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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第158話:燃える王城と、双子姫の初荷

 赤い煙の匂いが、転移の白い光を押しのけるようにソータの鼻へ飛び込んできた。

 足元は大教会の白石ではなく、黒く焦げた石畳だった。

 遠くで鐘が鳴っている。

 祈りを告げる鐘ではない。

 危急を知らせる、乱れた鐘だった。


 王城の外郭はすでに一部が崩れ、城壁の上では隣国の兵士同士が剣を交えていた。

 掲げられている旗は同じ国のものなのに、片方には黒い線が斜めに引かれ、もう片方は王家の金の紋章を守るように掲げられている。

 煙の向こうから悲鳴が聞こえ、馬のいななきが響き、鎧のぶつかる音がそこかしこで跳ねていた。

 隣国王都は、まだ完全に落ちてはいない。

 だが、王城の中枢へ刃が届きかけていることは、ソータにもすぐ分かった。


(始まってる。)

(もう、話し合いの前じゃない。)

(人が倒れてる。)

(道が塞がってる。)

(荷を運ぶ前に、まず道を作る。)


 ソータは反射的に周囲を見た。

 転移した場所は王城外郭の内側、物資搬入口に近い広場のようだった。

 荷馬車が横倒しになり、樽が割れ、干し草が燃えている。

 負傷した兵士が壁にもたれ、腕を押さえて呻いていた。

 その少し先では、崩れた門扉が通路を半分塞いでいる。

 これでは奥へ逃げる者も、外へ救助に向かう者も動きづらい。


「ソータ様。」


 アルベールの声がした。

 老執事は煙の中でも姿勢を崩さず、白手袋の指先だけを軽く揃えていた。

 だが、その目はいつもの穏やかさとは違う。

 周囲の戦況を一瞬で測り、何を捨て、何を拾うか決める者の目だった。


「負傷者を壁際へ。通路を塞ぐ瓦礫と門扉は可能な範囲で排除。燃えている干し草は水樽ごと移動してください。」


「分かった。」


「ヨーダ様。」


「分かっております。」


 ヨーダ大神官は震えていた。

 しかし、杖を握る手だけは離していなかった。

 彼は法衣の裾を焦げた石畳に引きずりながら、低い祈りの言葉を唱える。

 すると、倒れた兵士たちの周囲に淡い金の結界が広がった。

 矢が一本飛んできたが、結界に触れた瞬間、乾いた音を立てて弾かれる。

 ヨーダは顔色を悪くしながらも、奥歯を噛み締めて杖を立てていた。


「震えておいでですか、ヨーダ様。」


 アルベールが静かに言う。


「震えております。」


「結界は乱れておりません。」


「手だけ震えて、信仰は震えておりません。」


「それは結構。」


「褒めていますか。」


「少し。」


「少しですか…」


 こんな状況で何を言い合っているのかと思いながら、ソータは横倒しの荷馬車へ駆けた。

 燃えかけた干し草を《神速積載庫》へ入れる。

 熱を持ったものを入れる感覚はあまり好きではない。

 だが、燃え広がる前に消す方が先だ。


 すぐ隣の水樽を持ち上げ、割れた石床の上へ流す。

 火が白い蒸気を上げて消えた。


 次に崩れた門扉の破片へ手を当てる。

 重い。

 普通なら数人がかりでも動かすのは難しい。

 しかし、ソータの《神速積載庫》は荷物なら受け入れる。

 割れた門板、折れた鉄金具、崩れた石材。

 ソータは触れたものから順に格納し、通路を開けていく。


「道が開いたぞ!」


 近くの兵士が叫んだ。

 王家側の兵士らしい。

 顔には煤がつき、兜は半分へこんでいる。

 彼はソータを見て一瞬戸惑った。


「貴殿は何者だ!」


「運送屋だ!」


「なぜ運送屋が王城の戦場にいる!」


「俺が一番聞きたい!」


 兵士は一瞬固まり、それからなぜか納得したように頷いた。


「分からぬが、助かる!」


「負傷者を結界の中へ運んでくれ!」


「承知!」


 兵士たちが動き始める。

 ソータは次々と障害物を取り除いた。

 瓦礫を入れ、割れた槍を入れ、通路に散らばった石を入れ、必要な場所へ水袋と包帯を出す。

 戦うのではない。

 戦場の中で、人が動ける道を作る。

 それが今、自分にできることだった。


 だが、その時、外郭の向こうから地鳴りのような声が響いた。


「道を開けたか。よい判断だ。」


 その声を聞いた瞬間、アルベールの表情が変わった。

 ほんのわずかだった。

 だが、ソータには分かった。

