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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第19話:恐ろしく酒に強い美女と、まったく勝負にならなかった夜

 酒場の料理はうまかった。


 焼いた肉は香ばしく。

 豆の煮込みは濃く。

 黒パンは見た目よりずっと食べやすい。


 そして何より、酒が強かった。


「……これ、結構きますね。」


 ソータが正直にそう言うと、向かいのミレイユは平然と杯を傾けた。


「この店の酒は強い方です。」


「先に言ってください。」


「今、言いました。」


「飲む前に欲しかったです。」


「もう遅いですね。」


 顔色一つ変わらない。


 いや、変わっていないどころか。

 最初から最後まで、ほぼ同じ温度で座っている。


(強いな、この人。)


(本当に強い。)


(酒樽と友達なのかもしれん。)


 一方のミレイユは、目の前のソータを冷静に観察していた。


 杯を重ねるたびに、頬が少し赤くなる。

 声が少しやわらかくなる。

 目元がゆるむ。


(……弱いわね。)


(想像以上に弱い。)


(緊張もあったのでしょうけれど、それにしても回るのが早い。)


(でも、酔うと顔がさらにいいわね。)


(違う。

 今はそこではない。)


「ソータ。」

 ミレイユが言った。

 「あなた、普段からそんなに飲む方ではありませんね。」


「うーん……。」


 ソータは少し考える仕草をしてから、ふわっと笑った。


「たぶん、普段はもうちょっと強いです。」


「その“たぶん”が危ないのです。」


「そうかもしれません。」


 返事がやけに素直だ。


 そして素直なまま、もう一杯いこうとする。

 ミレイユは無言でその手を止めた。


「ここまでにしなさい。」


「え。」


「もう十分です。」


「でも、ミレイユさん全然酔ってないじゃないですか。」


「私はいいのです。」


「ずるいですね。」


「何がですか。」


「きれいな人が強い酒を平気で飲んでるの、ずるいです。」


 ミレイユの手が、ぴたりと止まる。


 数秒、沈黙。


 ソータは言ったあとで、自分でも少しだけ首をかしげた。


(あれ。)


(今、何か変なこと言ったか?)


(言った気はする。)


 一方のミレイユの頭の中は、まったく別方向に忙しかった。


(きれいな人。)


(酔うと、こういうことをさらっと言うのね。)


(計算ではない顔をしているのが厄介だわ。)


(しかも声が妙に本気っぽい。)


(……危ない男。)


 ミレイユは咳払いを一つした。


「褒めても、追加の酒は出しません。」


「褒めたつもりだったんですけど。」


「でしょうね。」


「伝わりました?」


「ええ、腹立たしいくらいに。」


「何で腹立たしいんですか。」


「さあ。」


 そのやり取りだけで、また二人はしばらく見つめ合った。


 周囲の客から見れば、ずいぶん親しい男女に見えただろう。

 だが心の中は、やはりまるで噛み合っていない。


(酔ってても綺麗だな、この人。)


(酔わせると危険ね、この男。)


 料理を食べ終わる頃には、ソータはかなり危うかった。


 椅子にもたれる時間が増え。

 目線が少し定まらず。

 言葉の切れ目も遅い。


「ソータ。」


「はい。」


「歩けますか。」


「たぶん。」


「その返事は信用できません。」


「ひどい。」


「現実です。」


 立ち上がらせてみる。

 一歩は歩ける。

 二歩目で少しふらつく。


「……駄目ですね。」


「まだいけます。」


「いけていません。」


「いけてるつもりはあります。」


「つもりの問題ではありません。」


 ミレイユは額を押さえた。


(弱い。)


(本当に弱い。)


(これを一人で宿へ放り出したら、絶対にどこかで寝る。)


(もしくは絡まれる。)


(駄目。

 この男は今夜、確保しないと危ない。)


 酒場の外へ出ると、夜風が少し冷たかった。

 だがソータにはあまり効いていないらしい。


「グランデリア、いい街ですね……。」


「酔って言うことではありません。」


「でも灯りがきれいで。」


「そうですね。」


「ミレイユさんもきれいで。」


「……。」


「何で黙るんですか。」


「黙りたくなったからです。」


 ちょうど通りがかった夜警に、ミレイユは声をかけた。


「あなたたち。」


「はっ、クラウゼン様。」


「この人を屋敷まで運んで。」


「酔客ですか。」


「大事な取引相手です。」


「承知しました。」


 ソータはその会話を、半分くらいしか理解していなかった。


「大事な……取引相手……。」


「そうです。」

 ミレイユが答える。


「それ、いい響きですね。」


「今のあなたは静かに運ばれていなさい。」


「はい……。」


 やけに従順だった。


 護衛二人に支えられ、ソータはふらふらとクラウゼン家の屋敷へ運ばれていく。

 途中で一度だけ立ち止まり、空を見上げた。


「月が、二つありますね。」


「一つです。」

 ミレイユが即答する。


「ほんとだ。」


「見えていないのですね。」


「ミレイユさんは、ちゃんと一人に見えます。」


「そうですか。」


「それはよかったです。」


 自分で言っておいて、ソータは少し笑った。

 ミレイユは何も言わなかった。

 言わなかったが、耳がほんの少し赤くなっていた。


(酔っ払いは本当に厄介ね。)


(でも、このくらい真っ直ぐな方が危険かもしれない。)


 屋敷へ戻ると、使用人たちが慌てて出迎えた。


「お、お嬢様。」


「湯を。

 それと、この人を客室ではなく私の部屋へ。」


「は?」


 使用人たちが一斉に固まる。


 ミレイユは冷静だった。


「変な顔をしない。

 酔っていて一人では危ないのです。」


「そ、それは……。」


「いいから運びなさい。」


 逆らえる者はいない。


 ソータは柔らかなベッドへ下ろされた。

 上着も靴も、そのままでは苦しそうだったので外される。

 本人はもうほとんど夢の中だ。


「ん……。」


「静かに。」


 ミレイユがそう言うと、ソータは本当に静かになった。


 使用人たちが下がり、部屋に二人きりになる。


 広い寝室。

 厚い絨毯。

 磨かれた家具。

 大きなベッド。


 ミレイユはしばらく、眠るソータを見下ろしていた。


 長い睫毛。

 酔って少し赤い頬。

 力の抜けた口元。


(顔がいいのよね、本当に。)


(しかも無防備。)


(こんな状態で他所へ放っておくなんて、無理に決まっているでしょう。)


 自分に言い訳するように、心の中でそう言う。


 それからミレイユは、自分の髪飾りを外し、上着を脱ぎ、寝支度を整えた。


 そして当然のように、同じベッドへ入る。


 広いベッドだ。

 距離はある。

 触れ合うほど近くはない。


 それでも、同じベッドだ。


 月明かりが薄いカーテン越しに差し込み、眠るソータの横顔を照らしていた。


 ミレイユは横になったまま、その顔をしばらく見つめる。


「あなた。」


 眠っている相手に、小さく呟く。


「思ったより、ずっと危険な男ね。」


 商会にとって危険。

 流通にとって危険。

 そしてたぶん、自分にとっても。


 その意味を、ミレイユ自身まだ全部は整理できていなかった。


 だが一つだけ確かなのは。


 この男を、簡単に手放す気はもうないということだった。

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