↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/197

第47話:生きて帰った男たちが、北の森への道を残した

 酒場の中は、宴会の時とはまるで違う熱を帯びていた。


 笑い声の代わりに、小さな話し声と、鍋の煮える音と、負傷者の息づかいがある。


 トムと、もう一人の年配の男は、酒場の奥へ寝かされていた。


 村の年寄りが湿布のような薬草を貼り、リーナが湯を運び、マルタが食べられそうなものを次々に用意している。


 ソータは入口近くの椅子へ腰を下ろし、ようやく大きく息を吐いた。


(帰ってきた。)


(ほんとに、帰ってきたな。)


 腕も脚も重い。


 《車体爆裂突進》を使った後の、体の芯が少し抜けるような感覚もまだ残っている。


 だが、今は倒れるわけにはいかない。


 聞かなければならない話がある。


 そして、伝えなければならないこともある。


「ソータ。」


 隣にミレイユが来た。


 もうさっきみたいな般若の顔ではない。


 ただ、かなり真剣な顔ではある。


「何。」


「無事でよかったわ。」


「……うん。」


 真正面からそう言われると、少し照れる。


 ソータが頭をかくと、ミレイユは少しだけ眉を寄せた。


「でも。」


「でも?」


「キングゴブリンなんて聞いてない。」


「俺も会うまで知らなかったよ。」


「そういう問題ではないの。」


 声は静かだが、かなり本気で怒っている。


 それでもソータには、そこに混じる安堵がわかった。


 だから、少しだけ笑ってしまう。


「何。」

 ミレイユがまた聞く。


「怒ってるけど、安心してるなって。」


「……後で本当に叱るわよ。」


「はい。」


 素直に頷くと、ミレイユは少しだけ息を吐いた。


 それから、そっとソータの腕に触れる。


 人目のある場所なので、ほんの一瞬だけ。


 でも、その一瞬で十分だった。


 そこへ、トムのかすれた声が聞こえた。


「ソータさん……。」


 ソータはすぐに立ち上がる。


 奥へ行くと、トムは枕を少し高くされて横になっていた。


 顔色はまだ悪い。


 だが、意識はさっきよりずっとはっきりしている。


 隣では年配の男も目を覚ましていた。


 村長とマルタ、リーナ、それに護衛たちも自然と集まってくる。


 酒場の空気がまた静まった。


 トムはゆっくりとソータを見た。


「……助けてくれて、ありがとな。」


「礼は元気になってからでいいって言ったろ。」


「いや……今、言っときたい。」


 その言葉は弱かったが、まっすぐだった。


「お前が来なきゃ、俺らはあそこで終わってた。」


 その一言で、村人たちの視線が一斉にソータへ集まった。


 ソータは少し困った。


「俺一人じゃないよ。」


「いや。」

 トムは首を横に振る。

 「村の外から護衛も連れてきて、道具も持って、あんな化け物までぶっ飛ばして。」


「化け物って。」


「白い箱みたいなやつ。」


 エルザが吹き出しそうになる。

 レオンは口元を押さえている。

 バルクはもう顔が笑っていた。

 ガルドだけは真顔だったが、目の奥が少し面白そうだった。


 ミレイユがすっとソータを見る。


「白い箱?」


「あとで説明する。」


「絶対よ。」


「はい。」


 トムは少しだけ笑ってから、真顔に戻った。


「……それで、だ。」


 リーナの顔が引き締まる。


 マルタも腕を組んだ。

 村長も、一歩前へ出る。


 誰もが知っている。


 ここから先が、本題だ。


「おじさんのこと、聞きたいんだろ。」

 トムがリーナを見る。


 リーナはぎゅっと膝の上で手を握って、頷いた。


「うん。」


「全部は見てねえ。」


「うん。」


「でも、最後に見た。」


 その瞬間、酒場の中の空気が凍るみたいに張った。


 トムは一度目を閉じ、苦しそうに息を吐いてから続けた。


「二年前、魔猪を追って森に入った。」


「はい。」

 リーナが小さく答える。


「奥で、数が多いゴブリンに当たった。」


「……。」


「俺たちは、最初は何とかなると思った。」


 その言い方に、ソータは少しだけ胸が重くなる。

 わかる。

 森で魔物に慣れている者ほど、最初の判断を誤ることがある。

 数の怖さを、飲み込まれるまで軽く見る。


 トムは唇を湿らせてから続けた。


「でも駄目だった。」


「……。」


「向こう、ただの群れじゃなかった。」


 ミレイユがそこで目を細める。


「ただの群れじゃない?」


「見張りもいた。」

 トムが答える。

 「待ち伏せみたいに、左右から出てきた。」


 ガルドが低く唸った。


「やはり統率があったか。」


「キングゴブリンだな。」

 バルクが言う。


 トムは頷いた。


「でかいのがいた。」


「それが、お父さんを見た最後なの?」

 リーナが震える声で聞く。


「いや。」

 トムは首を振る。

 「もっと後だ。」


 皆が黙る。


「捕まる前、おじさんが叫んだんだ。」


「……何て?」


「“お前らは村へ戻れ”って。」


 リーナの目に、また涙が溜まる。

 マルタの顔が強張る。

 トムは続けた。


「でも戻れなかった。」


「うん……。」


「そしたら、おじさんだけ反対側へ走った。」


 村人たちの誰かが、小さく息を呑んだ。


