↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/199

第22話:商会を見せられたら、自分の力が村どころの話じゃなかった

 昼を回る頃には、ソータは完全に妙な気分になっていた。


 屋敷の使用人たちが、やたら丁寧だ。


 丁寧なのはいい。

 むしろありがたい。


 ただ、その丁寧さの奥に、何かこう。

 「もう知ってます。」

 みたいな空気がある。


(何を知ってるんだろうな。)


(いや、たぶん昨夜の誤解なんだろうけど。)


(何もなかったんだけどな……。)


 そう思いながら歩いていると、前を行くミレイユが振り返った。


「何をぶつぶつ言っているのですか。」


「いえ。」


「いえ、ではありません。」


「使用人さんたちが、妙に優しいなと。」


「あなたが客だからでしょう。」


「そうですかね。」


「そうです。」


 答えはきっぱりしていた。

 だが、その耳がほんの少し赤い。


(絶対、少しは自覚あるだろ。)


 一方のミレイユの頭の中は、相変わらず落ち着かなかった。


(優しい、ではないわ。)


(勝手に盛り上がっているだけよ。)


(まったく、余計なことを。)


(……でも、否定するために一人ずつ説明して回るのも面倒ね。)


(面倒だから放っているだけ。)


(そう。

 それだけ。)


 そう自分へ言い聞かせながら、ミレイユは大きな倉庫の扉を開いた。


「こちらです。」


「おお。」


 ソータは思わず声を漏らした。


 広い。


 とにかく広い。


 木箱が山のように積まれ。

 樽が並び。

 干し肉、布、香辛料、乾燥豆、酒、薬草。

 種類ごとにきっちり分けられている。


 村の納屋を何十個も並べたみたいだった。


「すごいですね。」


「これで本倉庫の一つです。」


「一つ。」


「ええ。」


「倉庫って増えるんですね。」


「増えます。」


「なるほど。」


「何もなるほどではありません。」


 ミレイユは歩きながら、次々に説明した。


 この倉庫は食料中心。

 奥は乾物。

 別棟には布や高級品。

 さらに街の外にも積み替え用の保管所がある。


 ソータは最初、

「すごいな。」

「広いな。」

くらいの感想だった。


 だが説明を聞くうちに、少しずつ背筋が伸びてくる。


「この荷は、どこへ行くんですか。」


「王都です。」


「これ全部?」


「全部ではありません。

 王都行き、隣領行き、港町行き。

 行き先ごとに分けています。」


「それ、全部手作業で?」


「基本は。」


「大変ですね。」


「大変です。」


 そこは即答だった。


 ミレイユは立ち止まり、樽の列を指した。


「たとえばこの酒。」


「はい。」


「王都で売れば、ここより高くなります。」


「そうでしょうね。」


「ですが途中で割れる。

 遅れる。

 盗まれる。

 あるいは雨で道が悪くなる。」


「はい。」


「そうすると、利益は簡単に消えます。」


 次に、乾燥肉の棚を指す。


「これはまだいい方です。」


「乾物だからですか。」


「ええ。

 ですが薬草や肉、生乳、果物は違う。」


 さらに奥へ進み、薬草の部屋へ入る。


 乾かしてあるものもあるが、生のままならもっと価値が出るとミレイユは言った。


「鮮度が保てるなら、商売が変わる。」


「《保冷》ですね。」


「ええ。」


 ミレイユはそこで、じっとソータを見た。


「あなたは、自分がどれだけ危険なことをしているかわかっていません。」


 またそれだ。

 危険。

 価値。

 商会。

 ミレイユは何度も同じ方向の話をしてくる。


 ソータは少し考えてから答えた。


「運ぶだけなんですけどね。」


 その瞬間、ミレイユが額へ手を当てた。


「そこです。」


「そこ。」


「“運ぶだけ”で済む世界なら、商会は半分いりません。」


「そんなにですか。」


「そんなにです。」


 かなり真面目に言われた。


 また見つめ合う。


 当然、心の中は噛み合っていない。


(そんなにすごいかなあ。)


(便利なのはわかるけど。)


(村で荷運びしてる時と、やってることは同じなんだけどな。)


(この男、本当にわかっていない。)


(だから危険なのよ。)


(誰かに口先で丸め込まれたら、国ごと動く。)


(駄目。

 やっぱり私の目の届くところに置きたい。)


