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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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23/194

第23話:夜間高速運送は、人を運べるほど甘くなかった

 その日の夕方。


 クラウゼン商会の一角には、王都へ送る荷がきっちりまとめられていた。


 小箱に入った薬。

 割れ物の酒瓶。

 高級な香辛料。

 薄布で何重にも包まれた小さな宝飾品の箱。

 そして、ソータがグランデリアへ持ち込んだ素材の一部もある。


「これも運ぶんですか。」


「当然です。」

 ミレイユが帳簿を閉じながら言う。

 「あなたが王都へ行くのですから、こちらの荷も一緒に送らない理由がありません。」


「まあ、そうですね。」


(商人だなあ。)


(いや当たり前なんだけど、こういうところ本当に抜け目ない。)


 一方のミレイユは平然としていたが、頭の中では計算がすでに何周も回っていた。


(高級薬は遅らせられない。)


(香辛料も、王都の相場が上がっている今なら利益が大きい。)


(しかも試験運送としては十分な量。)


(これで成功したら、もう後戻りはできない。)


 だがそこで、ソータが少し真面目な顔になった。


「その前に、一つ確認したいです。」


「何を。」


「《夜間高速運送》って、俺以外の人間も一緒に行けるのかどうかです。」


 ミレイユの手が止まる。


「……たしかに。」


「手をつないだり、服を掴んだりすれば行けるのか。」


「行けないかもしれない。」


「そこを確認せずに、いきなり本番はまずいです。」


「同感です。」


 そこは即答だった。


 ミレイユも商人だが、それ以上に実務家だ。

 曖昧なまま大事な荷や人を動かす気はない。


「では実験します。」


「今夜ですか。」


「今夜です。」


「決断が早いですね。」


「遅い方が損をします。」


 それももっともだった。


 軽く夕食を済ませたあと。


 二人は街はずれの広場へ向かった。


 夜のグランデリアは中心部こそ賑やかだが、外れはぐっと静かになる。

 月明かり。

 低い草。

 遠くに城壁の影。


 広場と言っても、昼間は荷車の待機場所になるような、少し開けた土の空間だ。


「ここなら、多少妙な動きをしても目立ちませんね。」

 ソータが言う。


「“多少妙な動き”で済むといいのですが。」

 ミレイユが返す。


 また少し見つめ合う。


 そしてもちろん、心の中は噛み合っていなかった。


(夜の広場に二人きりか。)


(何か、ちょっと雰囲気あるな。)


(いや実験だろ。

 何を考えてるんだ俺は。)


(落ち着きなさい、ミレイユ。)


(これは仕事。

 ただの実験。

 ただの確認。)


(夜に二人で広場へ来ていること自体は、今は考えない。)


 ソータは広場の端へしゃがみ込んだ。


「何をしているのですか。」


「実験材料探してます。」


「実験材料。」


 その時、小さな虫が草の間を飛んだ。


「あ。」


 ソータはぱっと手を伸ばし、指先でそっと捕まえる。


 ミレイユが少しだけ眉をひそめた。


「それでやるのですか。」


「生き物ですし。」


「まあ、理にはかなっていますが。」


「じゃあ、まず一回屋敷まで飛んでみます。」


「ええ。」


 ソータは虫を軽く握り込んだまま、《夜間高速運送》を意識した。


 体の周囲の空気が、すっと薄くなる。

 景色が線になる。

 風も、重さも、音も遠ざかる。


 次の瞬間。


 目の前には、クラウゼン家の屋敷の門があった。


「……着いた。」


(相変わらずこの感覚、変だな。)


(速いというより、滑るんだよな。)


 ソータはすぐに手を開いた。


 虫はいなかった。


「消えたな……。」


(踏み潰したわけじゃない。)


(感触ごと消えてた。)


(次元の狭間に置いて行かれた、って感じか?)


 何とも言えない気分で、ソータは門の脇に咲いていた小さな花を一本つまんだ。

 今度は生き物ではない。


「これならどうだ。」


 再び《夜間高速運送》。


 瞬きみたいな時間のあと、ソータはまた広場に戻っていた。


 ミレイユが待っている。

 その姿を見て、ソータは少し安心した。


「どうでした。」


「虫はいなくなりました。」


「……いなくなった。」


「花は残ってます。」


 そう言って、摘んだ花を見せる。


 ミレイユはそれを見て、腕を組んだ。


「なるほど。」


「生き物は駄目ですね。」


「ええ。」


「たぶん、俺以外の人間も無理です。」


「手をつないでも。」


「たぶん置いていかれます。」


 その表現は少し怖かった。

 ミレイユも同じことを思ったらしく、小さく息を吐く。


「危険ですね。」


「かなり。」


「では、あなたが一人で荷だけ運ぶ。」


「そうなりますね。」


 話は早かった。

 さすがミレイユだ。


「王都へは、あなたが今夜のうちに向かう。」


「はい。」


「私は明日の朝、馬車で向かいます。」


「どれくらいかかるんですか。」


「ここから王都までは、馬車で四時間ほどです。」


「四時間。」


「ええ。

 だからあなたは着いたら勝手に動かず、おとなしく待っていなさい。」


「おとなしく。」


「できますか。」


「……がんばります。」


 ミレイユがじっと見る。

 ソータも見返す。


(何でそんなに疑うんだろう。)


(そんなに信用ないかな。)


(いや、女性に頼まれるとすぐ動くって昨日ばれたからか?)