 知っている相手だ。

 それも、ただの敵ではない。


 煙の向こうから、一人の男が歩いてきた。

 背が高い。

 屈強な肩。

 古傷だらけの顔。

 灰色の髪を後ろで束ね、巨大な戦斧を片手に持っている。

 鎧は豪奢ではない。


 だが、使い込まれ、何度も死線を越えた者だけが持つ重みがあった。

 彼の周囲では、反乱側の兵士すら自然と距離を取っている。

 ただ強いだけではない。

 その場の空気を、自分の信念で押し広げる男だった。


「久しいな、アルベール。」


 男は戦斧を肩に担いで言った。


「まだ執事の服など着ておるのか。」


「お久しゅうございます、グラード様。」


 アルベールは静かに一礼した。


「相変わらず、礼儀作法を覚える気はなさそうでございますね。」


「覚えたぞ。必要ないと判断しただけだ。」


「それを、覚えていないと言うのです。」


 男、グラードは豪快に笑った。

 その笑いだけなら、敵に見えない。

 だが、彼の背後では王城が燃え、兵士が倒れている。


「勇者の腰巾着だった魔法使いが、まだ世界の埃を払って歩いているとはな。」


「埃が舞い上がっておりますので。」


「それを払うのが自分の役目だと思っているか。」


「少なくとも、主様の衣服に付く埃は払います。」


「そういう返しをするところが昔から気に食わん。」


 ヨーダが小さく息を呑んだ。


「グラード……まさか、戦斧のグラードか。」


「おう。大神官殿まで来たか。老いたな。」


「あなたも十分に老いております。」


「俺は鍛えている老いだ。そちらは祈って震える老いだな。」


「震えていても、結界は張れます。」


「それは見事。」


 グラードは本当に感心したように言った。

 だが、次の瞬間には戦斧を構えた。

 重い刃が空気を押し、煙が左右へ裂ける。


「アルベール。退け。」


「退けません。」


「俺はこの国を腐ったまま残す気はない。王は弱い。貴族は膿んだ。教会は外からありがたい言葉を垂らすだけで、民の飢えは救わん。俺は壊すぞ。一度壊して、血で洗って、強い国を作る。」


「血で洗った国は、乾くまでに多くの民が死にます。」


「今のままでも死ぬ。」


「だから謀反を?」


「だからだ。」


 グラードの声には迷いがなかった。

 ただの野心家ではない。

 ただ王位を奪いたい男でもない。

 彼には彼の見た地獄があり、怒りがあり、救えなかった民がいるのだろう。

 だからこそ厄介だった。

 悪党ならまだよかった。

 信念を持つ強者ほど、止めるのが難しい。


「かつて、勇者一行と肩を並べずとも、あなたは多くを救いました。」


 アルベールの声は静かだった。


「ライバルと呼ばれた頃のあなたは、民を盾にするような戦を嫌っておられた。」


「今も嫌いだ。」


「では、なぜ王城を焼くのです。」


「焼かねば見向きもされぬ場所に、民の声が届くと思うか。」


「届かせ方を間違えております。」


「正しい届かせ方をして、何年待てばよかった。」


 アルベールは答えなかった。

 その沈黙が、グラードの怒りを少しだけ深めたようだった。


「お前たちは昔からそうだ。力があり、名があり、王にも教会にも顔が利く。だが、辺境で食えずに死ぬ者の歯ぎしりまでは聞こえん。」


「聞こえぬままにした覚えはございません。」


「ならば、なぜ変わらん!」


 グラードが踏み込んだ。

 一歩だけで石畳が割れた。

 戦斧が振り下ろされる。

 アルベールは白手袋の指を軽く動かし、透明な魔法障壁を展開した。

 刃と障壁がぶつかる。

 轟音。

 結界の端がひび割れ、衝撃が広場を走った。

 ソータは思わず身を低くする。

 近くの兵士たちが吹き飛ばされかけ、ヨーダの金色結界がそれを受け止めた。


「重いですね。」


 アルベールが言う。


「軽く振った。」


「相変わらず、迷惑な腕力でございます。」


「相変わらず、嫌な壁を張る。」


 二人は互角だった。

 少なくとも、一撃で決まるような差はない。

 アルベールは魔法で距離と術式を操り、グラードは圧倒的な肉体と戦斧でそれを叩き割る。

 ヨーダが結界を補助しなければ、周囲の兵士たちが巻き込まれる。

 ソータはその戦いを見て、背筋が凍った。


(アルベールが押し切れない。)

(あのアルベールが。)

(強い。)

(ただ強いんじゃない。)

(止まらないんだ。)

(自分が正しいと思ってるから。)


