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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第18話:有能すぎる美女に夕食へ連行された

 査定室の空気は、さっきまでより少しだけやわらいでいた。


 いや、やわらいだというより。

 ミレイユが表面上だけ、少し穏やかになったと言うべきかもしれない。


 目はまだ鋭い。

 かなり鋭い。

 でも声の調子は、最初よりずっと落ち着いていた。


「では、今夜の宿はこちらで用意します。」


「ありがとうございます。」


「感謝するのは、代金を受け取ってからになさい。」


「はい。」


「あと、王都行きの件も明日の朝に詳しく詰めます。」


「わかりました。」


 ここまで話が進んでも、ソータはまだ少し不思議だった。


(都会の商会って、こんなに親切なのか。)


(いや、素材がよかったからか。)


(それにしても、ずいぶんよくしてくれるな。)


 一方のミレイユは、じっとソータを見ていた。


(警戒心が薄い。)

(薄すぎる。)

(この条件を出されて、ここまで素直に頷く人間がいるのね。)

(でも、だからこそ余計に危ない。)

(放っておいたら、三日後には別の商会に拾われるか、変な貴族に囲われるか、その前に騙される。)

(駄目。

 絶対に私が先に押さえる。)


 またしても、二人は何となく見つめ合った。


(この人、また見てるな。)

(考え事する時、相手をじっと見る癖でもあるのか?)

(でも本当に綺麗な人だな。)

(都会は怖いけど目の保養にはなる。)


(何をそんなに素直な顔で見返してくるの。)

(自分が値踏みされているのに、少しも嫌そうじゃない。)

(こういう男、初めてだわ。)

(やりにくいのに、やりやすい。)

(何それ。)


「……何ですか。」

 ソータが先に聞いた。


「何がですか。」

 ミレイユが返す。


「また見てるので。」


「見ます。」


「そうですか。」


「見ますよ。

 こちらは大きな取引を前にしているのですから。」


「なるほど。」


「あなたは、見られていても平気なのですね。」


「そうでもないです。」


「そうは見えませんが。」


「内心は、けっこう落ち着かないです。」


 その答えに、ミレイユはほんの少しだけ目を瞬かせた。


(正直。)

(正直すぎる。)

(その手のことを言う男はたいてい計算しているのに、この人はたぶん本当にそのまま言ってる。)


 ミレイユは小さく息を吐いた。


「……夕食はまだでしょう。」


「はい。」


「私もまだです。」


「そうなんですか。」


「そうなんです。」


 言ってから、ミレイユは自分で少しおかしくなったのか、口元をわずかにゆるめた。


「近くの酒場へ行きます。」


「今からですか。」


「今からです。」


「ええと。」


「嫌ですか。」


「嫌じゃないです。」


「なら決まりです。」


 即断即決だった。

 さすが有能そうな人は違う。


(決断が早いなあ。)

(でも、助かる。)

(正直、武器屋も閉まってるし宿も決まったし、腹も減ってた。)


 一方のミレイユは、歩き出しながら考えていた。


(まずは食事。)

(会話しながら情報を取る。)

(どういう人間か。

 どこまで信用できるか。

 どこを押せばこちらへ引き寄せられるか。)

(あと酒に強いかどうかも見たいわね。)


 商会の裏口から出て、二人は夜の石畳を歩いた。


 グランデリアの夜は、村の夜とはまるで違う。


 灯りが多い。

 人も多い。

 酒場の扉が開くたびに、笑い声と肉の焼ける匂いがあふれてくる。


「賑やかですね。」

 ソータが言った。


「グランデリアですから。」

 ミレイユは当然のように答える。

 「この時間でも、まだ半分は働いています。」


「半分。」


「残りの半分は飲んでいます。」


「街っぽいですね。」


「田舎には見えませんか。」


「かなり街です。」


 その返しが少し面白かったのか、ミレイユはまたわずかに笑った。


 入った酒場は、表通りから少し外れた場所にある、落ち着いた店だった。

 騒がしすぎず、でも活気はある。

 商人や護衛らしい客が多い。


 席につくなり、ミレイユは慣れた様子で料理と酒を頼んだ。


「飲めますか。」


「少しなら。」


「少し、ですね。」


「はい。」


「本当に?」


「たぶん。」


 ミレイユはソータを見た。

 ソータも見返した。


(何で今、確認されたんだろう。)

(酒に弱そうに見えるのか?)

