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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第169話:第一王女は、婿を計算する

 翌朝、王城南棟の一室には、復旧に関する書類とは別に、一冊の古い記録簿が置かれていた。

 革表紙は年月のせいで色褪せ、角も丸く擦れている。

 背には金色の文字で、王族婚姻及び特例叙爵記録と記されていた。


 エルシアは机の前に座り、その記録簿をしばらく見つめていた。


 頼んだのは自分だ。

 昨日、母へ外国出身者を王家へ迎えた前例があるかと尋ねた後、王家の系譜や婚姻記録を管理している老文官ハルマンへ、詳しい資料を持ってくるよう命じた。


 その結果が、目の前にある。


(これは制度の確認です。)


 エルシアは、誰もいない部屋で自分に言い聞かせた。


(王国にとって有用な人物を長く留める方法を調べるだけです。特定の誰かとの婚姻を考えているわけではありません。)


 そこまで考えたところで、記録簿の上に挟まれた紙片が目に入った。


『外国出身の平民男性を王女婿として迎えた前例 三件』


「……。」


 エルシアは無言で紙片を裏返した。


(ハルマンは仕事が丁寧すぎます。)


 自分が何を調べたいのか、完全に理解されている気がする。


 少し迷ったものの、結局記録簿を開いた。


 一件目は百年以上前。

 疫病が流行した時代に、国外から訪れた薬師が第三王女の命を救い、その後も王都の医療制度改革に尽力した例だった。

 功績を認められて男爵位を与えられ、三年後に第三王女と正式に婚姻している。


 二件目は隣国出身の騎士。

 戦争終結後にこの国へ帰化し、伯爵家の養子となった後、第二王女の夫となった。


 三件目を読んだところで、エルシアの指が止まった。


 四十一年前。

 外国出身の商人。

 爵位なし。

 他国に商会との繋がりを持ち、大洪水によって主要街道が寸断された際、独自の輸送網を使って食料と薬を各地へ届けた功績がある。


 その後、準男爵位を与えられ、王女の婿として王家へ迎えられた。


「……輸送。」


 思わず声に出してしまった。


 条件だけを見れば、少し似ている。


 災害後の復旧。

 国外との繋がり。

 爵位を持たない男性。

 そして輸送に大きな功績を持つ。


(だから何だというのです。)


 エルシアは一度記録簿から目を離した。


 過去の人物とソータは別人だ。

 似た事例があるからといって、同じようにすればいいわけではない。


 それでも、続きを読んでしまう。


 婚姻に必要だった条件。

 身元の保証。

 功績の確認。

 他国との政治的関係。

 商業上の利害。

 そして、既存の家族関係。


 その文字を見た瞬間、エルシアの表情が少し曇った。


 ソータにはミレイユがいる。

 紅髪の商会令嬢であり、彼が明確に大切にしている女性だ。


 さらにオルドアイもいる。

 北方のアマゾネスを束ねる姫。


 そしてルシア。

 今では滅びたと思われていた吸血鬼の姫までいる。


(……多いですね。)


 率直な感想だった。


 直後。

 自分が何を数えているのかに気づき、エルシアは眉間へ指を当てた。


(わたくしには関係ありません。)


 そう思おうとする。


 しかし、そこで昨日の光景が頭へ浮かんだ。


 ソータへ何度も近づこうとしていたリシェラ。

 彼に抱き止められただけで、分かりやすく顔を赤くしていた妹。


 あれを見た時。

 自分の胸の奥に生まれた感情は、王国の将来を考えた政治的な判断などではなかった。


 あまり面白くなかった。


(……嫉妬、でしょうか。)


 その言葉を認めるのは、少し悔しい。


 けれど、妹がソータの近くにいるのを見るたび気になる。

 ソータがリシェラへ優しくしていると、なぜか目を離せなくなる。


 それが政治的関心だけで説明できないことくらい、エルシア自身にも分かっていた。


 窓の外から、大工の木槌の音が聞こえてくる。


 王都は今日も復旧が続いている。

 そして、その中心にはおそらく今もソータがいる。


 エルシアは記録簿を閉じた。


(もし、本当にこの方を近くに置きたいと思っているのなら。)