 アルベールは指を鳴らした。

 地面から銀の鎖が何本も伸び、グラードの腕と脚へ絡みつく。

 だが、グラードは戦斧を地面へ打ち込み、全身の力でそれを引き裂いた。

 鎖が砕け、光の破片になって散る。

 その破片を踏み越えながら、彼は再び前へ出る。


「邪魔をするなら、お前でも斬る。」


「それは困ります。まだ主様の朝のお茶を淹れる仕事が残っておりますので。」


「この期に及んで茶か!」


「人生において、茶は重要でございます。」


「本当に気に食わん!」


 グラードの戦斧が横薙ぎに走る。

 アルベールは身を引き、同時に空間をわずかにずらした。

 刃は彼の体をかすめたように見えたが、実際には数寸離れている。

 しかし、風圧だけでアルベールの白髪が乱れた。

 彼は珍しく眉をわずかに上げた。


「危のうございますね。」


「避けたくせに言うな。」


「避けても危ないものは危ないのでございます。」


 ヨーダが結界を張り直しながら叫ぶ。


「アルベール殿! 長引けば負傷者が増えますぞ!」


「承知しております。」


「分かっていて長話をなさるのか!」


「旧知の仲でございますので。」


「仲良く斬り合わないでいただきたい!」


 ソータはその叫びに少しだけ現実へ戻った。

 そうだ。

 ここでアルベールとグラードが互角にぶつかり続ければ、周囲がもたない。

 王族の救出が遅れる。

 双子の姫は西塔で孤立している。

 ここで勝敗を決めるのではなく、目的は命を運ぶことだ。


「アルベール!」


 ソータは叫んだ。


「俺は西塔へ行く! 王族を探す!」


 アルベールはグラードの戦斧を障壁で受けながら、横目でソータを見た。


「単独では危険でございます。」


「ここにいても危険だ!」


「それはその通りでございます。」


 グラードがソータを見た。


「お前が噂の運送屋か。」


「そうだよ!」


「ならば、王族を運ぶ気か。」


「命なら運ぶ!」


 グラードの目がわずかに細くなった。


「その命が、この国をまた腐らせるとしてもか。」


 ソータは息を呑んだ。

 問いは重かった。

 だが、答えは一つしかない。


「それは、その人たちが生きてから決めることだ。」


「ほう。」


「死んだら、変わることも謝ることも責任を取ることもできない。俺は勇者じゃないし、王様の正しさも分からない。でも、今死なせたら終わりだ。だから運ぶ。」


 グラードは少しだけ笑った。

 皮肉ではない。

 面白いものを見たような笑みだった。


「アルベール。お前の連れは、なかなか青いな。」


「青さは、時に血の匂いより貴重でございます。」


「ならば行け、運送屋。」


 グラードは戦斧を構え直す。


「ただし、俺の部下は止めん。自分の荷は自分で守れ。」


「そのつもりだ!」


 ソータは走り出した。

 背後で再び轟音が鳴る。

 アルベールとグラードの戦いが始まる。

 ヨーダの結界が揺れ、金色の光が火の粉の中で何度も瞬いた。

 ソータは振り返らなかった。

 西塔へ向かう通路は、半ば崩れている。

 王家側の兵士が数人、道を塞いでいた反乱兵と戦っていた。


「西塔へ行きたい! 道は!」


 ソータが叫ぶと、王家側の兵士の一人が振り返った。


「物資搬入口から内庭を抜け、白薔薇回廊を通れ! ただし、回廊は崩れかけている!」


「崩れかけか。分かった!」


「分かったのか、それで!」


「運送屋だからな!」


「運送屋とは何なのだ!」


 兵士の叫びを背に、ソータは走った。

 途中、倒れた棚や焦げた扉が道を塞いでいたが、触れては格納し、進路を作る。

 途中で負傷した侍女を見つけ、近くの兵士に引き渡す。

 水袋を出し、包帯を投げ、燃え移りそうな布を回収する。

 戦場の中で、走りながら小さな物流を続ける。

 それが不思議と、ソータの呼吸を整えた。


◆◇◆


 白薔薇回廊は、名前に似合わずひどい有様だった。

 壁には白い薔薇の彫刻が連なっていたが、半分は煤で黒くなり、天井の一部が崩れて床を塞いでいる。

 その向こうに、西塔へ続く階段が見えた。

 だが階段前には、反乱兵が五人いた。

 全員が鎧を着込み、槍を構えている。

 ソータは足を止めた。


(五人。)

(正面からは無理。)

(戦うな。)

(通る道を作れ。)


 ソータは回廊の端に積まれていた壊れた長椅子へ手を伸ばした。

 それを一度《神速積載庫》へ入れ、次の瞬間、反乱兵の少し手前に横向きに出す。

 突然現れた長椅子に、前列の二人が足を取られた。


「何だ!」


 さらにソータは壊れた扉板を二枚、盾のように出す。

 槍先が扉板に刺さる。

 その隙に、ソータは横の崩れた石材を格納し、回廊の脇に細い通り道を作った。

 体を滑り込ませるように走り抜ける。


「待て!」


「待たない!」


 後ろから槍が飛ぶ。

 ソータは古い絨毯を取り出して床へ広げた。

 追ってきた兵が足を滑らせ、派手に転ぶ。

 戦い方としてはあまり格好よくない。

 だが、今は格好を気にしている場合ではなかった。


(ミレイユに見られたら、整理が雑って怒られそうだ。)

(オルドアイなら笑うかもしれない。)

(ルシアは真似しそうだから、絶対に見せたくない。)


