第170話:王女たちは、少しだけ張り合う
王都西区に作られた中継倉庫は、翌朝から本格的に使われ始めた。
もともとは染料商が使っていた石造りの建物だったが、屋根の一部を大工たちが補修し、内部の壊れた棚を片づけたことで、資材置き場として十分に使える状態になっていた。
王城から運び込まれた木材や縄、釘、油布などは種類ごとに分けられ、入口近くにはその日の使用予定を書いた簡単な板が掛けられている。
以前なら職人たちは必要な物が足りなくなるたび、王城まで取りに戻らなければならなかった。
しかし今は、西区で使う数日分の資材を中継倉庫へ置いておけば、現場から短い距離を往復するだけで済む。
ソータは朝から倉庫の中を歩き回り、積み方や通路の幅を確認していた。
「梁は奥へ寄せすぎないでください。長い物を出す時に引っかかるから。」
「こっちの板材は?」
「今日使う分は手前。予備は奥でいいです。」
大工の親方が荷札を見ながら笑う。
「こういうところは妙に細けえな。」
「荷物って、置けば終わりじゃないですから。」
「取り出せなきゃ意味ねえってか。」
「そういうこと。」
ソータは、入口から荷車までの動線を何度か歩いて確かめた。
せっかく中継場所を作っても、必要な資材が奥へ埋もれれば時間を無駄にする。
重い物と軽い物を考えずに積めば、取り出す時に怪我をする者も出る。
《神速積載庫》なら、ソータ自身はどこに何を入れても取り出せる。
けれど、ここを使うのは普通の人間たちだ。
(俺が使いやすい形じゃなくて、みんなが使いやすい形にしないとな。)
それができなければ、自分がいなくなった途端に止まる仕組みになってしまう。
ソータが入口脇の板へ新しい配置を書き足していると、外から馬車の音が近づいてきた。
王城から来た資材便だった。
荷台には木材だけでなく、工具や補修用の油布も積まれている。
ソータが手を貸そうと一歩出たところで、御者が先に声を上げた。
「今日はこっちで下ろせます!」
見ると、倉庫側の兵士と職人たちがすでに動いていた。
荷札を確認し、木材は木材置き場へ、工具箱は入口脇へ運んでいく。
ソータは少しだけ足を止めた。
(ちゃんと回ってる。)
昨日までなら、自分が全部収納して一度に出してしまった方が早いと思ったかもしれない。
けれど今は、それをする必要がない。
人が運べる量なら、人が運ぶ。
自分は大量輸送や緊急時、普通の方法ではどうにもならない場所へ力を使えばいい。
その方が長く続く。
「ソータ殿。」
後ろから聞き慣れた声がした。
振り向くと、エルシアが数人の文官を連れて倉庫へ入ってくるところだった。
「おはようございます。」
「おはよう。」
エルシアは軽く会釈してから、周囲を見渡した。
「随分整いましたね。」
「昨日よりは。」
「使用許可に加えて、警備と資材記録の担当も決めてきました。」
エルシアが後ろの文官へ視線を送る。
文官は一枚の書類を広げた。
「ここへ入った物資と、持ち出された物資を一日ごとに記録します。職人ごとではなく、現場ごとに分けた方がよいとのことでしたので。」
「その方が分かりやすいです。」
ソータは素直に頷いた。
「誰が持っていったかより、どこで何を使ったかが分かる方がいい。」
「そう思いまして。」
エルシアは少しだけ嬉しそうに答えた。
ソータが考えていることを、自分が先回りして支えられた。
それが思った以上に嬉しい。
(やはり、役に立てるのは悪くありませんね。)
そう考えた直後。
(……役に立てたことが嬉しいのか、ソータ殿に喜ばれたことが嬉しいのか。)
少しだけ、自分で困る。
以前なら前者だと迷わず答えただろう。
今はもう、そこまで単純ではない。
「姉様。」
今度は入口から別の声がした。
リシェラだった。
彼女は護衛の兵士二人とともに、折り畳まれた地図を持って入ってくる。
「西区の三番通りと五番通りを見てきました。」
「朝から?」
「現場の方が早いので。」
リシェラはエルシアへ答えてから、すぐにソータの方を見る。
「ソータ様。三番通りは梁があと六本、五番通りは屋根材が不足しています。あと、昨日直した家の一軒で釘が足りなくなっています。」
「分かった。」
ソータはすぐに記録板へ向かった。