「……。」


「……。」


「何ですか。」

 ソータが聞く。


「いえ。」

 ミレイユが返す。

 「どうやってそこまで無自覚でいられるのか、不思議なだけです。」


「褒められてます?」


「褒めてはいません。」


「ですよね。」


 倉庫を出たあと、ミレイユは帳場へソータを連れて行った。


 机の上には帳簿が何冊も積まれている。

 数字。

 名前。

 日付。

 荷の種類。


 ソータは見ただけで目が滑った。


「これは。」


「現実です。」


「重いですね。」


「数字はいつも重いものです。」


 ミレイユは一冊を開き、ある日の記録を見せた。


「この日の遅延。」


「はい。」


「大雨で街道が使えず、二日止まりました。」


「二日。」


「それだけで、売値が落ちて、追加の宿代が出て、護衛費もかさむ。」


「うわ。」


「うわ、ではありません。」


「いや、でも気持ちはうわです。」


 ソータがそう返すと、ミレイユは一瞬だけ黙ったあと、少しだけ口元をゆるめた。


「……まあ、うわ、ですね。」


「ですよね。」


 それだけで、少し距離が縮んだ気がした。


 ミレイユはさらに別の帳簿を開いた。


「逆に、予定より早く着けばどうなると思いますか。」


「高く売れる。」


「そうです。」


「鮮度もいい。」


「そうです。」


「相手の信用も上がる。」


「そうです。」


「気持ちいい。」


「最後だけ雑です。」


「でも大事じゃないですか。」


「……否定しません。」


 そこでソータは、ようやく少しだけ実感した。


 村で薪を運ぶ。

 干し草を納屋へ入れる。

 薬草を間に合わせる。


 あれを、もっと大きな単位でやっているのが商会なのだ。


 荷が止まれば、人の暮らしが止まる。

 それは村でも街でも同じだった。


 ただし、規模が違う。

 何十倍も、何百倍も。


「……なるほど。」


「今度は本当に、なるほど、ですか。」


「はい。」


 ソータは静かに頷いた。


「俺の力、村で便利とかそういう話じゃないんですね。」


「ようやくですか。」


「ようやくです。」


 ミレイユは腕を組んだ。

 その顔は満足そうでもあり、困ったようでもある。


「遅いです。」


「すみません。」


「謝ることではありません。」


「でも、ちょっと驚きました。」


「私も驚いています。」


「ミレイユさんが?」


「ええ。」


「何にですか。」


 ミレイユは一瞬だけ言葉を選ぶように黙った。


 本当のことを言うなら、

あなたの能力の規模にも。

あなたの無自覚さにも。

そして、自分がここまでこの男を気にしていることにも。


 だが、そこまで全部は言わない。


「……あなたが、思った以上に厄介な存在だということに。」


「厄介。」


「ええ。」


「また危険とか厄介とか言われてますね、俺。」


「そうですね。」


「もう少しいい表現はないんですか。」


「探しています。」


 その返しが少しおかしくて、ソータは笑った。

 ミレイユもほんの少しだけ釣られて笑う。


 その時。


 帳場の横を、若い女書記が通りかかった。

 手に書類を抱えていて、ソータを見るなりぱっと顔を明るくする。


「あ、昨日の――」


 そこまで言いかけた瞬間。

 ミレイユの視線が飛んだ。


 静かに。

 だがかなり強く。


 女書記の口が閉じる。


「……失礼しました。」


 そのまま、すっと去っていった。


 ソータは首をかしげる。


「今の人、何で謝ったんでしょう。」


「さあ。」


「またですか。」


「またです。」


 ミレイユは平然としていた。

 しかし内心はまったく平然ではなかった。


(何であの子、あんな顔をするのかしら。)


(書類を持っていただけでしょう。)


(その“あ”は何。)


(いちいち気になる自分も嫌だわ。)


 ソータはそこまで読めない。

 読めないが、何となく察し始めてはいた。


(この人、もしかして。)


(いや、まさかな。)


(でも、俺が他の女の人と話すと空気がちょっと冷えるんだよな。)


(気のせい……ではない気がする。)


 そこでまた、二人の目が合う。


(いや、やっぱり綺麗だな。)


(またそんな顔をする。)

(本当に無防備ね、この男。)


 ミレイユは、そこで一つ決めた。


「今夜、試します。」


「何をですか。」


「《夜間高速運送》です。」


「王都行きですか。」


「ええ。」


 声が少し低くなる。

 仕事の顔だった。


「少量でいい。

 高くて、急ぎで、絶対に遅らせたくない品を運びます。」


「なるほど。」


「それで結果が出れば、あなたの価値はさらに跳ね上がる。」


「さらっと怖いこと言いますね。」


「事実です。」


 ソータは息を吐き、少しだけ肩を回した。


「じゃあ、やりましょう。」


「ええ。」


 この一晩で、世界がまた少し変わる。

 ミレイユはそう確信していた。


 そしてその確信の奥で、別の熱もまた静かに強くなっていた。


 この男を、誰にも渡したくない。


 商会のため。

 取引のため。

 効率のため。


 そう言い訳はいくらでもできる。


 だが本当はもう、自分でも少しわかり始めていた。


 理由はそれだけではないのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。