 そこまで考えたところで、少しだけ胸が高鳴る。


(王家へ迎えるという方法は、実際に存在する。)


 問題は。

 それが王国のためなのか。


 それとも。


 自分のためなのか。


 まだ、そこまではっきりさせる勇気はなかった。


◆◇◆


 同じ頃、王城東庭では、ソータが別の問題へ頭を抱えていた。


 荷車の流れは昨日より良くなっている。

 しかし、王城を中心に物資を動かしているせいで、西区へ向かう荷車の往復距離が長すぎる。


 特に修復用の木材や石材は重く、馬の負担も大きい。

 王城から西区へ運び、荷を下ろしてまた戻る。

 それを何度も繰り返せば、今度は馬が先に疲れてしまう。


 ソータは大工の親方と文官を連れ、西区と王城の中間にある古い倉庫を確認していた。


 もともとは染料商が使っていた建物らしい。

 石造りの二階建てで、屋根の一部が焦げているものの、建物自体はしっかりしている。

 内部には壊れた棚や空の木箱が残っていた。


 ソータは倉庫の中を一周した後、床へしゃがみ込んで石材の状態を見た。


「ここなら使えそう。」


 親方も柱を叩きながら頷いた。


「梁もまだ生きてる。屋根の補修だけすりゃ問題ねえ。」


「じゃあ、ここを西区用の中継場所にしたい。」


 文官が記録を取りながら尋ねる。


「王城からすべての資材を移すのですか?」


「全部は置かないよ。」


 ソータは首を振った。


「西区で数日以内に使う分だけ。残りは王城に置いておく。」


「なぜ分けるのです?」


「ここに全部置いて、もし火事になったらまた全部失うから。」


 文官が少し驚いたように倉庫を見る。


「なるほど。」


「それに、使わない物まで運んだら馬が疲れる。」


 ソータは簡単な地図を床へ広げた。


「王城からここまで大きく運ぶ。西区の大工は、ここから必要な分だけ持っていく。そうしたら毎回王城まで戻らなくていいでしょう?」


 親方が顎髭を撫でた。


「そりゃ楽だな。朝一番でここへ来りゃ、その日の分を持って現場へ行ける。」


「戻りに余った物を返してもいいし。」


「工具も置けるな。」


「それもいい。」


 話しているうちに、倉庫の使い方が少しずつ具体的になっていく。


 ソータにとっては大げさなことではなかった。

 遠いところへ毎回荷物を運ぶより、使う場所の近くへ置いた方が楽。

 ただそれだけの話だ。


 けれど、その様子を入口から見ていたエルシアには違って見えた。


 彼は単に荷物を大量に運べるだけではない。

 物を置く場所を考え、人の動きを考え、何日後にどうなるかまで見ている。


 王城に全部集めるのではなく、必要な場所へ小さな拠点を作る。

 仮に一ヶ所が使えなくなっても、すべてが止まらないよう分けておく。


 今回の反乱では、王城が閉ざされたことで多くの物資が止まった。

 もし今後、地方の救援や戦時の補給まで同じ考え方で整えられれば。


(この国は、かなり変わる。)


 エルシアは改めて思った。


「姫様?」


 ソータが気づいた。


「いつからいたんです?」


「少し前からです。」


「何か用?」


「この倉庫の借用許可を持ってきました。」


 エルシアは書類を差し出した。


「持ち主は南方へ避難中ですが、王家から正式に借り受けます。使用後は損傷部分を修復し、返却することになりました。」


「助かる。」


 ソータが素直に笑う。


「ありがとう。」


「……。」


 ただそれだけの言葉だった。


 なのに。

 エルシアの胸が少しだけ高鳴った。


(困りましたね。)