「三番通りに梁六本。五番通りに油布と板。釘は何箱くらい?」
「大工の方は二箱あれば足りると。」
「じゃあ二箱。」
エルシアはそのやり取りを見ていた。
リシェラは現場へ出て、必要な物を直接拾ってくる。
自分は制度や記録を整える。
役割が違う。
だから本来なら、競う必要などない。
それでも。
ソータと自然に話している妹を見ると、胸の奥が少しだけ落ち着かない。
(また近いですね。)
距離そのものは大したことがない。
地図を一緒に見ているだけだ。
それでも気になる。
「リシェラ。」
「何です?」
「報告は文官へ渡しておけば十分でしょう。」
リシェラが姉を見る。
「ソータ様が直接確認した方が早いと思って。」
「すべて本人へ集中させるのはよくありません。」
「姉様も直接持ってきているではありませんか。」
「わたくしは制度上の説明が必要でした。」
「私は現場の説明が必要でした。」
「……。」
ソータが地図から顔を上げる。
「どうしたの?」
「何でもありません。」
姉妹の声が重なった。
「……。」
ソータは少しだけ眉を上げた。
(仲いいな。)
少なくとも本人には、その程度にしか見えていなかった。
◆◇◆
昼前になると、中継倉庫の使い方もかなり固まってきた。
資材は入口から見て右側へ建築用、左側へ生活物資を置くことになった。
中央の通路は荷車から直接荷を運び込めるよう広く空け、奥には数日先まで使わない予備を置く。
さらに、持ち出した資材を現場ごとに記録することで、どの通りの復旧が早く、どこで資材を多く使っているのかも分かるようになってきた。
ソータは記録板を眺めながら、少し考えていた。
「五番通り、板材の減り早いな。」
リシェラが横から覗き込む。
「屋根の損傷が大きい家が多いので。」
「だったら、王城から次に運ぶ時は板多めにするか。」
「三番通りは?」
「梁は今日で足りると思う。」
そこへエルシアも加わる。
「七番通りは明日から修復開始です。そちらの分も残しておいた方がよいのでは?」
「そうだった。」
ソータは記録を書き直した。
「全部五番通りへ回すと足りなくなるな。」
「では、五番通りへ六割。七番通り用に四割を残しますか?」
「それでいきましょう。」
話が決まる。
三人が同じ板を覗き込んでいるため、自然と距離が近くなる。
リシェラが先にソータの右側へ寄っていた。
するとエルシアは、何でもない顔で左側へ立つ。
ソータはまったく気づいていない。
ただ、両側から説明されるため少しだけ首を動かす回数が増えた。
「それで、姫様。」
「どちらです?」
今度は二人の声が重なる。
「……エルシア姫。」
「はい。」
「七番通りって、井戸は使える?」
「使えます。ただ、汲み上げ用の縄が傷んでいるそうです。」
「じゃあ縄も。」
「私が現場へ伝えておきます。」
リシェラがすぐに言う。
「あなたは五番通りを見ていたのでは?」
エルシアが聞く。
「七番通りも近いので。」
「無理に回らなくても、兵士へ頼めますよ。」
「姉様こそ、文官へ任せればよいのでは?」
「……。」
また空気が少しだけ変わる。
ソータは二人を見る。
「姫様たち、疲れてない?」
「大丈夫です。」
また重なった。
「息ぴったりだな。」
ソータが笑う。
二人とも何も言えなくなった。
リシェラは姉を見る。
エルシアも妹を見る。
仲が良いという意味で言われたのだろう。
違う。
少なくとも今の二人が同じ速さで返事をする理由は、姉妹仲だけではなかった。
(姉様、絶対意識してる。)
リシェラは確信に近いものを感じた。
以前なら、エルシアはもっと距離を置いてソータを見ていた。
今は明らかに違う。
用事を作って来る。
話へ自然に入る。
しかもソータの左側を確保している。
(左側を確保してるって何よ。)
そんなことまで気にしている自分にも少し呆れる。
一方のエルシアも、妹が何を考えているか大体分かり始めていた。
リシェラは元々人との距離が近い。
それにしても最近は、ソータの近くにいる時間があまりにも長い。
(やはり、リシェラも。)
そう考えると、少しだけ焦る。
自分はようやく気持ちを認め始めたところだ。
妹の方は、認めるどころかもう行動へ移しているように見える。
(急ぐつもりはありませんが。)
そこで。
(……本当に?)
