3.余計な事を考えるのは止めよう。
だけど学校や会社、あるいは社会という環境はどうしたって虐めが発生するようになっている。
人付き合いという行為自体が虐めを誘発する。
だから私は学校も会社も嫌いだ。
二度と行きたくない。
思い出してきた。
転生物の物語だと、主人公は第二の人生でもごく当たり前に学校に行くんだよ。
それどころか張り切って。
ポジティヴ過ぎないか?
あるいは主人公だけに前世でもクラスカーストのトップにいて楽しかった思い出しかないとか?
逆に虐められっ子が主人公の場合は、転生してチート能力でやり返したりする。
その時点で虐める側に回るんだけど罪の意識なんかまずないし。
でも思い出してみると、そういう小説の主人公は学校には行くものの、会社などに就職することはほとんどなかったような。
冒険者って個人営業だし。
学生生活はいいけどサラリーマンは嫌だとか?
多分、そういった物語が若者向け、あるいは学生向けだったからかもしれない。
社会人が主人公だとライトノベルにはならないのかも。
社会派小説?
余計な事を考えるのは止めよう。
私が学校に行くとしても相当先の話だ。
その前に幼稚園だか保育園だかがあるはずだし。
いや、どうだろう。
前世の自分が日本人で日本で生活していたことは覚えている。
でも教育制度は国や土地ごとに違う。
ていうか、そもそもここが地球かどうかも不明だ。
今いる部屋もまだ目がよく見えないのでイマイチよく判らない。
床に何か敷いてあることは感触で判るけど、その下がフローリングなのか畳なのかはまだ不明。
自力ではほとんど動けないから部屋の広さも判らない。
天井に灯りがあるけどぼんやりとしか見えない。
電灯なのか?
まあいいや。
さて。
やっと座れるようになった乳幼児の段階で、ここまで論理的な思考が出来るってもはやチートだ。
神童という奴か。
私としてはあまり目立つのもよろしくない。
かといって凡庸なままではいずれ学校に行かされる。
それは防げないとしても、あまり出来る所を見せると超進学校に行かされたりエリート教育をされるかもしれない。
まっぴらだ。
でも出来ないふりって可能だろうか。
能力的にはともかく心情的にはきつそうだ。
いや能力は心配いらないかもしれない。
子供の頃は天才でも二十歳過ぎればただの人という諺もあるくらいで。
そもそも自分でもあまり頭が良くなった気はしないんだよな。
そりゃ乳幼児の頃からこんなこと考えてるって端から見たら異常な天才だとは思うけど、それは前世の知識があるからだし。
頭の良さという意味では凡庸だと思う。
ちなみに前世のことはあいまいだけど大学を出たことは何となく覚えている。
専攻は物理学だったか心理学だったか。
就職して技術者やっていたから多分理系だったんだろう。
大学の講義というか演習で知能テストを受けた覚えがある。
何種類も。
その結果は全部平均をちょっと超える程度だったと思う。
つまり前世の私は少なくとも人並の能力はあったはずだ。
前世の能力が今の身体に引き継がれているとは限らないけど、そういう風に考える事が出来るということは前世並には期待出来るかも。
それより心配なことがある。
前世での俺は肥満体だった。
これははっきり覚えていると言うよりは染みついている。
子供の頃はそうでもなかったんだけど、大学に行く頃から太り始めた。
同時に体力が落ちて踏ん張りが利かなくなった。
しょっちゅうあっちこっちが故障していたし、病気がちで普通の生活を送るのも大変だった。
それでサラリーマンとして随分苦労した記憶がある。
人間、やっぱり体力だ。
そうなった原因は読書が好きで運動が嫌いだったからだろう。
もともとあまり運動神経が良くない奴が引きこもって漫画や小説ばかり読んでいたらそうなる。




