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勇者じゃなくて運送屋ですが、王国の命綱です  作者: naomikoryo


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第114話:車体爆裂突進

 夕暮れが、男たちの村を赤く染めていた。


 朝から続いた戦いで、村の空気は煙と汗と土の匂いに濁っている。

 柵のあちこちには焦げ跡が残り、裂けた板には応急処置の縄が巻かれていた。

 広場の奥では負傷者が並び、呻き声を漏らしている。

 包帯は泥と血で汚れ、水袋は次々と空になっていく。

 それでも、村はまだ落ちていなかった。


 男たちは強い。


 バルクは門の前に立ち続け、何度も押し寄せる盗賊たちを斧で押し返している。

 メバドスは中央から指示を飛ばし、どこが危ういかを見極めていた。

 村の男たちは疲れ切りながらも、声を枯らして踏ん張っている。


 だが、どくろ旗の集団は引かなかった。


 むしろ、日が傾き始めてから、さらにいやらしい動きを見せ始めていた。

 正面に来ると見せかけて、東の柵を叩く。

 東へ人が寄ると、南から火矢を放つ。

 消火に走れば、西側の家畜小屋を狙う。

 水場を押さえようとする。

 倉庫へ火をかけようとする。


 村を落とすためというより、村が持っている機能を一つずつ潰そうとしている。


 ソータは東の柵から広場へ戻る途中で、足元がふらつくのを感じた。


 朝からずっと走り続けている。

 荷を出し、負傷者を運び、水を配り、板材を出し、砂袋を積み、火を消し、矢羽根を補充している。

 《神速積載庫》はまだ使える。

 だが、判断する頭が熱を持っていた。


(まずい。)

(疲れている。)

(体はまだ動くけど、判断が遅れてる。)

(こういう時が一番危ない。)


 ソータは一度、井戸のそばで膝に手をついた。


 水を飲む。

 喉が焼けるように乾いていた。

 冷たい水が胃に落ちる。

 ほんの少しだけ、視界が戻った。


 その時、村の外側から怒号が上がった。


「隣国の兵に見せろ!」

「旗を前へ出せ!」

「この村を潰せば、次は女どもの砦だ!」


 ソータは顔を上げた。


 声は南側の柵の向こうから聞こえた。

 火の煙に紛れ、盗賊たちが何かを叫び合っている。

 村の男たちの怒号とぶつかり、はっきり聞こえにくい。

 だが、いくつかの言葉だけは耳に残った。


 隣国の兵に見せろ。

 この村を潰せ。

 次は女どもの砦。


 ソータの背筋が冷えた。


(そういうことか。)


