第177話:王命、双子も一緒に運んでください
翌朝、ソータは王城の西門近くに設けられた臨時倉庫で、夜の城へ持っていく荷物を確認していた。
王都へ残す物資については昨日のうちに各中継所へ振り分けてあり、今日ここに並んでいるのはミレイユたちへの土産というより、夜の城側へ返す物やアルベールが持ち帰る報告書が中心だった。
もっとも、《神速積載庫》があるソータにとって、荷物の量そのものは大した問題ではない。
「これで最後?」
「はい。王都側からの書簡、教会からチャールズ様への資材使用報告、それからミレイユ様宛ての商業記録でございます。」
「チャールズにも報告書あるの?」
「夜の城で動員した骸骨兵の使用記録でございます。」
「使用記録って言われると、何か道具みたいだな。」
「ご本人方はあまり気にされないかと。」
アルベールは淡々と答えながら、最後の革袋をソータへ渡した。
ソータがそれを《神速積載庫》へ収納すると、石床に並んでいた荷物はすべて消えた。
これで準備は終わりだった。
あとは王都を出て、夜の城へ向かうだけだ。
王都の復旧状況については、朝一番でもう一度確認してきた。
北区への水運搬は担当者だけで動き、西区の中継所では今日の配給量がすでに決まっている。
公衆浴場も教会の治療所も、ソータがいなくても運用できる状態だった。
(本当に、一回くらい離れても大丈夫そうだな。)
自分で作った仕組みなのだから、それを信用しなければ意味がない。
そして何より、今のソータには別の意味でも王都から少し離れた方がいい理由があった。
昨日だけでも何人もの女性へ妙に距離を詰めてしまった。
意識して止めようとしているのに、気づけば手を取ったり、顔を覗き込んだり、相手が嫌がっていなければそのまま近づきたくなったりする。
(夜の城に行けば落ち着く……のか?)
そう考えたところで、ソータは少し不安になった。
夜の城にはミレイユがいる。
オルドアイがいる。
ルシアもいる。
(むしろ人数増えるんじゃないか?)
今さら気づいた。
「ソータ様。」
「何?」
「何やら、とても嫌なことに気づいたお顔でございますね。」
「夜の城って、本当に避難先として正しいのかなって。」
「少なくとも王都よりは、周囲の女性が限られております。」
「その限られた女性が強いんだよ。」
「そこはお気を確かに。」
「他人事だな!」
アルベールは上品に笑った。
その時、倉庫の外から複数の足音が近づいてきた。
護衛兵の歩調に混じって、聞き覚えのある声がする。
「ソータ殿。」
振り向いたソータは、まず国王の姿を見つけた。
「陛下?」
国王の後ろには王妃がいる。
そしてさらにその後ろには、エルシアとリシェラが立っていた。
そこまではいい。
問題は双子の足元だった。
二人の横には、明らかに旅用と分かる鞄が置かれている。
しかも一つではない。
リシェラの横には大きな革鞄が二つ。
エルシアの横には少し小ぶりな鞄が一つと、侍女が持つ衣装箱らしき物まである。
ソータはしばらくそれを見た。
次に双子を見る。
そして国王を見る。
「……何ですか、それ?」
「荷物です。」
リシェラが答えた。
「それは見れば分かります。」
「でしたら問題ありません。」
「いや、問題あるだろ。」
ソータの嫌な予感が一気に強くなった。
◆◇◆
国王は咳払いを一つすると、なるべく王らしい真面目な顔を作った。
「ソータ殿。出発前に頼みがある。」
「はい。」
ソータも自然に姿勢を正した。
国王から直接頼まれるのだから、復旧関係かと思った。
残党の捜索かもしれないし、夜の城まで届けてほしい書簡が増えたのかもしれない。
「エルシアとリシェラを、共に連れていってもらいたい。」
「……はい?」
ソータの返事が一拍遅れた。
「今、何て?」
「娘たちを夜の城へ同行させたい。」
「何で!?」
思わず声が大きくなった。
国王は眉を寄せたが、怒ったわけではない。
むしろ、ソータがそう反応することは予想していたらしい。
「王都は落ち着きを取り戻しつつあるが、まだ完全に安全とは言えん。グラードの所在も分からず、残党がすべて捕らえられたわけでもない。」
「それは分かりますけど。」
「王女二人が王城にいること自体、再び狙われる理由になり得る。」
そこまで聞くと、ソータもすぐには否定できなかった。
実際、反乱の最中には双子の王女も命を狙われている。
