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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第44話:運ぶ男は、夜のゴブリン集落へ静かに入る

 夜の森は、昼とはまるで別の場所みたいだった。


 月明かりはある。

 だが木々がその光を細く裂いて、地面へばらばらに落としている。


 見えるようで見えない。

 静かなようで、耳を澄ませば音だらけだ。


 葉の擦れる音。

 虫の羽音。

 どこかで小さく鳴く獣。


 その中を、ソータたちは息を潜めて進んだ。


 先頭はレオン。

 軽装で動く、斥候役の青年だ。


 その少し後ろにソータ。

 右に弓使いのエルザ。

 左に大剣使いのガルド。

 最後尾に盾役のバルク。


 昼のうちに置いておいた目印は、ちゃんと役に立っていた。


 木の根元の石。

 裂いた布。

 浅く刺した杭。


 それがあるだけで、真っ暗な森にも「帰る道」ができる。


(よし。)


(帰り道は繋がってる。)


(あとは、入って、見つけて、出す。)


(焦るな。)


 前を行くレオンが、手を低く振った。

 止まれの合図だ。


 全員がその場へ沈むようにしゃがみ込む。


 見張りのゴブリンが二体。

 粗末な槍を持ち、柵の外側をだらだら歩いている。


 昼に見た巡回と同じだ。

 足取りも、間隔も、ほとんど変わらない。


 エルザが目で問いかける。

 やるわよ、という目だ。


 ソータは小さく頷いた。


 エルザが弓を引く。

 音はほとんどない。


 ひゅ、と短い風切り。

 一体目の喉へ矢が刺さる。


 同時にレオンが飛び出した。

 二体目の口を後ろから塞ぎ、短剣を首へ滑らせる。


 ぐず、と鈍い感触。

 ゴブリンの体から力が抜ける。


「ソータ。」

 ガルドが低く呼ぶ。


「うん。」


 ソータはすぐに倒れた一体へ触れた。

 《神速積載庫》へ収納する。


 死体はふっと消えた。


 続いて、レオンが仕留めた方も収納する。


 これで血の匂いも、死体も、その場へほとんど残らない。

 少なくとも、次の巡回がぱっと見て気づくことはない。


 レオンが小声で吐いた。


「何度見ても便利すぎるな、それ。」


「今はほんとに助かる。」

 ソータも小さく返す。


「見つかる要素が一つ減る。」

 エルザも頷いた。


 バルクがにやっとする。


「ガルド、お前も死んだら運んでもらえるぞ。」


「断る。」

 ガルドが即答した。


 こんな状況でも、この四人は少しだけ軽口を叩ける。

 それが逆に頼もしい。


 全員、柵の切れ目から内側へ入る。


 ゴブリン集落の夜は、思っていた以上に「生活の匂い」が濃かった。


 焚き火の煤。

 煮た肉の腐りかけた臭い。

 獣脂。

 汚れた布。

 干した草。


 ただの魔物の巣ではない。

 寝て、食って、起きている場所だ。


 だからこそ厄介だ。

 物音一つで、村ごと起きる。


 ソータは昼に見た配置を頭の中でなぞった。


(正面に火が多い。)


(左に檻。)


(奥に大きい小屋。)


(沢へ抜けるのは裏手。)


 小屋と小屋の間を縫う。

 寝ているゴブリンのいびきが、生々しい。

 小型の個体の寝息まで聞こえる。


 途中、木箱のそばで大きめの個体が壁にもたれて寝ていた。

 バルクが目で聞く。

 どうする、と。


 ソータは首を横に振った。


 今、余計な血は要らない。

 必要なのは静かに通ることだ。


 その判断に、ガルドも何も言わず従った。


 やがて、檻らしき囲いが見えた。


 近くで見ると、やはり檻だった。

 木を荒く組んだだけのもの。

 だが、人を閉じ込めるには十分な狭さと頑丈さがある。


 中を覗く。


「……空だ。」

 エルザが低く言う。


 空だった。

 だが床には縄の切れ端があり、隅には人間のものらしい布が落ちている。


 レオンが唇を引き結ぶ。


「最近まで使ってたな。」


「うん。」

 ソータが頷く。

 「別の場所へ移したか、夜だけ別に閉じ込めてるか。」


 ガルドが目を細める。


「奥の小屋か。」


 ソータも同じ考えだった。


 集落の奥。

 他より少し大きく、火も近い。

 あそこが怪しい。


 その時。


 小さく、呻くような声が聞こえた。


 全員の動きが止まる。


 また。


 今度は少しだけはっきり。

 人間の喉から漏れる、苦しそうな音だ。


(いる。)


(やっぱりいる。)


