第167話 王都では、それぞれの仕事が続いている
翌朝の王都は、昨日より少しだけ静かだった。
反乱の混乱が完全に収まったわけではなく、負傷者も瓦礫もまだ多い。
それでも、夜通し響いていた怒号や鐘の音は減り、代わりに荷車の車輪が石畳を擦る音や、大工たちが木材を運ぶ声が聞こえるようになっていた。
王城東庭では、すでに朝の便が動き始めている。
北門へ向かう白札の荷には食料と毛布、西区へ向かう緑札には建材、教会支部へ送る金札には薬草や包帯が積まれていた。
昨日までは、届いた荷をとにかく空いている場所へ積み、必要になったらその都度ソータが振り分けていた。
今朝は違う。
文官と兵士がそれぞれ役割を覚え、行き先を確認しながら自分たちで荷を動かしていた。
ソータはその様子を少し離れた場所から眺めていた。
荷車が戻ってくれば、御者が現地で見たことを伝える。
食料は足りているか。
負傷者は増えたか。
井戸は使えるか。
道は通れるか。
文官は報告を記録し、次の便へ何を積むかを決めていく。
(俺がいなくても動いてる。)
昨日までなら、自分が直接手を動かしていない状況に落ち着かなさを感じたかもしれない。
けれど今は、むしろこれでいいと思える。
王都は広い。
人も多い。
一人ですべてを運ぼうとすれば、どこかで必ず無理が出る。
だから、人に任せられるところは任せ、自分は流れが止まった場所だけを直せばいい。
人手が足りないなら人を増やす。
道が塞がっているなら通せるようにする。
行き先が分からないなら、誰にでも分かる印を付ける。
原因さえ取り除けば、その後はソータがいなくても荷は動き続ける。
昨日、西区へ通じる道を開けた時に感じたことと同じだった。
自分が何度も同じ荷物を運ぶより、荷車が何度でも通れる道を作った方が長く役に立つ。
「南区から戻りました。」
御者の声が聞こえ、ソータは地図の前へ戻った。
「避難民の数は?」
「昨日より減っています。北門側へ移った者が多いようです。」
「食料は足りてる?」
「今のところは。」
「井戸は?」
「使えています。ただ、南通りの古い家が二軒ほど崩れそうだと。」
ソータは地図上の南区へ小さな印を付けた。
「次の黄札便は食料を少し減らしていいです。その代わり、大工を二人乗せられるならお願いしてください。」
「承知しました。」
「戻る時に使える廃材があったら持って帰ってもらって。空で帰るのはもったいないから。」
文官がその内容を記録していく。
昨日までは荷物を届けた荷車が、そのまま空で王城へ戻ることも多かった。
今では帰り道に空桶や廃材を回収し、現地で不足している物や道路状況を報告として持ち帰るようになっている。
同じ一往復でも、できることはかなり増えた。
ソータは次の荷車へ視線を移しながら、東庭の端に積まれた木材を見た。
西区の家屋修復へ回す予定の物だが、すべてを直接現場へ送るのは効率が悪い。
(やっぱり途中に一ヶ所置いた方がいいな。)
王城だけをすべての起点にすると、どの地区へ向かうにも距離が長くなる。
西区の手前に使える倉庫でもあれば、そこへ資材をまとめておき、必要な場所へ少しずつ回せる。
荷車の往復距離も短くなり、人も馬も疲れにくい。
ソータがそんなことを考えていると、横から聞き慣れた声がした。
「ソータ様。」
振り向くと、リシェラが立っていた。
今日も王都復旧の様子を確認するという名目で、朝から東庭へ来ている。
「おはようございます。」
「おはよう。」
リシェラは挨拶を返しながら、ソータの顔を少し長く見た。
昨日から気になっている。
見た目が急に変わったわけではない。
黒髪も服装も同じだ。
それでも、以前より姿勢が真っ直ぐになり、声にも自然な強さが出ている。
王城へ来たばかりの頃には、王族を前にした時に多少の戸惑いが見えた。
今は、必要なことなら兵士にも文官にも王族にもきちんと伝えている。
(やっぱり、少し格好よくなってる気がする。)
そう思った瞬間、昨日の出来事まで思い出してしまった。
倒れそうになった時。
ソータの腕が腰へ回った。
顔が近づいた。
あと少しだった。
(……あと少しって何。)
自分で考えて、慌てて視線を外す。
「どうしたの?」
