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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第46話:村へ戻ったら、助けた男たちより先にミレイユの目が怖かった

 村の灯りが見えた時。

 ソータは、ようやく肺の奥に張りついていた息を吐いた。


 まだ終わっていない。

 でも、とにかく帰ってきた。


 担架には意識の薄い年配の男。

 ソータの肩には、ふらつきながらも歩いている若い男。

 後ろには護衛たち。

 全員、泥と汗と血の匂いをまとっていた。


 村の入口が見えると、見張りをしていた村人がこちらに気づいた。


「戻った!」


「ソータさんたちだ!」


「誰かいるぞ!」


 その声で、村の空気が一気に動く。


 家々の戸が開き。

 灯りが増え。

 人の気配が集まってくる。

 その中を真っ先に駆けてきたのは、やはりリーナだった。


「ソータさん!」


 その声には、安堵と、恐怖と、期待が全部混ざっていた。

 ソータは若い男を支えたまま、少しだけ笑った。


「戻ったよ。」


 リーナはソータの顔を見て、怪我がないかを一瞬で確かめる。

 それから担架へ目を向けた。


「この人たちは……?」


「集落の中にいた。」


 その一言で、後ろから来たマルタの表情が変わる。

 村長も、村人たちも、一気に息を呑んだ。


「生きてたのか……。」

 村長が低く言う。


「二人。」

 ソータが頷く。

「でも、リーナさんのお父さんではない。」


 リーナの肩が少しだけ落ちる。

 だが、すぐに若い男の顔を見て目を見開いた。


「……トムさん?」


 若い男が、かすかに顔を上げた。

 痩せていて、土気色で、目の下もひどい。

 それでも、ちゃんとリーナを見て、唇を震わせた。


「……リーナ、ちゃん……。」


「トムさん!」


 リーナが駆け寄る。

 目に一気に涙が浮かぶ。


「生きてた……!」


 トムと呼ばれた若い男は、かすかに笑った。

 笑ったが、それだけでもう苦しそうだった。

 マルタがすぐに動く。


「立ち話してる場合じゃない!」


「はい!」

 リーナもすぐ我に返る。


「酒場を空けな!」

 マルタが周囲へ怒鳴る。

 「寝かせる場所と湯!

 布もだよ!」


 村人たちが一斉に動き出す。

 こういう時のマルタは、本当に強い。


 村長もすぐに指示を飛ばす。


「若いのは手伝え!」


「女衆は湯と粥の用意!」


「医者役を呼べ!」


 担架を運ぶ途中。

 ソータは、横から近づいてくる気配に気づいた。

 ミレイユだった。


 走ってきたのか、髪が少し乱れている。

 けれど顔はきれいなままだ。

 ただし。

 目が、ちょっと怖い。


「……おかえりなさい。」


「ただいま。」


「無事で?」


「一応。」


「一応?」


「いや、無事。」


 そこでミレイユは、ほんの一瞬だけ目を閉じた。

 胸の奥に溜まっていたものを押し込めるみたいに。

 それからまた目を開ける。


「あとで詳しく聞くわ。」


「うん。」


「その前に。」


「前に?」


「生きて戻ったから、今は許す。」


 その言い方が、いかにもミレイユだった。


 怒っている。

 でも、安心している。

 それが両方わかる。

 ソータは少しだけ笑ってしまった。


「何。」

 ミレイユが聞く。


「いや。」


「笑うところ?」


「怒ってる顔のはずなのに、ちょっと安心した顔してるなって。」


 ミレイユが一瞬だけ固まる。

 次の瞬間、耳まで赤くなった。


「……今、それ言うの。」


「ごめん。」


「後でちゃんと叱るわ。」


「はい。」


 そう返したところで、バルクが後ろから笑いをこらえきれずに言った。


「叱るで済むなら優しい方だぞ、ソータ。」


 エルザも肩をすくめる。


「沢であんなの出しておいて、よくその空気で話せるわね。」


 ミレイユの目が、今度は護衛たちへ向いた。


「あんなの?」


 四人が、そろってソータを見る。

 ソータは嫌な予感がした。


(あ。)


(これ、トラックの話になるな。)


(今か。)


 レオンが、きらきらした顔で言った。


「お嬢様、聞いてくださいよ。」


「何を。」

 ミレイユが静かに聞く。


「キングゴブリンが出たんです。」


「キングゴブリン!?」


 さすがにミレイユも目を見開いた。


「ええ。」

 ガルドが短く頷く。

「普通の個体より一回り大きい。」


「それで?」


「ソータが。」

 バルクが、もう完全に面白がっていた。

「いきなり白いデカい箱みたいな乗り物を呼んで、どーん!と。」


「箱って言うなよ!」

 ソータが思わず言い返す。

「あれはトラックで……。」


 そこまで言って止まる。

 当然、誰にも通じていない顔だった。


「とらっく?」

 ミレイユが眉を寄せる。


「……まあ、俺の前世の荷車みたいなもの。」


 ミレイユは数秒、ソータを見た。

 それから、ゆっくり言った。


「あとで、根掘り葉掘り聞くわ。」


「やっぱり?」


「当然でしょう。」


 だが、その目の奥には少し違う光もあった。


 心配。

 驚き。

 そして、また少しだけ誇らしげなもの。


(キングゴブリンまで出たの。)