 この村を襲うだけではない。

 隣国の仕業に見せかけ、王国側の怒りを煽る。

 同時に、男たちの村を潰し、その先にある北の砦を狙う。

 女だけの砦。

 アマゾネスたちの拠点。

 そこを奪うつもりなのだ。


 ただの略奪ではない。


 男たちの村を盾のように削り、砦を孤立させ、北の均衡を壊すための襲撃だった。


 ソータは歯を食いしばった。


「メバドスさん!」


 ソータは広場へ走った。


 メバドスは中央で指示を出していた。

 片腕に浅い傷を負っている。

 しかし、顔色は変えていない。


「何だ!」


「奴ら、隣国のせいにするつもりです!」

「この村を潰して、その先の北の砦を狙ってる!」

「女たちの砦を手に入れるって叫んでた!」


 メバドスの顔が険しく沈んだ。


「やはりか。」


「分かってたんですか?」


「確信はなかった。」

「だが、奴らの狙いが村の食料や水場に偏っている時点で、ただの略奪ではないとは思っていた。」

「村を奪うのではなく、村を壊すつもりじゃ。」

「この村が潰れれば、砦との行き来が断たれる。」

「男衆が減れば、北の守りも薄くなる。」

「その上で隣国の仕業に見せれば、こちらは怒りに任せて誤った相手へ剣を向ける。」


 メバドスは唾を吐くように言った。


「汚い手じゃ。」


 バルクが広場へ戻ってきた。


 斧の刃には泥がつき、肩で息をしている。

 顔にいくつか血が飛んでいた。

 自分の血か敵の血か分からない。


「どうした!」


 ソータが説明すると、バルクの目が血走った。


「砦を狙うだと。」


「ああ。」


「ガルナたちのいる場所を。」


 バルクの声が低くなった。


 怒鳴るよりも怖い声だった。


「ふざけるな。」


 彼は斧を握り直した。


 メバドスが鋭く言う。


「怒りで前に出るな、バルク。」

「奴らはそれを狙っておる。」

「門を開けさせ、村の内側へ雪崩れ込むつもりじゃ。」


「分かっている。」


「分かっている顔ではない。」


 バルクは歯を食いしばった。


 それでも足を止めた。


 その時、南側から大きな音がした。


 柵が激しく揺れる。

 続いて、木が裂ける音。

 村の男が叫ぶ。


「南柵が破られる!」


 ソータは反射的に走り出した。


 南側へ向かうと、状況は悪かった。


 盗賊たちが丸太を何本も持ち、柵へ体当たりを繰り返している。

 柵の一部はすでに裂け、隙間から手や槍が突き込まれていた。

 村の男たちが押し返しているが、数が足りない。

 東側にも敵が来ているため、全員を南へ回せない。


 このままでは、突破される。


 ソータは《神速積載庫》から板材を出そうとした。


 だが、出す場所がない。


 柵の内側は人で埋まっている。

 板材を出せば、足場を塞ぐ。

 木杭を出せば、味方が転ぶ。

 砂袋を出せば、押し返す男たちの動きを邪魔する。


(駄目だ。)

(出せるのに、出せない。)

(ここじゃ、荷が邪魔になる。)


 柵がさらに裂けた。


 盗賊の一人が隙間から体をねじ込もうとする。

 村の男が槍で押し返す。

 だが、その後ろにはさらに十人、二十人と続いている。


 ソータは、胸の奥にある別の感覚へ意識を向けた。


 使っていなかったスキル。


 《車体爆裂突進》。


 この世界に来て間もない頃、ゴブリン退治の時に一度だけ使ったことがある。

 あの時は、巨大な車体の幻影のようなものが突進し、ゴブリンの群れをまとめて吹き飛ばした。

 威力は凄まじかった。

 だが、その後の消耗も酷かった。


 膝が笑い、息ができず、しばらくまともに動けなかった。

 あれ以来、ソータはそのスキルを使っていない。

 運び屋としての自分には、過ぎた力だと思っていた。

 何より、体力を削りすぎる。


 ここで使えば、確実に消耗する。


 だが、使わなければ南柵が破れる。


(どうする。)

(ここで温存して、何を守る。)

(俺が倒れたら荷が止まる。)

(でも、ここで柵が抜かれたら村が止まる。)


 選ぶしかない。


 ソータは深く息を吸った。


「下がってください!」


 ソータが叫ぶ。


 南側の男たちが振り返った。


「何をする!」


「隙間から離れて!」

「巻き込みます!」


 メバドスの声が飛んだ。


「退け!」

「運び屋に道を空けろ!」


 男たちが一斉に左右へ散る。


 裂けた柵の向こうで、盗賊たちがそれを見て笑った。


「逃げたぞ!」

「押し込め!」


 その瞬間、ソータは右足を前へ出した。


 胸の奥で、スキル名を掴む。


(《車体爆裂突進》。)


 体の芯から、ごっそり何かが引き抜かれる感覚があった。


 目の前の空気が歪む。

 地面が低く鳴る。

 見えない重量が、ソータの前に形を作っていく。


 次の瞬間、巨大な車体の影が生まれた。


 馬車ではない。

 荷車でもない。

 この世界の誰も見たことがない、鉄の箱のような幻影。

 重く、四角く、前へ進むためだけに存在する獣。

 その輪郭が火花を散らすように揺れ、爆ぜるような圧力をまとった。


 盗賊たちの顔から笑みが消えた。


「何だ、あれは。」


「構えろ!」


 遅い。


 ソータは歯を食いしばり、前へ踏み込んだ。


「行け!」


 車体の影が爆発するように突進した。


 轟音。


 南柵の隙間から押し込もうとしていた盗賊たちが、一瞬で吹き飛ばされる。

 丸太を抱えていた者たちが丸太ごと弾かれ、後ろの列を巻き込む。

 盾を構えていた者も、足を踏ん張る暇もなく転がった。

 土煙が上がる。

 叫び声が重なる。

 数十人が、まるで風に払われた枯れ草のように外側へ押し流された。


 村の男たちが息を呑んだ。


 誰もすぐには声を出せなかった。


 ソータ自身も、声が出なかった。


 膝が落ちる。


 視界が白く弾けた。

 耳鳴りがする。

 胸が痛い。

 肺に空気が入らない。

 体の奥から力を根こそぎ持っていかれたようだった。


「ソータ!」


 バルクの声がした。


 ソータは膝をつき、片手を地面についた。


 吐き気がする。

 胃が裏返りそうだ。

 指先が震える。

 汗が一気に噴き出す。


(やっぱり、きつい。)

