20.それにしても退屈なのは一緒だ
ひすい、か。
どういう字を書くんだ?
「翡翠」か?
テストの時に自分の名前を書くのに苦労しそうだな。
僕があれこれ考えている間に母親とえみちゃんの打ち合わせが終わったようだった。
平日の昼間に僕に会いに来ているってことは中学生や高校生じゃなさそうと思ったら、どうやら女子大生らしい。
いや僕の感覚だと外見は中高生なんだよ。
この時代はまだ栄養が足りて無くて未発達なの?
そういうわけでもなさそうだった。
単に幼く見えるだけか。
後で判ったんだけど、えみちゃんは地方の高校を卒業してこっちの大学に進学したそうだ。
実家は結構なお金持ちらしくて、住んでいるのは家族が持っているマンションだとか。
お小遣いもたっぷり貰っているので無理にアルバイトする必要はないんだけど、逆に野放しだと親が心配するということで、遠縁である僕の母親の伝手で僕の世話をすることになったみたい。
といってもえみちゃんは別にホームヘルパーやベビーシッターの技能があるわけでもないので、大学に通いがてら僕の家に寄って僕の昼食を用意したりするだけだとか。
ふーんと思ったけど、後で気がついた。
僕、ひょっとしたらあの託児所から断られたんじゃ。
そういえばここんところ、保育士さんたちが全然僕に構ってくれなくなっていた。
よく判らないけどヤバい、という印象だけがあって、そんなの責任持てないからと追い出されたのかもしれない。
まあいい。
それにしても退屈なのは一緒だ。
家の絵本は全部読み尽くしてしまったからなあ。
母親が「それじゃよろしく」とか言って出かけてしまうと、早速えみちゃんが言ってきた。
「スーちゃんでいいよね」
頷いておく。
一応、もう話せるんだけど一歳児がいきなり会話とかしたら化物扱いされそうで。
「ところでスーちゃんって神童なんだって?」
いきなり踏み込んでくるなあ。
ていうかそういう扱いか。
だから母親も僕を家に置いてフルタイム勤務に戻ったわけね。
「話せるんでしょう?」
仕方がない。
「うん」
えみちゃんは「やっぱり」という満面の笑顔を見せた。
「よし。
これでお仕事は楽になった」
それかよ。
外見は女子高生みたいだけど、中身は結構強からしい。
ところが次のえみちゃんの発言は意表をつくものだった。
「ところでスーちゃん、何かしたいことある?」
そういうことを一歳児に聞く?
ぶっ飛んでいるなあ。
でも好都合だ。
「本読みたい」
えみちゃんの笑顔が固まる。
結構インパクトがある返事だったみたい。
「えーと、絵本?」
「字だけの本も」
一歳児が言うことじゃないけど、もうこうなったら行く所まで行く。
「えと、小学生向けとか?」
「もっと。
教科書でもいい」
もう引き返せないので開き直る。
えみちゃんは引き攣った笑顔で固まっていたけど、意外に早く再起動した。
この女、結構腹が据わっているぞ?
「教科書はちょっと。
それに本なんか買ったら色々拙そうだし。
そうだ、お昼ご飯食べたら外に行こうか」
散歩で誤魔化す気か。
まあ、僕もいきなり希望が全部通るとか思って無いし。
というよりはこんな得体の知れない怪物を前にして引かない勇気は凄い。
普通なら不気味に思うよね。
それからえみちゃんはお昼まで遊んでくれた。
といってもどっちかというとこっちの知能レベルを確認していたような。
何か目がギラギラしていて怖かった。
実験材料?
僕が不安そうな表情を作ったらえみちゃんは慌てて弁解した。
「別にスーちゃんをどうしようとかないから。
でもこんなに身近に神童の実例があるって驚きで」