王城の警備は強化されているとはいえ、敵の全容が分かっていない以上、安全だと言い切ることはできない。
「それに、ルシア殿には正式な礼を伝える必要がある。」
国王は続けた。
「アルベール殿を救い、王都側へ力を貸してくれた吸血鬼の姫君へ、王家から何も返さぬわけにはいかん。」
「まあ、それは。」
「オルドアイ殿も一国の姫だと聞いている。そしてミレイユ殿は隣国の有力商会の娘だ。今後のことを考えれば、娘たちが顔を合わせておく意味はある。」
筋は通っている。
驚くほど通っていた。
だからこそソータは、逆に怪しく感じた。
国王の隣を見る。
王妃がにこやかに微笑んでいる。
(絶対この人だ。)
理由は分からない。
だが、ほぼ確信した。
「陛下。」
「何だ。」
「これ、王妃様から言われました?」
国王が一瞬黙った。
王妃は笑顔のままだ。
「……相談はした。」
「やっぱり!」
「何がやっぱりなのです?」
王妃が楽しそうに尋ねる。
「いや、何となく。」
「随分失礼ですね。」
「だって王妃様、昨日からこうなるの知ってましたよね?」
「さて。」
その返事で十分だった。
ソータは今度は双子を見る。
「姫様たちも昨日から知ってた?」
「はい。」
リシェラが答える。
「父上が認めてくださるかは、まだ分かりませんでした。」
エルシアが補足した。
ソータは二人の荷物を指差す。
「じゃあ何で完全に旅支度終わってるの?」
「念のためです。」
リシェラは真顔だった。
「依頼される前に?」
「準備は早い方がいいでしょう?」
「俺、まだ引き受けるって言ってないんだけど。」
「断るのですか?」
リシェラが少しだけ寂しそうな顔をした。
その顔を見た瞬間、ソータは言葉に詰まった。
(その顔はずるいだろ。)
しかも胸の奥が、じわりと熱くなる。
《男気》だ。
昨日よりさらに反応が早い。
「……いや、断るっていうか。」
「では?」
リシェラが半歩近づく。
ソータは無意識に彼女の肩へ手を置きかけた。
が、途中で止めた。
アルベールが横から静かにこちらを見ている。
(危なっ。)
「と、とりあえず話を最後まで聞くから。」
「はい。」
リシェラはなぜソータの手が途中で止まったのか分からず、少し残念そうな顔をした。
その横で、王妃だけが何かに気づいたように目を細めていた。
◆◇◆
国王からの依頼は、正式なものだった。
夜の城まで双子を安全に送り届け、数日滞在させた後、状況を見て王都へ戻す。
その間、王家からルシアへの礼状と贈り物を届け、オルドアイやミレイユとも今後の交流について話す。
護衛は最小限にする。
大人数で動けば、それだけ目立つからだ。
「アルベール殿も同行するのだろう?」
「もちろんでございます。」
「ならば余も安心できる。」
「俺は?」
ソータが聞く。
国王は少しだけ考えた。
「……信用している。」
「その間は何ですか。」
「男としては少し警戒している。」
「正直ですね!」
王妃が横で笑っている。
「あなた、ソータ様へ失礼ですよ。」
「お前が言うな。浴場で娘たちを煽っていたのは誰だ。」
「私は何もしていません。」
「していた。」
国王夫妻が小声で言い合い始めた。
その隙にリシェラがソータの横へ寄る。
「ソータ様。」
「何?」
「私たちが一緒では、迷惑ですか?」
先ほどとは違い、今度の声は少しだけ真面目だった。
ソータはリシェラを見た。
その向こうでは、エルシアも黙って答えを待っている。
「迷惑ではないよ。」
「本当?」
「うん。ただ、夜の城って結構変なところだから。」
「変なところ?」
「骸骨が普通に歩いてる。」
「それは聞いています。」
「骸骨の楽団もいる。」
「それも聞きました。」
「骸骨の執事もいる。」
「チャールズ殿でしょう?」
「知ってるんだ。」
「ルシア様のお城について調べました。」
エルシアが淡々と答えた。
「昨日の夜に?」
「必要なことですから。」
「準備良すぎない?」
双子は本気だった。
ソータは困ったように笑い、最後に国王を見る。
「分かりました。二人とも連れていきます。」
リシェラの顔が一気に明るくなる。
エルシアも大きく表情を変えなかったが、肩から僅かに力が抜けた。
「よろしくお願いいたします、ソータ殿。」
「こちらこそ。」
ソータが答えたところで、王妃が静かに娘たちへ近づいた。
「二人とも。」
「はい。」
「夜の城では、きちんと礼儀を守るのですよ。」
「分かっています。」
「ミレイユ様、オルドアイ様、ルシア様とも仲良く。」
