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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第63話:倉庫は整い、女王の目はさらに鋭くなった

倉庫整理は、最初の一手が肝心だった。

ソータは入口の前に立ち、倉庫全体を見渡した。

乱れている。

とにかく乱れている。

けれど、完全に駄目というわけではない。

物はある。

量もある。

使えるものも多い。

問題は、それが必要な時に取り出せる形になっていないことだった。


食料の近くに油壺。

薬草の近くに湿った獣皮。

矢の束の下に布袋。

壊れた道具と新しい道具が混ざった箱。

青い石の入った箱が、なぜか干し肉の隣。

重い木箱が入口近くに置かれ、奥のものを取りに行く通路をふさいでいる。

どこから手をつけるか。

普通なら、それだけで悩む。

だが、ソータには前世の経験があった。


まず、入口を開ける。

通路を作る。

大きく分類する。

細かいことは、その後だ。

「まず、この入口周りを空けます。」


ソータがそう言うと、倉庫番の女たちが顔を見合わせた。

「この箱か?」

「それもです。ただ、重そうですね。」

入口近くに置かれている箱は、かなり大きかった。

厚い木で作られ、鉄の補強まで入っている。

中身は、予備の金具や壊れた武器の部品らしい。

普通に動かすなら、女戦士が三、四人は必要だろう。

バルクなら持てるかもしれないが、狭い入口で無理に動かせば危ない。

ソータは箱を見て、少し考えた。


「これは、一度俺が収納します。」

「収納?」

オルドアイが近づいてくる。

「昨夜見せた、あの荷を出す力か。」

「はい。こういう重いものは、無理に持ち上げるより一度入れて、置きたい場所で出した方が早いです。」


倉庫番の女が目を丸くした。

「この大箱をか?」

「入ります。」

「本当に?」

「たぶん。」


ソータは箱に手を触れた。

意識する。

大きさ。

重さ。

形。

中身。

危険物ではない。

生き物でもない。

収納できる。


次の瞬間、大箱がふっと消えた。

倉庫の空気が止まった。

アマゾネスたちの目が、一斉に見開かれる。

オルドアイも、さすがに言葉を失っていた。

彼女は昨夜、ソータが野営道具や食料を出すところを見ている。

だが、目の前の大箱はそれとは違う。

大人が数人でようやく動かせるような重量物。

それが、何の音もなく消えたのだ。

「……今の箱は、どこへ行った?」


オルドアイが低く聞いた。

「俺の収納の中です。」

「お前の中に、あの箱が入ったのか?」

「言い方はちょっと怖いですけど、そうです。」

その時、倉庫の入口で見ていたヤンガルドアイが、目を大きく見開いていた。

彼女ほどの女が、はっきり驚いた顔を見せるのは珍しいのだろう。

周囲の女戦士たちも、その表情にさらに驚いたようだった。

ヤンガルドアイはゆっくり口を開く。

「そんな大きなものも持ち運べるのか?」


「生き物でなければ、かなり大きくてもいけます。ただ、中で整理しないと後で困りますけど。」

「後で困る?」

「どこに入れたか分からなくなると取り出す時に困るので。今の箱は“重い金具類”として、入口から離した場所に出す予定です。」

ソータはそう言って、倉庫の奥ではなく、脇の壁際を指差した。

「頻繁に使わないなら、入口をふさがない位置に置いた方がいいです。あと、壊れた部品と使える金具は分けましょう。」


そして、指定した場所に大箱を出した。

どん、と重い音がした。

大箱は、先ほどとは違う場所にきれいに置かれていた。

倉庫番の女たちは、一斉に大箱とソータを見比べた。

「持ち上げずに動いた……。」

「四人で動かす箱だぞ。」

「いや、前は五人だった。」

「姫、本当にこの男は何なのですか?」


オルドアイは少しだけ目を細めた。

驚きは消えていない。

だが、その奥に別の熱が宿り始めている。

興味。

執着。

そして、獲物を見つけた獣のような光。

「私が見つけた男だ。」


オルドアイは誇らしげに言った。

「まだオルドアイのものではありません。」

ソータはすぐ訂正した。

だが、オルドアイは笑っただけだった。

「今はな。」

「今も今後もです。」

「それは、これから決める。」

「決めないでください。」


入口に立つヤンガルドアイは、二人のやり取りを見ながら、オルドアイへ視線を送った。

言葉はない。

だが、母と娘には通じるものがあるのだろう。

その目は、明らかにこう言っていた。

あの男をものにしろ。

オルドアイは小さく顎を引いた。

ほんのわずかな動き。

けれど、ソータはその視線のやり取りに気づいてしまった。


(今、何か合図したよな。)