「何でもありません。」
「最近それ多いね。」
「そういう時期なんです。」
「どういう時期?」
「聞かないでください。」
ソータには意味が分からなかったが、リシェラはそれ以上説明しなかった。
本人にも、まだ上手く説明できない。
ルシアとソータが口づけを交わしていたのを見てから、以前よりずっとソータを意識するようになっている。
近くにいれば嬉しい。
別の女性と親しそうにしていれば気になる。
触れられれば、その感触を後から何度も思い出してしまう。
それが恋だと認めるのは、まだ少し恥ずかしかった。
◆◇◆
王都中央部の教会支部では、ヨーダの直属神官たちによって臨時治療施設の整備が進められていた。
建物そのものを完全に直す余裕はまだない。
今必要なのは、宗教施設としての荘厳さではなく、負傷者を安全に寝かせ、継続して治療できる環境だった。
南側の修道室は重傷者用。
隣の部屋は軽傷者用。
食堂は家族の待機場所として使われ、中庭には傷を洗うための水桶が並べられている。
物置には薬草と包帯が種類ごとに分けられ、誰が見ても場所を間違えないよう札が付けられていた。
ヨーダは一晩ほとんど眠っていなかった。
それでも自分の足で治療室を回り、負傷者の状態だけでなく、薬草の残量や水の使用量まで確認している。
今のところ、足りない物は王城から届いていた。
しかし、いつまでもソータの《神速積載庫》へ頼るわけにはいかない。
教会支部そのものが、王都中央部の治療拠点として自立しなければならない。
一人の神官が書類を持って近づいた。
「大神官様。反乱側の負傷兵について、王城から確認が来ています。」
「治療が必要な者は、そのまま治療を続けなさい。」
「拘束はどういたしますか?」
「傷が落ち着いてからで構いません。ただし、逃走できないよう見張りは置くこと。」
「承知しました。」
神官が離れる。
ヨーダは机の上へ置かれた別の書類へ視線を落とした。
そこには、反乱へ協力した教会関係者の名が並んでいる。
王都支部の地位を利用して情報を流した者。
救援物資を横流しした者。
反乱兵へ教会施設を提供した者。
中には、信仰を利用して民を煽り、王家への不信を広げた者までいた。
ヨーダの表情が静かに険しくなる。
(これは曖昧に終わらせてはなりませんな。)
王が反乱兵を一人ずつ調べ、それぞれの行動に応じて処分を考えていること自体には異論がない。
命令されて動いただけの兵士と、積極的に略奪や殺人へ加わった者を同じ罪で裁くのは乱暴だ。
しかし、教会の人間については事情が違うとヨーダは考えていた。
民から信頼を預かり、困った者が最後に助けを求める場所にいながら、その信頼を利用して私欲や政治に走った。
その罪が、ただの兵士より軽いはずがない。
信仰は免罪符ではない。
むしろ、信仰を利用したのなら責任は重くなる。
ヨーダは名簿を閉じた。
「大神官様。」
今度は、昨日も食事を持ってきた若い神官が現れた。
手には朝食が載った皿を持っている。
「今度は食べましたぞ。」
「本当ですか?」
「疑っていますな。」
「昨日、大神官様は『食べた』とおっしゃって、パンを半分しか召し上がりませんでした。」
「よく見ていますな。」
「倒れられると困りますから。」
皿にはパン、卵、少量の煮豆が載っている。
ヨーダは少し不満そうな顔をした。
「私は患者ではありませんぞ。」
「倒れれば患者になります。」
「最近の若者は遠慮というものがありませんな。」
「アルベール様から、必要な時に遠慮すると人が死ぬと教わりました。」
その名前を聞いた瞬間。
ヨーダの指先が、ほんのわずかに震えた。
「……誰から教わったと?」
「アルベール様です。」
「いつ頃?」
「私が若い頃、修練へ出た時です。」
ヨーダはしばらく遠くを見るような目をした。
どうやら、あまり思い出したくない記憶が蘇ったらしい。
「なるほど。それなら仕方ありませんな。」
「何がです?」
「こちらの話です。」
ヨーダは大人しく皿を受け取った。
手だけは、まだ少し震えていた。
◆◇◆
王城南棟では、国王による反乱関係者の審問が続いていた。
謁見の間は損傷が激しく使えない。