リシェラが小さく頷く。
王妃はそこで、国王から見えない位置でほんの少しだけ娘たちへ顔を寄せた。
「特にミレイユ様ですよ。」
声も小さい。
エルシアの眉が僅かに動く。
「母上。」
「何でしょう?」
「今、何か余計な意味を込めませんでしたか?」
「気のせいです。」
「昨日と言っていることが同じです。」
リシェラだけは素直に受け取ったらしい。
「分かっています。まず仲良くなります。」
「リシェラ。」
国王が振り向く。
「何の話だ?」
「外交です。」
リシェラは即答した。
王妃が扇で口元を隠した。
エルシアは妹を見ながら、よくそんな顔で言えるものだと半ば感心していた。
◆◇◆
出発して間もなく、ソータは早くも後悔しかけていた。
理由は双子ではない。
《男気》だった。
王都の外へ出るまでの道には、まだ瓦礫が多く残っている。
主要な道は荷車が通れる程度には片づけられているが、石畳の端には砕けた石や折れた木材が残り、女性用の靴では歩きにくい場所もあった。
最初に足を取られたのはリシェラだった。
「あっ。」
「危ない。」
ソータはすぐに手を伸ばし、彼女の腕を掴んだ。
そこまではよかった。
ただ、引き寄せる力が少し強かった。
リシェラの身体がそのままソータの胸へ当たる。
「……。」
「……。」
二人とも止まった。
柔らかな感触が胸元へ触れている。
リシェラは軽装とはいえ、王女らしい衣装の下には女性らしい身体の線がある。
以前ならそんなことを意識する前に離れていた。
今は、一瞬だけ意識してしまった。
(まずい。)
ソータは慌てて支える位置を腕へ移した。
「ごめん。引っ張りすぎた。」
「い、いえ。」
リシェラの顔も赤い。
「私は大丈夫です。」
「本当に?」
「はい。」
そう答えながらも、リシェラはソータの服を掴んだままだった。
「姫様。」
「何です?」
「手。」
「あ。」
ようやく離す。
その様子を後ろから見ていたエルシアが、ほんの少しだけ目を細めた。
「リシェラ。」
「何です?」
「足元には気をつけなさい。」
「気をつけています。」
「先ほど転びかけていました。」
「でもソータ様が助けてくれました。」
「そういう問題ではありません。」
「姉様、何か怒ってます?」
「怒っていません。」
明らかに少し怒っている。
ソータは何となく嫌な予感がした。
その直後、今度はエルシアが崩れた石段を下りようとする。
ソータは考える前に手を差し出した。
「エルシア様、ここ滑るから。」
「ありがとうございます。」
エルシアが手を重ねる。
ソータはその手を握り、慎重に下へ導いた。
一段。
二段。
本来なら下り終わったところで離せばいい。
しかし手を握ったまま歩き出してしまった。
エルシアも何も言わない。
数歩進んでから、ソータがようやく気づいた。
(俺、何でまだ握ってるんだ?)
手を離そうとした。
その瞬間、エルシアの指がわずかに握り返してきた。
ソータの胸が熱くなる。
思わず横を見る。
エルシアもこちらを見ていた。
「ソータ殿。」
「何?」
「……いえ。」
それだけだった。
それだけなのに、妙に距離が近く感じる。
「姉様。」
背後からリシェラの声がした。
「もう段差は終わっていますよ。」
エルシアが静かに手を離した。
「知っています。」
「なら、どうしてまだ握っていたのです?」
「安全確認です。」
「随分長い安全確認ですね。」
「あなたに言われたくありません。」
「私は転びかけたのです。」
「本当に?」
「本当です!」
以前に何度かわざと転んだことがあるだけに、説得力が弱い。
ソータは双子の間で深く息を吐いた。
少し前を歩いていたアルベールは振り返りもしなかった。
「アルベール。」
「はい。」
「今、絶対聞いてるよな。」
「わたくしは何も。」
「その言い方は聞いてる奴だろ。」
「道中は長うございます。どうか最初からお疲れになりませんよう。」
「俺じゃなくてこの二人に言ってくれ!」
「わたくしたちは普通です。」
「普通です。」
双子の返事だけは綺麗に揃った。
◆◇◆
王都を抜けると、一行は用意された小型の馬車へ乗った。
街道そのものは通れるが、反乱の影響でところどころ荒れている。
長距離を徒歩で移動するよりは馬車の方が早く、王女たちの安全も確保しやすかった。
問題は座席だった。
荷物の大半はソータが収納しているため、車内は広い。
それなのに、なぜかソータは双子の間に座らされていた。