(そんな相手と戦って、それでも帰ってきた。)


(しかも、また訳のわからない力で切り抜けたのね、あなた……。)


(ほんとに、どこまで厄介なのよ。)


 そう思いながらも。

 生きて戻ってきたことが、やはり何より大きかった。


     ◇


 酒場の中は、ちょっとした救護所になっていた。


 年配の男はすぐに寝かされ、湯で体を拭かれる。

 トムも椅子へ座らされ、粥みたいなものを少しずつ食べさせてもらっていた。

 医者役をしている村の老人が脈を診て、傷を見て、何度も頷く。


「まだ助かる。」


 その一言で、空気が少しだけ緩んだ。


 リーナは、トムのそばに膝をついていた。

 目は赤い。

 でも泣き崩れてはいない。


「トムさん。」


「……悪い、顔だな、俺。」

 トムがかすれた声で言う。


「そんなことないです。」


「いや、あるだろ……。」


 それでも、少し笑った。

 その笑い方が、昔から知っている村の青年のものだったのか、リーナはとうとう涙をこぼした。


「よかった……。」


「……まだ、よくはねえよ。」

 トムが息を整えながら言う。

 「でも……戻れた。」


 ソータは少し離れたところで、その様子を見ていた。


 助けられた。

 でも、リーナの父はまだいない。

 喜びと重さが、両方そこにあった。


 その時。


「ソータさん。」


 トムが、弱々しく手を上げた。

 ソータはすぐそばへ寄る。


「うん。」


「……ありがとう。」


「それは、ちゃんと元気になってから聞く。」


「強いなあ……。」


「運送屋なんで。」


「何だそれ……。」


 少しだけ笑いが起きる。


 だが、その笑いは長く続かなかった。

 トムの目が、少しずつ真面目なものへ変わっていく。


「リーナちゃん。」


「はい。」


「お父さんのこと……聞きたいか。」


 酒場の空気が止まった。

 リーナの背筋がぴんと伸びる。


「……はい。」


 マルタも、村長も、ミレイユも、護衛たちも。

 全員がそちらを見た。


 トムは苦しそうに息を吐いた。


「全部は……見てない。」


「うん。」

 リーナが頷く。

「少しでも。」


「二年前……魔猪を追って森へ入った。」


「……はい。」


「途中でゴブリンの群れに当たって……散った。」


 リーナの指がぎゅっと握られる。


「俺たちは、捕まった。」


「……お父さんは?」


 トムは目を閉じて、少し考えるようにした。

 そして、ゆっくり言う。


「最後に見た時……。」


 酒場の中の誰もが息を止める。


「北の深い森へ、あいつらを引きつけて走っていった。」


「北の……。」

 リーナが呟く。


「生きてるかは、わからない。」

 トムの声は震えていた。

「でも、すぐ死んだ感じじゃなかった。」


 その言葉は、希望とも絶望ともつかない形で、村の空気へ落ちた。

 すぐ死んだ感じじゃなかった。


 それは、生きているかもしれないという意味だ。

 でも同時に、今も無事だという保証ではまったくない。


 リーナはしばらく何も言えなかった。

 やがて、ぽろっとまた涙が落ちる。


「……生きてるかもしれない。」


 声が震えていた。

 でも、それは絶望の震え方ではなかった。


 ミレイユはその横顔を見て、静かに息を吐く。


(次の目標ができたわね。)


(ゴブリン集落だけじゃ終わらない。)


(北の深い森……。)


 ソータもまた、胸の奥で何かが固まっていくのを感じていた。


 助けた二人を連れ帰った。

 キングゴブリンも倒した。

 でも、終わりじゃない。

 むしろここからだ。


 ゴブリン集落の残り。

 そして、北の森。

 リーナの父を探しに行く話が、いよいよ現実の形を持ち始めていた。


 ソータは、そっと拳を握る。


(運ぶ。)


(今度は、希望を。)


(ちゃんと繋いで、連れて帰る。)


 運送屋らしい決意は、こんな時でもやっぱりそこへ落ち着いた。


 酒場の中ではまだ、誰も大きな声を出さない。

 喜びも、驚きも、不安も、全部がまだ混ざっている。

 だがその静けさの中で。

 次に向かうべき道だけは、前よりずっとはっきり見え始めていた。

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