第166話:夜の城では、待っていた者たちがいる
その日の夕方、夜の城では、いつもより少しだけ重い空気が流れていた。
紫色の灯りがともる広い食堂には、ミレイユ、オルドアイ、ガルナ、バルク、それにチャールズが集まっている。
食卓には料理が並んでいたが、誰も食事へ手を伸ばしてはいなかった。
原因は単純だった。
アルベールも。
ルシアも。
まだ戻っていない。
ミレイユは椅子へ腰掛けたまま、指先で机を軽く叩いていた。
規則正しい音ではあるが、長く聞いていると、彼女の機嫌がかなり悪いことが分かる。
向かいではオルドアイが腕を組み、何度目か分からないため息をついていた。
ルシアが遠くの炎を見つけ、そのまま飛び出していった時には止める間もなかった。
アルベールまで後を追うように姿を消し、事情を知らない者たちは夜の城へ取り残された形になっている。
「ルシアのやつ、帰ってきたら一度きちんと言わないとな。」
オルドアイが低い声で言った。
「言うだけでは足りないわ。」
ミレイユは机を叩く指を止めた。
「勝手に飛んでいって、何の連絡もなし。しかもアルベールとソータもどうしているのか…」
「何かあったのかどうかも分からない状態で待たされる側のことを、少しは考えてもらわないと困るわ。」
「そこは私も同意だ。」
オルドアイは素直に頷いた。
「ただ、ルシアは本当に悪気がないからな。」
「悪気がなければ何をしてもいいわけじゃないでしょう。」
「それもそうだ。」
ミレイユの言い方には棘があったが、怒っている理由は単純な苛立ちだけではなかった。
ルシアが無事なのか。
アルベールとソータが無事なのか。
そして、ルシアが向かった先にソータがいるのか。
分からないことが多すぎる。
待つしかない時間というものを、ミレイユはあまり好きではなかった。
商売なら、情報を集めて次の手を考えられる。
物流なら、遅れている荷を追える。
けれど今回は、誰がどこにいるのかすらはっきりしない。
(本当に、面倒な人たちばかりなんだから。)
そう思いながらも。
一番気になっている顔は、やはりソータだった。
バルクは重い空気に耐えきれなくなったのか、目の前の料理へ手を伸ばしかけた。
その瞬間、隣にいたガルナが何も言わず、その手の甲を軽く叩く。
「まだ?」
「腹減ったんだけど。」
「分かってる。」
「でも料理冷めるぞ。」
「温め直せる。」
「俺の腹は待てない。」
「待てる。」
「なんで俺より分かるんだよ。」
「いつも見てるから。」
バルクは何か言い返そうとしたが、ガルナの顔を見て諦めた。
その様子を見ていたチャールズが、静かに頭を下げる。
「皆様。」
骨の顔に表情はない。
それでも声だけは、いつも通り落ち着いていた。
「お待ちになる間、少々気分を変えるための余興をご用意しておりますが、いかがいたしましょう。」
ミレイユがゆっくり顔を向ける。
「余興?」
「はい。」
「今?」
「はい。」
「この空気で?」
「この空気だからこそ、でございます。」
チャールズは一切動じない。
オルドアイが少しだけ興味を示した。
「何をするんだ?」
「劇でございます。」
「誰が?」
「我々が。」
「我々?」
オルドアイが食堂の隅を見る。
そこには、いつの間にか数体のスケルトンが立っていた。
ただ立っているだけではない。
布を巻いた者。
木剣を持った者。
妙に派手な兜を被った者。
さらに一体だけ、荷箱を背負っている。
「……。」
ミレイユが嫌な予感のする顔をした。
「チャールズ。」
「はい、ミレイユ様。」
「題名を聞いてもいいかしら。」
「『勇者と魔王と運送屋』でございます。」
「やめなさい。」
即答だった。
「まだ開演前ですが。」
「題名の時点で嫌な予感しかしないわ。」
バルクはもう笑っている。
「見たい。」
「あなたは黙ってなさい。」
「でも気になるだろ。」
オルドアイまで口元を緩めた。
「少しくらいならいいんじゃないか。」
「オルドアイ。」
「待っているだけでは仕方ない。」
「それはそうだけど。」
ミレイユが少し迷った、その瞬間だった。
食堂の外。
石造りの廊下から、足音が聞こえてきた。
全員の表情が一斉に変わる。
チャールズが最初に扉へ向かった。
