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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第41話:ミレイユは村を見て、金の匂いと未来の形を見つけた

 翌朝。


 ソータたちが夜襲の段取りをさらに詰める一方で、ミレイユは朝から村の中を歩き回っていた。


 もちろん、ただの散歩ではない。


 畑。

 納屋。

 燻製小屋。

 薬草の乾燥棚。

 蜂の巣箱。


 見る場所がいちいち商人だった。


「この葉物、朝採れなら王都でも通るわね。」


「お、王都?」

 畑仕事をしていたおばさんが目を丸くする。


「ええ。

 ただし、そのままじゃ駄目。」


 ミレイユはしゃがみ込んで、籠の中の野菜を指で軽く持ち上げた。


「この詰め方だと潰れる。

 葉先も傷む。

 でも、浅い木箱に布を敷いて、根元を揃えて詰めれば見栄えが一気に変わるわ。」


「み、見栄えでそんなに変わるのかい?」


「変わるわ。

 田舎の採れたて野菜じゃなくて、“朝摘みの高級野菜”になるもの。」


 おばさんがぽかんとする。

 その横でマルタが腕を組んだ。


「なるほどねえ。」


 最初に乗ってきたのは、やはりマルタだった。


 こういう話の勘がいい。

 しかも、すぐ金の流れまで想像できる。


「で、どのくらい違うんだい?」


「品次第だけど、二倍から三倍。」


「三倍かい!」


「鮮度が保てるなら、もっと行くものもあるわ。」


 その時点で、村人たちの目の色が少し変わった。


 ミレイユは次に薬草の乾燥棚を見た。


 リーナが案内している。


「ここです。」


「……ふむ。」


 ミレイユは棚に並んだ薬草を、一本ずつかなり真剣に見ていった。

 葉の色。

 乾き方。

 束ね方。

 茎の長さ。


「悪くないわね。」


「本当ですか?」

 リーナが少し嬉しそうに言う。


「ええ。

 雑に干してるように見えて、風の通し方はいい。」


「雑に見えるんですね……。」


「見えるわ。」

 ミレイユはきっぱり言った。

 「でも結果は悪くない。」


 その言い方が、いかにもミレイユらしい。


 リーナは少しだけむっとしたが、その後すぐに聞き返した。


「じゃあ、もっとよくするにはどうしたら。」


 そこでミレイユが少しだけ目を細めた。


 競う気がある。

 悔しいと思いながらも、ちゃんと聞く。

 この子はやはり、ただ柔らかいだけではない。


「束ねる幅を揃えること。」


「はい。」


「葉先が重ならないように吊るすこと。」


「はい。」


「あと、乾燥前と乾燥後で分けて包みを変える。」


「包み。」


「今のままだと“村の薬草”で終わる。」

 ミレイユは薬草をそっと戻した。

 「でも、きちんと揃えれば“選別された高品質の薬草”になる。」


 リーナはしばらくその言葉を噛みしめていた。


「……すごいですね。」


「何が?」


「そこまで見えるのがです。」


 ミレイユは少しだけ黙ってから言った。


「見えるというより、見てきたのよ。」


 それは自慢ではない。

 積み重ねの重さがそのまま出た声だった。


 リーナは小さく頷いた。


「私、最初は。」


「何?」


「もっと嫌な人かと思ってました。」


 ミレイユの眉がぴくりと動く。


「正直ね。」


「ソータさんの隣にいたので。」


 それもまた、ずいぶん正直だった。


 ミレイユは一瞬だけ視線を逸らし、それから少しだけ笑った。


「それはお互い様でしょう。」


「……そうですね。」


 二人の間に、昨日までとは違う静かな空気が流れた。

 まだ仲良しではない。

 でも、一方的に突っ張るだけの関係でもなくなっている。


 ミレイユはそのまま蜂の巣箱も見た。


「蜂蜜はかなりいいわ。」


「本当かい?」

 村の養蜂をしている老人が身を乗り出す。


「ええ。

 香りが強い。

 花の癖も悪くない。」


「売れるか?」


「容器次第。」


「またそこかい。」


「そこよ。」


 ミレイユは空の壺を持ち上げた。


「この大きさだと日常品に見える。」


