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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第40話:戻ってきた情報は、思っていたより重かった

 村へ戻る頃には、日がだいぶ傾いていた。


 森の縁から畑が見えた瞬間、ソータは少しだけ肩の力を抜いた。


(ひとまず無事に戻れたな。)


(見た。

 数も、檻も、人の声も。)


(あとは、ちゃんと伝える番だ。)


 村の入口まで来ると、見張っていたらしい村人がすぐに気づいた。


「戻った!」


「ソータさんたちが戻ったぞ!」


 その声で、あちこちの家から人が出てくる。

 ソータはその中に、真っ先にリーナを探した。


 いた。


 酒場の前に立っている。

 その横にはマルタ。

 少し離れてミレイユと村長もいた。


 ソータが近づくと、リーナの顔が一瞬だけ明るくなる。

 それから、すぐに真剣な顔へ戻った。


「どうでしたか……?」


 その一言に、村人たちの空気もぴたりと静まる。


 ソータはみんなの前まで行って、はっきり言った。


「ゴブリン集落は、あります。」


 ざわり、と空気が揺れた。


「しかも、思ったより大きい。」


 村長が眉をひそめる。


「どれほどだ。」


「少なく見ても三十以上。」


「三十……。」


「女や子どもっぽい個体もいます。

 簡単な畑もある。

 完全に“村”です。」


 村人たちの顔つきが変わる。

 ただの巣ではない。

 その言葉の重さは、みんなにちゃんと伝わった。


 ソータは続けた。


「でも、人間の持ち物もかなりありました。」


 リーナの肩がぴくりと揺れる。


「布。

 靴。

 ベルト。

 それに、檻みたいな囲いもありました。」


「檻……。」

 マルタが低く言う。


「はい。」


「人は?」

 村長が聞く。


 ソータは一瞬だけ、森の中で聞こえたあの呻きを思い出した。


「たぶん、います。」


 リーナが息を呑む。

 周囲もまた静まり返った。


「声が聞こえました。」


 その一言で、空気はさらに重くなった。


 生きているかもしれない。

 それは希望だ。

 だが同時に、助けに行かなければならないということでもある。


 そこでミレイユが一歩前へ出た。

 村人たちへ向ける仕事の顔だ。


「ここからは、感情だけで動かない方がいいわ。」


 静かな声だった。

 でも、よく通る。


「集落の形も、見張りの位置も、退路も、ある程度見えたのなら、次は段取りが要る。」


 村長が深く頷く。


「その通りだ。」


「今夜、全員で騒いで突っ込めば、向こうも大騒ぎになる。

 捕虜がいるなら余計に危険よ。」


 村人たちは黙って聞いていた。

 その口調には、怖がらせるためではない、現実を整える力があった。


 ソータは横で、少しだけ感心した。


(やっぱり上手いな。)


(こういう話を落ち着かせるのが。)


 そこでマルタが腕を組んだ。


「じゃあ、次はどうする。」


「今日のうちに情報をまとめる。」

 ソータが答える。


「見張りの巡回。

 裏手の道。

 檻の位置。

 沢へ抜ける道。」


「夜襲かい。」

 マルタが聞く。


「たぶん、その形になる。」


 そこまで言うと、リーナが小さく手を上げた。


「……あの。」


「うん。」


「お父さんの特徴、もっと細かく話した方がいいですよね。」


「うん、それを頼みたい。」

 ソータは頷く。

 「顔だけじゃなくて、体格とか、怪我の跡とか、癖とか、何でも。」


 ミレイユもすぐに言葉を継いだ。


「服装や持ち物も。」


「持ち物。」

 リーナが呟く。


「普段から身につけていたもの。」


 そこでマルタがはっとしたように顔を上げた。


「腕輪だ。」


「腕輪?」

 ソータが聞く。


「古い革紐に、青い石を一つだけ通したやつさ。

 あの人、ずっと左腕に巻いてた。」


 リーナも頷く。


「私が小さい頃に拾った石を、お父さんがずっと大事にしてくれてたんです。」


 ソータは森で見たゴブリンたちの装備を思い出した。

 布、ベルト、短剣。

 だが、腕輪までは確認できていない。


「次に見た時、その石付きの腕輪を探す。」


「お願いします……。」

 リーナが小さく言った。


 ミレイユはそのやり取りを静かに見ていた。

 リーナの目は真剣で、涙をこらえている。

 それを見ていると、さすがに軽い嫉妬の気持ちは引っ込む。


(今はそういう場面じゃないわね。)


