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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第13話:ゴブリンの村を見に行ったら、思っていたより単純ではなかった

 翌朝。


 ソータは、朝食の席で妙にそわそわしていた。


 パンをちぎる。

 スープを飲む。

 マルタの作った卵料理を食べる。

 どれもいつも通りうまい。


 だが、頭の片隅には別のことがずっと引っかかっていた。


 森の奥で見つけた、あのゴブリンの住処だ。


 魔猪退治の時は後回しにした。

 だが、あれだけの数が村の近くにいる以上、放置していいとも思えない。


(確認だけでもしておきたい。)


(何をしてる連中なのか。

 村に害があるのか。

 ただ住んでるだけなのか。)


(そこを見ないで一網打尽、はちょっと違うよな。)


 そんなことを考えていると、リーナがじっとこちらを見ていた。


「……何ですか?」


「それ、何か隠してる時の顔です。」


「そんな顔してます?」


「してます。」


 即答だった。


 マルタも腕を組みながら頷く。


「してるね。」


「親子そろって読まないでください。」


 ソータが小さくため息をつくと、リーナは身を乗り出した。


「どこへ行くつもりですか?」


「まだ行くとは言ってません。」


「行くつもりなんですね。」


「……ちょっと森を見てきます。」


「ゴブリンの住処ですね。」


 ぴたりと言い当てられて、ソータは思わずスプーンを置いた。


「何でわかったんですか?」


「隣村から帰ってきてから、ずっと森の方を見る回数が増えてました。」


「そんなところまで見てるんですか?」


「見ます。」


 真っ直ぐ言われると、もうごまかしづらい。


 ソータは咳払いを一つした。


「様子を見るだけです。

 近づきすぎません。」


「一人で?」


「そのつもりでした。」


「駄目です。」


 これも即答だった。


「危ないですし、道も私の方がわかります。

 私も行きます。」


「いや、危ないから連れていけないんですが。」


「ソータさん一人で行く方が危ないです。」


「それはそうかもしれませんけど。」


 ぐっと言葉に詰まる。


 マルタが面白そうに笑った。


「連れてきな。」


「おかあさん。」


「一人で勝手に行かれるより、リーナが一緒の方がまだ安心だよ。」


「いや、俺の安心感の問題じゃなくてですね。」


「それに…」


 マルタは包丁を拭きながら、何でもないことみたいに言った。


「うちの娘を置いて勝手に危ないことしに行くと、帰ってきてから面倒だよ。」


 横を見ると、リーナがこくこくと大きく頷いていた。


(完全に連れていく流れだな……。)


 結局、ソータは昼前にリーナを伴って森へ入ることになった。


 もちろん武器は持つ。

 収納の中には杭も縄も簡易槍もある。

 だが今日は戦うつもりはない。


 あくまで偵察。


 魔猪の洞穴へ向かったあの道を途中で折れ、さらに奥へ進む。

 木々の密度が増し、土は柔らかく、足音が吸われるようだった。


 リーナは慣れた足取りで前を進む。

 だが時々、不安そうに後ろを振り返った。


「やっぱり来なくてよかったんじゃないですか?」


「嫌です。」


「即答ですね。」


「昨日、隣村で思いました。」


「何をです?」


 リーナは少しだけ視線を逸らした。


「ソータさんって、ほんとに困ってる人を見ると、すぐそっちへ行くんだなって。」


「悪いことですか?」


「悪くはないです。」


「じゃあ。」


「だから、放っておくとどんどん危ない方へ行きそうで困るんです。」


 言い方は少し拗ねているのに、内容はちゃんと心配だった。

 ソータは苦笑する。


「ちゃんと帰りますよ。」


「帰るだけじゃなくて、無茶しないでください。」


「努力します。」


「約束です。」


「はい。」


 そう話しながら進むうち、空気が少し変わった。

 獣臭さとは違う、生っぽい匂いが漂う。


 リーナも気づいたのか、足を止める。


「近いです。」


「ですね。」


 二人はしゃがみ込み、茂みの陰から先を覗いた。


 やはり、あの住処だった。


 枝と泥で作られた粗末な小屋。

 焚き火の跡。

 骨を積んだ場所。

 木槍を立てかけた柵。


 そして、緑色の小さな人影たち。


「……多いですね。」

 リーナが小声で言う。


「多いです。」


 前に見た時よりも、落ち着いて全体が見えた。

 大きめの個体が見張りらしく歩いている。

 小さい個体は荷物のようなものを運び、さらにもっと小さいのは焚き火の周りにいた。


「子ども……?」


 ソータは思わず眉をひそめた。


 明らかに体格の違う小型個体がいる。

 しかもそのそばには、女のように胸の膨らんだゴブリンまでいた。


(村、だな。)