 そんなことを考えながら階段を駆け上がる。

 上へ行くほど煙は少ないが、代わりに人の気配も少なくなる。

 西塔は孤立している。

 階段の途中には近衛兵が二人倒れていた。

 まだ息がある。

 ソータは水と包帯を置き、短く声をかけた。


「動けるか!」


「姫君を……上に……。」


「分かった!」


 さらに上る。

 そして最上階近く、重い扉の向こうから声が聞こえた。


「姉様、もう一度言うけれど、今の氷矢はかなり良かったと思うわ。」


「扉に当てるつもりが、燭台を落としたのでしょう。」


「結果的に、敵の足元に落ちたわ。」


「結果論を武勇伝にしないでちょうだい。」


「でも、敵は転んだわ。」


「転んだ敵が驚きすぎて泣きそうになっていましたわ。」


「そこまで見ているなら、姉様も余裕じゃない。」


「余裕ではありません。観察しているだけです。」


 ソータは扉の前で一瞬止まった。

 戦場の中で聞こえてくる会話としては、少しだけ調子が違う。

 怯えていないわけではない。

 だが、ただ震えているだけでもない。

 扉の内側では、何かがまた壁に当たって砕ける音がした。

 続いて、若い女の声が少し荒くなる。


「くそっ、今のは曲がったわ!」


「リシェラ。言葉。」


「失礼しました。今のは、大変不本意な軌道を描きました。」


「よろしい。」


 ソータは思わず扉を叩いた。


「中にいるのは、双子の姫様か!」


 一瞬、静かになった。

 次に、扉の向こうから凛とした声がした。


「どちら様でいらっしゃいますか?」


「ソータといいます。王国側から救助に来た運送屋です。」


「運送屋?」


 別の明るい声が跳ねた。


「姉様、運送屋ですって。」


「聞こえています。」


「王族救出に運送屋。斬新だわ。」


「斬新さで扉は開けられません。」


「でも、声は悪くないわ。」


「リシェラ。判断基準を増やさない!」


 ソータは扉の前で頭を抱えそうになった。


「怪しいのは分かるけど、時間がない! 教会のヨーダ大神官も来てる!」


 扉の向こうがまた静かになった。

 少し間があって、鍵が外れる音がした。

 扉が細く開く。

 そこから、二人の若い女性が顔を出した。

 