(これ、使うもんじゃない。)

(でも、止めた。)

(南は、止めた。)


 誰かが肩を支えた。


 村の男だった。


「大丈夫か!」


「……大丈夫。」

「まだ、動けます。」


 自分で言って、嘘だと思った。


 大丈夫ではない。

 だが、倒れている場合ではない。


 メバドスが南柵へ叫ぶ。


「今だ!」

「板を当てろ!」

「杭を打て!」

「あの穴を塞げ!」


 男たちが動き出した。


 ソータは震える手で《神速積載庫》を開く。

 板材。

 木杭。

 縄。

 釘。

 槌。


 ひとつずつ出す。


 先ほどまでのように滑らかではない。

 意識が少しでも途切れると、狙ったものと違うものを出しそうになる。

 それでも、何とか必要な物資を出した。


 男たちは南柵を補修していく。


 盗賊たちは土煙の向こうで混乱していた。

 だが、完全に潰れたわけではない。

 吹き飛ばされた前列の後ろから、また別の者たちが出てくる。


 その中に、ひときわ派手な外套を着た男がいた。


 片目に傷があり、どくろの旗を背にした男。

 そいつが、ソータを見ていた。


 距離はある。

 声は聞こえない。

 だが、分かった。


 標的を見つけた目だった。


 男は周囲の盗賊たちへ何かを命じた。


 数人の盗賊が、ソータの方を指差す。

 次に、別の者たちが弓を構えた。


 バルクが気づいた。


「ソータ、下がれ!」


 矢が飛んだ。


 ソータは反応が遅れた。


 体が重い。

 足が動かない。

 さっきなら避けられたかもしれない。

 だが今は、膝がまだ震えている。


 バルクが横から飛び込み、盾で矢を弾いた。


 木の盾に矢が突き立つ。


「狙われてるぞ!」


「分かってる!」


 ソータは歯を食いしばって立ち上がろうとした。


 だが、足がふらつく。


 バルクが肩を掴んだ。


「無理に立つな!」


「でも、物資を。」


「お前が倒れたら終わりだ!」


 その言葉が、胸に刺さった。


 お前が倒れたら終わり。


 分かっている。

 何度も言われた。

 自分自身も荷の一部だと。

 帰らなければならないと。

 運ぶ者が届かなければ、荷も届かないと。


 それでも、目の前で誰かが押されていれば、動かずにはいられない。


(動け。)

(動けよ。)

(まだ終わってない。)