「どなたでしょうか?」
問いかける前に。
扉がゆっくり開く。
「ただいま戻りました。」
聞き慣れた老紳士の声だった。
「アルベール!」
ミレイユが椅子から立ち上がる。
扉の向こうに立っていたアルベールは、いつも通り黒い執事服を身につけていた。
ただし、その服はいつものように整ってはいない。
肩口には裂け目があり、片方の白手袋は血で汚れている。
歩き方も、ほんの少しだけ不自然だった。
それを見た瞬間。
ミレイユの怒りは、別の方向へ切り替わった。
「座って。」
「ミレイユ様。」
「今すぐ。」
「ご報告を先に。」
「座ってからでもできるでしょう。」
アルベールは少しだけ困ったように目を細めた。
それでも逆らわず、近くの椅子へ腰を下ろす。
ガルナがすぐに立ち上がり、薬箱を取りに走った。
オルドアイはアルベールの傷を見ながら眉を寄せる。
「随分やられたな。」
「少々、手強い相手でございました。」
「少々って顔じゃないだろ。」
アルベールは穏やかに笑った。
「左肩に打撲。」
「右手に裂傷。」
「肋骨にも少々痛みがございますが、折れてはおりません。」
「それを世間では怪我人と言うのよ。」
ミレイユの声は低い。
「はい、ミレイユ様。」
「素直なのが余計に腹立つわ。」
アルベールは静かに頭を下げた。
「申し訳ございません。」
謝罪を聞いても、ミレイユの表情は緩まなかった。
むしろ、一番聞きたいことを堪えている顔をしている。
「それで。」
少し間を置く。
「ソータは?」
アルベールは、その質問が最初に来ると分かっていたようだった。
「ご無事でございます。」
ミレイユの肩から、ほんの少しだけ力が抜ける。
「本当に?」
「はい。」
「怪我は?」
「大きな外傷はございません。」
「それなら…」
そこで。
アルベールがほんのわずかに間を置いた。
ミレイユの目が細くなる。
「何。」
「《車体爆裂突進》を使用されまして。」
「……。」
「王城大広間の敵兵を排除した後、しばらく意識を失われました。」
食堂が静かになった。
オルドアイが額へ手を当てる。
バルクは口を閉じる。
チャールズまで微動だにしない。
そして。
「…全くあの人は、言ったそばから守れないんだから!」
ミレイユの声が食堂へ響いた。
「ミレイユ様。」
「王都へ行く前に何て言ったと思ってるの!」
「無茶しないで、危なくなったら逃げて、全部自分で背負わないって、あれだけ言ったのよ!」
アルベールは静かに聞いている。
「しかも倒れた?」
「本当に?」
「何を考えてるのよ!」
言葉は強い。
けれど。
顔には怒り以上に心配が出ていた。
オルドアイも、それを分かっている。
「ソータらしいと言えばソータらしいが。」
「褒めないで。」
「褒めてない。」
「助けた相手は?」
ミレイユがアルベールへ聞く。
「国王陛下、王妃殿下、そして王女殿下方でございます。」
「加えて、王城内部に残されていた避難者も多数。」
ミレイユは目を閉じた。
怒りたい。
でも。
その状況なら。
ソータが動いた理由も分かる。
(分かるから余計に腹立つのよ。)
見捨てられない。
だから動く。
そして自分の身体を後回しにする。
昔から。
少しも変わっていない。
「私はね。」
ミレイユは静かに言った。
「助けたことに怒ってるんじゃないの。」
アルベールが目を上げる。
「危険かどうかを判断する時、あの人はいつも自分を人数に入れないのよ。」
「助ける人は数えるのに、自分が倒れる可能性だけは数えない。」
「そこが腹立つの。」
「おっしゃる通りでございます。」
「アルベールもよ。」
「私も、でございますか?」
「怪我して帰ってきて何言ってるの。」
「返す言葉もございません。」
「本当に?」
「はい。」
「なら今日は寝て。」
「報告が。」
「寝ながらでもできるでしょう。」
「ミレイユ様。」
「何?」
「それは少々難しいかと。」
「じゃあ報告が終わったら寝て。」
アルベールは、ようやく小さく笑った。
「承知いたしました。」
◆◇◆
アルベールの傷へ薬が塗られ、包帯が巻かれた後。
ようやく王都で起きたことが説明された。
隣国王都で反乱が起きていたこと。
王城内で国王と王妃が孤立していたこと。