(この男、“おとなしく待つ”がいちばん苦手そうなのよね。)


(困っている人がいたら勝手に荷を持ちそう。)


(しかもそれで事件に巻き込まれそう。)


(目を離すには危なすぎるわ。)


「……本当に、待っていなさい。」

 ミレイユが念を押す。


「わかってます。」


「本当に?」


「本当に。」


「変な女について行かないように。」


「何でそこなんですか。」


「何となくです。」


 それ、リーナにも言われた。

 ソータは少しだけ遠い目になった。


(そんなに危なっかしく見えるのか、俺は。)


 ミレイユは荷物の最終確認を始めた。


 小箱の数。

 封蝋の状態。

 荷札。

 宛先。


 手際がいい。

 見ていて気持ちいいくらいだ。


「これと、これと、これ。」

 ミレイユが箱を指す。

 「王都のクラウゼン商会支店宛てです。」


「はい。」


「これは急ぎの薬。

 これは香辛料。

 これは貴金属細工の試作品。」


「わかりました。」


「失くしたら困ります。」


「失くさないです。」


「壊したらもっと困ります。」


「壊さないです。」


「盗まれたら最悪です。」


「それはたぶん大丈夫です。」


「ええ、そこは安心しています。」


 その“安心している”が、少しだけ嬉しかった。

 ソータはそれを顔に出さないようにしながら頷く。


 ミレイユは腰の小袋から、金貨を二枚取り出した。


 月明かりでもわかる。

 かなりきれいな金色だった。


「王都の宿代です。」


「金貨二枚も?」


「ええ。」


「そんなに?」


「あなた、この国の金の価値をわかっていないでしょう。」


「わかってないです。」


「でしょうね。」


 ミレイユはあきれた顔をしたが、説明はちゃんとしてくれた。


「銅貨十枚で小さな食事一回分。」


「はい。」


「銀貨一枚で、普通の宿に一泊できるくらい。」


「銀貨一枚。」


「銀貨十枚で金貨一枚。」


「じゃあ金貨二枚だと……。」


「そこそこの宿なら何泊もできます。」


「そんな大金、預かれない気がしてきました。」


「預かりなさい。」


「でも。」


「でもではありません。」


 ミレイユはソータの手を取って、強引に金貨を握らせた。

 その手が少しひんやりしていて、ソータの心臓が無駄に跳ねる。


(近い。)


(いや、金貨の話だろ今。)


(でも手、きれいだな。)


 一方のミレイユの方も、平然としているようで少しだけ忙しかった。


(手が大きい。)


(旅人らしく節が目立つのに、意外と乱暴な感じはしない。)


(何を見ているの、私は。)


(ただ金を渡しているだけでしょう。)


 ミレイユはすぐに手を離した。


「王都では、安宿にしなさい。」


「はい。」


「無駄遣いしない。」


「はい。」


「変な物売りに騙されない。」


「はい。」


「女性に頼まれて、荷物持ちを始めない。」


「そこだけ具体的ですね。」


「必要だからです。」


 また見つめ合う。


(この人、やっぱりそこを気にするんだな。)


(何ででしょうね。)


(いや、ちょっと嬉しいとか思うな俺。)


(何でこんなに言い含めてるのかしら、私は。)


(まるで妻みたいじゃない。)


(……違う違う違う。)


 ソータは荷を全部収納し終えた。


 王都宛ての荷物。

 自分の武器代。

 少しの食料。

 それから、金貨二枚。


「じゃあ、行ってきます。」


「ええ。」


「明日の朝ですよね。」


「朝一番で出ます。」


「王都で待ってます。」


「本当に、おとなしく待っていてください。」


「努力します。」


「努力ではなく実行です。」


 最後まで厳しかった。

 だがその声の奥には、少しだけ心配も混ざっていた。


 ソータはそれを何となく感じて、少しだけ笑った。


「ミレイユさん。」


「何ですか。」


「ちゃんと待ってます。」


 その言い方が妙に穏やかで、ミレイユは一瞬だけ言葉を失った。

 それから、ほんの少しだけ視線を逸らす。


「……なら、いいです。」


 夜風が吹いた。


 広場の草が揺れ、月が少し雲に隠れる。

 次の瞬間、ソータの体はまた、夜の道へ溶けるように消えていった。


 残されたミレイユは、その場でしばらく立ち尽くしていた。


(行ったわね。)


(本当に、一瞬。)


(何度見てもおかしい。)


(そして、いないと少し静かすぎるのも困る。)


 そこまで考えて、ミレイユははっとする。


(何を考えているの、私は。)


 だが、その疑問に答えを出す暇はなかった。

 明日の朝には自分も王都へ向かわねばならない。

 仕事は山ほどある。


 それでも。


 広場に一人立つ彼女の胸には、商人としての計算とは少し違う熱が、確かに残っていた。

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