第十四話 戦場の護衛
早朝。
王都の門が、ゆっくりと開いていく。
厚い鉄の扉が軋み、左右へ引かれる。
その向こうから冷たい風が吹き込み、街道沿いの旗を大きくはためかせた。
蹄の音が、石畳を叩く。
先頭を進む騎士たちに続き、馬車が門を抜けていく。
その後ろを、三番隊の騎士たちが進んでいた。
隊列の中央には、シリウス。
その左右を、副団長ヴァルターとヴィクトルが固めている。
リアは列の後方につき、周囲を見渡しながら馬を進めていた。
王都の城壁が、次第に遠ざかっていく。
「こんな時期に戦場とはな」
隣を走っていた騎士が、手綱を引きながら呟いた。
彼の視線の先には、シリウスがいた。
「シリウス様、今年も大会に出るんだろ?」
「そう聞いています」
「だったら、少しくらい身体を休めてもいいと思うんだがな」
苦笑しながら、騎士が肩をすくめる。
リアは答えず、前方へ視線を戻した。
先を行くシリウスの背中が見える。
青い外套が風を受け、肩から後ろへ流れていた。
朝露を含んだ草が、馬の脚に触れるたびに揺れた。
隊列は一定の間隔を保ったまま、南西へ進んでいった。
王都を出て、三日。
街道脇の草は踏み荒らされ、車輪の跡がいくつも残っていた。
遠くの丘から煙が上がり、その麓には柵に囲まれた陣地が見える。
「前線が見えてきたぞ」
先頭から声が飛ぶ。
騎士たちが手綱を引いた。
蹄の音に代わり、怒号や金属音、馬の嘶きが聞こえてくる。
陣地へ近づくほど、その音は大きくなった。
土煙が舞い、鉄と煙、乾いた土の匂いが鼻を突いた。
リアの馬が、わずかに歩みを緩める。
「リア、俺から離れるなよ」
前からヴィクトルの声が飛んだ。
「はい」
ヴィクトルが前へ向き直り、目を細める。
「ただし、シリウス様の護衛を最優先する」
「承知しております」
リアが頷く。
ヴィクトルも頷き返し、隊列の先へ戻っていく。
リアはシリウスの姿を探した。
少し先で馬を降り、兵士から報告を受けている。
シリウスは頷くと、その肩を軽く叩いた。
王都にいるときと変わらず、穏やかな表情だった。
彼はやがて、負傷兵のもとへ歩み寄った。
「大丈夫か?」
「……シリウス様」
「話せるなら十分だ」
シリウスが笑う。
兵士の表情がわずかに緩んだ。
シリウスは衛生兵に声をかけ、次の場所へ向かう。
リアがその背中を見送った。
そのとき、遠くで鋭い音が響いた。
――カンッ。
続いて、兵士たちの怒号が響いた。
シリウスが足を止める。
前方へ目を向けると、土煙が上がっていた。
騎士たちが剣を抜き、隊列を整えていく。
「敵襲か?」
シリウスが呟く。
ヴィクトルが前方へ目を凝らした。
「……まだ距離があります」
その向こうで、盾の列が動いた。
次第に、槍の穂先が土煙の中から姿を現す。
シリウスの表情から、笑みが消えた。
腰の剣を抜く。
鋭い金属音が響いた。
ヴィクトルの声が飛ぶ。
「三番隊、前へ!」
騎士たちが一斉に動き出す。
リアも手綱を引き、隊列へ加わった。
敵兵の一人が、リアへ斬りかかる。
半歩下がる。
刃が頭上を通り過ぎた。
リアは剣を返し、横へ踏み込む。
次の一撃をかわしたところで、肩口を刃がかすめた。
布が裂ける。
敵兵が踏み込んだ。
リアは下がる。
一歩。
もう一歩。
追ってきた敵兵の剣を受け流す。
その身体が流れたところへ、リアの剣が走った。
敵兵が膝をつく。
リアは追わず、顔を上げた。
シリウスは少し離れた場所で、騎士たちに囲まれながら敵を退けている。
別の敵兵がシリウスへ向かって走った。
その敵兵の前に味方の騎士が割って入った。
「行け!」
「はい!」
二人の脇を抜け、駆ける。
リアはそのままシリウスの斜め後ろへ入った。
「怪我は?」
「ありません」
「そうか、なら、頼むぞ」