(まずはお父さん。)


(恋敵だとか何だとかは、そのあとでいい。)


 そう思いながらも、ソータがリーナへ向ける目がやわらかいことにはちゃんと気づいてしまう。


(……やっぱり、この二人にはちゃんと時間があるのよね。)


(でも。)


(今のソータの隣は、私が取る。)


 その気持ちだけは、静かにぶれなかった。


     ◇


 日が落ちる前に、ソータ、ミレイユ、村長、マルタ、護衛たちは酒場の一角へ集まった。


 今日は宴会ではない。

 完全に作戦会議だ。


 ソータは木のテーブルに、拾ってきた枝や石を並べて簡単な地形図を作った。


「ここが正面。」


 枝で柵を表し、石で小屋を置く。


「見張りはこの辺と、この辺。」


「檻らしきものは?」

 弓使いの女が聞く。


「ここ。」

 ソータが小さな木片を置く。


「沢はこの裏手。」


 大剣使いの男が腕を組む。


「裏から入るか。」


「うん。」


「見張りの巡回は?」

 斥候役の青年が聞く。


「二人組が一定の間隔で動いてた。」


「それなら、その隙間を縫える。」

 弓使いの女が言う。


「ただし、帰り道に足止めがいる。」

 ソータは続けた。

 「沢沿いは狭い。

 追われたら詰まる。」


 そこで盾役の男がにやりとした。


「そこは、俺らが止めればいいんだろ。」


「たぶん。」


「たぶん。」

 ミレイユがそこで口を挟む。

 「その“たぶん”が怖いのよね、ソータ。」


「大丈夫。」


「どこが。」


「ちゃんと罠も置くから。」


「罠込みの“大丈夫”なのね……。」


 ミレイユが額に手を当てる。

 だが、その顔にはもう呆れと同時に信頼もある。


 ソータは石を一つ追加した。


「ここに石袋を置いて。」


「うん。」

 斥候役の青年が乗ってくる。


「こっちに縄。」


「それで足を取るのか。」

 盾役の男が頷く。


「松明はこの位置。」


「退路を明るくするためね。」

 弓使いの女が理解する。


 大剣使いの男が、初めて少しだけ口元を上げた。


「勇者らしくない。」


「よく言われます。」


「だが、こういう方が死なない。」


 その一言は重かった。

 ソータも少しだけ真面目に頷く。


「死なないのが一番だから。」


 ミレイユは、その言葉を聞いて少しだけ胸が軽くなるのを感じた。


(そうよ。)


(そこだけは、絶対に忘れないで。)


(勝つことより、帰ること。)


 作戦会議が進むうち、村人たちも少しずつ腹を括っていく。

 今夜ではない。

 だが、次には行く。

 それが具体的な形で見え始めたからだ。


     ◇


 会議がひと段落した頃には、酒場の外はもう暗くなっていた。


 リーナは少し離れた席で、ミレイユに父の話を続けていた。


「背は、ソータさんより少し低いくらいです。」


「筋肉は?」


「がっしりしてます。

 でもお腹は少しだけ出てました。」


「なるほど。」

 ミレイユは真剣に頷く。

 「顔の傷は?」


「右の眉の上に、小さいのが一本。」


 こういう時のミレイユは、本当に頼もしい。

 ソータはその様子を見て、また少しだけ感謝した。


 マルタがその横でぼそっと言う。


「あんた、いい女を連れてきたね。」


「……そうですね。」

 ソータは素直に答えた。


「否定しないんだ。」


「しないです。」


 その返事に、マルタはにやりと笑った。


「なら、あとはちゃんとするんだよ。」


「ちゃんと?」


「色々さ。」


 その“色々”が妙に広かった。

 ソータは少しだけ苦笑する。


 明日か、明後日か。

 いよいよ夜襲だ。


 だがその前に、この村で整えておくべきものがある。

 段取り。

 装備。

 心の準備。


 ソータは酒場の窓の外を見た。

 村の夜は暗い。

 けれど、その暗さの向こうに、次の動きがもうはっきり見えてきていた。


(次は行く。)


(行って、見つけて、連れて帰る。)


 運ぶ男が今度運ぶのは、荷物じゃない。

 人の命だ。


 その重さを、ソータはもうちゃんとわかっていた。

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