「ゴブリンの大きいのと、何体かを引きつけて。」


「……。」


「北の深い森の方へ、わざと。」


 リーナは声を出せなかった。

 ただ、涙がぽろぽろ落ちていく。


 マルタは隣で娘の肩を抱いた。

 強く。

 けれど顔は前を向いたまま。


「生きてると思うかい。」

 マルタが低く聞いた。


 トムは苦しそうに目を伏せた。


「……わからねえ。」


 正直な答えだった。


「でも。」


 その一言に、全員がまた顔を上げる。


「すぐ死んだ感じじゃなかった。」


 酒場の中へ、その言葉がゆっくり落ちた。


 すぐ死んだ感じじゃなかった。

 それは確かな生存証明ではない。

 でも、完全な絶望でもない。


 リーナは泣きながら、何度も頷いた。


「生きてるかもしれない……。」


「かもしれねえ。」

 トムも頷く。

 「北の森の方は、もっと深い。」


「深い?」

 ソータが聞く。


「俺らでも、あんまり入らねえ場所だ。」


「魔物が強いのか。」

 エルザが聞く。


「強いし、地形も悪い。」

 トムは答えた。

「沢も多いし、洞穴もある。」


 ミレイユはそこで、すっと目を細めた。


(北の森。)


(ゴブリン集落のさらに先。)


(つまり、この村の問題はまだ終わらない。)


 ソータも同じことを考えていた。


 ゴブリン集落は片づけなければならない。

 だが、本命はその先かもしれない。


 リーナの父がいるなら。

 あるいは、いたなら。

 北の森へ行くしかない。


 トムはそこで少しだけ呼吸を整え、さらに言った。


「あと一つ。」


「何?」

 ソータが聞く。


「おじさん、腕輪してたろ。」


「青い石のやつ。」

 リーナがすぐに言う。


「そう、それ。」


「見たの?」


「……ゴブリンの小屋の奥で、一回だけ。」


 リーナの目が見開かれる。


「ほんとに!?」


「たぶん、間違いねえ。」


 ソータは昼間に集落で見た小屋を思い出す。


 檻とは別の、奥の方。

 まだちゃんと調べ切れていない場所があった。


(あそこだ。)


(次に行くなら、もっと奥まで見る必要がある。)


 村長が深く息を吐いた。


「では、やることははっきりしたな。」


 その声に、皆が少しずつ現実へ戻る。


「まずゴブリン集落を完全に制圧する。」


「うん。」

 ソータが頷く。


「その上で、北の森への手掛かりを探す。」


「そうなる。」

 ガルドも短く言った。


 マルタは娘の肩を抱いたまま、低く笑った。


「忙しくなるねえ。」


「はい。」

 ソータは答えた。


 そして、そのままリーナを見た。


「探しに行く。」


 リーナは涙で濡れた顔のまま、ソータを見返した。


「……うん。」


「今度は、ちゃんと連れて帰る。」


 それは約束だった。

 軽く言うつもりはない。

 でも、言葉にしないと届かないこともある。


 リーナは何度も頷いた。


「お願いします……。」


 ミレイユはそのやり取りを静かに見ていた。

 胸の奥に、少しだけちくりとするものがある。

 でも今は、それを口にする場面ではない。


 今は同じ方向を見なければならない。


 ソータを中心に。

 村を中心に。

 そして、この先の北の森を中心に。


 だからミレイユは静かに言った。


「まずは仮契約をまとめるわ。」


「え?」

 ソータがそちらを見る。


「え、じゃないの。」

 ミレイユはきっぱり言う。

 「村の物を運ぶ話は進める。」


「今?」


「今よ。」


「でも大変な時に。」


「大変な時だからこそ。」

 ミレイユは一歩も引かない。

「この村に、これから必要なのは金と流れと備えよ。」


 村長が深く頷いた。


「その通りですな。」


 マルタも、ふっと笑う。


「やっぱりこの別嬪さん、顔だけじゃないねえ。」


「昨日も聞いた気がする。」

 ミレイユが言う。


「何度でも言うさ。」

 マルタはにやりとした。


 酒場の中に、ようやく少しだけ笑いが戻る。


 重い話だった。

 まだ涙も残っている。

 でも、その中で前へ進む話ができるのは、悪いことじゃない。


 ソータは椅子へ腰を下ろしながら思った。


(ゴブリン集落。)


(北の森。)


(村の契約。)


(やること、増えたな……。)


 だが、不思議と嫌ではなかった。


 運ぶべきものが増えた。

 繋ぐべき場所が増えた。

 守りたい相手も増えた。


 運送屋としては、たぶん忙しい方が性に合っている。


 その時。


 ミレイユがすっと顔を近づけて、小さな声で言った。


「それと。」


「うん?」


「帰ってきたから、今日のところは許すけど。」


「けど?」


「次にキングゴブリン級を相手にする時は、先に相談しなさい。」


「そんな相談の余裕あるかな……。」


「作りなさい。」


 その言い方が妙に真顔で、ソータは思わず笑ってしまった。


 ミレイユは少しだけ不満そうだったが、口元はほんの少しだけ緩んでいた。


 こうして。


 救出の夜は終わりきらないまま、次の話へ繋がっていった。


 ゴブリン集落の制圧。

 北の深い森。

 そして村と街を結ぶ新しい流れ。


 物語は、もう一段階大きくなる準備を始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。