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3.王太子登場(ライザ)

 王宮の広々とした庭はよく手入れされていた。芝も綺麗に揃えられている。そこに真っ白いガーデンテーブルがいくつも並べられていて、パーティ参加者たちが思い思いに座って、王太子の登場を待っていた。


 このパーティの参加者は伯爵家より高位の十五歳を過ぎた独身男女であり、次期王となる王太子が次代を担う貴族たちと親睦をはかるとともに、若者に出会いの場を提供するという目的で開催されていた。

 伯爵家以上に限ったのは、単純に人数の問題だと思う。貴族は高位になるほど人数が少ない。国への功労があれば平民にも男爵位を与えられることがあるので、全員を把握するのが難しいくらいに男爵家は多い。

 子爵や男爵を全員呼んでしまえば、いくら広い王宮の庭でも、人が溢れかえって交流どころではないだろう。

 しかも、下位貴族の令息や令嬢の多くは王宮で家令や侍女として働いているので、彼らがパーティへ参加してしまうと、世話をする者がいなくなってしまう。


 そんな訳で、このパーティに参加している顔ぶれはとても豪華だった。

 攻略対象の騎士団副団長と宰相令息、サポートキャラの王立植物研究所副所長、攻略対象のお相手である王太子妃候補の才媛と男装の女性騎士、そして私。

 

 医師ロベールは予想通り参加していない。おそらく今日も研究室にこもっているのだろう。

 社交的ではない彼がアンナリーナと出会い恋に落ちるとは考えられないので、もう二人が結ばれることはなさそう。それは安心なのだけど、ベルトルドと私の仲も進展しないままに終わってしまうのだろうか?

 それはとても悲しい。ベルトルドの態度は明らかに私を嫌っているようなので、仲良くなるのは無理なのかもしれない。

 ちなみに、残りの攻略対象は隣国の王弟なので、やはりこのパーティには参加していない。



 王太子殿下の登場を待つまでの間、少しゲームのことを整理しておこう。現実のこの世界でゲームと同じようなイベントが本当に起こるかわからないけれど、もしもの時の参考にはなると思うから。


 攻略対象は五人。それぞれに相手役がいる。しかし、ゲーム開始時にはまだ進展はしておらず、選択肢を誤ると一気に進展して攻略対象と婚約、そして、結婚してしまって即座にゲームエンドとなってしまうのだった。


 最初に現れる攻略対象は紫の髪の毛をした医師ロベール。その相手は聖女と呼ばれている私。

 チュートリアルの意味合いが強いロベール編が終われば、四人のうちから好きな男性を選ぶことができる。

 金髪碧眼の王太子殿下と黒髪の才媛。

 黒髪の騎士団副団長と水色の髪を持つ男装の麗人。

 濃紺の髪に眼鏡をかけた宰相の息子とピンクの髪を持つ妖精と呼ばれる宮廷楽団の歌姫。

 そして、隣国の王弟と我が国の若き王女。 


 私も含まれるので嫌味に聞こえるかもしれないけれど、攻略対象のお相手の女性陣は皆ハイスペックな美女と設定されている。そんな女性たちをベルトルドが命がけで救い、愛を得て攻略対象から略奪するところからゲームが始まる。そのため、各編の始まりで、ベルトルドは必ず大怪我を負ってしまう。

 高性能な聖魔法があるという設定なので、どんな重傷でも彼は完治するが、治療には激痛を伴うので、ベルトルドはその度に辛い思いをしなければならない。

 なぜこんなベルトルドだけに厳しい設定にしてしまったのだろうか。



 そんなことを考えていると、王太子が会場に姿を現した。後ろには護衛の騎士を数人従えている。その中にベルトルドがいた。

 彼はいわゆるチートキャラとの設定である。この世界の誰よりも彼は強い。それ故に酷い目に遭うことになっている。せめて聖魔法の治療くらい無痛の設定にしてあげればいいのに。ベルトルドが不憫すぎて涙が出そうだ。

 ゲーム中では苦しむベルトルドに萌えていたけれど、現実の彼が苦しむのは辛すぎる。


 

「本日はよく来てくれた。今日参加しているのは、私と一緒にこれからのこの国を支えていく者たちだ。地方の領地から出てきて、知り合いが少ない者もいるだろう。気軽に歓談しながら友好を深めてほしい。私も皆に話しかけるので、爵位など気にせず、自由に会話を楽しもう。なお、年若い者もいるし、昼間のパーティなので、酒類は出さないことになっているので了承してくれ」

 前世の兄は、社会人一年目の忘年会で失敗したらしく、無礼講だと言われても信じてはいけないと何度も言っていた。その兄の名前も容姿も思い出せないのに、変な記憶だけ残っているのが悲しい。

 とにかく、王太子の言葉を信じて、王家や上位貴族の人に気安く話しかけては駄目だということはわかる。

 

 それにしても、本当に暗殺者が襲撃してくるだろうか?