(絶対したよな。)

(嫌な方向の合図だよな。)


胃が少し痛くなった。


◆◇◆


大箱を動かしたことで、作業の流れは一気に変わった。

最初、アマゾネスたちは半信半疑だった。

倉庫を整理する。

入口を空ける。

分類する。

言葉としては分かるが、それがどれだけ役立つのかは、まだ実感できていなかった。

しかし、ソータが大箱を消し、別の場所に出した瞬間、彼女たちは理解した。

この男がいれば、重いものを動かす苦労が一気に減る。

そして、場所を変えることが簡単になる。


倉庫整理で一番面倒な、動かす、という作業が劇的に軽くなるのだ。

「次は、食料をまとめます。」

ソータが言うと、女たちはすぐに動いた。

「干し肉はこちら。穀物袋はこっち。湿気に弱いものは壁から離してください。」

「この壺は?」

「油なら食料とは少し離して。こぼれたら大変です。」

「薬草は?」

「薬草は食料と分けます。匂いが移るものもあるし、湿気も避けたい。」

「獣皮はどこだ?」


「薬草から離してください。できれば風通しのある側へ。」

ソータは指示を出しながら、重いものや動かしにくいものだけ収納を使った。

大きな壺。

重い箱。

束ねられた木材。

使われていない古い道具の山。

一度収納し、置き場所を決めて出す。

そのたびに、アマゾネスたちから驚きの声が上がった。

「また消えたぞ。」


「今度は壺ごとだ。」

「中身がこぼれていない。」

「どうなっているんだ。」

「姫、本当にこの男を外へ返すのですか?」

「返すかどうかは、これからだ。」

「だから返してください。」


ソータは律儀に訂正する。

だが、その訂正はほとんど効いていなかった。

オルドアイは、ソータの近くで作業を手伝いながら、時々わざと距離を詰めてくる。

腕が触れる。

肩が触れる。

物を渡す時に、指先が触れる。

ソータが少し下がると、彼女は楽しそうに笑う。

「逃げるな。」

「作業中です。」


「だから近い方がよい。」

「それは理屈がおかしい。」

「気にするな。」

「気にします。」

しかし、オルドアイはただ誘惑しているだけではなかった。

彼女は倉庫でよく使うものを的確に教えた。

「狩りから戻った者が最初に持ってくるのは獣皮と肉だ。」

「なら、搬入口に近い場所に一時置き場が必要です。」

「弓の予備部品は、弓場の者がよく取りに来る。」


「出入り口から近い方がいいですね。ただ、湿気は避けたい。」

「青い石は祭司役の者が管理する。」

「なら他の荷物と混ぜない。専用の箱にして、数も記録した方がいいです。」

オルドアイの目が変わる。

ソータの指示が、単なる片づけではないことを理解し始めたのだ。

砦の動きに合わせて、物の位置を変える。

使う人の流れに合わせて、出しやすくする。

危険なもの、傷みやすいもの、大事なものを分ける。

それは戦いではない。


だが、砦の動きを強くする。

「お前の頭の中には、道があるのか?」

オルドアイが聞いた。

「道?」

「人が動く道、荷が動く道、必要なものが流れる道だ。」


ソータは少し驚いた。

オルドアイの表現は鋭かった。

「そうかもしれません。」

「やはり面白い。」

「面白いで済むならいいんですけど。」

「済まぬな。」

「済まないんですね。」


オルドアイは楽しげに笑った。


◆◇◆


昼前には、倉庫の入口が完全に空いた。

それだけで、倉庫全体の印象が変わった。

入れる。

歩ける。

奥が見える。

それまでは物の山の向こうに隠れていた空間が、通路として姿を現した。

倉庫番の女が、信じられないという顔で言う。

「奥までまっすぐ歩ける……。」

「本来、倉庫は歩けるべきです。」


「そうなのか?」

「そうです。」

「物を置く場所だと思っていた。」

「物を置いて、必要な時に取り出す場所です。取り出せないなら、埋めているのとあまり変わりません。」

女たちは顔を見合わせた。

かなり刺さったらしい。

ヤンガルドアイは入口近くに立ったまま、腕を組んで見ていた。

最初は驚き。

次に興味。


そして今は、明確な評価の目になっている。

ソータが収納を使うたびに、その目が鋭くなる。

彼女の中で、ソータの価値が上がっていくのが分かった。

(まずいな。)

(評価されすぎると帰りづらくなる。)

(でも、評価されないと形見も交渉もできない。)

(難しい。)