 昨日までなら、単に礼を言われただけだと思えたかもしれない。


 今は。

 嬉しい。


「姫様?」


「何でもありません。」


「またそれ。」


「最近、皆が使うのでしょう?」


「俺の周りだけかな。」


「それはあなたに原因があるのでは?」


「何で?」


「知りません!」


 少しだけ笑って返す。


 その時。

 倉庫の奥で、立て掛けられていた空箱が崩れた。


 音に驚き、エルシアが振り向く。

 大した物ではなかったが、足元へ一つの箱が滑ってきた。


「危ない!」


 ソータが反射的にエルシアの腕を掴んだ。


 そのまま、自分の方へ引き寄せる。


 箱は二人の横を滑り、壁へ当たって止まった。


 エルシアは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。


 気づいた時には。

 ソータの胸元へかなり近い位置にいる。


「怪我ない?」


「……はい。」


「足、大丈夫?」


「大丈夫です。」


 返事をしながらも、エルシアの意識は別のところへ向いていた。


 近い。


 昨日、リシェラが抱き止められていた時も。

 これくらいだったのだろうか。


 ソータの手が、自分の腕をまだ支えている。


(……。)


 胸の奥が、急に騒がしくなる。


 しかも。

 今日のソータは、昨日よりさらに雰囲気が強く感じられた。


 《男気》が少しずつ強まっていることなど、エルシアは知らない。

 ただ、以前より声が低く落ち着き、誰かを守ろうとした瞬間の姿が妙に頼もしく見える。


 ソータが離れようとした。


 その時。

 エルシアの指が、無意識に彼の服を掴んだ。


「……。」


 自分でやってから驚いた。


 ソータも動きを止める。


「姫様?」


「あ。」


 エルシアは慌てて手を離した。


「申し訳ありません。少し驚いただけです。」


「そりゃそうですよね。」


 ソータは気にした様子もなく笑った。


 その笑顔が。

 また胸に刺さる。


(これは、かなり危険ですね。)


