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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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32/193

第32話:王都で武器を揃えたら、いよいよ村へ戻る話が現実になった

 朝食のあと。


 クラウゼン家の屋敷は、急に戦支度の空気になった。


 使用人たちが箱を運ぶ。

 護衛たちが装備を整える。

 ミレイユは帳面と書類を片手に、次々と指示を飛ばしていた。


「その箱は王都支店へ。」


「こっちはグランデリアへ回します。」


「護衛は四人。

 軽装ではなく、森に入れる装備で。」


 朝の寝起きで背中にくっついていた人と、今の人が同一人物だとは思えないくらい、仕事の顔がきれいに切り替わっている。


(すごいなあ。)


(ほんとに有能なんだよな、この人。)


(なのに夜になるとああなるのが不思議だ。)


 ソータがそんなことを考えていると、ミレイユが振り向いた。


「ソータ。」


「はい。」


「何を見ているのですか。」


「いや、すごいなと。」


「何がですか。」


「切り替えが。」


 ミレイユは一瞬だけ黙った。

 それから、わずかに視線を逸らす。


「仕事中ですから。」


「ですよね。」


(照れてるな、今。)


 一方のミレイユの方も、内心は少しだけ落ち着かなかった。


(ソータ、って呼ぶのはもう決めた。)


(昨日そう言ったのだから、今さら戻れない。)


(でも、こうして昼間に普通に呼ぶと、思っていたよりずっと恥ずかしいわね。)


(向こうが自然に返してくるのも、何かずるい。)


 そこへ、父エドワードが現れた。


「武器屋へ行くのだろう。」


「はい。」

 ミレイユが答える。


「王都南区のラングレス武器商へ行け。」


「ラングレス。」


「実戦向きの品が多い。

 見栄えだけの貴族向けではない。」


 さすがに仕事の話になると、エドワードは無駄がない。


 ソータは素直に頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「礼は結果を持ち帰ってからでいい。」


 そう言いながらも、エドワードの目は完全に別のことも考えている顔だった。


(いい。)


(素直だ。)


(娘の横に置いても見劣りしない。)


(しかも、あの能力。)


(やはり婿だな。)


 ソータはそこまで読めない。


(仕事に厳しい人だな。)


(でも嫌な感じじゃない。)


(完全に商人の親父さんって感じだ。)


 母オリヴィアは、そんな空気をふわっと壊すように笑った。


「ソータさん。」


「はい。」


「ミレイユのこと、あんまり無理させないでね。」


「はい。」

 ソータは爽やかに答えた。

 「ちゃんと見てます。」


 姉二人がそろって吹き出した。


「見てます、だって。」


「もうだいぶ自然なのよねえ。」


「お姉様たち。」

 ミレイユが低く言う。


 だが姉たちはまったく怯まない。


「だって事実でしょう。」


「そうそう。」


「ソータさん、妹はね。」

 上の姉がにこやかに言う。

 「強そうに見えて、変なところで無茶するから気をつけて。」


「気をつけます。」


「あと、意地っ張りだから。」

 下の姉も続く。


「そこも見てます。」


 また言ってしまった。

 しかも爽やかに。


 ミレイユは完全に真っ赤になる。


(何でそんなに自然にそういう返事をするのよ!)


(意味が違うってわかっていても、聞いてるこっちは困るでしょう!)


 ソータはソータで、まだ半分ずれていた。


(ミレイユ、やっぱり家族にもそう見られてるんだな。)


(仕事のことだよな、たぶん。)


(有能だけど、たしかに無茶はしそうだし。)