 二人はよく似ていた。

 淡い金の髪。

 宝石のような青い瞳。

 白と銀を基調にした王族の衣装。

 年はソータと大きく変わらないように見える。

 十九歳ほどだろうか。

 まだ若さの柔らかさは残っているが、どちらも子供ではない。

 王女として育てられた品のある立ち姿と、戦火の中でも崩れない芯があった。


 姉の方は、背がすらりと高く、線は細いが胸元や腰の形に大人びた華やかさがあり、王族らしい優雅さが際立っていた。

 妹の方は、姉より少しだけ動きやすそうな体つきで、肩や腕に鍛えた名残があり、しかし女性らしい柔らかさも十分に備えている。

 騎士団の訓練場に混じっても違和感がないような、活発な気配があった。

 顔立ちは似ていても、雰囲気はかなり違う。

 姉は扉の陰に半身を隠すように立ち、冷静な目でソータを観察している。

 妹は扉から一歩身を乗り出し、好奇心を隠しもしない。


「わたくしは姉のエルシア。この国の第一王女です。」


 冷静な方が名乗った。

 声は丁寧だが、どこか相手を値踏みするような響きがある。

 礼を失してはいない。

 しかし、自分より下の者をまず少し遠くから見る癖があるのだろう。


「私は妹のリシェラ。第二王女です。助けに来たというのなら、まずは感謝してあげるわ。」


 明るい方がにこりと笑った。


「リシェラ。言い方。」


「失礼しました。まずは、感謝申し上げます。」


「遅いですわ。」


「姉様、今は細かい作法より生き残る方が大事よ。」


「そのためにも、余計な敵を増やさない言葉遣いが必要なのです。」


 ソータは一瞬、今が戦場であることを忘れかけた。

 この二人、強い。

 別の意味で。


「怪我は?」


「わたくしはありません。」


 エルシアが答える。


「近衛の一人が腕を斬られました。わたくしの回復魔法で出血は抑えていますが、長くはもちません。」


「回復魔法が使えるのか?」


「多少は。」


 エルシアは控えめに言ったが、その表情には少し誇りがあった。

 近衛兵の腕を見ると、応急処置以上の治癒が施されている。

 完全ではないが、命をつなぐには十分だった。


「私は氷の攻撃魔法が少し使えます。」


 リシェラが胸を張る。


「少しというには、先ほど扉を凍らせかけていましたわ。」


「敵の足元を狙ったの。」


「燭台を落としたでしょう。」


「結果的には有効でした。」


「結果論です。」


 ソータは部屋の中を見た。

 近衛兵が三人、負傷しながらも扉を守っている。

 机や棚で即席の障害物を作り、敵の侵入を防いでいたらしい。

 床には壺、燭台、分厚い本、そして氷で白く曇った石の破片が散らばっている。

 どうやら二人とも、ただ守られていたわけではない。

 かなり不器用ではあるが、抵抗していた。


「二人とも、魔法が使えるんだな。」


「王族の嗜み程度ですわ。」


 エルシアは少しだけ顎を上げた。


「ただ、わたくしたちは時折、城を抜け出して草原へ参りますので、実戦に近い経験も多少ございます。」


「城を抜け出して?」


「弱い魔物がいる草原よ。」


 リシェラが楽しそうに言った。


「姉様は怪我を治す練習。私は氷で動きを止める練習。たまに狩りもするわ。うさぎ型の魔物とか、角の小さい猪とか。」


「王女が何をしてるんだ。」


「姉様の発案です。」


「リシェラ。」


 エルシアが冷たい目で妹を見る。


「正確には、あなたが騎士団の訓練に勝手に混ざり、そこで知った抜け道を使ったのが始まりです。」


「でも、姉様も二回目からは薬草籠を持って来たわ。」


「怪我人を放置できないからです。」


「騎士団の方々は、私たちが行くと張り切るのよ。」


「彼らは職務を果たしているだけです。」


「姉様、あれは絶対に張り切っています。特に若い騎士たちは。」


「余計なことを言わないでちょうだい。」


 リシェラは悪びれずに笑った。

 エルシアは少しだけ頬を赤くしたが、すぐに冷静な顔へ戻る。

 ソータはそのやり取りで、二人が城の中に閉じ込められているだけの姫ではないと分かった。

 未熟ではある。

 だが、自分の足で外を見ようとしていた。

 それが今、彼女たちをただ震えているだけにしていないのだろう。


「脱出する。歩けるか。」


「歩けますわ。」


 エルシアは即答した。

 しかし彼女は、ソータへ近づこうとはしない。

 扉から数歩離れた場所に立ち、彼の動き、手元、視線、荷の出し入れの様子を冷静に見ている。

 人見知りというより、すぐには懐へ入れない性格なのだろう。

 しかも、相手を観察してからでなければ信用しない。

 王女としては正しいが、今は少し時間が惜しい。


「私は走れるわ。」


 リシェラはそう言って一歩前へ出た。

 そして、ソータの腰袋や手元を興味深そうに見た。


「あなた、荷物を消したり出したりできるの?」


「できる。人は入れられないけど、物なら。」


「すごいわ。なら、扉も持てる?」


「固定されてなければ。」


「姉様、この方は頼れそうよ。」


「判断が早すぎます。」


「でも、助けに来たのは事実です。」


「それと全面的に信頼することは別です。」


 エルシアはそう言いながらも、ソータから目を離していない。

 彼女の視線は冷たいが、怯えているわけではない。

 むしろ、自分と妹を預けるに足る者かを測っている。

 ソータはその視線が少し苦手だった。

 ミレイユの鋭さとは違う。

 ミレイユは現場を見る目だ。

 エルシアは人を階段の上下で測る目をしている。


(この姉姫、距離があるな。)

(見下してるというか、まだ俺を下に置いて見てる感じだ。)

(王族だから当然かもしれないけど。)

(妹姫は逆に近い。)

(近いというか、遠慮がない。)

(ミレイユに見られたら、また面倒な顔をされるやつだ。)