 エルシアはようやく認め始めていた。


 自分は、政治的な価値だけでソータを見ているわけではない。


◆◇◆


 倉庫を出た後、二人は西区の大通りを歩いていた。


 少し先では大工たちが屋根の修復を進め、住民が壊れた家具を運び出している。

 昨日まで瓦礫で塞がれていた道には、今では荷車が通っていた。


 ソータはその様子を眺めながら、歩く速度を少し落とした。


「姫様。」


「何でしょう?」


「聞いていい?」


「どうぞ。」


「この国って、地方にもこういう倉庫あるんですか?」


「王家の備蓄倉庫はあります。ただ、基本的には領主ごとの管理ですね。」


「全部繋がってる?」


「繋がっている、とは?」


「どこにどれだけあるか、王都ですぐ分かる?」


 エルシアは少し考えた。


「平時であれば、年に数回報告が上がります。」


「年に数回。」


「はい。」


「それだと、今何があるか分からないですよね。」


「……そうですね。」


 改めて言われれば、その通りだ。


 書類では冬前に備蓄が十分でも。

 その後に不作があれば減る。

 盗難や横流しがあれば、記録上の量と実際の量が違うこともある。


 今回の反乱で発覚した地方の問題も。

 そうした情報の遅れが一因だった。


「ソータ殿なら、どうします?」


「分からない。」


 即答だった。


 エルシアが少し驚く。


「分からないのですか?」


「この国のこと、まだ知らないから。」


「……。」


「でも。」


 ソータは通りの先を見る。


「知れば考えられる。」


 その言葉に。

 エルシアは少しだけ息を止めた。


 知れば考える。


 残るとは言わない。

 この国のために働くとも言わない。


 それでも。

 知ろうとはしてくれる。


 そのことが妙に嬉しかった。


「もし。」


 エルシアは思わず尋ねていた。


「この国へ、長く残ってほしいと言われたら?」


 ソータが足を止める。


「ずっと?」


「例えば、です。」


「うーん。」


 ソータは本気で考え始めた。


 エルシアは、なぜか緊張していた。


 王国のために必要な質問だ。

 そう思いたい。


 けれど、答えが気になる理由はそれだけではない。


「たぶん、ずっとは無理かな。」


 ソータが答えた。


 エルシアの胸の奥が、少し沈む。


「理由を聞いても?」


「帰るところがあるから。」


「ミレイユ様?」


「うん。それだけじゃなくて、北の砦もあるし、夜の城もある。リーフェン村もノルドバル村も。」


 ソータは指折り数えるように思い出していく。


「俺、ここだけ運んでるわけじゃないから。」


「……そうですね。」


「でも。」


 ソータが続けた。


「来ないって意味じゃないですよ。」


 エルシアが顔を上げる。


「道が繋がれば、また来る。」


「必要なら?」


「必要なら来ます。」


 ソータは笑った。


「運送屋だから。」


 それは、いつもの言葉だった。


 けれど。

 今日はひどく嬉しく聞こえた。


「そうですか。」


「はい。」


「では。」


 エルシアは少しだけ笑った。


「必要な理由を作っておくのも、王家の仕事かもしれませんね。」


「え?」


「何でもありません。」


「また?」


「今のは、本当に何でもありません。」


 ソータは不思議そうにしていたが、エルシアはそれ以上説明しなかった。


 必要な理由。


 王都復旧。

 地方の物流改革。

 備蓄体制の見直し。


 理由なら、いくらでも作れる。


(でも。)


 エルシアは自分の胸元へ手を置いた。


(わたくし自身が、その理由の一つになりたいと思っているのなら。)


 それは。

 もう政治だけの話ではない。


◆◇◆


 午後。


 王城へ戻ったエルシアは、再びハルマンを呼んだ。


 老文官は、呼ばれた理由を半分ほど分かっている顔で入室した。


「昨日の資料。」


「はい。」


「確認しました。」


「いかがでしたか?」


「前例があることは分かりました。」


 エルシアは一度言葉を選ぶ。


「もう少し調べてほしいことがあります。」


「何でしょう?」


「外国出身者を王家へ迎える場合、必ずこの国へ永住しなければならないのですか?」


 ハルマンの眉が少しだけ上がる。


「必ずしも、というわけではございません。」


「では?」


「過去には、王女の配偶者でありながら国外に長期間滞在した者もおります。」


「理由は?」


「外交、商業、軍務などでございます。」


 エルシアの表情がわずかに明るくなる。


「つまり、この国だけに縛る必要はない?」


「制度上は。」


「そう。」


「殿下。」


「何です?」


 ハルマンは静かに尋ねた。


「お相手には、すでに他国で大切にされている方がおられるのでしょうか?」


「……。」


 完全に見抜かれている。


「誰とは言っていません。」


「私も誰とは申し上げておりません。」


「……。」


 やりづらい。


「その場合は?」


 エルシアは諦めて聞いた。


「この国の制度だけで決めることはできません。」


「他国との問題?」


「それもございますが、何より当人同士の問題でございます。」


「当人同士。」


「はい。」


 ハルマンは穏やかに続けた。


「制度は、本人たちが望んだことを形にするためのものです。制度が先にあって、人の気持ちをそこへ押し込むものではございません。」


 エルシアは黙った。


 正論だった。


 自分はずっと。

 制度から考えている。


 どうすれば迎えられるか。

 どうすれば爵位を与えられるか。

 どうすれば王家へ入れられるか。


 けれど、その前に。

 聞かなければならないことがある。


 ソータがどう思うのか。


 そして。

 自分自身がどうしたいのか。


「ハルマン。」


「はい。」


「一つ聞きます。」


「何でしょう?」


「あなたは。」


 少しだけ言いにくい。


「誰かを好きになった時、すぐ分かりました?」


 老文官が初めて少し驚いた顔をした。


 だが。

 すぐに柔らかく笑う。


「いいえ。」


「そうなのですか?」


「若い頃は、相手のことを気にしている理由をいくつも作りました。」


「理由を?」


「仕事だから。心配だから。放っておけないから。話が合うから。」


 エルシアは。

 思わず黙った。


 あまりにも。

 今の自分と似ている。


「では、いつ分かったのです?」


「理由を考えることに疲れた頃です。」


「……。」


「会いたいから会いたい。」

「そばにいてほしいから、そばにいてほしい。」


 ハルマンは静かに笑った。


「それで十分だと気づきました。」


 エルシアはしばらく何も言えなかった。


 やがて。

 小さく息を吐く。


(会いたい。)