自分自身へ問い返してしまった。
◆◇◆
昼になると、作業はいったん止まった。
職人たちは倉庫の外で簡単な食事を取り始める。
ソータも休むよう言われていたが、記録板の前からなかなか離れなかった。
昨日までの癖で、流れが動いているとどうしても気になる。
今日入った資材。
今日使う資材。
明日必要になる分。
見ていると、まだ調整したいところが次々と出てくる。
「ソータ様。」
リシェラが近づいてきた。
手には布包みを持っている。
「昼食です。」
「あとで。」
「またですか?」
「これだけ確認したら。」
「それを言って、確認が増えるのですよね。」
リシェラは慣れた手つきで近くの木箱をひっくり返し、簡単な椅子代わりにした。
「座ってください。」
「はい。」
逆らう方が面倒だと分かってきたらしい。
ソータは素直に座った。
リシェラは満足そうに布包みを開く。
中にはパンと燻製肉、それに薄く切った果物が入っている。
「厨房から?」
「はい。朝のうちに頼んでおきました。」
「ありがとう。」
ソータがパンへ手を伸ばそうとした、その時だった。
「飲み物も必要でしょう。」
エルシアが現れた。
手には蓋の付いた水差しと二つの木杯を持っている。
「姉様!?」
「何です?」
「いつから?」
「少し前からです。」
エルシアは木杯へ薄い果実水を注ぎ、ソータへ差し出した。
「作業中に水ばかりでは飽きるでしょうから。」
「助かります。」
ソータは普通に受け取った。
リシェラの目が、木杯へ向く。
「姉様。」
「何です?」
「それ、わざわざ持ってきたのです?」
「たまたま厨房へ寄ったので。」
「たまたま?」
「ええ。」
エルシアは涼しい顔をしている。
実際には、ソータが昼食を取り忘れやすいと知り、朝のうちに用意させていた。
当然、リシェラも似たようなことをしている。
二人とも相手の行動に気づいた。
「……。」
「……。」
短い沈黙。
「姫様たちも食べる?」
ソータだけは何も分かっていない。
「いただきます。」
二人とも同時に答える。
結局、三人で木箱を囲むことになった。
昼食の内容自体は簡素だった。
王都全体が復旧途中なのだから、王族だからといって豪華な食事を用意する時期ではない。
けれど、リシェラにとって重要なのは内容ではなかった。
ソータの隣に座れることの方が大事だ。
当然のように右隣へ座る。
するとエルシアが左へ座った。
(また。)
リシェラは姉を見る。
エルシアは平然と果実水を飲んでいる。
「姉様。」
「何です?」
「そちら、狭くないですか?」
「大丈夫ですよ。」
「もっと広いところありますよ。」
「ここで十分です。」
「そうですか。」
「ええ。」
ソータはパンを食べながら二人を見る。
「やっぱり仲いいですね。」
「どうしてそうなるんです?」
今度はリシェラだけが反応した。
「ずっと一緒にいるから。」
「それは…双子ですから。」
「うん。」
ソータは簡単に納得した。
リシェラはそれ以上何も言えなくなる。
(違うのに。)
何が違うのかまで説明したら、それこそ自分の気持ちを全部言うことになりそうだった。
エルシアも同じように黙っていた。
ソータ本人がここまで気づかないとは思っていなかった。
(これは、少しくらい分かりやすくしないと駄目なのでしょうか。)
自分でそう考えてから、少し驚く。
以前の自分なら、そんなことは思わなかったはずだ。
◆◇◆
午後は西区だけでなく、王城へ戻る荷車の使い方も見直された。
これまでは資材を下ろした荷車が、そのまま空で王城へ戻ることが多かった。
しかし中継倉庫が動き始めたことで、帰りに廃材や修理が必要な道具を集められるようになった。
ソータは御者たちへ、戻り荷の優先順位を説明する。