ソータが双子の王女を救出し、その後も避難民や兵士を助けながら動いていたこと。
そして。
屋上でアルベールが、グラードと戦ったこと。
そこまで聞いた時。
オルドアイの表情が変わった。
「グラード?」
「ご存じで?」
「名前だけだ。」
「母上や年長者から、昔の話で何度か聞いたことがある。」
「英雄たちと何度もぶつかった男だろ。」
「その通りでございます。」
「強かった?」
「非常に。」
アルベールが即答する。
「私がもう少し若ければ、と申し上げたいところではございますが。」
「実際は?」
「若い頃でも楽ではなかったでしょう。」
オルドアイは感心したように息を吐いた。
「それで勝ったのか?」
「いいえ。」
アルベールは静かに答えた。
「私は負けかけておりました。」
食堂の空気がまた少し変わった。
ミレイユも驚いたように見る。
「あなたが?」
「はい。」
「それで、どうやって戻ってきたの?」
「ルシア様に助けていただきました。」
全員が止まった。
「ルシアに?」
オルドアイが聞き返す。
「はい。」
「どうやって。」
「姿を現されただけでございます。」
「……。」
「もう一度。」
ミレイユが少し眉を寄せる。
「姿を現しただけ?」
「はい。」
アルベールは極めて真面目な顔をしている。
「グラード殿は、どうやら吸血鬼を非常に苦手としておられるようでございまして。」
「ルシア様が屋上へ降り立たれた瞬間、顔色を変え、そのまま退却されました。」
数秒。
誰も何も言わなかった。
最初に吹き出したのはバルクだった。
「そんなことある?」
「実際にございました。」
「アルベールが負けかけた相手が。」
「はい。」
「ルシア見ただけで逃げた?」
「はい。」
バルクは腹を抱えて笑い始めた。
オルドアイも最初は我慢していたが、やがて肩を震わせる。
「駄目だ。」
「それは笑う。」
ミレイユも口元を押さえた。
状況としては笑うところではない。
アルベールは怪我をしているし、グラードはまだ逃走中だ。
それでも。
あまりにも想像しやすかった。
ルシアが何も知らずに降りてくる。
アルベールが死にかけている。
グラードが吸血鬼だと気づく。
そして逃げる。
「ルシアは何て?」
ミレイユが聞く。
「最初は状況を理解しておられませんでした。」
「その後、グラード殿が逃げた理由を説明したところ、大変嬉しそうに『私は強い』と。」
「でしょうね。」
ミレイユは少しだけ笑った。
それから。
表情を柔らかくした。
「じゃあ、ルシアはあなたを助けたのね。」
「はい。」
「勝手に飛び出したのは怒るけど。」
「はい。」
「そこはちゃんと褒めないと駄目ね。」
オルドアイも頷いた。
「私も同じだ。」
「勝手に行ったことは叱る。」
「だが、アルベールを助けたことは別だ。」
チャールズが静かに頭を下げる。
「ルシア様がお戻りになりましたら、私からもお礼を申し上げます。」
「あなたが礼を言う側なの?」
ミレイユが少し不思議そうに聞く。
「ルシア様が大切にされている方々が無事であることは、私にとりましても喜ばしいことでございます。」
「……そう。」
ミレイユは少しだけ目を細めた。
夜の城へ初めて来た頃。
ここは人を拒む場所だった。
今は違う。
勝手に飛び出した主人を心配する者がいる。
怪我をして帰った老執事を囲んで怒る者がいる。
その老執事を助けた吸血鬼姫を、叱りながらも褒めようとしている。
(変わったわね。)
城も。
人も。
まだ。
変化の途中なのだろう。
◆◇◆
少し遅れて。
食堂では、ようやく料理へ手がつけられた。
アルベールは食べる量をかなり減らされている。
ガルナが横で監視しているため、無理をする余地もない。
ミレイユは一度だけ、食堂の隅に立ったスケルトンたちを見た。
「ところで。」
「はい、ミレイユ様。」
チャールズが答える。
「さっきの劇。」
「はい。」
「まだやるつもり?」
「もちろんでございます。」
「題名は変えられない?」
「すでに稽古を終えておりますので。」
「……。」
バルクが嬉しそうに笑う。
「見ようぜ。」
「あなたは本当に元気ね。」
「飯食ったから。」
ガルナが横から睨む。
「まだ二皿目。」
「もう二皿目。」
「減らす。」
「何で!」
少しずつ。