「日常品じゃないのかい?」


「村ではそうでも、王都では違う。」


 そして壺を置き、指先で小さく幅を作る。


「このくらいの小瓶に詰めれば、“上等な蜂蜜”になる。」


「少なく見えるじゃないか。」


「少ない方が高く売れる時もあるの。」


 村人たちは、またしてもぽかんとした。


 マルタはその横で、もう半分笑っていた。


「いやあ、あんた面白いねえ。」


「面白くはないわ。」


「面白いよ。」

 マルタはにやりとする。

 「うちの村のものを、こんなふうに見た人はいなかった。」


 ミレイユはそこで少しだけ真面目な顔になった。


「いいものはあるのよ。」


「ふん。」


「ただ、届いていないだけ。」


 その言葉は、ソータの力を見た時にミレイユが感じたことと繋がっていた。


 物がある。

 価値もある。

 でも届かなければ、なかったのと同じだ。


 だから運ぶ。

 だから繋ぐ。

 だから商会が必要になる。


 ミレイユの中では、それがもうはっきり一つに繋がっていた。


     ◇


 昼前になる頃には、村人たちの態度はかなり変わっていた。


 最初は、

「都会の偉い商会の人。」

 だった。


 それが今は、

「この村のものを本気で売る方法を考えてくれる人。」

 になりつつある。


 酒場の亭主に至っては、すっかり上機嫌だった。


「この調味料、昨日の肉に使ったら村の男どもが全部皿まで舐めそうな勢いだったぞ!」


「それはよかったわ。」


「よくない!」

 亭主が笑いながら首を振る。

 「足りなくなる!」


「なら次はもっと運ぶことね。」


「それができりゃ苦労しねえんだが……。」


 そこで亭主の視線が、少し遠くの森の方へ向いた。

 ゴブリンの問題が残っている限り、この村の未来はまだ細い。


 ミレイユもその視線の意味はわかった。


「だからまずは、そっちを片づけるのよ。」


 静かにそう言うと、亭主は頷いた。


「ソータさん、無茶しなきゃいいがな。」


 その言葉に、ミレイユの胸が少しだけざわつく。


(無茶しないで。)


(ちゃんと戻ってきて。)


 昨日、自分でも口にしたはずの言葉が、今また胸の中で繰り返される。


 商会のこと。

 村の契約。

 特産物の流通。


 考えることは山ほどある。

 でも、その全部の中心にあの男がいる。


 それを思うと、苛立つような、落ち着かないような、甘いような、妙な気持ちになる。


(もう。)


(完全に重症じゃない……。)


 リーナがその横顔を見て、少しだけ笑った。


「心配なんですね。」


 ミレイユは一瞬だけ言葉を詰まらせた。


「……ええ。」


「そうですよね。」


 リーナは少しだけ遠くを見る。


「私もです。」


 その一言に、ミレイユは返事をしなかった。

 できなかった。


 その気持ちはたぶん、痛いほどわかる。


 だからこそ、軽く触れたくなかった。


 ただ、しばらく黙ったあとで、ぽつりと言う。


「戻ってきたら、ちゃんと働かせるわ。」


「ふふ。」

 リーナが小さく笑う。

 「ソータさん、たぶん嬉しいと思います。」


「どうして?」


「必要とされるの、好きそうだから。」


 その言い方に、ミレイユは少しだけ目を見開いた。

 そして、ゆっくり頷く。


「……そうね。」


 それもまた、リーナが知っていて自分が今覚えたことだった。


 悔しくないと言えば嘘になる。

 でも、その積み重ねを無視するほど浅くもなれなかった。


 村の中に、ソータが作ってきた時間がある。

 それはちゃんと本物だ。


 だからミレイユは、その上へ自分の時間も積むしかない。

 横から奪うのではなく。

 ちゃんと、隣へ立つ形で。


 そう思った時、村の外れの方から人の声が上がった。


「戻った!」


「ソータさんたちだ!」


 村の空気が、一気に動く。


 ミレイユも、リーナも、マルタも、同時に顔を上げた。


 森へ向かった男たちが、帰ってきた。


 何を見て。

 何を持ち帰ったのか。


 その答えが、いよいよ村へ落ちてくる。

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