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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第43話:夜のゴブリン集落へ入る前に、やることは山ほどあった

 酒場へ戻ると、ソータはすぐに空気の違いに気づいた。


 リーナとミレイユ。

 二人の間に、さっきまでのぴりつきとは少し違う静けさがある。


(……あれ。)


(何か話したな。)


(しかも、たぶん大事な話。)


 でも、そこを今聞くのは違う気がした。

 今はもっと先にやるべきことがある。


 夜襲の準備だ。


 ソータはテーブルの上へもう一度、枝や石や木片を並べた。

 昼間に森で見たゴブリン集落の簡易図だ。


「もう一回確認する。」


 村長。

 マルタ。

 護衛四人。

 ミレイユ。

 リーナも少し離れた位置で聞いている。


「正面は見張りが多い。」

 ソータが枝を置く。

 「だから入るなら裏手。」


「沢沿いの道だな。」

 大剣使いの男が低く言う。


「うん。」


「巡回は二人組。」

 弓使いの女が補足する。


「その隙間を縫って入る。」


「で、問題は帰り道だ。」

 盾役の男が腕を組んだ。


「そう。」

 ソータは頷く。

 「助ける人がいたら、連れて戻らなきゃいけない。」


 そこで斥候役の青年が口を挟む。


「人数が増えると、沢沿いじゃ詰まりませんか。」


「詰まる。」


「言い切るんだ。」


「だから罠を置く。」


 ソータは収納から縄を出し、テーブルの端へ置いた。


「ここ。」

 小石を一つ置く。

 「この細い道に足引っ掛け用。」


 次に木杭。


「ここに杭。」


 布。


「松明はここ。」


「退路を照らすためか。」

 弓使いの女が頷く。


「それと。」

 ソータは少しだけ目を細めた。

 「最悪、追手が多かったら崩せる場所を一つ作っておきたい。」


「崩す?」

 村長が聞き返す。


「小規模でいい。

 石か木を落として、一瞬止める。」


 大剣使いの男が、そこで小さく頷いた。


「悪くない。」


「悪くないどころか、いい案だね。」

 マルタも腕を組んだまま唸る。

 「真正面から力任せにやらないのが、あんたらしい。」


 ソータは少しだけ苦笑した。


「力任せで勝てるなら、その方が早いんですけどね。」


「それができないから頭を使うのさ。」

 マルタが言う。


 その言葉は、妙にまっすぐ胸へ入った。


     ◇


 準備が始まった。


 護衛たちは自分の装備を最終確認する。

 剣。

 弓。

 短剣。

 盾。


 ソータは《神速積載庫》の中身を見直した。


 縄。

 杭。

 石袋。

 松明。

 布。

 水。

 簡易担架に使えそうな板。

 予備の短剣。


(よし。)


(運ぶものは多い。)


(でも、こういう時こそ俺の仕事だ。)


 その時、ミレイユが近づいてきた。


「ソータ。」


「うん?」


「本当に今夜行くのね。」


「行く。」


「……。」


 その沈黙には、心配がそのまま入っていた。


 ソータは少しだけ笑って、声を落とした。


「大丈夫。」


「その“大丈夫”が信用ならないのよ。」


「今日はちゃんと段取りしてるから。」


「いつもしてるでしょう、あなたは。」


 それは妙に正しい指摘だった。

 ソータは少しだけ言葉に詰まる。


「……たしかに。」


「だから余計に怖いの。」

 ミレイユは真っ直ぐ言った。

 「ちゃんと計算して、ちゃんと危ない方へ行くもの。」


 その言い方が妙に的確で、ソータは苦笑するしかなかった。


「戻ってくるよ。」


「絶対に。」


「絶対に。」


 ミレイユはしばらくソータを見ていた。

 それから、誰にも見えないような小さな動きで、そっとソータの手へ触れた。


「約束。」


「うん。」


「破ったら怒るわ。」


「怒られるのは困るな。」


「すごく怒るわよ。」


「それは帰ってくる理由になるね。」


 ミレイユはそこで少しだけ目を細めた。

 笑っているのに、泣きそうにも見える表情だった。


 ソータはその顔を見て、胸の奥が少しだけ締まる。


(待ってる人がいるって、こういうことなんだな。)


