第七話 最後まで立つ
翌朝から、リアは三番隊の訓練に組み込まれた。
隊列を組み、仲間の動きに合わせて位置を変える。
一人の遅れが、全員の隙になる。
「遅い!左が空いている!」
隣の騎士が半歩下がる。
リアがその位置へ滑り込む。
次の瞬間、反対側から別の騎士が入ってきた。
肩がぶつかりそうになる。
リアは身体を捻って避けた。
「また遅い!」
「はい!」
再び隊列が動き始める。
何度繰り返しても、終わりは来なかった。
次は護衛対象を想定した移動訓練だった。
中央に一人を置き、その周囲を三人で囲む。
前方から敵が来れば、前衛が受ける。
横から回り込まれれば、左右が塞ぐ。
後ろに敵が現れれば、後衛が対応する。
そして、中央の人間を、隊列の外へ出さない。
「動くな!」
ヴィクトルの声が響く。
リアは反射的に前へ出ようとした。
だが、すぐに足を止める。
目の前の敵役が剣を振る。
リアは受け流す。
追撃はしない。
相手が下がる。
リアは半歩だけ前へ出る。
それ以上は追わない。
ヴィクトルの視線が、リアの足元へ落ちた。
「……よし」
リアは一瞬だけ目を見開いた。
訓練中に、明確な肯定をもらったのは、これが初めてだった。
だが、すぐに次の攻撃が来た。
考えている暇はない。
剣を上げる。
受ける。
流す。
戻る。
それを繰り返す。
昼を過ぎる頃には、リアの髪は汗で頬に張り付いていた。
腕は重い。
足も思うように動かない。
それでも、訓練は続いた。
「次は基礎体力だ」
ヴィクトルが告げる。
リアは思わず顔を上げた。
「……まだ、やるんですか?」
周囲の騎士たちが、くすりと笑った。
「三番隊は甘くないぞ」
騎士の一人がそう言って、訓練場の端に並べられた木箱を指差す。
その中には縄や砂袋、木製の盾などが入れられていた。
何をするのかを察したリアは、口を結んだ。
「まずはこの隊の女子隊員が使っているメニューからだ」
「……はい」
「無理をする必要はない」
「分かりました」
訓練が始まった。
走る。
跳ぶ。
砂袋を運ぶ。
盾を構えて歩く。
最初のうちは、問題なかった。
しかし、何周目かになると、呼吸するたびに胸が痛んだ。
それでも、リアの足は止まらなかった。
やがて周囲の女子隊員たちが次々と休憩に入っていき、リアだけが残った。
ヴィクトルが側に置いた砂時計を見た。
「……まだいけるな?」
リアは荒い息を整えながら顔を上げた。
額から汗が落ちる。
「……はい」
声は少し掠れていた。
ヴィクトルはリアを見た。
呼吸。
足の震え。
握った拳。
すべてを確認する。
「そうか」
砂時計をひっくり返す。
「なら、もう一周」
「はい」
リアは走り出した。
その背中を、何人かの騎士が黙って見送った。
「あれだけ走って、まだ止まらないのかよ」
誰かが呆れたように呟く。
リアはもう、訓練場の端まで走っていた。
足取りは重い。
肩も上下している。
それでも、止まらない。
ヴィクトルは腕を組んだまま、その姿をじっと見ていた。
やがて、砂時計の砂が落ちきる。
ヴィクトルが口を開いた。
「リア」
「はい!」
振り返ったリアの声は、疲れているとは思えないほど、はっきりしていた。
「明日から、男連中と同じメニューにしろ」
訓練場が静まり返った。
リアが目を瞬く。
「……男と、同じ?」
「そうだ」
ヴィクトルは淡々と答えた。
「お前は、まだ倒れていない」
リアは自分の手を見る。
指は震えていた。
膝も笑っている。
それでも、立っている。
「それはお前の強みだ。余さず、使え」
ヴィクトルの視線が、リアの目を捉えた。
リアはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと頷く。
「……はい」
その返事を聞いて、ヴィクトルはようやく目を逸らした。
「今日は終わりだ」
その言葉に、リアの肩から力が抜ける。
一歩踏み出すと、膝がわずかに揺れた。
足に力が入らず、身体が傾いた。
「おい」
すぐ隣にいた騎士が腕を伸ばす。
リアは反射的に身体を起こした。
「大丈夫です」
「そう言ってる奴が一番危ないんだよ」
騎士は呆れたように眉を寄せた。
「座れ」
「でも――」
「隊長が終わりって言っただろ」
言われて、リアはヴィクトルを見る。
すでにヴィクトルは剣を収め、訓練場の片付けに入っていた。
「……はい」
リアが木箱へ腰を下ろす。
すると、別の騎士が水筒を差し出した。
「飲め」
「……ありがとうございます」
受け取った水筒は、ひんやりと冷たかった。
蓋を開け、一口飲む。
乾いた喉に水が落ちていく。
「全部飲むなよ」
「?」
「明日も使うからな」
冗談めかした声に、周囲から小さな笑いが漏れた。
先ほどまでの張り詰めた空気が、少しだけ緩む。
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