そのため、比較的被害の少なかった大広間が臨時の審問室として使われている。
拘束された者たちは一人ずつ王の前へ連れてこられ、誰の命令で動いたのか、どの場所で戦ったのか、民間人へ危害を加えたのかを確認されていた。
王は、反乱へ加わった者を一括して同じ罪で裁くつもりはなかった。
上官の命令で門を守った兵士。
反乱へ参加しながらも、途中で民を逃がした者。
混乱に乗じて商店を襲った者。
明確な意思を持って市民へ剣を向けた者。
同じ旗の下にいただけで、すべてを同じに扱えば、それこそ王が自ら思考を放棄することになる。
その時、若い兵士が王の前へ膝をついた。
西門の守備に加わっていた男だった。
「王国兵へ剣を向けたことは認めるか?」
「……はい。」
「民間人へは?」
「向けておりません。」
王は記録係へ視線を送った。
別の兵士からも同じ証言が出ている。
この男は反乱側として西門を守っていた。
しかし近隣の家屋へ火が移った時、命令に逆らって持ち場を離れ、老人と子供を避難させている。
反乱へ参加した事実は消えない。
それでも、民を助けた行動まで無かったことにはできない。
「拘束は継続する。ただし、処刑対象からは外せ。」
記録係が書き留める。
若い兵士は驚いたように顔を上げた。
「陛下。」
「罪が消えたわけではない。」
王は静かに言った。
「だが、民を助けたことまで消すつもりもない。」
兵士はしばらく言葉を失い、やがて深く頭を下げた。
次の者が連れてこられるまでの短い時間、王は机の端に積まれた別の書類へ目を向けた。
グラードに関する報告だった。
地方の食料不足。
領主による過剰な徴税。
教会支部の一部と商人が結びつき、救援物資を横流ししていた疑い。
地方から王都へ送られた救援要請の中には、途中で握り潰されていたものまである。
その中には、グラード自身が何度も異議を申し立てた記録も残っていた。
王は一通の陳情書へ目を通した。
北西部では、冬を越すだけの食料を確保できない村が増えている。
税を払えず土地を捨てる者がいる。
役人へ訴えても取り合ってもらえない。
日付はかなり古い。
「これは、本当に余のところへ届いておらぬのか?」
側近が頭を下げる。
「はい。地方行政局で証拠不足として却下されております。」
王の表情が険しくなった。
「証拠不足か。」
今の王都を見れば、その言葉がひどく空虚に聞こえる。
グラードが正しかったわけではない。
武力で王城を奪い、民を危険に晒し、国を一度壊して血で洗うなどという考えを認めることはできない。
それでも。
彼が何を見て、何を訴え、それを誰が無視したのかまで調べずに処刑すれば、この国はまた同じ過ちを繰り返すかもしれない。
「グラードはまだ逃走中か?」
「はい。」
「見つけ次第、生きたまま余の前へ連れてこい。」
側近が少し驚いた。
「討伐ではなく?」
「罪を裁かぬとは言っておらん。だが、その前に余が直接話を聞く。」
王は陳情書を机へ置いた。
「知らなかったでは済まぬ。」
その言葉は昨日も口にした。
けれど、今日はその重さを昨日より深く感じていた。
「王である以上、余へ届かなかった声まで含めて、この国で何が起きていたのか確かめる必要がある。」
「承知しました。」
側近が深く頭を下げた。
罪を裁くことと、罪が生まれた理由を知ることは別だ。
どちらか一方だけでは、国を立て直すことはできない。
王はようやく、そのことを自分自身の問題として受け止め始めていた。
◆◇◆
昼前になると、東庭には西区から戻ってきた大工たちが使える廃材を運び込んできた。
焦げた梁。
まだ使える扉板。
曲がった金具。
抜き取った釘。
見た目には瓦礫でも、職人の目からすれば再利用できる物は多い。
王都全体で新しい建材が不足している以上、使えるものを捨てる余裕はなかった。
ソータは大工の親方と一緒に置き場を確認していた。
「梁はここ。薪にする木は向こう。金具は箱へ分けよう。」
「釘は曲がってるのが混ざるぞ。」
「使えるのだけ別箱にしよう。」
「それがいいな。」
親方が頷く。
ソータが次の山へ向かおうとした時、リシェラが近づいてきた。
「ソータ様。少し休んだらどうです?」
「朝食食べたよ。」
「食事と休憩は別です。」