(帰るって約束は、重いな。)


 だがその重さが、嫌ではなかった。

 むしろ、足元をちゃんと固めてくれる感じがした。


     ◇


 夜になる前、リーナもソータのところへやってきた。


 昼間の二人きりの話で、少しだけ吹っ切れたのか、顔は思っていたより落ち着いている。

 でも、やっぱり不安は隠しきれていない。


「ソータさん。」


「うん。」


「これ。」


 差し出されたのは、小さな布包みだった。


「何これ。」


「お守り、みたいなものです。」


「お守り。」


「お父さんが森へ行く時、いつも持ってた薬草を少しだけ。」


 ソータはゆっくり受け取った。

 中からは、乾いた草の匂いが少しする。


「……ありがとう。」


「本当に、無茶しないでくださいね。」


「うん。」


「あと。」


「あと?」


 リーナは少しだけ言いにくそうにして、それから思い切ったように言った。


「お父さんのこと、お願いします。」


 その声は小さい。

 でも、重かった。


 ソータは包みを握りしめて、頷いた。


「見つける。」


「……はい。」


 そのやり取りを少し離れたところから、ミレイユも見ていた。

 何も言わない。

 でも、その視線にはいろんな感情が混ざっていた。


(あの子は、本当にまっすぐね。)


(悔しいけど、そこはきれいだと思う。)


(だからこそ、必ず結果を持って帰らせなきゃ。)


 マルタはそんな二人を横目に見ながら、いつものように豪快な口調で言った。


「いいかい、ソータ。」


「はい。」


「帰ってきたら、まず飯だ。」


「え。」


「無事に帰ったら、腹いっぱい食わせてやる。」


「それは嬉しいです。」


「だからちゃんと帰ってきな。」


「はい。」


 マルタの言葉は、いつだってぶっきらぼうで、だからこそ深く刺さる。


     ◇


 夜。


 月が上がる頃。

 ソータと護衛四人は、村を出た。


 今度は昼の調査とは違う。

 目的ははっきりしている。


 見張りを抜ける。

 檻を確認する。

 生存者がいれば連れ出す。

 そして、できるだけ騒がれずに戻る。


 背後では、村の灯りが小さく揺れていた。


 その中のどこかに、待つ人たちがいる。

 リーナ。

 マルタ。

 ミレイユ。


 ソータは一度だけ振り返った。


(帰る。)


(絶対に、帰る。)


 そう心の中で言ってから、森へ入る。


 夜の森は昼よりずっと音が少ない。

 少ないぶん、小さな音もよく響く。


 落ち葉を踏む音。

 革の擦れる音。

 息遣い。


 全員がそれを抑えて進む。


 ソータは、昼に置いた目印をひとつずつ確認しながら歩いた。

 木の根元の石。

 裂いた布。

 浅く刺した杭。


 それがあるだけで、帰り道の輪郭がはっきりする。


「本当に全部置いてたんだな。」

 斥候役の青年が小声で言う。


「置いとかないと不安だから。」


「その不安の仕方が現場向きなんだよな……。」


 やがて、ゴブリン集落の外周まで来た。


 見張りの火。

 巡回の影。

 柵。

 小屋。


 昼に見たものが、夜になるとまた違う顔をしている。


 ソータは手で合図した。

 全員、止まる。


 見張りが二体、通り過ぎる。

 隙間。


 ソータは小さく頷いた。


(ここからだ。)


(次は、見るだけじゃ終わらない。)


 運ぶ男は今夜、命を運び出すためにゴブリンの村へ入る。


 静かに。

 確実に。

 帰るために。

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