 その時、階段の下から足音が響いた。

 反乱兵が追ってきている。

 ソータは扉を閉め、部屋の中を素早く見回した。


「別の出口は?」


「西塔の外壁に非常用の細い階段がありますわ。」


 エルシアが答える。


「ただし、途中で崩れております。」


「また崩れてるのか。」


「王城の維持費削減案に、わたくしは反対しておりました。」


「今、その話をするのか。」


「今だからこそ、証明されていますわ。」


 リシェラが横で頷く。


「姉様は、こういうところだけは妙に正しいのよ。」


「こういうところだけ、とは何ですか。」


「かなり正しい、という意味です。」


「言い直しても不敬です。」


 ソータは返事をする余裕もなく、非常階段の扉へ向かった。

 扉は重い鉄製で、錆びついている。

 鍵も歪んで開かない。

 ソータは手を当てた。


「壊す。」


「王城備品ですわ。」


 エルシアが言う。


「命優先。」


「異議はありません。」


 ソータは扉を《神速積載庫》へ格納した。

 双子姫が同時に目を見開く。


「消えましたわ。」


「本当に消えたわ。すごい。あなた、便利ね。」


「リシェラ。人を便利と言わない。」


「では、とても頼れる方ですね。」


「そう言いなさい。」


 リシェラはすぐにソータへ近づいた。

 近い。

 さっきまで初対面だったとは思えない距離だった。

 彼女はソータの腕を軽く掴み、にこりと笑う。


「では、頼らせていただきます。私はこういう細い階段が苦手なの。手を貸してくださる?」


「え、ああ。もちろん。」


 ソータが頷くと、背後からエルシアの冷たい視線が飛んできた。


「リシェラ。距離が近いです。」


「怖い時は頼れる方の近くにいるのが合理的よ。」


「合理を言い訳にしないでちょうだい。」


「姉様も近くに来ればいいのに。」


「わたくしは観察します。」


「それ、怖い時の姉様の癖よ。」


「黙りなさい。」


 エルシアの声が少しだけ乱れた。

 リシェラはそれに気づいたのか、それ以上からかわなかった。

 ソータは非常階段へ出る。

 外気が冷たい。

 下を見ると、階段は途中で確かに崩れている。

 幅も狭く、二人並んでは通れない。

 だが、崩落部分の先には隣の屋根がある。

 板か橋があれば渡れる。


「崩落部分まで行く。近衛兵が先。エルシア姫はその後。リシェラ姫は俺が支える。最後に残りの兵。」


「わたくしが先ではなく?」


 エルシアが問う。


「先に向こう側で受ける人がいる。姫様だけ渡しても、向こうで転んだら意味がない。」


「なるほど。現場の判断としては妥当ですわね。」


「褒めてるのか?」


「事実を述べています。」


「姉様が事実を述べる時は、半分くらい褒めています。」


 リシェラが小声で言う。


「たぶん。」


「たぶんか。」


「私にも難しい時があります。」


 ソータは苦笑しながら階段を進んだ。

 エルシアは距離を保って後ろからついてくる。

 視線は常に周囲とソータの動きを追っていた。

 リシェラはというと、細い階段を見て少し顔をこわばらせながらも、強がって笑っている。


「怖いなら、無理に喋らなくていいぞ。」


「喋っている方が、足が動くのよ。」


「そういうものか。」


「そういうものよ。草原で魔物に追われた時も、姉様にずっと文句を言いながら走ったら助かったわ。」


「追われたのか。」


「弱い魔物のはずだったの。でも群れだったのよ。」


「それは弱くない。」


「だから騎士団の方々が大騒ぎになったわ。」


 エルシアが後ろから言う。


「あなたが勝手に先へ行ったからです。」


「姉様も薬草に夢中で止めなかったわ。」


「わたくしの責任にしないでください。」


「でも、その時に姉様が転んだ騎士を治して、騎士団で人気が上がったのよね。」


「リシェラ。」


「はい。今は黙ります。」


 ソータは二人の話を聞きながら、意外な気持ちになった。

 騎士団の練習に混ざる妹。

 草原で回復魔法を試す姉。

 弱い魔物相手に狩りの練習。

 王城に閉じこもっていたわけではない。

 たぶん、二人なりに外の世界へ触れようとしていた。

 そのやり方は危なっかしいが、だからこそ今、彼女たちは逃げる足を持っている。


 崩落部分に着くと、風が強くなった。

 下には黒く焦げた屋根瓦が見える。

 距離は長くない。

 だが、足場を間違えれば落ちる。

 ソータは格納していた扉板と長椅子を取り出し、崩落部分へ渡した。

 さらに縄を手すり代わりに張る。

 強度は完璧ではないが、一人ずつなら渡れる。


「まず近衛兵。」


 ソータが指示すると、負傷の軽い近衛が先に渡った。

 次にエルシアが進む。

 彼女は怖がっていないように見せていたが、指先は白くなっていた。

 それでも背筋は伸びている。

 王女としての意地なのだろう。


「下を見るな。向こうの兵だけ見て。」


 ソータが声をかけると、エルシアはちらりと彼を見た。


「指示は簡潔ですのね。」


「荷崩れ防止と同じだ。」


「わたくしを荷に例えました?」


「命の荷です。」


 エルシアは一瞬黙り、それから小さく笑った。


「その表現なら、今回は許します。」


 彼女は渡りきった。

 次はリシェラだ。

 リシェラは橋の前で足を止め、ソータの袖をぎゅっと掴んだ。

 先ほどまでの明るさが、少しだけ弱くなっている。


「ソータ。」


