第十三話 守る者
夏の昼下がり。
王都の大通りには、強い日差しが降り注いでいた。
石畳の上を馬車が行き交い、車輪が乾いた音を立てている。
通りの両側には露店が並び、果物や焼き菓子を売る声が飛び交っていた。
三番隊の騎士たちは、その通りを歩いていた。
隊列の中央には、一台の馬車がある。
その前方を二人。
後方を二人。
左右にも騎士がついていた。
リアは馬車の左側を歩いている。
革の手袋をはめた手は、腰の剣に触れない位置で下ろされていた。
視線だけが、絶えず動いている。
向かいから来る人。
店先に立つ人。
道端に座る子供。
交差する馬車。
建物の陰。
ひとつひとつを確認するように、目を走らせていく。
「暑いなぁ……」
後ろから、若い騎士の声がした。
「黙って歩け」
隣の騎士が小声で返す。
「だって、暑いだろ」
「任務中だ」
「分かってるって」
リアの前を歩く騎士が、わずかに口元を緩めた。
その直後だった。
通りの反対側から、一人の男がこちらへ向かって歩いてきた。
灰色の上着。
帽子を深く被り、顔の半分が隠れている。
男は一度、馬車を見た。
それから歩調を速めた。
リアの足が止まる。
隊列の動きも、それに合わせてわずかに鈍った。
男が通りを横切る。
馬車へ向かってくる。
リアは半歩だけ前へ出て、男の進路に入る。
右手が腰の剣へ伸びる。
だが、柄を握ることはしなかった。
「お止まりください」
リアの低い声が、通りのざわめきに混じる。
男の足が止まった。
「……私は、この先の店に用が」
「こちらへ近づく理由を」
「いや、それは……」
男の視線が、リアの肩越しに馬車へ向く。
リアが身体をずらした。
馬車が見えない位置まで、静かに遮る。
男の顔から、わずかに笑みが消えた。
「通行の邪魔をするつもりはありません」
「では、道をお空けください」
リアは剣から手を離した。
男はしばらくリアを見ていたが、やがて肩をすくめた。
「……分かりましたよ」
男が横へ退く。
リアはその姿を目で追った。
男が人混みの中へ消える。
「今の判断、良かったぞ」
隊長のヴィクトルが、後ろから声をかけた。
リアが振り返る。
「剣を抜かずに済んで良かったです」
「そうだな」
ヴィクトルは短く頷いた。
再び馬車が動き出す。
リアも歩き出した。
照りつける日差しの下、隊列はゆっくりと大通りを進んでいった。
任務を終え、王城へ戻ったのは、日が傾き始めた頃だった。
西の空が薄く橙色に染まり、城壁の白い石が夕日に照らされている。
騎士たちが馬車から離れ、順番に兜や手袋を外していく。
「やっと終わったな」
「暑かった……」
若い騎士が首元の襟を緩める。
ヴィクトルはそれを横目に見て、小さく息を吐いた。
「まだ勤務中だぞ」
「分かってますって」
笑い声が上がる。
リアは少し離れたところで立ち止まり、剣帯を外していた。
革の留め具を外す。
腰から剣を抜き取り、鞘ごと両手で持ち直す。
鞘の表面についた細かな砂を、布で拭った。
「リア」
呼ばれて顔を上げる。
ヴィクトルがこちらへ歩いてきた。
「今日の護衛、どうだった」
「問題ありませんでした」
「そうか」
ヴィクトルはそこで足を止めた。
リアの手元に視線を落とす。
「街中は、訓練場とは違うだろう」
「はい」
「周りがよく見えていた」
リアは一度だけ瞬きをした。
それから、剣を腰へ戻す。
「……はい」
城内へ続く石造りの廊下から、夕方の鐘が聞こえてくる。
低い音が、何度か城壁に反響した。
「今日はもう上がっていい」
ヴィクトルはそう言って、先に歩き出した。
リアはその背中を見送る。
それから、自分の腰にある剣へ目を落とした。
柄に触れることなく、手を下ろす。
廊下の窓から差し込む夕日が、磨かれた石床の上に長く伸びていた。
その日の夜。
王城の廊下には、昼間の熱気がまだ残っていた。
窓は開け放たれ、夜風が吹き込むたび、壁際の燭台の火が小さく揺れた。
リアは宿舎へ戻る途中だった。
角を曲がったところで、足を止める。
正面からヴィクトルが歩いてきた。
「リア」
「はい」
ヴィクトルが足を止める。
「団長室へ来い」
「今からですか?」
「ああ」
リアは頷いた。
「何かありましたか?」
「俺も詳しくは聞いていない」
ヴィクトルが踵を返す。
「ついてこい」
「はい」
二人は並んで廊下を歩いた。
騎士団の執務区画へ入る。
団長室の前で、ヴィクトルが足を止めた。
二度、扉を叩く。
「入れ」
中から声が返る。
「失礼します」
ヴィクトルが扉を開ける。
リアも続いて室内へ入った。
机の向こうには、団長のローランが座っている。
その向かいには、シリウスがいた。
机の上には地図が広げられている。
王都から南西へ伸びる街道。
その先に、いくつかの印がつけられていた。
「来たか」
ローランが顔を上げる。
「はい」
ヴィクトルが一礼する。
リアもそれに続いた。
シリウスが地図へ手を置く。
「さっそくだが、明朝、俺は王都を出る」
リアの視線が地図へ移る。
「南西部で、小規模な国境紛争が起きている」
シリウスの指が、地図上の一点を示した。
「大きな戦ではない。だが、国境付近の村がいくつか襲撃を受けている」
ローランが別の書類を手に取る。
「グランセル領の騎士団が、すでに鎮圧へ向かっている」
「俺は現地軍の指揮と、状況の確認をする」
シリウスが言った。
リアは地図を見つめたまま、口を開く。
「シリウス様ご自身が、前線へ?」
「王子だから安全な場所にいる、というわけにもいかないだろう」
シリウスは、ヴィクトルとリアを交互に見た。
「お前たちには、俺の護衛として同行してもらう」
「「承知しました」」
二人の声が重なる。
ローランが頷いて、続ける。
「他にも数名、騎士をつける。現地ではグランセル領の騎士団と合流する予定だ」
シリウスの視線が、リアへ向く。
「今回の任務は、お前にとってもいい勉強になるだろう」
「勉強、ですか?」
「訓練場では、守る相手が決まっている」
青い瞳が、真っ直ぐリアを見る。
「だが、戦場では違う。守る相手も、敵も、状況も動く」
リアの目がわずかに細くなる。
「周りを見て、自分で判断しろ」
「……はい」
シリウスが立ち上がる。
「明朝、城門に集合だ」
開いた窓から夜風が吹き込む。
遠くで、夏の虫が鳴いた。
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