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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第12話:隣村へ行ったら、自分の力が思った以上におかしかった

 翌朝。


 空は薄曇りだった。


 雨上がりの土はまだ湿っていて、村の道にも少しぬかるみが残っている。


 そんな中、ソータの前には荷物が山になっていた。


 麻袋に詰めた乾燥豆。

 酢の壺。

 干した薬草。

 蜂蜜の小壺。

 それに、マルタ特製の干し肉まである。


「多いですね。」


 ソータがそう言うと、荷物の持ち主たちが口々に答えた。


「隣村で品が足りなくてね。」


「ついでにこれも頼む!」


「これも持っていけるかい?」


 ついでが多い。

 かなり多い。


 だが、ソータとしてはむしろありがたかった。


 運べる。

 役に立つ。

 そして外へ出る理由にもなる。


 《神速積載庫》の力を、村の外で試せるのだ。


「全部、持っていきます。」


 そう言って荷へ触れていくと、麻袋も壺も木箱も、次々に収納されていった。


 村人たちが、何度見ても飽きないという顔で感心する。


「やっぱりすごいなあ……。」


「これがあれば馬車いらずだ。」


「盗賊も泣くね。」


(盗賊に泣かれるのはちょっと面白いな。)


 隣でリーナが薬草籠を抱えながら言った。


「今日は私も行きます。」


「そうなんですか。」


「薬草の受け渡し先がありますし。

 それに、ソータさん一人だと不安なので。」


「俺がですか?」


「はい。

 運ぶのは上手でも、街道のことはまだよく知らないでしょう?」


 それは確かにそうだった。


 ソータは森の中では罠を張り、魔猪も倒した。

 だが、人の行き来する道の勝手はまだよくわからない。


 関所があるのか。

 盗賊が出るのか。

 どこで揉め事が起きるのか。


 そういう「外」の常識には疎い。


「案内、お願いします。」


「はい。」


 リーナが少し嬉しそうに笑う。


 そのやり取りを見ていたマルタが、にやにやしながら言った。


「じゃあ、しっかり案内しておやり。」


「おかあさん。」


「しっかり隣を歩くんだよ。」


「何でそういう言い方するんですか。」


「何でだろうねえ。」


 朝から調子がいい。

 いつも通りではある。


 結局、二人は村を出て隣村への街道を歩き始めた。


 道は思ったより悪かった。


 土はぬかるみ、ところどころ車輪の跡が深く沈んでいる。

 少し脇へそれるだけで、草むらや低木に足を取られそうになる。


「これは、馬車だと大変ですね。」


「雨の次の日は特にです。

 荷車がぬかるみに取られて進まなくなることもあります。」


「そりゃ大変だ。」


(この世界の物流、思ってた以上にきついな。)


(そりゃ俺の能力が刺さるわけだ。)


 しかもリーナの話では、盗賊の類もたまに出るらしい。

 大型の魔物が近くに出る時期もある。

 保存の利かない品は、そもそも遠くへ運ぶこと自体が難しい。


「薬なんかは、本当に間に合うかどうかです。」


「食べ物もですね。」


「はい。

 だから村の人たち、昨日からすごく喜んでるんです。」


 リーナは少し先を歩きながら振り返った。


「ソータさんが来てから、できることが一気に増えました。」


「まだそこまでじゃないですよ。」


「もうそこまでです。」


 言い切られてしまった。


(真っ直ぐなんだよな、この子。)


 しばらく歩くと、道の先に別の村が見えてきた。


 こちらの村より少し大きい。

 柵も高めで、入口には見張り台のようなものまである。


「へえ。」


「ここが隣村です。」


 村へ入ると、人々の視線がすぐこちらへ向いた。

 見慣れない顔の男が、高身長で、しかも荷物を何も持たずに歩いている。

 それだけでも少し目立つらしい。


 さらにリーナが堂々と案内しているので、余計に気になるのだろう。


「まずは薬草の受け渡しです。」


「はい。」


 最初に向かったのは、小さな診療所のような建物だった。

 白髪交じりの女性が出てきて、リーナを見るなりほっとした顔になる。


「待ってたよ!」


「遅くなってすみません。」


「いや、来てくれただけでありがたいさ。

 で、荷は?」


 そこでソータが一歩出た。


「ここへ出します。」


 そう言って薬草の束を次々取り出す。


 床へ並べられていく量を見て、白髪の女性がぽかんと口を開けた。


「……あんた、今どこから出したんだい?」


「収納みたいなものです。」


「みたいなもの、で済ませていい量じゃないよ!?」


 かなり良い反応だった。


 リーナが少しだけ誇らしそうに言う。


「すごいでしょう?」


「いや、あんたが自慢するのかい。」


「少しくらい、します。」


 何だか得意げである。


(自慢されるの、悪くないな。)


 次は食堂。

 次は雑貨屋。

 次は干し肉の受け渡し。


 行く先々で、反応はだいたい同じだった。


「もう着いたのか!?」


「その量を二人で!?」


「しかも傷んでない!」


「酢壺、割れてないのか!?」


 壺を見て驚き。

 干し肉の匂いを嗅いで驚き。

 薬草の鮮度を見て驚く。


 ソータはそのたびに少し困ったように笑うしかなかった。


(そんなに驚くか。)


(いや、驚くか。

 普通はこんな運び方しないもんな。)


 ひと通り荷を渡し終えた頃には、村の何人かがあからさまにこちらを見ていた。

 妙な噂になっている気配がする。


「ソータさん。」


「はい。」


「たぶん今、かなり目立ってます。」


「でしょうね。」


「顔もですけど。」


「顔もですか。」


「……たぶん。」


 何だか言いにくそうにするので、ソータは少しだけ笑った。


「異世界でも女性受けしそうな顔、なんですかね。」


「じ、自分で言います?」


「マルタさんが言ってたので。」


「……まあ、否定はしませんけど。」


「否定はしないんだ。」


 リーナが少しだけ頬を赤くして、そっぽを向いた。


 その時。


「ちょっと、そこのお兄さん!」


 明るい女の声が飛んできた。


 振り向くと、二十代半ばくらいの女性が手を振っている。

 栗色の髪を後ろで束ねた、快活そうな人だった。

 店の前掛けをしているので、たぶん宿か食堂の人だろう。


「はい?」


「荷運びできるんでしょう?」


「一応。」


「助かった!

