第32話:王都で武器を揃えたら、いよいよ村へ戻る話が現実になった
朝食のあと。
クラウゼン家の屋敷は、急に戦支度の空気になった。
使用人たちが箱を運ぶ。
護衛たちが装備を整える。
ミレイユは帳面と書類を片手に、次々と指示を飛ばしていた。
「その箱は王都支店へ。」
「こっちはグランデリアへ回します。」
「護衛は四人。
軽装ではなく、森に入れる装備で。」
朝の寝起きで背中にくっついていた人と、今の人が同一人物だとは思えないくらい、仕事の顔がきれいに切り替わっている。
(すごいなあ。)
(ほんとに有能なんだよな、この人。)
(なのに夜になるとああなるのが不思議だ。)
ソータがそんなことを考えていると、ミレイユが振り向いた。
「ソータ。」
「はい。」
「何を見ているのですか。」
「いや、すごいなと。」
「何がですか。」
「切り替えが。」
ミレイユは一瞬だけ黙った。
それから、わずかに視線を逸らす。
「仕事中ですから。」
「ですよね。」
(照れてるな、今。)
一方のミレイユの方も、内心は少しだけ落ち着かなかった。
(ソータ、って呼ぶのはもう決めた。)
(昨日そう言ったのだから、今さら戻れない。)
(でも、こうして昼間に普通に呼ぶと、思っていたよりずっと恥ずかしいわね。)
(向こうが自然に返してくるのも、何かずるい。)
そこへ、父エドワードが現れた。
「武器屋へ行くのだろう。」
「はい。」
ミレイユが答える。
「王都南区のラングレス武器商へ行け。」
「ラングレス。」
「実戦向きの品が多い。
見栄えだけの貴族向けではない。」
さすがに仕事の話になると、エドワードは無駄がない。
ソータは素直に頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「礼は結果を持ち帰ってからでいい。」
そう言いながらも、エドワードの目は完全に別のことも考えている顔だった。
(いい。)
(素直だ。)
(娘の横に置いても見劣りしない。)
(しかも、あの能力。)
(やはり婿だな。)
ソータはそこまで読めない。
(仕事に厳しい人だな。)
(でも嫌な感じじゃない。)
(完全に商人の親父さんって感じだ。)
母オリヴィアは、そんな空気をふわっと壊すように笑った。
「ソータさん。」
「はい。」
「ミレイユのこと、あんまり無理させないでね。」
「はい。」
ソータは爽やかに答えた。
「ちゃんと見てます。」
姉二人がそろって吹き出した。
「見てます、だって。」
「もうだいぶ自然なのよねえ。」
「お姉様たち。」
ミレイユが低く言う。
だが姉たちはまったく怯まない。
「だって事実でしょう。」
「そうそう。」
「ソータさん、妹はね。」
上の姉がにこやかに言う。
「強そうに見えて、変なところで無茶するから気をつけて。」
「気をつけます。」
「あと、意地っ張りだから。」
下の姉も続く。
「そこも見てます。」
また言ってしまった。
しかも爽やかに。
ミレイユは完全に真っ赤になる。
(何でそんなに自然にそういう返事をするのよ!)
(意味が違うってわかっていても、聞いてるこっちは困るでしょう!)