 ソータは自分の頬を叩いた。


 視界が少し戻る。


 メバドスが駆け寄ってきた。


「運び屋、今のは何だ。」


「スキルです。」

「前に一度だけ使ったことがある。」

「でも、消耗が激しくて、それ以降は使ってませんでした。」


「なるほど。」

「あれを連発できるか。」


「無理です。」


 即答だった。


 意地を張っても仕方がない。

 あれをもう一度使えば、今度こそ倒れる。

 倒れたら、物資の出し入れもできなくなる。


 メバドスは頷いた。


「正直でよい。」

「なら、今の一発は切り札として使ったと思え。」

「奴らも見た。」

「次はお前を潰しに来る。」


「でしょうね。」


 ソータは南柵の外を見た。


 どくろ旗の奥で、盗賊たちの動きが変わっている。


 ただ村を攻める動きではない。

 視線がソータに向いている。

 弓を持つ者が位置を変える。

 投げ槍を持つ者が前へ出る。

 数人の身軽そうな男たちが、柵の低い場所を探している。


 標的が村から、ソータへ移り始めていた。


 彼らにとって、物資を無尽蔵に出す運び屋は厄介だった。

 負傷者をすぐ運ぶ。

 柵をすぐ直す。

 水を出す。

 食料を分散する。

 そして今、数十人を吹き飛ばす力まで見せた。


 狙わない理由がない。


 バルクはソータの前に立った。


「俺から離れるな。」


「門は?」


「他の者に任せる。」

「今はお前を守る方が大事だ。」


「バルク。」


「勘違いするな。」

「お前を守るのは、お前だけのためじゃない。」

「村のためだ。」

「砦のためだ。」

「ガルナのためでもある。」


 その言葉は重かった。


 ソータは頷いた。


「分かった。」


 バルクは周囲の男たちへ叫んだ。


「運び屋を中心に守れ!」

「奴らはソータを狙ってくるぞ!」


 男たちが一斉に動く。


 ソータの周りに、簡易の守りができる。

 盾持ちが前へ出る。

 弓を持つ者が柵の上へ戻る。

 負傷者を運ぶ道を空けつつ、ソータが物資を出せる空間を確保する。


 メバドスが指示を重ねる。


「運び屋の周りに荷を積みすぎるな!」

「動ける空間を残せ!」

「水袋は二人組で運べ!」

「弓持ちは外套の男を探せ!」

「あれが指揮役じゃ!」


 ソータは震える息を整えながら、再び《神速積載庫》へ意識を向けた。


 出せる。

 まだ出せる。


 だが、今までより慎重にしなければならない。


 自分は狙われている。

 物資を出す瞬間は、意識がそちらへ向く。

 その隙を突かれれば危ない。


(ここからは、ただ運ぶだけじゃ駄目だ。)

(守られながら運ぶ。)

(守る人たちの動きも考えて出す。)

(俺が前に出すぎたら、皆が崩れる。)


 矢がまた飛んできた。


 盾に当たる。

 乾いた音が響く。


 バルクが低く唸った。


「狙いがはっきりしてきたな。」


「ああ。」


「さっきのを見せたせいだ。」


「悪い。」


「謝るな。」

「あれがなければ南が破られていた。」


 バルクは斧を構えたまま言った。


「ただし、次は使うな。」

「使うなら、俺が止める。」


「分かった。」


「本当に分かっているか。」


「たぶん。」


「たぶんじゃない。」


 こんな状況なのに、ソータは少しだけ笑いそうになった。


 バルクは真剣だった。

 怒っている。

 心配している。

 そして、守ろうとしている。


 その背中越しに、ソータは村の外を見た。


 どくろ旗が夕闇に揺れている。

 白いどくろが、暗くなる空の下でぼんやり浮かび上がっている。

 その下に、まだ大勢の盗賊がいる。


 数は減った。


 《車体爆裂突進》で、確かに一角を吹き飛ばした。

 南側の圧力は一度落ちた。


 だが、包囲は解けていない。


 むしろ、盗賊たちはソータという標的を見つけたことで、別の熱を帯び始めていた。


 空が少しずつ暗くなる。


 火矢の光が、昼よりも目立ち始める。

 松明が増える。

 柵の影が伸びる。

 村の中の疲労が濃くなる。


 メバドスが低く言った。


「夜までに決着をつけられなんだか。」


 ソータは返事ができなかった。


 その通りだった。


 夜になる。


 暗闇になれば、ソータはますます狙われる。

 物資を出す場所も見えにくくなる。

 火は広がりやすくなる。

 負傷者の手当ても遅れる。

 盗賊たちは数を頼みに、さらに押してくるだろう。


 そして、今のソータにはもう、大技を撃つ余力はない。


(どうする。)

(このままじゃ、持たない。)

(俺が狙われている。)

(でも、俺が止まれば村が持たない。)


 その時、ふいに首筋が冷えた。


 風ではない。


 もっと深いところから、夜そのものが近づいてくるような感覚。


 ソータは顔を上げた。


 西の空は赤く、東の空はもう藍色に沈み始めている。

 その境目に、ほんの一瞬だけ、紫の光が揺れた気がした。


 胸がざわつく。


 あの日、夜道で感じた視線。

 霧の奥の紫。

 女の声。

 ヤンガルドアイが言った、古い夜の匂い。


 それが、今また近づいている。


 ソータは思わず呟いた。


「……来る。」


 バルクが振り返る。


「何がだ。」


 ソータは答えられなかった。


 ただ、空を見ていた。


 どくろ旗の群れが村を囲み、盗賊たちがソータを狙い、男たちの村が夕闇の中で息を詰めている。


 その上に、紫の夜が静かに降りようとしていた。

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