第36話:村へ戻る道で、いよいよ逃げ場がなくなってきた
魔物の群れを退けたあと。
馬車は再び、村へ向かって進み始めた。
揺れる車輪。
土の道。
左右の林。
その中で、護衛たちの視線だけがさっきまでとは少し変わっていた。
理由はもちろん、ソータだ。
「……いや、普通あんな量は入らないだろ。」
盾役の男がまだ納得していない顔で言う。
「ですよね。」
斥候役の青年も頷く。
「収納魔法って、もっとこう……小袋に何個か入る程度じゃ?」
「本来はそうよ。」
弓使いの女が肩をすくめる。
「少なくとも、魔物をまとめて消すのは見たことがないわ。」
その話を、ミレイユは少し得意そうな顔で聞いていた。
「でしょう。」
またそれだ。
妙に誇らしげである。
ソータは苦笑した。
「ミレイユが褒められてるわけじゃないんだけどね。」
「私が見つけた人材です。」
「人材。」
「ええ。」
言い切る声はいつも通りきれいだ。
だが、内心では別のことも思っているのが、今のソータには少しだけわかる。
(人材、か。)
(まあ仕事の話としてはそうなんだけど。)
(この人、もうちょっと別の意味も乗せてるよな、たぶん。)
一方のミレイユも、そんな自分へ気づいていた。
(人材、でいいでしょう。)
(うちの商会に必要な人材。)
(……それだけじゃないのは認めるけれど。)
馬車の中の空気は、朝よりずっと近かった。
肩が触れれば、そのままにしてしまう。
言葉がなくても気まずくない。
昨日までとは、やっぱり違う。
だがその穏やかさも、村が近づくにつれて少しずつ別の緊張に変わっていった。
ソータは窓の外を見ながら、何度か手を握ったり開いたりしていた。
「緊張してる?」
ミレイユが聞く。
「少し。」
「珍しいわね。」
「そりゃしますよ。」
ソータは苦笑する。
「護衛四人連れて。
武器も持って。
しかもミレイユまで一緒です。」
「私が一緒だと問題?」
「問題というか……。」
言葉を探して、それから正直に言った。
「いよいよ色々な意味でごまかせないなって。」
「何を?」
「村の人たちへの説明。」
「それはちゃんとしてください。」
「します。」
だが、そこで少しだけ間が空いた。
「……リーナさんへの説明も?」
その聞き方は、なるべく平静を装っていた。
だがソータにはもうわかる。
この人、かなり気にしている。
「するよ。」
「何を?」
「何を、って。」
「ちゃんと答えて。」
青い目がじっと見る。
逃がさない目だ。
ソータは少しだけ姿勢を正した。
「ミレイユが、商会として協力してくれること。」
「それだけ?」
「それと。」
ソータは少しだけ笑った。
照れくさいが、もう隠してばかりもいられない。
「大事な人だってことも。」
ミレイユが止まった。
ほんの一瞬、完全に。
「……そう。」
それだけしか返さなかった。
だが耳は赤い。
口元は少しだけ緩んでいる。
(大事な人。)
(そう言うのね、今は。)
(……反則よ。)
馬車が少し揺れたので、ミレイユはその勢いを言い訳に、そっとソータの腕へ手を添えた。
ソータも振り払わない。
むしろ、少しだけその指を包む。
前の馬車を走らせていた護衛たちは、ちらっとこちらを見て、だいたい全部察した顔になった。
(ああ、完全にまとまってるな。)
(お嬢様、昨日よりさらにわかりやすい。)
(ソータ殿の方も、だいぶ自然だしな。)
しばらく進むと、道の脇に乱れた草が増えてきた。
斥候役の青年が前方から戻ってくる。
「この先、獣道がいくつか交差しています。」
「ゴブリンの痕跡か。」
大剣使いの男が低く聞く。
「断定はできませんが、人型の足跡も混じってます。」
