石……。」

「はい。」

ソータは収納から、木箱を取り出した。

小さな箱。

けれど、部屋の空気が一気に重くなる。

「その人たちの形見を、預かってきました。」


リーナは箱を見つめた。

手を伸ばそうとして、伸ばせない。

マルタが優しく言う。

「リーナ。」

リーナは小さく頷いた。

ソータは箱を両手で持ち、リーナの前へ置いた。

「まだ、俺には断定できません。」


ソータは言った。

「でも、この中に青い石の腕輪の一部があります。」

リーナは震える手で、箱の蓋に触れた。

そして、ゆっくり開けた。

中の布をめくる。

青い石の欠けた腕輪の一部が見えた。

リーナの息が止まった。

次の瞬間、彼女の目から大粒の涙が落ちた。

「……お父さんの。」


その声は、消え入りそうだった。

「これ、お父さんのです。」

部屋の中で、誰も言葉を発しなかった。

ソータは目を伏せた。

届けた。

でも、届けたことで、リーナの待ち続けた時間が終わってしまった。

リーナは腕輪の欠片を両手で包み込む。

肩が震える。

しかし、すぐには泣き崩れなかった。


ただ、腕輪を見つめていた。

マルタがリーナを抱き寄せる。

その瞬間、リーナはようやく声を漏らした。

「お父さん……。」

その一言は、部屋の空気を深く震わせた。

ソータは何も言えなかった。

ただ、そこに立っていた。

逃げずに。

形見を届けた運送屋として。


リーナが泣く場所を、少しでも支えられるように。


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