ソータはそんなことを考えながらも、作業の手は止めなかった。

次は武器類。

ガルドとエルザが中心になって確認した。

使える武器。

修理すれば使えるもの。

部品取りに回すもの。

廃棄すべきもの。

それらを分ける。

ガルドは短く判断する。


「これは使える。」

「これは柄が駄目だ。」

「これは刃が死んでいる。」

エルザは弓と矢を見る。

「矢羽が傷んでいるものが混ざっているわ。練習用と実戦用で分けた方がいい。」


アマゾネスの弓使いたちが、真剣に頷く。

レオンは軽いものを運びながら、棚の位置を確認する。

「頻繁に取りに来るなら、通路の近くがいいっすね。奥に入れると混みます。」

バルクは重いものを運ぶ係として、かなり頼りになった。

ただし、ソータが収納で大物を動かすたびに、少し悔しそうな顔をする。

「俺が持つ前に消えるな。」

「重いものは危ないので。」

「分かるが、少し寂しい。」

「力仕事を奪ってすみません。」


「いや、楽ではある。」

バルクは複雑そうだった。


◆◇◆


昼食は、倉庫の外で簡単に取った。

アマゾネスたちは、作業が思った以上に進んでいることに興奮していた。

最初は半分面白がっていた女たちも、今ではソータの指示を待つようになっている。

「あの箱はどこだ?」

「食料の近くに置くなと言われたぞ。」

「この布は湿気に弱いらしい。」

「壊れた道具を残すなら、部品取りと書け。」

「書くとは何だ?」

「印をつけることだ。」


混乱はある。

だが、動きがある。

それまで何となく置いていた物に、意味がつき始めている。

ソータは水を飲みながら、少しだけ安堵した。

「続きそうですかね。」


隣に座ったエルザが答える。

「続けるには、倉庫番を決める必要があるわね。誰でも好きに置ける状態に戻ると、すぐ崩れる。」

「ですよね。」

「でも、手応えはあると思うわ。彼女たちは強くなることには素直よ。」

「砦が強くなるって言い方が効いたんですかね。」

「効いたわね。片づけろでは動かないけれど、戦いやすくなるなら動く。」


エルザは少し笑った。

「あなた、意外と説明がうまくなっているわ。」

「ミレイユの影響かもしれません。」

「でしょうね。」

その名前を出すと、少し気持ちが落ち着いた。

ミレイユなら、この状況をどう見ただろう。

きっと、契約にできる部分を探す。

砦との取引。

霧導きの石。


魔物素材。

薬草。

狩猟品。

輸送路。

それらを冷静に並べるはずだ。


(婿じゃなくて、取引相手になれればいい。)

(身内ではなく、契約相手。)

(ミレイユならそう考えるか?)


ソータは少し希望を持った。

形見を得るための別の道。

それは、砦に利益をもたらすことかもしれない。


◆◇◆


午後の作業は、さらに本格的になった。

ソータは、倉庫内を大きく区分した。

食料。

薬草と治療道具。

武器と防具。

狩猟品と獣皮。

生活道具。

青い石や儀式に関わるもの。

修理待ち。


廃棄予定。

大きな分類を決め、そこへ物を集めていく。

細かい種類は後でいい。

まずは混ぜない。

それだけで、倉庫は劇的に見やすくなった。

重い棚や箱は、ソータが収納で移動する。

そのたびに、女戦士たちの視線が集まる。

何度見ても慣れないらしい。

「今度は棚ごとか。」


「中身を出さずに動いたぞ。」

「なぜ崩れぬ?」

「姫、この男は本当に人間か?」

「人間だ。」

オルドアイが答える。

そして少し間を置いて、ソータを見る。

「たぶんな。」

「そこは断言してください。」


女たちが笑う。

作業中の空気は、朝よりずっと柔らかくなっていた。

最初は外の男を見る目だった。

今は、役に立つ仲間を見る目が混ざり始めている。

それは良い兆しだ。

だが、同時に危ない兆しでもあった。

この砦に必要だと思われれば思われるほど、ヤンガルドアイはソータを手放したがらない。

実際、入口に立つ女王の目は、どんどん鋭くなっている。

そして時折、オルドアイへ視線を送る。


オルドアイもそれを受け取り、わずかに笑う。

(やめてくれ。)

(その目配せ、全部分かるから。)

(俺は荷物じゃない。)

(囲い込む商品でもない。)

(いや、ミレイユにも囲い込まれてる気がするけど。)