次の瞬間、敵兵が押し寄せた。
シリウスが剣を振るう。
リアも踏み込む。
二人の前で、刃がぶつかった。
火花が散る。
戦場の音が、再び大きくなった。
敵兵の波が崩れた。
前方で角笛が鳴る。
「退いたぞ!」
「深追いするな!」
ヴィクトルの声が飛び、騎士たちが剣を下ろした。
リアは荒い息を整えながら、周囲を見渡す。
「リア」
振り返ると、シリウスが歩いてきた。
剣も外套も土に汚れている。
「怪我は?」
「ありません」
シリウスが肩口を見る。
裂けた布の下に、赤い線が走っていた。
「そこは?」
「掠っただけです」
「……そうか」
シリウスが剣を収める。
そこへヴィクトルが近づいてきた。
「初めてにしては、悪くなかったな」
「ありがとうございます」
「ただし、前に出すぎるな」
ヴィクトルがリアを見る。
「護衛は、敵を倒すことが目的じゃない」
「はい」
「分かってるならいい」
ヴィクトルは負傷者の方へ向かった。
リアの隣で、シリウスが小さく笑う。
「……ちゃんと見てたぞ」
「……?」
「相手を倒した後だ」
シリウスがリアの剣を指す。
「すぐ俺を見ただろう」
「……はい」
「それでいい」
リアは一度だけ目を瞬く。
シリウスは剣を鞘へ収めた。
カチン、と乾いた音が響く。
遠くでは、負傷者を運ぶ声が続いていた。
夜。
前線の陣地に、いくつもの焚き火が灯っていた。
遠くで馬が嘶き、見張りの兵士が交代する足音が響いている。
リアは少し離れた場所で、膝の上の剣を手入れしていた。
刃に残った土を布で拭い、鞘へ収める。
「そこにいたか」
顔を上げると、シリウスが立っていた。
「隣、いいか?」
「はい」
シリウスが向かいに腰を下ろす。
二人の間で、薪が小さく弾けた。
「今日、怖かったか?」
リアの手が止まる。
「……はい」
「そうか」
シリウスは炎へ視線を向けた。
リアは少し迷ってから、口を開く。
「……シリウス様は、どうなのですか?」
シリウスが横目でリアを見る。
「戦場は……怖くないのですか?」
その問いに彼は目を細め、小さく笑った。
「怖いさ」
火の粉が一つ、夜空へ舞う。
「ただ……ここは、俺が選んで、自分で歩いてきた道の先だ」
シリウスは炎を見つめた。
「自分で選んだ道なら、その先で起きたことも、自分で受け入れるしかないだろ」
薪が崩れ、炎が大きく揺れる。
翌朝。
空が白み始めた。
陣地のあちこちで、兵士たちが動き始めている。
リアは剣を腰に差し、肩当ての位置を直した。
最後に剣の柄へ手を添える。
「伝令!」
泥の付いた外套を揺らし、兵士が駆け込んできた。
「敵軍が動きました!」
ヴィクトルが顔を上げる。
「規模は?」
「百ほど。まだ後続がいるようです」
「……百だと?」
「はい、昨夜まで確認されていた数を、大きく上回っています」
伝令が膝をつく。
ヴァルターが地図を広げた。
「どの方向からだ?」
「北側です」
「こちらへ向かっているのか?」
「はい」
ヴィクトルが地図を覗き込む。
「……進路が妙だな」
ヴィクトルの指が地図の上を滑る。
「正面を迂回して、わざわざこちらへ向かっている」
シリウスが地図を見下ろす。
「……俺がここにいることが、知られたか」
遠くで土煙が上がった。
その向こうから、敵兵が姿を現す。
盾が並び、槍の穂先が朝の光を弾いた。
騎士たちが一斉に立ち上がる。
馬の嘶きが響き、陣地に緊張が走った。
シリウスが敵の動きを見つめる。
「……全員、戦闘準備だ」
シリウスが剣を抜く。
刃が、鋭い音を立てて鞘から滑り出した。
お読みいただき、ありがとうございます。
この話を少しでも気に入っていただけたら、
感想やレビュー、リアクションなどをぜひお願いします!
次回もお楽しみに!!