「元気だけど。」
「それを信用して倒れた方を、私は知っています。」
「俺だな。」
「あなたです。」
リシェラは呆れたように言ったが、その表情は柔らかい。
「じゃあ、これだけ確認したら休む。」
「本当に?」
「本当に。」
「約束ですよ。」
「分かった。」
そのやり取りを聞いていた親方が、面白そうに二人を見た。
「兄ちゃん、王女様と随分仲良くなったな。」
「そう?」
ソータは何気なく返した。
それより先に、リシェラの方が反応した。
「仕事の関係です。」
親方が笑う。
「何も聞いてねえぞ。」
「……。」
リシェラの頬が少し赤くなる。
ソータはますます分からない。
「姫様?」
「何でもありません。」
「また?」
「今日はそういう日なんです。」
その直後、後ろを通った荷車の車輪が大きな石へ乗り上げた。
荷台が傾き、積まれていた細い木材が一本だけ横へ滑る。
「危ない!」
ソータは反射的にリシェラの腕を引いた。
彼女の身体が、そのままソータの胸元へ寄る。
「……。」
リシェラの動きが止まった。
昨日も似たような距離になったことがある。
けれど今日は、昨日より心臓の音が大きく感じる。
ソータ自身には分かっていないが、体力の回復とともに《男気》も少しずつ強まっていた。
声に自然な力が宿り、誰かを守ろうとする時には迷いなく身体が動く。
しかも本人にほとんど自覚がないため、余計に相手へ強く伝わってしまう。
「怪我してない?」
「……はい。」
「腕、痛くない?」
「大丈夫です。」
リシェラは近い位置からソータを見上げた。
顔も近い。
少しだけ身体を寄せれば、さらに距離は縮まる。
その瞬間、昨日から何度も頭へ浮かんでいる考えがまた蘇った。
(今なら、事故ってことにできる?)
ルシアとソータが口づけを交わしていた場面を見てから、自分も一度くらい同じことをしてみたいという気持ちが消えない。
けれど、自分から頼む勇気はまだない。
だから偶然ならどうだろうと、そんな都合のいいことを考えてしまう。
リシェラはほんの少し身体の力を抜いた。
このまま支えられた状態で顔を上げれば、かなり近づける。
「姫様、立てる?」
ソータは何も気づかず、リシェラの身体をきちんと支え直した。
「……立てます。」
結局、距離はすぐに離れてしまった。
リシェラは少しだけ不満そうにソータを見る。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫です。」
「なんか怒ってる?」
「怒ってません。」
「でも。」
「ソータ様が悪いです。」
「何が?」
「分からないところです。」
ソータは完全に困った顔をした。
リシェラは顔を赤くしたまま、その場から数歩離れる。
(また駄目だった。)
そう思った直後、さらに自分で呆れた。
(私は何を真剣に考えているの。)
事故を装ってキスしようと考え、その事故がどれだけ自然に見えるかまで気にし始めている。
ここまで来ると、自分でもさすがにおかしい。
けれど諦めようとすると、今度はルシアの顔が浮かぶ。
(……やっぱり一回くらい。)
恋をすると人は少し馬鹿になるらしい。
少なくとも今の自分については、かなり否定しづらかった。
◆◇◆
その一部始終を、王城二階の回廊からエルシアが見ていた。
隣には王妃もいる。
「リシェラは最近、随分ソータ殿の近くにいますね。」
エルシアは、妹が離れた後も東庭を見下ろしていた。
「そうですね。」
王妃の声には明らかに楽しげな響きがある。
「母上。」
「何です?」
「笑っていますね。」
「少し。」
王妃は否定しなかった。
エルシアはもう一度ソータへ視線を戻した。
最初に出会った時から、何度も見てきた男だった。
けれど、ここ数日は印象が少し変わっている。
王女を前にすれば戸惑い、運送屋だと説明する時にも、相手がどう受け取るかを気にしていた。
今では兵士にも文官にも大工にも、自分が必要だと思ったことを迷わず伝えている。
王族に対してさえ、必要なら意見を言う。
能力だけではない。
ソータ本人が、自分の役割へ少しずつ自信を持ち始めているように見えた。
(変わったのでしょうか。)
あるいは。
(わたくしの見方が変わっただけ?)