 来るのならば何時?


 パーティにはゲームヒロインが参加していないので、王太子襲撃についてゲーム中ではそれほど詳しく語られることはなかった。襲撃時間も状況もよくわからない。

 もちろん襲撃などない方がいいけれど、もし起こってしまったとしても、皆が怪我などしませんようにと願わずにはいられない。でも、胸騒ぎが治まらない。


 王太子の話が終わり、自由歓談が始まったので、少しでも早く治療するために、私は王太子の近くに寄っていった。もちろん、王太子の側にはベルトルドも控えている。


 テーブルの上には色とりどりの軽食が揃えられているが、とても喉を通りそうにもない。あまり甘くない柑橘系のジュースを手にとって、私はひたすら待つ。


 フランシスカもグラスを片手に王太子へと近づいた。そして、王太子と話を始める。内容は国内外の政治や経済についてであり、難しすぎて私には理解できない。さすが攻略対象の王太子と国一番の才媛の会話だと感心していた。


「隣国の国王は好戦的だと聞いておりますが、我が国が侵略される心配はないのでしょうか?」

 フランシスカは王太子にそんなことを訊いていた。彼女の心配は尤もだと思う。

 ゲーム通りに襲撃者がやってくるのであれば、それは隣国の暗殺者のはずである。優秀だと評判の王太子を亡き者にし、その混乱に乗じて我が国へと戦争を仕掛るというのが、隣国の王の思惑であった。


「隣国がきな臭い動きをしているとの報告は受けている。しかし、彼の国の方が軍人も多く武器も揃っている。こちらが下手に動くと、我が国を潰す口実を与えてしまいかねない。つけ込まれないように気をつけながら、国境の警備を強化していくしかないな。いざとなれば、彼を出せば絶対にわが国が勝つと思うので、そんなに心配はしていないけれどね」

 王太子はそっとベルトルドの方を見た。つられて私もベルドルドに視線を合わせる。

 彼は信じられないほど強い設定なので、戦争が始まるシナリオでも、彼のお陰で侵略を免れる。しかし、アンナリーナが選択肢を誤ると、彼は戦死してしまうのだった。


 ふと、ベルトルドがこちらの方を見る。私たちが見つめ合ったのはほんの一瞬だった。彼は大きく顔を動かして私から目線を外してしまう。

 やはりベルトルドは私のことを嫌っているようだった。


「はぁ」

「ライザ嬢、どうかしたのですか? 憂いのある美女も素晴らしいと思いますが、やはり貴女には笑顔を見せてもらいたい」

 私がため息をついていると、いつの間にかすぐ側までやってきていた王太子が話しかけてきた。フランシスカは席に戻ってしまっている。

「王太子殿下、本日はこのような素敵な催しに呼んでいただきありがとうございます。お天気にも恵まれまして、王太子殿下のご人徳が慕ばれますね」

 王太子とは何度か会ってはいるが、前世ではごく普通の庶民としてはやはり緊張する。 


「堅い挨拶は止めておこう。今日は自由に意見を交換する場だからね。ライザ嬢は宮廷医師団で大活躍をしていると聞いているよ。医師の仕事は大変だとは思うけれど、これからも頑張ってもらいたい」

「はい。できる限りの努力はいたします」

 この世界にライザとして転生してしまったと気づいた時から、その覚悟だけはしていた。過酷な運命だとは思うけれど、私が辛いからと逃げれば、助かるはずの命が失われてしまうかもしれない。

 私には国一番の聖魔法の使い手ライザとして、精一杯頑張る以外の道はなかった。


「これからも我が民たちを救ってくれ。期待している」 

 王太子が握手のために右手を差し出した。私はその手を取るため更に王太子に近寄って行く。だけど、緊張のためか平坦な芝生の上なのに躓いてしまって、王太子の方に倒れかかってしまう。


 すると、慌ててベルトルドがやってきて、片手で抱きしめるように拘束された。そして、彼は素早く剣を抜く。

『王太子殿下を傷つけるつもりなどこれっぽっちもないですから、どうか殺さないでください』

 そうお願いしようにも驚きすぎて声が出ない。

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