ミレイユの表情が仕事のものへ戻る。
「村へ着く前に、周辺の情報は整理しておきたいわね。」
「うん。」
ソータも頷いた。
馬車を止め、軽く周囲を確認することになった。
ソータは収納から縄と杭、それに昨日買った短槍を取り出す。
その動きを見て、護衛たちが改めて感心したように息を吐いた。
「本当に便利だな……。」
盾役の男が言う。
「戦場でこれをやられると、相手は相当嫌ね。」
弓使いの女も頷く。
「勇者って感じじゃないけど、嫌らしいほど強い。」
斥候役の青年が感心する。
「嫌らしいって何だ。」
ソータが苦笑する。
「褒め言葉ですよ。」
そこへミレイユが口を挟んだ。
「その通りです。」
「ミレイユまで。」
「段取りで勝つ人は強いのよ。」
それはたぶん、本気の評価だった。
ソータは少しだけ照れて頭をかく。
だが、その確認の最中に、もう一つ大きな問題が浮かんできた。
村へ入る前に、この一団をどう見せるか。
武装した護衛四人。
商会の会頭代理。
馬車二台。
荷物たっぷり。
小さな村から見れば、だいぶ物々しい。
「……先に俺だけ行って説明した方がいいかな。」
ソータが言う。
「駄目。」
ミレイユが即答した。
「早いな。」
「あなたを先に一人で行かせると、そのまま話し込んで全部後回しになりそうだもの。」
「そこまでじゃないと思うけど。」
「どうかしら。」
「どうかしら、じゃなくて。」
そこへ、弓使いの女が笑いをこらえながら言った。
「お嬢様、完全に把握してますね。」
「把握してます。」
「認めるのね。」
「ええ。」
ミレイユは平然としていた。
平然としているが、やはり機嫌は少しいい。
結局、村へ入る時はソータとミレイユが先頭の馬車へ乗ったまま、ゆっくりと進む形になった。
威圧的に見えないよう、護衛たちも武器は目立たない位置に下げる。
道の先に、見慣れた畑が見えた。
「あ。」
ソータが小さく声を漏らす。
村だ。
土の道。
低い柵。
畑。
煙の上がる家。
たった数日しか離れていないのに、妙に懐かしく見えた。
胸の奥が、少し熱くなる。
(帰ってきたな。)
その横顔を見て、ミレイユは少しだけ静かになった。
(この顔、なのね。)
(この村を見る時のソータは、やっぱり特別だわ。)
(……リーナさんがいる場所、でもあるのよね。)
そのことを思うと、胸のどこかが少しだけちくりとした。
だがミレイユは逃げない。
逃げるつもりもない。
(いいわ。)
(ちゃんと見る。)
(そして、ちゃんとここにも入っていく。)
村の入口が近づく。
そこには、ちょうど水汲みをしていた村娘が一人いた。
こちらに気づいて、目を丸くする。
武装した一団。
立派な馬車。
知らない護衛たち。
そして。
「……ソータさん?」
小さく、そう呟いた。
次の瞬間、その娘は持っていた桶を半分くらいこぼしながら村の中へ駆けていく。
「戻った!
ソータさんが戻った!」
声が響いた。
村の空気が、一気に動き出す。
ソータは思わず苦笑する。
「……派手になりそうだな。」
「そうね。」
ミレイユが静かに言う。
「大丈夫?」
「何が?」
「いや、色々。」
ミレイユはそこで、ほんの少しだけソータの手に触れた。
馬車の陰で、誰にも見えないくらいに。
「大丈夫。」
その声は、少し強かった。
こうして。
王都とグランデリアを経て強化された一団は、ついに村へ戻ってきた。
ここから先は、また別の意味で騒がしくなる。
特に。
リーナがこの馬車を見た時、どんな顔をするのか。
それを思うと、ソータは少しだけ、ミレイユはかなり、落ち着かなくなっていた。




