第十七話 新たな道
翌朝、グランセル領の騎士団医局の病室。
窓は開けられ、朝の風が、薬品の匂いが残る病室へ入り込んでいる。
カーテンの裾がふわりと持ち上がり、白い床へ影を落としていた。
ベッドの上で、リアはゆっくりと目を開けた。
白い天井が見えた。
しばらく瞬きをする。
身体を動かそうとすると、肩から脇腹にかけて鈍い痛みが走った。
「……っ」
リアは眉を寄せ、再び身体を横たえた。
ベッドの脇に置かれた水差しが、朝の光を受けて淡く光っている。
ほどなくして、看護師が入ってきた。
「目が覚めましたか」
「はい」
「まだ起き上がらないでくださいね」
看護師は包帯の状態を確かめると、交換の準備を始めた。
上半身を起こされ、古い包帯が外されていく。
布が剥がれるたび、傷口の周囲が引きつった。
看護師は傷を一つずつ確認し、新しい薬を塗っていく。
「傷は深いですが、幸い急所は外れています」
「……そうですか」
「しばらくは安静にしてください」
新しい包帯が、肩から胸元、脇腹にかけて丁寧に巻かれていく。
最後に布を留めると、看護師は道具を片付けた。
「何かあれば、すぐ呼んでください」
「はい、ありがとうございます」
看護師が部屋を出ていく。
静かになった病室で、リアは片手を包帯の上へ置いた。
指先で、ゆっくりと傷の位置をなぞる。
きつく巻かれた布の下に、まだ熱が残っていた。
視線を窓へ向ける。
青白い空が見えた。
握っていた手を開く。
指を一本ずつ、曲げていく。
そして、もう一度、握る。
――守れた。
リアはわずかに口元を緩め、手を下ろした。
扉が二度、軽く叩かれる。
「入るぞ」
ヴィクトルの声がした。
「はい」
扉が開く。
彼はいつもの訓練着ではなく、簡素な上着を羽織っていた。
「起きていたか」
「はい」
ヴィクトルはベッドの脇に置かれていた椅子を引き、腰を下ろす。
「傷は?」
「問題ありません」
「そうか」
ヴィクトルはリアの肩に巻かれた包帯へ目を向ける。
それから、リアの顔を見る。
しばらく何も言わなかった。
窓から吹き込んだ風が、カーテンを揺らした。
「医者に、大会には出すなと言われた」
思わぬ言葉に、リアは目を瞬いた。
「……大会」
「わざわざ傷を開かせたいのかと、きつめに言われてしまった」
ヴィクトルはそう言って、わずかに肩を落とした。
「……すまない」
小さく呟くヴィクトルに、リアは少しだけ目を丸くする。
そして、小さく笑った。
「隊長が謝ることではありません」
ヴィクトルは何も言わなかった。
それから、数日が過ぎた。
昼を少し回った頃。
病室の窓から差し込む陽射しが、床の上でゆっくりと位置を変えていた。
リアはベッドの上で、背を起こしていた。
傷の痛みは、まだ残っている。
けれど、最初に目を覚ましたときほどではない。
包帯の巻かれた腕を動かし、枕元に置かれた水差しへ手を伸ばす。
そのとき、扉が開いた。
「よう」
聞き覚えのある声に、リアが顔を向ける。
「シリウス様」
扉のところに、シリウスが立っていた。
片方の肩から腕にかけて、包帯が巻かれている。
歩く姿に大きなふらつきはないが、まだ完全に傷が癒えた様子ではない。
シリウスは片手を上げると、そのまま病室へ入ってきた。
「見舞いが遅くなって、すまない」
「いえ」
「なかなか部屋を出る許可が下りなくてな」
そう言いながら、シリウスはベッドの脇まで歩く。
置かれていた椅子を引き、腰を下ろした。
「傷はどうだ?」
「だいぶ動けるようになりました」
「そうか」
シリウスは足元へ目を落とした。
しばらくして、顔を上げる。
「助かった」
「……任務ですので」
「それでもだ」
淡々と答えたリアに、シリウスはわずかに肩を落として笑う。
「お前がいなかったら、俺はあそこで死んでいたんだ」
シリウスはわずかに目を伏せる。
「ヴァルターとヴィクトルにも、相当怒られてしまったしな」
シリウスは小さく笑った。
やがて、その笑みを消してリアを真っ直ぐ見る。
病室の窓から、風が入り込む。
白いカーテンが揺れ、壁に落ちた影がゆっくりと動いた。
「ありがとう」
シリウスの言葉に、リアはしばらく黙っていた。
やがて、小さく笑った。
「……はい」
そのときだった。
廊下から、ぱたぱたと足音が近づいてきた。
次の瞬間、扉が勢いよく開く。
「シリウス様ー!」