食堂の空気が戻ってくる。
チャールズが指を鳴らすような仕草をすると、奥からスケルトンたちが整列して現れた。
そのうち一体は木剣を持った勇者役。
一体は黒布を被った魔王役。
そして。
もう一体。
大きな木箱を背負っている。
「嫌な予感しかしない。」
ミレイユが呟く。
劇が始まった。
勇者役のスケルトンが魔王へ挑み。
派手に負ける。
次に魔術師らしきスケルトンが出てきて。
これも負ける。
そして最後に。
木箱を背負ったスケルトンが、妙に胸を張って舞台中央へ出た。
チャールズが語り役として説明する。
「勇者が倒れ、魔術師も倒れ、王国に希望が失われたその時。」
「一人の運送屋が現れたのでございます。」
「やめなさい。」
ミレイユが額を押さえた。
しかし劇は止まらない。
運送屋役のスケルトンは、魔王の前へ木箱を置いた。
次の瞬間。
舞台袖から大量の箱が運び込まれる。
「何をする気?」
オルドアイが笑いながら聞く。
チャールズが続ける。
「運送屋は魔王を倒すのではなく、魔王城へ必要以上の荷物を送り続けました。」
「何で。」
「その結果、魔王城の倉庫が満杯となり。」
箱がさらに増える。
「魔王は在庫管理に追われ。」
黒布を被ったスケルトンが慌てて箱を数え始める。
「やがて。」
さらに箱。
「物流の混乱に耐えきれず降伏いたしました。」
食堂が静かになった。
数秒後。
バルクが机を叩いて笑い始めた。
オルドアイも声を上げる。
「何だそれ!」
「私は結構好きだ。」
ミレイユは額を押さえたまま、深いため息をつく。
「絶対ソータには見せないで。」
「なぜでございます?」
「真似しかねないからよ。」
「なるほど。」
「納得しないで。」
アルベールまで、わずかに笑っている。
ほんの少し前まで。
皆、ルシアとアルベールの帰りを心配し、重い空気の中で座っていた。
今は。
馬鹿馬鹿しい骨の芝居を見て笑っている。
それだけでも。
待っていた時間が少し報われた気がした。
◆◇◆
その頃。
夜の城からまだかなり離れた空を。
一つの紫色の影が飛んでいた。
ルシアだった。
いつもより速度が遅い。
疲れているわけではない。
帰りたくないわけでもない。
ただ。
帰った後に何を言えばいいのか考えている。
(ごめんなさい。)
言える。
(勝手に行きました。)
これも言える。
(でもアルベールを助けました。)
これは。
言い訳に聞こえるかもしれない。
ルシアは飛びながら眉を寄せた。
(謝るって難しい。)
以前、ソータたちと一緒に見た謝罪例の本を思い出す。
(この度は私の軽率な行動により、多大なるご迷惑とご心配をおかけし。)
そこで。
首を振る。
(長い。)
自分の言葉ではない。
それでは。
ミレイユに見抜かれる気がする。
ルシアは夜空を飛びながら、何度も考えた。
そして。
ようやく夜の城が見えてきた頃。
(怖かったって言おう。)
自分が怖かったのではない。
帰って。
みんなが怒っているかもしれないこと。
そして。
自分が戻らなかった間。
みんなが心配していたかもしれないこと。
(ソータが死んでるかと思った時も怖かった。)
あれと似ている。
大事な人が。
何をしているか分からない。
無事かどうか分からない。
今まで。
自分が相手へそれをさせているなど。
ほとんど考えたことがなかった。
(少し分かった。)
ルシアは翼を大きく動かした。
夜の城が近づく。
黒い塔。
紫の灯り。
窓から漏れる暖かな光。
以前なら。
ただ自分の城だと思っていた。
今は。
少し違う。
誰かが待っている場所に見える。
そのことが。
少しだけ嬉しかった。
◆◇◆
「戻った!」
最初に気づいたのは、城外にいた見張りのスケルトンだった。
声は出ない。
だが。
慌ただしく鐘を鳴らした。
食堂にいた全員が顔を上げる。
チャールズがすぐに立ち上がった。
「ルシア様でございます。」
オルドアイも席を立つ。
ミレイユは。
立たなかった。
ただし。
視線は完全に扉へ向いている。
やがて。
廊下から足音が聞こえた。
扉が開く。
紫色の髪。
大きな翼。
少しだけ疲れた顔。
「ただいま。」
ルシアだった。
食堂が静かになる。
ルシアは全員を見る。
アルベールがいる。