「呼び捨て?」


「あ、ごめんなさい。ソータ様。」


「いや、いい。何?」


「やっぱり怖いわ。」


「うん。」


「手、強めに握って。」


「分かった。」


 ソータが手を差し出すと、リシェラはすぐに握った。

 その手は温かく、少し汗ばんでいた。

 彼女は人懐こい。

 しかし、ただ軽いわけではない。

 頼れると思った相手へ、怖さごと預けてくる強さがある。

 ソータはその重みを受け止めるように、しっかり握り返した。


「足元は見すぎない。俺を見るか、向こう側を見る。」


「では、あなたを見るわ。」


「それはそれで歩きにくくないか。」


「安心するから。」


 エルシアの声が向こう側から飛んだ。


「リシェラ。初対面の男性へ不用意に甘えない。」


「落ちたら困るでしょう。」


「それはそうですが。」


「私は今、とても合理的に頼っています。」


「あなたの合理は、いつも少し都合がよいですわ。」


 リシェラは小さく笑った。

 その笑いは震えていたが、足は前へ出た。

 ソータは彼女の手を引き、片手で縄を支えながらゆっくり渡る。


「草原の猪より怖い?」


「落ちる階段の方が怖いわ。」


「氷魔法で足場を固められないのか。」


「できるかもしれないけれど、失敗したら全部滑るわ。」


「それはやめよう。」


「ええ。私もそう思う。」


 二人は一歩ずつ進んだ。

 橋代わりの板が軋む。

 リシェラの手に力がこもる。

 ソータは足を止めず、一定の速さで進んだ。


「大丈夫。あと三歩。」


「三歩ね。」


「二歩。」


「二歩。」


「一歩。」


「一歩。」


「着いた。」


 リシェラは向こう側へ渡りきると、ほっとしたように息を吐いた。

 そして、そのままソータの腕に軽く寄りかかった。


「助かったわ。」


「まだ脱出途中だ。」


「分かっているわ。でも、今は少し頼らせて。」


 ソータは一瞬困った。

 困ったが、突き放す状況でもない。

 するとエルシアが静かにリシェラの肩へ手を置いた。


「そこまでです。」


「姉様、早い。」


「早くありません。」


「心配してくれたの?」


「当然です。」


 エルシアは少しだけ顔を逸らした。

 リシェラは満足そうに笑う。

 この妹は、人の懐へ入るのがうまい。

 姉の冷たさも、たぶん何度もこうやって溶かしてきたのだろう。


 その瞬間、後ろの部屋へ反乱兵がなだれ込んだ。

 槍を持った兵が非常階段の扉跡へ駆け寄る。


「急げ!」


 近衛兵が叫ぶ。

 ソータはすぐに橋に使っていた長椅子を《神速積載庫》へ戻した。

 足場が消え、追ってきた兵の一人が慌てて止まる。

 さらに扉板も回収する。

 崩落部分が完全に切れ、追手は向こう側で怒号を上げるしかなくなった。


「橋を消した……。」


 エルシアが呟く。


「ますます興味深いですわね。」


「姉様が興味を持ったわ。」


 リシェラがソータの横で小さく言う。


「それは良いことなのか?」


「警戒されているうちは遠いけれど、興味を持たれると少し近くなるわ。」


「それでもまだ遠そうだ。」


「姉様は人見知りなの。」


「リシェラ。」


「ほら、怒るところも人見知りっぽいわ。」


「違います。」


 エルシアは否定したが、少しだけ頬が赤かった。

 ソータは深く追及しないことにした。

 この姉妹の距離感に踏み込みすぎると、余計な荷が増える気がした。


◆◇◆


 王城外郭の広場では、戦いがさらに激しくなっていた。

 アルベールとグラードはまだ決着していない。

 地面にはいくつもの魔法陣の焼け跡があり、石畳には戦斧の裂いた溝が走っている。

 ヨーダは結界を維持しながら、負傷者を守っていた。

 彼の顔色は悪いが、結界の光は弱っていない。

 グラードの戦斧が再び振り下ろされ、アルベールの障壁とぶつかる。

 衝撃で周囲の煙が吹き飛ぶ。

 アルベールの袖が少し裂けていた。

 グラードの肩にも魔法の焼け跡がある。

 互いに無傷ではない。

 互角。

 それも、本気の互角だった。


「まだ立つか、アルベール。」


「執事は立ち姿も仕事でございますので。」


「その冗談、いい加減腹が立つ。」


「冗談ではございません。」


「だから腹が立つ!」


 グラードが踏み込もうとした瞬間、ソータたちが広場へ出た。

 グラードの視線が双子姫を捉える。


「姫君たちを連れ出したか。」


 エルシアは前へ出ようとしたが、ソータが腕で制した。


「下がって。」


「彼は我が国の反逆者です。王族として――」


「今は生き残るのが仕事だ。」


 エルシアはソータを見た。

 命令されたことに慣れていない目だった。

 少し不快そうでもあった。

 だが、状況判断はできる。

 彼女は唇を引き結び、一歩下がった。


「……現場では、あなたの判断に従います。」


「助かる。」


 リシェラはソータの背後へ素直に入った。

 しかし、ただ隠れたわけではない。

 片手を前に出し、指先に小さな氷の粒を浮かべている。

 未熟だが、いざという時には撃つつもりなのだろう。


 グラードは双子姫を見て、低く言った。


「エルシア姫、リシェラ姫。恨みはない。」


「恨みなく王城を焼くのですか。」


 エルシアの声は震えていなかった。

 丁寧だが、棘がある。

 見下しているというより、王族として相手を裁く立場に立とうとしている声だった。