 酒樽が一つ動かせなくて困ってたの!」


 ソータは反射的に頷いた。


「じゃあ運びます。」


「早い!」


 その女性がけらけら笑う。


「話が早い男の人、好きよ!」


「え。」


 その言葉に、ソータの思考が一瞬止まった。


(好き。)


(いや今のはそういう意味じゃないな。)


(でもちょっとドキッとはするだろ!)


 横を見ると、リーナがじーっとこちらを見ていた。


「……何ですか。」


「いえ。」


「また何か思いましたよね。」


「別に。」


「その“別に”は、別にじゃない時のやつです。」


 完全に読まれている。


 結局、ソータはその宿屋の裏手へ回り、大きな酒樽を収納して地下倉まで運んだ。

 宿の女主人は目を丸くしたあと、満面の笑みで言った。


「すごいじゃないの!

 力持ちってだけじゃなくて便利すぎるでしょ、これ!」


「まあ、運ぶのが仕事みたいなものなので。」


「いいわねえ。

 うちにも欲しい!」


「それは一人しかいないので。」


「残念!」


 気さくで明るい人だ。


 宿の女主人は、リーナへ視線を移してにやりとした。


「この人、あんたの彼氏?」


「ち、違います!」


 リーナが即答した。

 速すぎて、ちょっと傷つくくらい速かった。


(いや別に彼氏じゃないけど。)


(そんなノータイムで否定されると、少しだけくるな。)


 ところが次の瞬間、リーナはさらに小さな声で続けた。


「まだ、です。」


「え。」


 ソータも、宿の女主人も同時に固まった。


 リーナは自分で口にしてから気づいたらしく、顔を真っ赤にする。


「い、今のは違って!」


「何が違うの!?」

 宿の女主人が大喜びする。

 「若いっていいわねえ!」


「若いって。」

 ソータがぼそっと呟く。


(中身は四十なんだけどな。)


 それでも、胸の奥が少し熱くなるのを止められなかった。


 その後、宿を出たあともリーナはしばらく無言だった。

 歩幅が少しだけ大きい。

 明らかに照れている時のやつである。


「……怒ってます?」


「怒ってません。」


「そうですか。」


「ただ。」


「ただ?」


 リーナは前を向いたまま言った。


「ソータさん、困ってる女の人がいると、すぐ引き受けますよね。」


「そりゃ、困ってたら。」


「今日も即答でした。」


「運べるものだったんで。」


「私の時よりちょっと返事が早かったです。」


「そうでした?」


「そうでした。」


 なるほど。

 これは少し拗ねている。


 ようやくそこまで理解して、ソータは少し困った。

 どう言えばいいのかわからない。

 だが、何となくそのままにもしておけなかった。


「……リーナさんの頼みは、考える前に引き受けてますよ。」


「え。」


「考える前に、もうはいって言ってるので。

 たぶん、そっちの方が早いです。」


 しばし沈黙。


 歩きながら、リーナの耳がじわじわ赤くなっていくのが見えた。


「……それ、ずるいです。」


「何でですか。」


「そういうこと、平気な顔で言うからです。」


 平気な顔をしているつもりはなかった。

 内心はかなりどきどきしている。

 でも、それ以上突っ込む勇気はなかった。


 帰り道。

 湿った街道をまた二人で歩きながら、ソータはふと周囲を見回した。


 道が悪い。

 荷は重い。

 距離もある。


 これを毎回、人力や荷車でやっているのだ。


(そりゃ、この世界の物流は詰まる。)


(俺の力、思ってた以上に反則だな。)


 薬も。

 食べ物も。

 酒も。

 日用品も。


 届くかどうかで、生活そのものが変わる。


 そのことを、今日ようやく実感した。


 村へ戻る頃には、空が少し晴れていた。

 雲の切れ目から夕日がのぞいている。


 村の入口で、リーナが振り返った。


「今日はどうでしたか?」


「かなり勉強になりました。」


「何がです?」


「俺の力が、思ってた以上におかしいってことです。」


 リーナがふふっと笑う。


「最初から言ってますよ。」


「今日、外の人に驚かれて、ようやくわかりました。」


「遅いです。」


「遅かったですね。」


 二人で笑う。


 その笑いが妙に自然で、ソータは少しだけ嬉しくなった。


 この村に来たばかりの頃より、ずっと楽に話せる。

 ずっと近い。


 そしてたぶん、それは気のせいではない。


 夜になれば、また湯気の向こうで心臓に悪い時間が待っているのだろう。

 だがそれも含めて、今の暮らしは少しずつソータの中へ馴染み始めていた。


 運べる。

 役に立てる。

 そして、帰ると誰かが待っている。


 それだけで、明日もまた頑張ろうと思えるのだから。

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