怪我はしているが。
生きている。
ミレイユ。
オルドアイ。
ガルナ。
バルク。
チャールズ。
全員いる。
それだけで。
少し安心した。
「ルシア。」
ミレイユが呼ぶ。
「はい。」
妙に素直。
「こっちへ来て。」
「はい。」
さらに素直。
オルドアイが少し笑いそうになるが、今は我慢した。
ルシアはミレイユの前へ立った。
「謝罪例の本は使わないで。」
先に言われた。
ルシアが止まる。
「……。」
「自分の言葉で。」
「分かった。」
少し考える。
逃げない。
ソータに言われた。
ちゃんと帰れ。
ちゃんと謝れ。
だから。
「勝手に飛んでいって、ごめんなさい。」
ミレイユは黙っている。
「遠くに火が見えて、気になって。」
「ソータがいるかもしれないと思って、何も言わずに行った。」
ルシアは少しだけ視線を下げた。
「私が帰ってこない間、みんなが心配するって、あんまり考えてなかった。」
オルドアイの表情が少し柔らかくなる。
「ソータが倒れてた時。」
「死んだのかと思って、すごく怖かった。」
ルシアの声が少し小さくなる。
「だから。」
「私が何も言わずいなくなったら、みんなも少し同じだったのかもしれないって思った。」
ミレイユは。
しばらく何も言わなかった。
怒る言葉なら。
いくらでもあった。
でも。
今のルシアは。
以前とは違う。
自分が何をしたのか。
少なくとも少しは。
相手の側から見ようとしている。
「次は?」
ミレイユが聞く。
「次?」
「また何か見つけたら。」
ルシアは考える。
「言ってから行く。」
「誰に?」
「近くにいる人。」
「それから?」
「戻る時間が分からなくても、どこに行くか言う。」
「それから?」
ルシアが困った顔になる。
「まだある?」
「あるわ。」
「何?」
「無事に戻ったら、ちゃんとただいまを言う。」
ルシアが少し驚く。
「それは言った。」
「今回はね。」
「じゃあできてる。」
「そこだけはね。」
ミレイユは小さく息を吐いた。
「もういいわ。」
「怒らない?」
「怒ってる。」
「……。」
「でも。」
ミレイユは少しだけ表情を緩めた。
「アルベールを助けたことは、ありがとう。」
ルシアの目が少し大きくなる。
「私、役に立った?」
「かなり。」
アルベールが横から答える。
「ルシア様がいらっしゃらなければ、私はここへ戻れなかった可能性がございます。」
ルシアが少しだけ胸を張った。
「私は強い。」
「そこで威張るな。」
オルドアイが即座に止めた。
「だが。」
少し笑う。
「よくやった。」
ルシアがそちらを見る。
「本当?」
「ああ。」
「勝手に行ったことは怒ってるけどな。」
「両方?」
「両方だ。」
ルシアはしばらく考えた。
「難しい。」
「人間関係なんてそんなものだ。」
オルドアイが答える。
ルシアはまだ完全には納得していないようだったが。
少しだけ笑った。
その時。
チャールズが静かに前へ出る。
「ルシア様。」
「何?」
「お帰りなさいませ。」
「ただいま、チャールズ。」
「ご無事で何よりでございます。」
ほんの短いやり取りだった。
それでも。
ルシアは。
少し嬉しそうだった。
◆◇◆
その後。
食事が再開された。
ルシアも席へ座り、遅れて料理へ手を伸ばす。
少しして。
食堂の隅にいたスケルトンたちが。
再び整列した。
「何?」
ルシアが聞く。
「余興でございます。」
チャールズが答える。
「何の?」
「新作でございます。」
ミレイユが嫌な予感のする顔をした。
「さっきと違うの?」
「はい。」
「題名は?」
チャールズが一礼する。
「『謝罪文を覚えた吸血鬼姫』でございます。」
「やらない。」
ルシアが即答した。
「まだ開演前でございます。」
「やらない。」
「主役もすでに。」
「やらない。」
黒い布と紫色の羽根をつけたスケルトンが。
舞台袖から半分だけ顔を出した。
「やらない!」
食堂に。
久しぶりに。
大きな笑い声が響いた。
ミレイユも笑った。
オルドアイも。
バルクも。
ガルナも。
アルベールまで。
包帯を巻いた肩を痛めないよう気をつけながら。
静かに口元を緩めていた。
夜の城に。
ようやく。
全員が戻った。
少なくとも今夜だけは。
それで十分だった。