 胸の奥が一気に熱くなる。

 助けられる。

 今なら。


 だが飛び出せば終わる。

 ソータは拳を握って気持ちを押さえた。


「行けるか。」

 ガルドが低く聞く。


 ソータは小屋までの間を見た。


 消えかけた焚き火。

 右に木箱。

 左に棚。

 その向こうに見張りが一体。


「……行く。」


 全員の視線が集まる。


「順番に。」


 ソータはすぐに指で示した。


「エルザ、あの見張り。」


「了解。」


「レオンは右から回って小屋の裏を確認。」


「了解。」


「バルクは出てきた奴を止める位置。」


「任せろ。」


「ガルドは正面の支え。」


「いい。」


 それからソータは、自分の胸元へ手を当てた。


「俺は中を見る。」


「一人で?」

 エルザが眉を上げる。


「縄を切って、水を出して、運ぶ準備まで一番速いの俺だから。」


 事実だった。

 必要なものを一瞬で出せるのはソータだけだ。


 ひゅ、とまた矢が飛ぶ。

 見張りが崩れる。


 ソータはすぐにその死体へ触れた。

 収納。


 ごとり、と音を立てる前にゴブリンの体が消える。


「よし。」


 同時にレオンが影みたいに右へ消えた。

 バルクが前へ。

 ガルドが剣へ手を添える。


 ソータは小屋へ滑り込んだ。


 入口は布を垂らしただけ。

 隙間から中へ入る。


 臭い。

 湿っている。

 そして暗い。


「……っ。」


 中には、人がいた。


 二人。


 痩せている。

 手足を縛られ、壁にもたれさせられている。

 一人は年配の男。

 もう一人は若い。


 どちらも顔色が悪い。

 だが、生きている。


「静かに。」

 ソータはすぐに言った。

 「助けに来た。」


 若い方が、かすかに目を見開いた。


「に……げ、ろ……。」


「逃げる。

 でも一緒にだ。」


 ソータは収納から短剣を出し、縄を切る。

 さらに水袋を出す。


「少しだけ飲んで。」


 若い男が震える手で受け取る。

 年配の男は意識が薄い。

 呼吸はある。


 その顔を見た瞬間、ソータは少しだけ息を呑んだ。


 知らない顔だ。

 少なくとも、リーナの父ではない。


(違う。)


(でも、この人たちを置いては帰れない。)


 外から、小さく二回、鳥の鳴き真似が聞こえた。

 レオンからの合図だ。


 裏手は一旦安全。


 ソータは即座に決めた。


「歩ける?」


 若い男がうなずく。


「この人は無理か。」


「……は、こべ……。」


「うん、運ぶ。」


 ソータは収納から板と布を出し、その場で簡易担架を作る。


 若い男が目を丸くした。


「なんだ……それ……。」


「運送屋の知恵。」


 言いながら、年配の男を担架へ移す。

 布で軽く固定。

 若い男の肩へ自分の腕を回す。


「立てる?」


「……たぶん。」


「今日はその“たぶん”でいい。」


 その時。


 外から、短く鋭い合図が飛んだ。


 見つかった。


 ソータの背筋が冷える。


「出る!」


 小屋を飛び出す。


「一体こっち来る!」

 レオンが低く叫んだ。


「任せろ!」

 バルクが前へ出る。


 ゴブリンが叫ぶより早く、盾で顔面ごと叩き潰した。

 ガルドの剣がその首を落とす。


「ソータ!」

 エルザが叫ぶ。


 ソータはすぐ死体へ触れた。

 収納。


 ゴブリンの首なし死体が、その場からふっと消える。


 だが遅かった。

 奥の方で別のゴブリンの怒鳴り声が上がる。

 火が増え、寝ていた個体たちが一斉に動き始めた。


「撤退だ!」

 エルザが叫ぶ。


 ソータは若い男を支え、担架を引く。

 レオンが前。

 バルクが横。

 ガルドが後ろ。

 エルザが追手へ矢を放つ。


 ゴブリンたちの咆哮が背後から迫る。

 集落全体が起きた。


(やばい。)


(でも二人は出せた。)


(帰る。)


(帰るまでが仕事だ。)


 沢への細道へ飛び込む。


 そこでソータは《神速積載庫》から縄を出し、木と木の間へ一気に渡した。


「足元!」


 先頭のゴブリンがその縄に引っかかり、二体まとめて転がる。


「いいぞ!」

 バルクが吠える。


 さらにソータは石袋を出し、狭い道の真ん中へばらまく。

 後続が踏み込み、足を取られる。


「ほんと嫌らしいな、お前!」

 エルザが笑うように叫んだ。


「褒め言葉ですよね!?」


「褒めてる!」


 ガルドが後ろを見たまま低く言う。


「まだ来る。」


 その声の直後、ひときわ大きい咆哮が響いた。

 普通のゴブリンより一回り大きい個体が、斜面を蹴って迫ってくる。


 ソータは若い男を支えたまま歯を食いしばった。


(まずい。)


(これを止めないと沢まで持たない。)


 ガルドが剣を構える。

 バルクが盾を前へ出す。

 だが、狭い。

 この場所でまともに受ければ危ない。


 ソータは反射的に《神速積載庫》へ手を伸ばした。


(まだだ。)


(ここではまだ《車体爆裂突進》じゃない。)


(まず運ぶ。)


(連れて帰る。)


(それが先だ。)


 そう心の中で叫びながら、ソータは沢への道を走った。


 夜襲は成功した。

 だが、帰るまでが本番だった。


 そして今、その本番が想像以上に激しく始まっていた。

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