(いや、そこまで弱くはないと思うんだけど。)


(この“たぶん”は危ないやつね。)

(自分の限界を把握していない人の返事だわ。)

(でも、ちょうどいいかもしれない。)


 料理が来るまでの間、二人は向かい合って座っていた。

 店の灯りは暖色で、昼の査定室よりずっとやわらかい。

 そのせいか、ミレイユの顔も少し違って見えた。


 鋭いのは変わらない。

 でも、さっきより近寄りがたい感じは薄い。


「あなた、どこから来たのですか。」

 ミレイユが聞いた。


「この街からだと、かなり離れた村です。」


「名前は。」


 ソータは少し迷った。

 別に隠す理由はない。

 ただ、村をいきなり大きな商会へ結びつけるのは少し慎重になりたかった。


「小さな村ですよ。」


「答えになっていません。」


「そうですね。」


「警戒しているのですか。」


「少しは。」


 その言い方に、ミレイユは目を細めた。


「さっきまでの無防備さはどこへ行ったのですか。」


「全部無防備ってわけじゃないです。」


「それは安心しました。」


(全部無防備だと思われてたのか、俺。)


 料理が運ばれてきた。

 焼いた肉。

 豆の煮込み。

 黒パン。

 それから、濃い色の酒。


「いただきます。」


「ええ。」


 ソータがひと口食べると、思わず目が少し見開いた。


「うまい。」


「そうでしょう。」


「何でミレイユさんが誇らしそうなんですか。」


「私が選んだ店ですから。」


 その理屈はちょっとわかる。


 ソータが酒へ手を伸ばす。

 少し飲む。

 思ったより強い。


「……これ、結構きますね。」


「この店の酒は強めです。」


「先に言ってください。」


「今言いました。」


 ミレイユは涼しい顔で自分の杯も飲んだ。

 しかも、量が同じくらいなのに顔色一つ変わらない。


(強いな、この人。)

(都会の商人って酒まで仕事の一部なのか?)


「素材の量。」

 ミレイユが肉を切りながら言う。

 「あれを一人で持ち込める人間は、そう多くありません。」


「そうなんですか。」


「収納魔法自体は珍しくありません。」


「あるにはあるんですね。」


「ええ。

 ですが、あの量は別です。」


 ミレイユはそこで、真っ直ぐソータを見た。


「大賢者級の魔力でもない限り、普通は無理です。」


「大賢者。」


「心当たりは?」


「ないです。」


「でしょうね。」


 また見つめ合う。


(大賢者って何だろう。)

(すごそう。)

(でも俺、魔力ある感じしないんだよな。)

(トラックがスキル化してるだけだし。)


(本当に知らなさそう。)

(自分がどれだけ異常か、まるで自覚がない。)

(危ない。

 危なすぎる。)

(でも、この“わかってない感じ”が妙に可愛いのは何なの。)

(違う。

 今は商売。)


「あなた。」

 ミレイユが言う。

 「自分の価値を、もう少し意識した方がいいです。」


「価値。」


「そうです。」


「うーん。」


 ソータは少し考えてから、正直に答えた。


「運ぶのが得意なのはわかります。」


「それだけで済ませないでください。」


「でも実感としては、そのくらいです。」


「その“そのくらい”で、普通の商人なら血眼になるのです。」


「血眼。」


「ええ。」


「ミレイユさんもですか。」


 その質問に、ミレイユは一瞬だけ沈黙した。


 そして、杯をひと口飲んでから答える。


「……否定はしません。」


「正直ですね。」


「商人ですから。」


 その答えは、妙にしっくりきた。

 正直というより、欲しいものを欲しいと理解している人なのだろう。


 ソータはもう一口酒を飲んだ。

 そこで少しだけ、世界があったかくなった気がした。


(あれ。)

(これ、思ったより回るな。)


 一方のミレイユは、まったく変わらない顔で杯を置いた。


(弱いわね。)

(想像以上に弱い。)

(話しやすくはなるけれど、これは少し危ういわ。)

(でも、酔った時にどんな本音が出るかは見てみたい。)


「あなた。」

 ミレイユが静かに言う。

 「ちなみに、女性には甘い方ですか。」


「ぶっ。」


 ソータは危うく酒を吹きそうになった。


「な、何で急に。」


「気になったので。」


「どういう観点で。」


「商人として。」


「それ絶対ちょっと違いますよね。」


「そうかもしれません。」


 さらっと認められてしまった。


 ソータは咳き込みつつ、少しだけ耳が熱くなるのを感じた。


(何だこの人。)

(いきなり変なことを聞いてくるな。)

(でも美人にそういうこと聞かれると、妙に困る。)


「……困ってる人は放っておけない方です。」


「特に女性だと。」


「……たぶん。」


「なるほど。」


 ミレイユはにこりともせず、しかし完全に何かを納得した顔になった。


(やっぱり。)

(善人。

 しかも女性に弱い。)

(扱いやすいけれど、放っておくと本当に危ないわね。)

(絶対に変なところで利用される。)

(やっぱり私が押さえるべきだわ。)


 ソータはソータで、だんだん酔いが回ってきていた。

 頬が熱い。

 目の前のミレイユが、最初より少し近く感じる。


(きれいだなあ。)

(しかも酒が強い。)

(すごいな、この人。)

(仕事もできるし、怖いし、笑うと少しやわらかいし。)

(都会ってこういう人が普通にいるのか……?)


 また二人は見つめ合う。


 心の中では、案の定ぜんぜん違うことを考えていた。


(この人、いい人だな。)


(この男、絶対に逃がさない。)


 この二人は、たぶんこの先もしょっちゅうこうなる。

 そして今、その片鱗は酒場のテーブルの上で、すでにかなり元気に育ち始めていた。

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