シリウスの肩が跳ねた。
扉の向こうから、ユリアが顔を出した。
手に持った籠には果物が詰められている。
「なんで私がいない間に、前線に出ちゃうんですか!」
シリウスが眉を寄せる。
「いや、それは――」
「しかも怪我してる!」
「……」
ユリアはシリウスの横に歩み寄ると、腰に手を当てた。
「任務に参加してない私に、後から報告だけ寄越すなんてひどいです」
「仕方ないだろ」
「仕方なくありません」
ぴしゃりと言われ、シリウスが黙る。
ユリアはため息をつくと、シリウスへ尋ねた。
「それで、大会はどうするんですか?」
「出る」
「……」
迷わず答えたシリウスを見つめた後、ユリアはリアへ視線を移した。
「リアさんは、出られるんですか?」
「……いや」
リアは首を横に振る。
「医者に止められたから、出られない」
「……そうですか」
ユリアは再び、シリウスを見る。
「シリウス様は、止められなかったんですか?」
「……」
シリウスは何も答えず、ゆっくりと顔を逸らす。
ユリアが目を細めた。
次の瞬間。
ユリアの手が、シリウスの肩を軽く叩いた。
「い゛っ……!!」
シリウスが身体を跳ねさせ、肩を押さえる。
リアの目が丸くなる。
「ユリア、お前な……!!」
「リアさん、お見舞いです」
ユリアは何事もなかったように、リアへ籠を差し出した。
「……ありがとう」
リアが両手で受け取る。
籠の中で、赤い林檎がころりと転がった。
その横で、シリウスは肩を押さえたまま顔をしかめている。
ユリアはそんなシリウスを見て、にこりと笑った。
「ヴィオラ卿に言いつけてきます」
「待て、それはまずい」
シリウスが真顔で立ち上がる。
「知りません」
「おい、待て!」
ユリアが廊下へ走り出す。
「悪い、リア、また来る」
そう言ってシリウスは、慌ててユリアの後を追う。
開いた扉の向こうへ二人の姿が消えた。
「………」
遠ざかる足音を聞きながら、リアは腕の中の籠へ目を落とした。
窓から入る風が、白いカーテンを揺らしている。
「……騒がしいやつらだな」
その声に、リアが顔を上げる。
扉の前に、一人の男が立っていた。
銀色の髪。
静かな青い瞳。
リアはその姿を見て、目を見開く。
「レオニス殿下」
レオニスはゆっくりと振り向いた。
「弟が騒がしくしていたようだな」
「……はい」
リアの口元が、ほんの少し緩む。
レオニスもそれを見て、目元を和らげた。
「少し、話をしてもいいだろうか」
「はい」
レオニスが病室へ入ってくる。
先ほどまでシリウスが座っていた椅子に腰を下ろした。
しばらく、二人の間に言葉はなかった。
やがて、レオニスが口を開く。
「あいつを助けてくれたこと、感謝する」
「任務ですので、当然のことをしただけです」
淡々と返すリアに、レオニスがわずかに笑う。
その視線が、リアの包帯へ落ちる。
「かなり無茶をしたな?」
「……」
リアの指が、膝の上でわずかに動く。
「……大会には、出られなくなりました」
レオニスは少し目を細めた。
「そんなこと、気にしなくていい」
「ですが……」
「戦場であいつを守り切ったんだ。この国の騎士として、これ以上の功績はないさ」
窓から風が吹き込み、カーテンが大きく揺れた。
白い布が一度、リアの肩へ触れる。
レオニスが伸ばした手で、カーテンを軽く押さえた。
「リア」
「はい」
レオニスはすぐには続けなかった。
青い瞳が、リアを見つめる。
リアはわずかに首を傾げた。
レオニスの口元に、笑みが浮かんだ。
「心の準備は整えておけよ」
「……?」
「俺の弟は、わがままを通すのが上手いんだ」
リアはしばらくレオニスを見る。
その言葉の意味を測るように、わずかに眉を寄せた。
レオニスは小さく肩を揺らして笑った。
「きっともうじき、辞令がくるぞ」
柔らかな風が吹き込む。
窓から差し込んだ光が、白い床をゆっくりと照らしていく。
遠くで、鳥の鳴き声が聞こえた。
病室に一人ずつ現れて会話をする……
なんだか乙女ゲームのエンディング直前みたいな展開になってしまいました(笑)
▶ヴィクトル → 安心安定の師弟ルートです。
▶シリウス → ユリアとのキャットファイト()が始まります。
▶レオニス → リアが攻略対象になるEXルートが解放されます。
さぁ、誰を選びますか?
……冗談です、個人的にはヴィクトルさんが好きです。