「何で俺が真ん中なの?」
「護衛だからです。」
リシェラが答える。
「左右どちらから危険が来ても対応できます。」
「もっと前に座った方が対応しやすくない?」
「それでは私たちから遠いです。」
「今、本音出たよね?」
「気のせいです。」
エルシアまで窓の外を見る。
「エルシア様も止めてよ。」
「座ってしまったものは仕方ありません。」
「絶対分かってやってるだろ。」
向かいの席に座るアルベールは、窓の外を眺めながら聞こえないふりをしている。
馬車が走り出した。
最初のうちは問題なかった。
しかし王都から少し離れると、街道の舗装が荒くなった。
車輪が小さな穴へ落ちるたびに車体が大きく揺れる。
「きゃっ。」
最初の大きな揺れで、リシェラの身体がソータへ倒れ込んだ。
反対側からはエルシアの肩も当たる。
「大丈夫?」
「はい。」
「問題ありません。」
ソータは二人を支えた。
また揺れる。
今度は左右から同時だった。
リシェラの腕がソータの胸へ当たり、エルシアの身体も肩へ密着する。
「……。」
ソータは正面を見る。
見ない。
意識しない。
(落ち着け。)
もう一度、馬車が跳ねた。
「わっ。」
今度はリシェラが完全にソータへ寄りかかり、ソータの腕が反射的に彼女の腰へ回った。
細い腰だった。
衣服越しでも身体の柔らかさが分かる。
しかもリシェラは、すぐには離れなかった。
「ソータ様。」
「何?」
「揺れるので。」
「うん。」
「このままでもいいですか?」
かなり危険な質問だった。
胸の奥で《男気》が熱を増す。
「……転ばないためなら。」
「はい。転ばないためです。」
リシェラは少し嬉しそうに身体を寄せた。
反対側から冷たい視線を感じる。
ソータがそちらを見ると、エルシアと目が合った。
「エルシア様?」
「何でもありません。」
「何でもない顔じゃないけど。」
「馬車が揺れるので、わたくしも少しこちらへ寄ってよろしいですか?」
「え?」
返事を待つ前に、エルシアも少し身体を寄せた。
結果。
ソータは左右から双子の王女に密接に挟まれた。
(何だこれ。)
右にはリシェラ。
左にはエルシア。
どちらも同じ金色に近い髪を持ちながら、触れた時の印象は少し違う。
リシェラは鍛えているため身体に張りがあり、腕や肩には騎士訓練の名残がある。
エルシアは柔らかな動きの中に王女らしい上品さがあり、近づくと淡い花の香りがした。
(考えるな。絶対考えるな。)
そう思うほど意識してしまう。
馬車がまた揺れた。
今度はソータの両腕が反射的に二人の腰へ回った。
双子が同時に息を呑む。
「……。」
「……。」
「……。」
車内が妙に静かになった。
アルベールだけが窓の外を見ている。
「アルベール。」
「はい。」
「何か言って。」
「安全のためでございますな。」
「その言い方やめろ!」
リシェラが小さく笑う。
エルシアも口元を押さえた。
ソータは慌てて腕を離そうとしたが、その時リシェラが小さく呟いた。
「もう少し、このままでも。」
「リシェラ。」
エルシアがすぐに名前を呼ぶ。
「何です?」
「言葉。」
「安全のためです。」
「今、明らかに別の意味が混ざっていました。」
「姉様だって離れていないでしょう。」
言われたエルシアが黙る。
確かに離れていない。
ソータは天井を見上げた。
(王都を離れれば少し安全になると思ってたんだけど。)
完全な勘違いだったかもしれない。
◆◇◆
昼過ぎ、一行は街道脇の泉で休憩を取った。
アルベールが馬の状態を確認している間、ソータたちは木陰へ移動する。
風は穏やかだったが、王都を離れるにつれて少し気温が下がってきた。
「寒くない?」
ソータはエルシアへ聞いた。
「少しだけ。」
その返事を聞いた瞬間、ソータは自分の外套を外した。
「これ使って。」
「ですが、ソータ殿が。」
「俺は平気。」
エルシアの肩へ外套を掛ける。
そのまま襟元を整えようとして、自然に手が彼女の首元近くへ触れた。
エルシアの身体が僅かに震える。
「ごめん、冷たかった?」
「い、いえ。」
近い。
ソータの指先が髪を避け、外套の襟を整える。
エルシアは動かなかった。
目の前にはソータの顔がある。
以前なら心臓が速くなっても、政治や状況のせいだと理由をつけていた。
もう、その必要はない。
(近いです。)
分かっているのに離れたくない。
ソータもエルシアの目を見た。
胸の奥で熱が強くなる。