「使える廃材、壊れた工具、それから空の水桶。重すぎる物は無理しなくていいです。」
「怪我人は?」
「軽傷者で移動できる人なら、王城へ戻る便に乗せてもいい。でも荷物と一緒に詰め込まないでください。」
「分かった。」
「あと、現場の報告は口だけじゃなくて、できれば札に書いて持って帰ってください。」
御者たちが頷く。
エルシアはその様子を見ながら、文官へ指示を出した。
「帰還便の報告札を統一しましょう。場所、人数、不足物資、道路状況だけでも項目を決めれば、書く者によって内容がばらつきません。」
「承知しました。」
ソータが振り向く。
「それいいですね。」
「現場で長文を書かせても続きませんから。」
「項目だけなら早い。」
「そう思います。」
二人で話がまとまる。
少し離れたところで聞いていたリシェラは、今度は自分から別の問題を見つけた。
「ソータ様。」
「何?」
「荷車を待っている間、御者たちが休める場所がありません。」
見ると、中継倉庫の前には日陰が少ない。
荷下ろしを待つ御者や兵士たちが、壁際へ寄って座っている。
「確かに。」
「裏手に古い庇があります。少し直せば休憩場所にできると思います。」
「見に行こう。」
「はい。」
リシェラが嬉しそうに先へ歩き出す。
エルシアの眉が、ほんの少しだけ動いた。
「わたくしも確認します。」
「姉様も?」
「王家が借りている建物ですから。」
「文官に任せても。」
「現場を見ることは大切でしょう?」
「……そうですね。」
結局、三人で行くことになった。
倉庫の裏手には、古い木製の庇が残っていた。
柱一本が傾き、屋根板も何枚か割れている。
ソータはすぐに近づかず、少し離れたところから状態を見る。
「直せそう?」
近くの大工を呼ぶ。
「柱一本替えて、屋根板を半分くらい直せば使える。」
「今日中に?」
「資材あるなら夕方までには。」
「じゃあお願いします。」
リシェラが満足そうに頷いた。
「これで御者の方も休めますね。」
「助かった。」
ソータが言う。
「俺、荷物ばっかり見てた。」
「人も休まなければ動けません。」
「その通り。」
素直に認める。
リシェラは少し嬉しくなった。
ソータに役立つことを言えた。
ただ、それだけで気分が良くなる。
その様子を横で見ていたエルシアは、ますますはっきり理解した。
(リシェラも、同じですね。)
妹もソータに認められることを嬉しがっている。
自分と同じだ。
そして、おそらくリシェラの方がずっと早く、その感情を受け入れている。
(これは本当に、少し急いだ方がいいのかもしれません。)
昨日、母と話した時に冗談半分で思ったことが、今日はもう冗談に感じられなかった。
◆◇◆
夕方。
中継倉庫から王城へ戻る頃には、ソータの歩調も少し重くなっていた。
本人はまだ動けると思っている。
しかし、ここ数日ほとんど休みなく動いているうえ、《車体爆裂突進》の反動も完全には抜けきっていない。
エルシアがその様子に気づいた。
「ソータ殿。」
「何?」
「今日はもう終わりにしてください。」
「でも王城で明日の分を。」
「文官がまとめます。」
「確認だけ。」
「明日の朝でもできます。」
ソータは少し困った顔をした。
「姫様、最近ミレイユに似てきた気がする。」
「ミレイユさんに?…それは褒め言葉として受け取ります。」
「怒り方が増えてる。」
「あなたが休まないからです!」
そこへリシェラも加わる。
「姉様に賛成です。」
「姫様まで?」
「今日は歩きすぎです。」
「二人に言われると逃げ場ないな。」
ソータは諦めた。
「分かった。王城戻ったら休む。」
「本当に?」
「本当に。」
リシェラが念を押す。
エルシアも横から確認する。
「食事もきちんと取るのですよ。」
「はい。」
「夜に一人で物資確認を始めないでください。」