 こうして、両者の認識は今日も元気に噛み合っていなかった。


     ◇


 王都南区のラングレス武器商は、いかにも実用品の店という感じだった。


 剣。

 槍。

 短剣。

 弓。

 盾。

 簡易鎧。


 どれも豪華さではなく、使うために並んでいる。

 ソータは店へ入った瞬間に少し安心した。


「こういう方が落ち着きます。」


「見栄えだけの品では意味がありませんから。」

 ミレイユが言う。


 店主は無骨な男だった。

 最初はミレイユへ頭を下げ、次にソータをじろりと見た。


「森へ入る装備だと聞いた。」


「はい。」

 ソータが答える。


「相手はゴブリンと、他に中型の魔物が少し。」


「剣は使えるのか。」


「正直、そこまで慣れてません。」


「槍は。」


「手製なら。」


「手製。」


 店主が呆れたような、少しだけ面白がるような顔になる。


「なら、最初は無理に剣一本へ寄せるな。」


 結局、ソータは次のような装備を揃えることになった。


 丈夫な短槍。

 腰へ差せる実戦向きの剣。

 予備の短剣。

 軽めの革鎧。

 腕当て。

 少し大きめの丈夫な縄。


「罠も使うんです。」

 ソータが言うと、店主がにやりとした。


「ならその縄は正解だ。」


 ミレイユは横で、ソータが武器を持つ様子を静かに見ていた。


 剣の握り方はまだぎこちない。

 だが、槍や縄を手にした時の動きは妙にしっくり来る。


(勇者ではないわね。)


(でも、この人はたぶん真正面から斬り込むタイプじゃない。)


(段取りを組んで、必要なものを必要なところへ置いて勝つ。)


(そういう戦い方なら、きっと強い。)


 ソータの方も、少しだけ気持ちが変わっていた。


 今までは、その場しのぎの手製武器だった。

 けれど、ちゃんとした装備を身につけると、ようやく本当に向かうべき場所へ向かう感じがする。


「……これで、だいぶ違いますね。」


「そうでしょう。」

 ミレイユが答える。


「ありがとうございます。」


「私にではありません。」


「でも王都へ連れてきてもらわなかったら、ここへも来てません。」


 その言葉に、ミレイユは少しだけ言葉を止めた。


 それから、何でもない顔で言う。


「……感謝は受け取っておきます。」


(今のはちょっと嬉しい。)


(いや、ちょっとではないかもしれない。)


 護衛四人とも合流した。


 一人は大剣使いの寡黙な男。

 一人は弓に長けた女。

 一人は斥候役らしい軽装の青年。

 最後の一人は盾役の大柄な男。


 どれも、見るからに街道警備ではなく実戦慣れしている顔ぶれだった。


 ソータは内心で少し安心する。


(これなら、村だけでどうにかするよりずっといい。)


(ありがたいな、本当に。)


 準備を終えたあと、王都支店へ戻る途中。

 ミレイユが何気ない顔で言った。


「今夜は、王都からグランデリアへ戻ります。」


「今夜のうちにですか?」


「ええ。」


「そこから村へ。」


「明日には行けるでしょう。」


 かなり早い。

 だが、ソータには《夜間高速運送》がある。

 グランデリアと村の往復も、もう以前とは意味が違う。


 ソータは少しだけ空を見上げた。


 王都の空は高い。

 昼の光の下では、昨夜のきらびやかさとは違う顔をしている。


 その先に、村の空がある。

 リーナがいて、マルタがいて、ゴブリンの集落がある。


 ようやく戻るのだ。

 しかも、今度は一人ではない。


「……よし。」


「何ですか。」

 ミレイユが聞く。


「いや、やることがはっきりしてきたなと。」


「そう。」


「武器もある。

 人手もある。

 あとは帰るだけです。」


 ミレイユは一瞬だけ黙ってから、静かに答えた。


「ええ。」


「帰りましょう、ミレイユ。」


 その呼び方はもう自然だった。

 ミレイユの方も、もう前みたいには驚かない。

 ただ、少しだけ口元がやわらかくなる。


「ええ、ソータ。」


 それだけのやり取りが、妙にしっくりくる。


 この二人は相変わらず噛み合っていない。

 でも、噛み合わないまま進む距離は、もうかなり近くなっていた。


 王都は、そろそろ終わる。

 次に待つのは、ゴブリン討伐だ。


 けれど、その前に。


 もう一度だけ夜が来る。

 そして、たぶんその夜もまた、ミレイユは色々な意味でソータを落ち着かせてはくれないのだろう。

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