2.風邪をひいてしまった(アンナリーナ)
とにかく喉が痛い。熱はあまり高くないけれど、咳が止まらない。頭もぼうっとする。
昨夜から体調が悪かったので早くベッドに入ったのに、一晩寝ても体調は改善しなかった。
それで朝の早くから義兄が王都の開業医を連れてきてくれた。義兄は閉まっている医院の扉を叩き壊す勢いでノックしていたらしい。
「早く出ないと、家全体を壊されるかと思ったわ」
そう言って初老の女性医師は笑顔を見せてくれたが、目は少し怒っているようだ。義兄はとても迷惑をかけてしまったらしい。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
診察中は義兄を部屋の外へ追い出したので、私が謝るしかない。
「ベルトルド君には色々とお世話になっているので、私もお役に立てて良かったと思っているのよ。だから気にしないで。でも、貴女の病気はただの風邪なので、聖魔法を使っても改善しないのよね。だから、咳止めと解熱のお薬を出しておきますから、それをきちんと服用して安静にしてくださいね。二、三日で良くなると思いますよ」
そう言って薬を置いて医師は帰って行った。
とにかく安静にしているしかないらしい。そんなわけで、残念だけど植物研究所は三日ほどお休みさせてもらうことにした。
女性医師が帰ると、義兄が慌てて部屋に入ってきた。
「どうだった?」
「風邪だって。兄様、三日ほど休暇をいただくので、門番さんにそう伝えてもらえますか?」
急な病気の場合、王宮通用門の門番に休む旨を伝えておけば、各職場に連絡してくれるようになっている。普通ならば使用人に手紙を託すのだけど、義兄はこれから王宮へ出勤するので、そのついでに門番に伝えてもらおうと思った。
「いや、アンナリーナのことが心配だから、俺も勤務を休むことにする。アルマンに二人分の休暇願いを王宮まで届けて貰おう」
「何を言っているのですか! ベルトルド兄様が病気になったわけでもないのに、お仕事を休むなんてあり得ないわ」
声を張り上げると喉が痛い。それでも、義兄には私のために仕事を休んでなんてほしくないので、かすれる声で精一杯抗議した。
「しかし、アンナリーナはとても辛そうだ。一人にはできないよ。俺が側についていて看病するから、して欲しいことがあるのならば何で言ってくれ」
「看病ならパルミラに頼みますし、力仕事はアルマンがやってくれます。今日行われるガーデンパーティで王太子殿下の護衛を務めるのでしょう? 兄様はとにかく早く出勤してください」
そう言っても義兄は頭を振っただけで、出勤しようとしない。
「俺の代わりなどいくらでもいるから大丈夫だ。気を使わなくてもいい。それに、副団長も参加予定だから、とにかく手は足りているはずだ」
本日のガーデンパーティは、伯爵家以上の未婚の男女が招待されており、侯爵家の次男である騎士団副団長や伯爵位を継いでいる王立植物研究所の副所長も参加予定になっていた。
パルミラが商店街で聞いてきた噂によると、副団長は王都の騎士の中でも二番目に強いらしい。容姿も良くて、生まれも育ちも良い。おまけにとても強いなんて、そこまでいくと少々嫌味だ。ガイオ副所長のように少し抜けている方が安心する。
そんな強い副団長だけど、護衛ではなくパーティの参加者なのだから、勝手に護衛の数に入れてはいけないと思う。
ちなみに、一番強い騎士は人外といわれるほどの化物じみた人らしい。大人の男性を三人軽々と持ち上げたとか、剣を素手でへし折ったとか、飛んでくる矢を手で掴み取ったとか、とにかく凄い武勇伝があるという。
彼がいる限り、王都の安全は守られていると噂されているとのこと。絶対に話は盛っていると思うけれどね。
「兄様が側にいると、私はぐっすりと眠ることができません。四の五の言わずにさっさと出勤してください」
ああ、喉が痛い。私は早く眠りたい。
「アンナリーナお嬢様の看病は私にお任せください。ベルトルド様は早く出勤しないと勤務時間に遅れてしまいます」
パルミラが私の援護をしてくれる。さすがにこれは効いたようで、義兄はかなり落ち込んだ。
「わかった。仕事へ行くことにするよ。パルミラ、アンナリーナのことをくれぐれもよろしく頼む。今日は王太子殿下の護衛なので、パーティが終わるまで帰ることができないし、連絡も取れない。近衛騎士たちは上位貴族の子弟が多く、独身の騎士はパーティの参加者となっているので、近衛騎士でもない俺が護衛に選ばれてしまった。本当に迷惑な話だよな」
「王太子殿下の護衛なんて、名誉なことではないの?」
「そんなもんかな? とにかく仕事へ行ってくる。アンナリーナはゆっくり休んで早く治せよな」
渋々といった態でドアの方へ歩いていく義兄は、何度もこちらを振り返って中々部屋を出ていこうとしない。
「汗をかいたから、着替えようかな」
そう言うと、義兄は慌てて部屋から出ていってくれた。
「兄様は、あんな感じでお仕事大丈夫なのかしら? 一番強い騎士がいるのだから、その方に護衛を頼めばいいのに」
「ベルトルド様だって騎士なのですから大丈夫なのではないですか? あのご様子を拝見すると少し不安になるお気持ちもわかりますが。でも、一番い騎士様は化物のような方らしいので、王太子殿下の護衛は難しいのかもしれませんね。だから、ベルトルド様が任されたのでしょう」
パルミラは一人で納得していた。でも、その方だって王都の治安を守っている騎士なのに、化物呼ばわりは失礼だと思う。その騎士のおかげで、パルミラが一人で買い物できるほど王都の治安が良いみたいなのだから。
「化物ってちょっとひどいわね。でもどんな人なのかしら。体中傷だらけとか?」
「獣のように体中毛だらけかもしれませんね」
パルミラもかなりひどい。
「獣のようなしっぽがあったりして」
「いくらなんでも、そこまで人外ではないと思いますが」
名前も知らない最強の騎士のことを、パルミラと二人で散々貶めてしまった。こんなつもりではなかったのに。本当にごめんなさい。
「とりあえず、着替えをしてお薬を飲んでいただけますか? それからゆっくりとお休みください」
そうだった。私は風邪をひいていて勤務をお休みしたのだった。馬鹿な話で盛り上がっている場合ではない。
パルミラの手を借りで着替えをして、咳止めを飲むと、眠気が襲ってくる。
パルミラが水で冷やした手ぬぐいを私の額に置いてくれた。その冷たさが気持ちよく、私はいつしか眠りに落ちていった。