どちらなのかは分からない。
ただ、先ほどリシェラがソータへ抱き寄せられた瞬間、胸の奥がざわついたことだけは否定できなかった。
妹が軽率だから心配した。
そう考えれば簡単だった。
けれど、それだけでは説明がつかない。
もっと個人的な感情が混じっている。
「エルシア。」
王妃が呼ぶ。
「何です?」
「考えごと?」
「少し。」
「ソータ様のこと?」
一瞬だけ返事が遅れた。
王妃はそれを見逃さず、楽しそうに微笑んだ。
「母上。」
「はい。」
「何も言わないでください。」
「まだ何も言っていませんよ。」
「その顔が言っています。」
「そう?」
「そうです。」
エルシアは少し頬を赤くした。
王妃はそれ以上からかわず、東庭へ視線を戻した。
「ただ、あの方がこの国へ長くいてくださったら、王都だけでなく地方も随分変わるでしょうね。」
その言葉に、エルシアの目がわずかに動いた。
物流。
災害対応。
地方への救援。
備蓄の管理。
ソータの《神速積載庫》だけではない。
物資をどこへ置き、誰に運ばせ、どこで流れが止まっているかを見る考え方そのものが、この国にはほとんどなかった。
「……そうですね。」
エルシアは静かに答えた。
けれど、王妃の言った「長くいてくださったら」という言葉だけが妙に胸へ残った。
ソータには帰る場所がある。
この王都へ来たのも、アルベールやヨーダに同行した結果に過ぎない。
王都の混乱が落ち着けば、いずれ戻るだろう。
それを考えた瞬間。
エルシアは、自分でも予想していなかった寂しさを感じた。
「母上。」
「何です?」
「外国出身者を王家へ迎えた前例はありますか?」
王妃がゆっくり娘の方を向いた。
言ったエルシア自身も、その質問が唐突だったことには気づいている。
「制度上の確認です。」
「まだ何も言っていませんよ。」
「王国にとって有用な人物を長く留める場合、どのような方法があるのか気になっただけです。」
少し早口になった。
王妃の口元が緩む。
「なるほど。」
「何です?」
「いいえ。」
「笑っていますね。」
「少しだけ。」
また素直に認めた。
エルシアは小さく息を吐き、再び東庭を見下ろす。
ソータは何も知らず、戻ってきた荷車の報告を聞いている。
その周囲では、彼が作った仕組みに沿って人が動き、必要な物が少しずつ王都へ行き渡り始めていた。
もし本当に、この男をこの国へ残したいと思ったなら。
王家へ迎える。
その方法が頭に浮かんだ。
まだ、自分がなぜそこまで考えるのかは分からない。
王国にとって必要な人物だからなのか。
それとも、もっと個人的な理由が混じり始めているのか。
エルシアは答えを出さないまま、しばらくソータの姿を目で追っていた。
昨日までの王都は、どこに何が必要なのか、誰が困っているのか、そもそも道が通れるのかさえ分からない状態だった。
けれど今は、荷車が物資を運び、兵士が現場を支え、文官が情報を集め、大工が道を直し、神官が負傷者を治療している。
それぞれが自分の役割を理解し始めたことで、王都の中にはようやく一つの流れが生まれつつあった。
(これなら、俺が全部やらなくても回る。)
ソータは地図から顔を上げ、東庭を行き交う人々を見渡した。
自分がいなくても荷物が届き、必要な場所へ人が動くようになっていく。
そのことが、今のソータには何より嬉しかった。
そして少し離れた場所では、エルシアとリシェラが、そんなソータの姿をそれぞれ違う思いで見つめていた。
リシェラは自分でも持て余している恋心を隠しきれず、エルシアはまだそれを政治的な関心だと言い聞かせようとしている。
けれど、二人とも以前よりずっと長くソータを目で追うようになっていることだけは、もう誤魔化しようがなかった。