「必要だからだ。」


「必要を理由にすれば、どんな犠牲も許されるとお考えですか。」


「許されるなどと思っておらん。背負うだけだ。」


「背負うとは便利な言葉ですわね。」


「王族が言うか。」


 グラードの目に怒りが宿る。


「民の飢えを帳面で見ていた者が。」


 エルシアは黙った。

 その沈黙には痛みがあった。

 知らなかったわけではない。

 だが、何かを変える力が足りなかったのかもしれない。

 あるいは、王城の中で見えるものには限りがあったのかもしれない。


 リシェラが一歩前へ出た。


「グラード将軍。」


 その声は先ほどより荒さを抑えていた。

 それでも、感情は隠しきれていない。


「私は、あなたが昔、北の飢饉の時に自分の馬を売って麦を買ったことを知っています。」


 グラードの表情が少し変わった。


「誰に聞いた?」


「厨房の古い女官です。あなたは怖いけれど、民を見捨てたことはない人だと言っていました。」


「ならば分かるだろう。今の王家では救えぬ。」


「でも、王城を焼いたら、厨房の人も逃げます。」


 リシェラの声は柔らかかった。

 しかし、その言葉はグラードの信念の隙間へ静かに入った。


「逃げる足がある人はまだいいわ。足の悪い洗濯係のおばあさんは、誰が連れて行くの?」


「リシェラ。言葉。」


 エルシアが小さく注意する。

 リシェラは唇を噛み、言い直した。


「誰が連れて行くのですか。」


 グラードは答えなかった。

 リシェラは続ける。

 瞳が揺れている。

 怖いのだ。

 だが、逃げてはいない。


「あなたが強い国を作るまで、その人たちはどこで待つのですか?」


 ソータは思わずリシェラを見た。

 彼女は人懐こく、少し乱暴で、すぐに距離を詰める。

 けれど、弱い人の名前をちゃんと覚えている。

 草原で魔物を追いかけ、騎士団の訓練に混ざり、城の外へ出たがる理由は、ただ退屈だからではないのかもしれない。


 グラードは戦斧を握る手に力を込めた。


「よい姫になられましたな。」


 低い声だった。


「ですが、遅い。」


 彼は戦斧を構え直す。


「もう火は放たれた。」


 アルベールも白手袋の指を上げた。


「ならば、消すまででございます。」


「消せるものならな。」


「ソータ様。」


 アルベールの声が鋭くなった。


「姫君たちをヨーダ様の結界内へ。そこから東門側へ退路を作ってください。私はグラード様を止めます。」


「勝てるのか。」


「勝つ必要はございません。」


 アルベールはグラードを見たまま言った。


「今は、止めればよろしい。」


 ソータは頷いた。


「分かった。」


 ヨーダが結界を広げる。

 双子姫と近衛兵をその中へ入れると、金色の光が彼女たちを包んだ。

 リシェラは結界の内側からソータを見上げる。


「ソータ様。」


「何?」


「あなた、本当に守ってくださるのよね。」


「守る。」


「では、今は信じます。」


 リシェラの声は少し甘えを含んでいた。

 頼れると思った相手へ、迷わず寄りかかる声だった。

 エルシアはその横で、まだソータを観察している。

 だが、先ほどより目の温度がわずかに変わっていた。


「ソータ様。」


「はい。」


「あなたには、後ほど確認したいことが多くございます。」


「後ほど、か。」


「ええ。あなたの力、判断、そして王国側の意図について。」


「俺はただの運送屋なんだけど。」


「ただの運送屋は、王城の鉄扉を消し、王女を非常階段から逃がしません。」


「最近、そういうことをよく言われる。」


「周囲の方々は、おそらく正しいのですわ。」


 ソータは苦笑した。

 ミレイユが同じことを聞いたら、どういう顔をするだろう。

 今から胃が重い。


「ソータ様。」


 アルベールが呼ぶ。


「東門でございます。」


「分かってる。」


 ソータはエルシアとリシェラを見た。


「姫様たちはヨーダ大神官の結界から出ないこと。何かあったら近衛と一緒に動いてくれ。」


「承知しました。」


 エルシアが静かに答える。


「私は、あなたの後ろにいた方が安心なのだけれど。」


 リシェラが言う。


「リシェラ。」


 エルシアの声が冷たくなる。


「分かっています。今は我慢します。」


 リシェラは少し不満そうにしながらも、結界の中に留まった。

 ソータはそれを確認し、東門へ向けて走り出した。

 背後では、アルベールとグラードが再びぶつかった。

 魔法と戦斧。

 信念と信念。

 古いライバル同士の決着は、まだ遠い。

 だが、ソータには別の仕事がある。

 道を作る。

 命を逃がす。

 戦場の中で、次の荷を運ぶために。


(双子姫。)

(姉は遠い。)

(妹は近い。)

(どっちも強いけど、まだ危なっかしい。)

(グラード。)

(隣国の謀反。)

(教会の裏切り。)

(また、重い荷だ。)

(でも、命なら運ぶ。)

(ミレイユ、怒るだろうな。)

(それでも、戻って話す。)

(今は、この道を開ける。)


 燃える王城の赤い光の中、ソータは瓦礫へ手を伸ばした。

 邪魔なものを積み、必要なものを出し、逃げる道を一本ずつ作っていく。

 勇者ではない。

 剣では勝てない。

 それでも、運送屋だからこそできる戦いが、そこにあった。

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