 今日も。

 朝からソータを探していた。


(そばにいてほしい。)


 この国から帰ると言われた時。

 寂しいと思った。


(リシェラが近くにいると。)

(少し嫌。)


 それも。

 認めるしかない。


「……そう。」


 エルシアは記録簿へ目を落とした。


「ありがとう。」


「お役に立てましたでしょうか?」


「少し。」


 ハルマンは一礼した。


 部屋を出る直前。

 足を止める。


「殿下。」


「何です?」


「身分は後から付けることができます。」


「……。」


「ですが、人柄は後から付けられません。」


「それは昨日も言いました?」


「本日は少し意味が違います。」


 ハルマンはそれだけ言って退出した。


 エルシアは扉が閉まった後。

 しばらく机の前で動かなかった。


 そして。

 ゆっくり認める。


(わたくしは。)


 少しだけ頬が熱くなる。


(ソータ殿が好きなのかもしれません。)


 完全な断言には。

 まだ一歩足りない。


 けれど。

 昨日までよりずっと近いところまで来ていた。


◆◇◆


 その日の夕方。


 王城二階の回廊から、王妃は東庭を眺めていた。


 ソータは大工たちと何かを相談している。

 その少し近くにはリシェラがいて、相変わらず何度も彼の方を見ていた。


 そこへ。

 エルシアが現れる。


「母上。」


「お疲れ様。」


「少しよろしいですか?」


「もちろん。」


 王妃は娘を見る。


 昨日までと。

 少し顔が違う。


 何かを考え抜いた後の顔だった。


「母上。」


「はい。」


「もし。」


 エルシアは少しだけ迷う。


「わたくしが本当に誰かを好きになった場合。」


 王妃の表情が柔らかくなる。


「はい。」


「王女として、最初に考えるべきことは何でしょう?」


 王妃はすぐには答えなかった。


 少しだけ東庭へ目を向ける。


 ソータ。


 そして。

 彼のすぐ近くにいるリシェラ。


 それからエルシアを見る。


「まず。」


 王妃が静かに言った。


「自分が何を望んでいるのかを知ることです。」


「国ではなく?」


「国のことは、その次でも遅くありません。」


「でも、わたくしは王女です。」


「だからこそです。」


 王妃は微笑んだ。


「自分の気持ちすら分からないまま政治へ変えれば、あとで必ず苦しくなります。」


 エルシアは黙って聞いている。


「欲しいのなら、欲しい。」

「そばにいてほしいのなら、そう思う。」

「まずは、それを自分に隠さないことです。」


 エルシアはゆっくり息を吐いた。


「……そうですか。」


「それで?」


「何です?」


「分かりました?」


 王妃が少し楽しそうに聞く。


 エルシアは東庭へ目を向けた。


 ソータが。

 何か言って笑っている。


 その笑顔を見ると。

 胸が少し温かくなる。


「まだ。」


 一度だけ逃げようとした。


 けれど。

 すぐに言い直す。


「……かなり。」


 王妃の口元が緩む。


「かなり?」


「母上。」


「はい。」


「笑わないでください。」


「笑っていませんよ。」


「笑っています。」


「嬉しいだけです。」


 エルシアは少しだけ頬を赤くした。


「まだ、本人には何も言いません。」


「それでいいと思います。」


「ただ。」


 エルシアは。

 東庭にいるリシェラを見る。


「少し急いだ方がいい気もします。」


 王妃がついに吹き出した。


「母上。」


「ごめんなさい。」


「全然反省していませんね。」


「だって。」


 王妃は笑いを抑える。


「ようやく恋を認めたと思ったら、最初に心配するのが妹との競争なのですね。」


「競争ではありません。」


「そう?」


「……。」


 否定しきれない。


 エルシアは少し困った顔で東庭を見下ろした。


 リシェラはちょうど、ソータへ何かを渡している。

 距離が近い。


(……やはり。)


 胸が少しざわつく。


(これは、思っていたより急ぐ必要があるかもしれません。)


 そんな娘の横顔を見て。

 王妃は、また楽しそうに微笑んでいた。

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