ほんの少しだけ、顔を近づけたくなる。
(いや。)
そこで昨日の教会を思い出した。
ソータは慌てて半歩下がった。
「これで大丈夫。」
「……ありがとうございます。」
エルシアは少し残念そうに外套の端を握った。
その様子を見ていたリシェラが、すぐソータの前へ来る。
「ソータ様。」
「何?」
「私も少し寒いです。」
「姫様、さっき暑いって言ってなかった?」
「風向きが変わりました。」
「本当に?」
「本当です。」
ソータは困った。
外套は一枚しかない。
「じゃあ馬車から毛布出すよ。」
「そうではなくて。」
「何?」
リシェラは少し迷った後、自分の両腕を広げかけた。
その意味を理解したソータが固まる。
「まさか。」
「身体を温めるなら、人の体温が効率的です。」
「絶対今考えただろ、その理屈。」
「合理的です。」
「姫様が言う合理的、最近信用できないんだけど!」
エルシアが外套を着たまま額へ手を当てた。
「リシェラ。」
「冗談です。」
「半分は本気でしょう。」
「姉様には分かります?」
「双子ですから。」
「そういう時だけ便利に使わないでください。」
以前と同じ言い合いが始まる。
ソータは思わず笑った。
その瞬間、リシェラがこちらを見る。
「ソータ様。」
「何?」
「今の顔、好きです。」
「え?」
あまりにも自然に言われ、ソータが止まった。
リシェラ自身も少し遅れて恥ずかしくなったらしい。
「……笑った顔という意味です。」
「う、うん。」
「別に他の意味がないとは言っていませんけど。」
「追加しなくていいから!」
エルシアが今度は妹ではなくソータを見る。
「ソータ殿。」
「はい。」
「今のはあまり真に受けなくて結構です。」
「姉様!?」
「あなたは勢いで余計なことを言いすぎです。」
「では姉様は何も思わないのですか?」
「そうは言っていません。」
「ほら!」
「声が大きいです。」
アルベールが少し離れたところで馬の手綱を直しながら、静かに空を見上げた。
「アルベール。」
「はい。」
「助けて。」
「これはわたくしの職務範囲外でございます。」
「昨日まで監視してたくせに!」
「監視と仲裁は別でございます。」
「役に立たない!」
アルベールは上品に笑った。
◆◇◆
休憩を終え、再び夜の城へ向かう馬車が動き出した頃、ソータは窓の外へ広がる街道を眺めていた。
王都はもう遠く、壊れた建物の代わりに森と丘が続いている。
数日前まで戦場の真ん中にいたことを思えば、馬車の揺れと双子の言い争いに悩まされている今の方が、よほど平和だった。
それでも、ソータには新しい不安がある。
《男気》は明らかに昨日より強くなっている。
リシェラを抱き止めた時も。
エルシアの手を握った時も。
馬車の中で二人を支えた時も。
助けるために触れるところまでは以前と同じなのに、その後もう少し触れていたいと思う自分がいる。
そして一番厄介なのは、双子の方もそれを嫌がっていないことだった。
(アルベールが言ってた通りだな。)
相手が自分へ好意を持っているほど、《男気》も強く反応する。
夜の城へ着けば、そこにはさらに自分と深い関係を持つ女性たちが待っている。
ミレイユ。
オルドアイ。
ルシア。
(……本当に大丈夫か、俺。)
「ソータ様。」
考え込んでいたところへリシェラが声をかけた。
「何?」
「眠いのですか?」
「ちょっと考え事。」
「でしたら、肩を貸しましょうか?」
「普通逆じゃない?」
「では私が借ります。」
「何でそうなるの?」
リシェラは笑った。
その反対側では、エルシアが窓の外を見ながら口元だけ少し緩めている。
向かいではアルベールが目を閉じていた。
寝ているようにも見えるが、たぶん全部聞いている。
ソータは小さく息を吐いた。
王都から逃げれば少しは落ち着けると思っていた。
ところが実際には、王命によって双子の王女まで追加された。
しかも二人とも、以前より明らかに距離が近い。
(俺、避難する方向を完全に間違えたんじゃないか?)
夜の城は、まだ遠い。
そしてソータは知らなかった。
その城では今頃、ミレイユがアルベールから先に送られた短い報告を読んでいることを。
そこには、たった一行だけこう書かれていた。
『ソータ様の《男気》、以前より少々厄介な状態にございます。』
その一文を読んだミレイユが、どんな顔でソータの到着を待っているのか。
それだけは、夜の城へ着くまで知らない方が幸せだった。