ソータはソータで、まだ半分ずれていた。
(ミレイユ、やっぱり家族にもそう見られてるんだな。)
(仕事のことだよな、たぶん。)
(有能だけど、たしかに無茶はしそうだし。)
こうして、両者の認識は今日も元気に噛み合っていなかった。
◇
王都南区のラングレス武器商は、いかにも実用品の店という感じだった。
剣。
槍。
短剣。
弓。
盾。
簡易鎧。
どれも豪華さではなく、使うために並んでいる。
ソータは店へ入った瞬間に少し安心した。
「こういう方が落ち着きます。」
「見栄えだけの品では意味がありませんから。」
ミレイユが言う。
店主は無骨な男だった。
最初はミレイユへ頭を下げ、次にソータをじろりと見た。
「森へ入る装備だと聞いた。」
「はい。」
ソータが答える。
「相手はゴブリンと、他に中型の魔物が少し。」
「剣は使えるのか。」
「正直、そこまで慣れてません。」
「槍は。」
「手製なら。」
「手製。」
店主が呆れたような、少しだけ面白がるような顔になる。
「なら、最初は無理に剣一本へ寄せるな。」
結局、ソータは次のような装備を揃えることになった。
丈夫な短槍。
腰へ差せる実戦向きの剣。
予備の短剣。
軽めの革鎧。
腕当て。
少し大きめの丈夫な縄。
「罠も使うんです。」
ソータが言うと、店主がにやりとした。
「ならその縄は正解だ。」
ミレイユは横で、ソータが武器を持つ様子を静かに見ていた。
剣の握り方はまだぎこちない。
だが、槍や縄を手にした時の動きは妙にしっくり来る。
(勇者ではないわね。)
(でも、この人はたぶん真正面から斬り込むタイプじゃない。)
(段取りを組んで、必要なものを必要なところへ置いて勝つ。)
(そういう戦い方なら、きっと強い。)
ソータの方も、少しだけ気持ちが変わっていた。
今までは、その場しのぎの手製武器だった。
けれど、ちゃんとした装備を身につけると、ようやく本当に向かうべき場所へ向かう感じがする。
「……これで、だいぶ違いますね。」
「そうでしょう。」
ミレイユが答える。
「ありがとうございます。」
「私にではありません。」
「でも王都へ連れてきてもらわなかったら、ここへも来てません。」
その言葉に、ミレイユは少しだけ言葉を止めた。
それから、何でもない顔で言う。
「……感謝は受け取っておきます。」
(今のはちょっと嬉しい。)
(いや、ちょっとではないかもしれない。)
護衛四人とも合流した。
一人は大剣使いの寡黙な男。
一人は弓に長けた女。
一人は斥候役らしい軽装の青年。
最後の一人は盾役の大柄な男。
どれも、見るからに街道警備ではなく実戦慣れしている顔ぶれだった。
ソータは内心で少し安心する。
(これなら、村だけでどうにかするよりずっといい。)
(ありがたいな、本当に。)
準備を終えたあと、王都支店へ戻る途中。
ミレイユが何気ない顔で言った。
「今夜は、王都からグランデリアへ戻ります。」
「今夜のうちにですか?」
「ええ。」
「そこから村へ。」
「明日には行けるでしょう。」
かなり早い。
だが、ソータには《夜間高速運送》がある。
グランデリアと村の往復も、もう以前とは意味が違う。
ソータは少しだけ空を見上げた。
王都の空は高い。
昼の光の下では、昨夜のきらびやかさとは違う顔をしている。
その先に、村の空がある。
リーナがいて、マルタがいて、ゴブリンの集落がある。
ようやく戻るのだ。
しかも、今度は一人ではない。
「……よし。」
「何ですか。」
ミレイユが聞く。
「いや、やることがはっきりしてきたなと。」
「そう。」
「武器もある。
人手もある。
あとは帰るだけです。」
ミレイユは一瞬だけ黙ってから、静かに答えた。
「ええ。」
「帰りましょう、ミレイユ。」
その呼び方はもう自然だった。
ミレイユの方も、もう前みたいには驚かない。
ただ、少しだけ口元がやわらかくなる。
「ええ、ソータ。」
それだけのやり取りが、妙にしっくりくる。
この二人は相変わらず噛み合っていない。
でも、噛み合わないまま進む距離は、もうかなり近くなっていた。
王都は、そろそろ終わる。
次に待つのは、ゴブリン討伐だ。
けれど、その前に。
もう一度だけ夜が来る。
そして、たぶんその夜もまた、ミレイユは色々な意味でソータを落ち着かせてはくれないのだろう。