「……。」
「始めるつもりでしたね?」
「少しだけ。」
「駄目です。」
エルシアの声が強くなる。
ソータは苦笑した。
「分かりました。」
その返事に、二人とも少し安心した。
ソータはそれを見ながら、ふと思う。
(王女様たち、本当に復旧に熱心だな。)
自分を休ませるところまで仕事の一部だと思っているらしい。
実際には。
二人とも、復旧だけを理由に心配しているわけではない。
けれどソータは、まだそこへ気づいていなかった。
◆◇◆
王城へ戻ると、別の問題が待っていた。
東庭の一角に、復旧作業員や避難民から寄せられた要望がまとめられている。
食料や水についてのものは減ったが、代わりに別の内容が増えていた。
衣服を洗う場所が足りない。
身体を洗いたい。
井戸水だけでは傷の洗浄が追いつかない。
何日も作業を続けているため、汗や煤で皮膚を痛める者も増えている。
ソータは紙を何枚か読み、眉を寄せた。
「風呂か…」
横にいたリシェラが反応する。
「お風呂?」
「多いみたいです。傷を洗えてない人。」
エルシアも書類を覗き込む。
「王都の公衆浴場はいくつかありますが、反乱時の火災で使えなくなった場所もあります。」
「桶と水を配るだけじゃ駄目かな。」
「怪我人が多いので、洗浄設備も必要でしょうね。」
そこへ別の方向から、ヨーダが歩いてきた。
どうやら同じ報告を見たらしい。
「その件でしたら、私からも申し上げるつもりでした。」
「ヨーダ。」
「汗や煤で汚れた状態が長く続けば、傷口から病を招く可能性があります。衣服の洗浄も必要ですし、負傷者用の場所と一般の者が身体を洗う場所は分けた方がよいでしょう。」
ソータは少し考えた。
「使える浴場、残ってます?」
エルシアが記憶を探る。
「東区の大浴場は焼けています。南区の小浴場は避難所として使われています。」
「西は?」
「古い公衆浴場が一つあります。かなり前から利用者が減っていましたが、建物自体は残っているはずです。」
リシェラが続けた。
「地下水路に繋がっていた場所ですね。」
「使えるかも。」
ソータの顔つきが変わる。
次の仕事を見つけた時の顔だった。
エルシアがすぐに釘を刺す。
「今日は行きませんよ。」
「見るだけ。」
「行きません。」
「場所だけ。」
「明日です。」
リシェラまで頷いた。
「姉様の言う通りです。今日はもう休んでください。」
「二対一か。」
「三対一ですぞ。」
ヨーダまで加わった。
「何でヨーダも。」
「患者になりかけた者を増やしたくありませんからな。」
「患者じゃない。」
「倒れましたな?」
「……倒れました。」
「では休みなされ。」
ソータは完全に逃げ道を失った。
「分かったよ。」
諦めたように両手を上げる。
それを見て、エルシアとリシェラはほぼ同時に小さく笑った。
今度はソータも、その笑い方がよく似ていることに気づいた。
「やっぱり姉妹だな。」
二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
そして、今度は同時に視線を逸らした。
ソータにはまだ分からない。
昼食を用意したのも。
飲み物を持ってきたのも。
現場へ同行したのも。
二人がただ王都復旧に熱心だからではない。
エルシアは、自分の気持ちをようやく認め始めた。
リシェラは、もっと前からその気持ちに振り回されている。
互いに相手も同じだと気づき始めたことで、双子の間には今までになかった小さな張り合いが生まれていた。
けれど、その中心にいるソータだけは何も知らない。
明日確認することになった古い公衆浴場が、王都の衛生問題だけでなく、二人の王女との距離までさらに近づけることになるなど、この時のソータには想像もできなかった。