(ただの襲撃集団じゃない。)


(家族単位で暮らしてるのか。)


 正直、もっと単純だと思っていた。

 ゴブリンの巣。

 悪いやつの集まり。

 見つけたら退治。


 そういう、わかりやすい相手だと。


 だが目の前にあるのは、思ったよりずっと「生活」だった。


 もちろん油断はできない。

 人間の敵かもしれない。

 実際、人間のものらしき布や道具も見える。


 ただ、それでも。


(全部まとめて焼く、みたいなのは違うな。)


 その時だった。

 見張りのゴブリンの一体が、腰に何かをぶら下げているのが見えた。


 それは布の切れ端ではない。

 革靴だった。


「……あれ。」


 ソータは目を細める。


 片方だけの、古びた人間用の靴。

 しかもサイズが明らかに大人の男のものだ。


 さらに奥では、別のゴブリンが人間のものらしい革ベルトを巻いている。


「人間の物、ですね。」


「はい。」


 リーナの声が少し固くなる。


「襲った相手から奪ったんでしょうか。」


「たぶん……。」


 たぶん。

 その言葉を口にしながらも、ソータは決めきれなかった。


 奪ったのか。

 拾ったのか。

 それとも。


 不意に、住処の端にある木杭が目に入った。

 そこへ、何か布のようなものが引っかかっている。


 見覚えがある気がした。


「リーナさん。」


「はい。」


「あの布、見覚えありませんか。」


 リーナが目を凝らす。

 次の瞬間、肩がぴくりと震えた。


「……あれ。」


「知ってます?」


「お父さんの、上着に似てます。」


 空気が変わった。


 ソータはすぐにリーナの方を見た。

 顔色が少し白い。


「確定ではないです。」


「はい……。」


「でも、近い何かはある。」


「はい。」


 リーナは頷いたが、その目は明らかに揺れていた。


 父親が帰らなくなって二年。

 死んだのか。

 生きているのか。

 わからないまま止まっていた時間が、今、少し動きそうになっている。


 その現実が、彼女の息を浅くしていた。


 ソータはそっと、近くの地面へ手を置いた。

 落ち着いて。

 今ここで飛び出すのは悪手だ。

 数が多すぎる。

 情報が足りない。


(焦るな。)


(確かめるには、もう少し準備がいる。)


(ここで突っ込んだら、元も子もない。)


 ソータは小さく息を吸ってから、リーナへ囁いた。


「一度戻りましょう。」


 リーナは悔しそうに唇を噛んだ。

 それでも、ゆっくり頷く。


「……はい。」


 来た道を、音を立てないように下がる。

 完全に気配が離れたところで、ようやく二人は息を吐いた。


 リーナはその場で立ち止まったまま、しばらく黙っていた。


「リーナさん。」


「……お父さんかもしれないって、思っちゃいました。」


 その声は、小さかった。


「布だけなのに。

 そんなの、違うかもしれないのに。」


「思いますよ。」


 ソータはすぐに答えた。


「そう思うのは、当たり前です。」


 リーナは少しだけ目を伏せる。


「怖いです…」


「何がです?」


「生きてるって期待するのも。

 やっぱり違ったってなるのも。」


 その言葉が、胸へ重く落ちた。

 期待と絶望の両方が怖い。

 それはたしかに、その通りだった。


 ソータは少し考えてから言った。


「ちゃんと確かめましょう。」


 リーナが顔を上げる。


「中途半端なままにするのが、一番きついです。」


「……はい。」


「だから、準備して。

 無茶しない形で、確かめに行きましょう。」


 英雄みたいな言い方ではなかった。

 でも、それでよかった。

 大事なのは勢いではなく、帰ってくることだ。


 リーナはじっとソータを見てから、小さく頷いた。


「ありがとうございます。」


「まだ何もしてません。」


「でも、そう言ってくれるだけで違います。」


 帰り道は、行きより少し静かだった。

 けれどその沈黙は、重いだけではなかった。

 目標が一つ、形になったからだ。


 ゴブリンの村を調べる。

 人間の痕跡を確かめる。

 そして、リーナの父の手掛かりを探す。


 村へ戻る頃には、ソータの中でももう決意が固まり始めていた。


(次は、ただ見るだけじゃ終わらないな。)


(でも、ちゃんと段取りを組む。)


(帰ってくるって約束したからな。)


 そう思いながら家の戸を開けると、マルタが振り返った。


「どうだった?」


 ソータとリーナは顔を見合わせた。


 答えは重い。

 でも、黙ったままにはできない。


 ここから先は、この村の時間を少しずつ動かす話になる。


 ソータは静かに息を吸い、口を開いた。

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