ソータは少し遠い目になった。

オルドアイが近づく。

「疲れたか?」

「少し。」

「なら休むか?」

「まだ大丈夫です。」

「無理はするな。お前に倒れられると困る。」

「作業的に?」

「それもある。」


「それ以外は?」

「婿候補として。」

「候補から外してください。」

「嫌だ。」

即答だった。

ソータはため息を吐く。

このやり取りにも少し慣れてきている自分が怖かった。


◆◇◆


夕方。

倉庫は、まるで別の場所になっていた。

入口から奥まで通路が通っている。

食料は食料でまとまり、湿気を避ける位置に置かれている。

薬草と治療道具は、すぐ取り出せる棚にまとめられた。

武器と防具は、使えるものと修理待ちで分かれた。

狩猟品と獣皮は風通しのある側へ移された。

青い石は専用の箱へ集められ、数を記録するための板も置かれた。

壊れた道具は、修理待ちと廃棄予定で分けられた。


生活道具は、普段使いと予備で位置を変えた。

完璧ではない。

まだ細かな分類は必要だ。

記録の方法も教えなければならない。

だが、朝の倉庫とは比べものにならないほど、機能的になっていた。

倉庫番の女は、入口から中を見て呆然としていた。

「広い……。」

「元からこの広さでした。」


ソータが言うと、女は首を振る。

「いや、今までこんなに広いとは思わなかった。」

「物が通路を潰してましたからね。」

「奥の棚が見える。」

「見えるべきです。」

「薬がすぐ取れる。」

「取れるべきです。」

「冬前に、何が足りぬか分かるかもしれない。」

「分かるようにしましょう。」


女は、真剣な顔でソータを見た。

「お前、すごいな。」

素直な言葉だった。

ソータは少し照れた。

「俺だけじゃないです。みんなで動かしたからですよ。」

「でも、お前がいなければ、どこから手をつければいいか分からなかった。」


その言葉には重みがあった。

ヤンガルドアイがゆっくり倉庫の中へ入ってくる。

彼女は入口から奥まで歩き、各区分を見て回った。

食料。

薬。

武器。

青い石。

修理待ち。

廃棄予定。


そして最後に、ソータを見る。

「一日で、ここまで変えるか。」

「まだ途中です。」

「途中でこれか。」

ヤンガルドアイは低く笑った。

「やはり、お前は砦に必要だ。」


ソータは嫌な予感を覚えた。

ヤンガルドアイはオルドアイを見た。

その目は、朝よりも強く語っていた。

逃がすな。

必ずものにしろ。

オルドアイは、楽しそうに、そして少しだけ真剣に頷いた。

ソータはそれを見てしまった。


(まずい。)

(評価が上がりすぎた。)

(交渉材料になると思ったけど、逆に欲しがられてる。)


ヤンガルドアイが言う。

「ソータ。」

「はい。」

「お前が婿になれば、この砦はさらに強くなる。」

「その話は、まだ返事できません。」

「二、三日と言ったな。だが、今日だけで答えは見えてきた。」

「俺の中ではまだ変わってません。」


ヤンガルドアイは笑った。

「頑固な男だ。」

「約束があるので。」

「その約束ごと、我らのものにしたいものだ。」

「それは無理です。」


オルドアイが近づいてきた。

作業で少し汗をかいた肌。

ほどけかけた髪。

戦士として働いた後の、飾らない美しさ。

昨夜の赤い絹とは違う。

だが、これはこれで強烈だった。

「ソータ。」

「はい。」

「今日は見事だった。」


「ありがとうございます。」

「ますます欲しくなった。」

「そこへ行くんですね。」

「当然だ。」

オルドアイは笑う。

ただ、その目は昨夜より真剣だった。

からかいだけではない。

ソータの力を、自分の砦に必要なものとして見ている。

それが分かるから、余計に困った。


ソータは倉庫を見回した。

整った物資。

喜ぶ倉庫番。

感心する女戦士たち。

鋭く見つめるヤンガルドアイ。

獲物を逃がすまいとするオルドアイ。

形見はまだ手元にない。

だが、砦との交渉材料は確かに生まれた。

問題は、それが婿入りの圧力をさらに強めてしまったことだった。


(ミレイユ。)

(早く帰りたい。)

(でも、まだ帰れない。)

(形見を持って帰るまで。)

(それに、この倉庫……まだ細かいところが気になる。)


最後の本音が出た瞬間、ソータは自分で少し嫌になった。

こんな状況でも、倉庫の改善点が気になっている。

運送屋としての性分は、どうやら異世界でも治らないらしい。

ヤンガルドアイは満足そうに言った。

「今夜はよく食え。働いた者には飯を出す。」


バルクがすぐに反応した。

「それはありがたい。」

女戦士たちが笑う。

倉庫の外には、夕方の光が差していた。

霧に閉ざされた北の森の奥。

女戦士たちの砦で、ソータは一日かけて倉庫を整えた。

戦いではない。

魔法でもない。

けれど、砦を確かに強くした。


その結果、ソータを巡る視線は、朝よりずっと熱く、重くなっていた。


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